かんちがいすんなよ

中学の科目は9科目

中学の科目は、次の9科目です。

――主要5科(数学、理科、英語、社会、国語)〔この並び順に「重要」です|この順番に頑張ってください〕 ――実技4科(技家、音楽、美術、保体)〔この並び順に「重要」です|この順番に頑張ってください〕

理科は内部が2科目に分かれている

厳密にいえば、理科を「理科1分野」「理科2分野」とに分けます。

「理科1分野」=「物理+化学」です。

「理科1分野」が、メインの理科であり、特に物理は、思考力がなければ正解できません。

化学は「理科2分野」に近い、「暗記力さえあれば与太郎でも正解できる性質」が強いです。

「与太郎」とは思考力がないこと

じゃあ、「与太郎」っていったい何だ?

思考力がないことを、ここでは「与太郎」といっているのです。

理科2分野は与太郎でも正解できる

「理科2分野」=「生物+地学」です。

「理科2分野」は、サブの理科であり、暗記力さえあれば与太郎でも正解できます。

自分が与太郎だと思う人は、まず「理科2分野」をみっちり暗記して「理科2分野」で満点を狙い、そのうえで「理科1分野」の苦手を克服しましょう。

数学がわからないと物理がわからない

物理がわかるようになるためには、数学も頑張る必要があります。

数学と物理ができるようになるためには、思考力が必要です。

逆に、数学と物理を頑張ることによって、思考力を身につけることができます。

数学と物理が苦手な人が「与太郎」

最終的には、数学と物理が苦手な人が「与太郎」ということになります。

「数学+物理+化学+英語」で受験する人が、最も勉強のできる人です。これは理系です。

物理が苦手だと、「数学+化学+生物+英語」で受験することになります。これも理系です。

文系に「転落」すると「負け組」

数学が苦手だと、「社会+国語+英語」で受験することになります。これは文系です。

文系だと就職に不利です。

したがって、「数学+化学」だけは、何が何でも得意にしておかないと、文系に「転落」します。

与太郎でも真面目なら内申点が上がるようにできている

中学課程の成績(内申点)、あるいは、内申点を主要な判断材料にしている(特に公立)高校の入試の合否は、頭の良し悪しでは決まりません。

公立高校を受験するかぎり、与太郎でも真面目だったら、そこそこの高校に合格できるようになっています。

特に、実技4科という「くだらない」科目まで、丁寧に万遍なく頑張った人は、内申点が良くなり、そこそこの高校に合格できます。

そこそこの高校に合格しても数学ができなければ与太郎

しかし、かんちがいすんなよ。

それは頭がいいからじゃない。

真面目だから、内申点がよくなっただけ。

与太郎でも真面目でありさえすれば内申点がよくなる。

内申点は、頭脳程度と比例しないところが多々ある。

推薦で大学に入っても「推薦枠の与太郎」としか見られない

さて、大学入試になると、内申点という「安全装置」がなくなり、「ガチ勝負モード」に突入する。

いっておくが、推薦で大学に合格しても、社会では「推薦枠の与太郎」としか見られない。

企業では、これまでの経験から、「AO枠、推薦枠で大学に入ったヤツは、ことごとく使えない」という「1つの結論」が出ている。

大学に推薦で合格することは、就職に不利な要素になる。

合格しなくてもアタマがよくなればOK

勉強のエネルギーは保存される。

大学入試で苦労して頭をフル回転させると、能力そのものが花開くことが多い。

たとえ合格できなくても、頭をフル回転させて挑戦したとしたら、頭脳程度は見違えるように上がる。

合格という表面の果実だけに目を奪われてはいけない。

たとえ第1志望には不合格でも、大学入試で脳にフルパワーをかけると、頭脳程度において「次元上昇」するんだよ。

しかも、逃げずに戦った。

苦しい山を自力で越えた。

この自信に裏打ちされた能力上昇だから、人間として、1つ大きくなるんだよね。

勉強のエネルギーは保存される。

努力のエネルギーは保存される。

つまり努力の方向性、努力の方法さえ間違えていなければ、投入したエネルギーは、必ず保存されて、何らかのかたちで花開く。

それが「合格」というかたちではなくても、必ず、自分の身になっているものだ。

だから「AO枠、推薦枠に逃げるな」といいたい。

真面目な話、大学に推薦で合格しても、「推薦という楽な道に逃げた」という思い残しが生じる場合もあるよ。

ということで、大学入試は、AO枠、推薦枠など使わず、一般入試で合格したほうがいいです。

内申点稼ぎをしてそこそこの高校に合格しても意味なし

そのことを、「中学の内申点」と「高校入試」に当てはめて考えてみよう。

中学時代を「中学の内申点」稼ぎに充てて、「高校入試」で「成功」したとしても、それは「半分はAO枠、推薦枠のような世界」だよ。

そういうことをやって、そこそこの高校に合格したとしても、中学数学がダメだったら、大学入試において、かなりまずい結果になると思います。

要は、「中身がないのに体裁(ていさい)だけ整える」ようなことをしても、そのうち馬脚を現すことになり、「体裁によって相手を欺いた」分だけ、よけいに低評価が付くことになりがちなのです。

「実際には与太郎」なのに学歴をカネで買って「かぶり物」(広い意味での学歴詐称)をすることで世間を欺いたヤツに、世間は厳しいですよ。

何よりも大事なことは、実際の実力です。

私は、中学校はもとより、高等学校も、無意味で無駄な存在だと思っています。

だから、勉強のできる生徒にも、中卒からの公認取得をオススメしたい。

そのほうが、時間に余裕ができる。

その時間の余裕を使って、まずは高い受験学力を身につけることが大事です。

受験学力が高ければ、大学に進学するのも、大学に進学しないのも自由です。

自由を手に入れるために、まずは受験学力を身につける。

その一方で、手に職を付ける。

プログラミングを覚えることをオススメしたい。

どうして「プログラミング推し」なのかというと、インターネットが社会を変えてしまいつつあるからです。

インターネットがあるかぎり、PCがあるかぎり、プログラミングをする人が必ず必要になる。

「需要が見込める」から「プログラミング推し」なのよ。

プログラミングは、「手に職をつけて貧困から這い上がる」のに最も適しているよ。

頭脳と時間さえあれば、本当に低コストで高い能力がつく。

だから小学生でも、Let’s noteの中古か何か、丈夫なノートPCを3~4万円ぐらいで買って、「自転車に乗るように自然にプログラミングができる感じ」に仕上げてほしい。


Let’s noteは、ハードウェア的に丈夫なノートPCです。

Core i5以上のCPUを積んでいるものがいいです。

メモリはオンボードで普通は4GBを積んでいます。

公式データでは、増設メモリは4GBまでですけれども、たいてい8GBまで認識しますので、12GBで運用することになります。

手間を惜しみさえしなければ、HDDをSSDに交換することで、かなり使いやすいノートPCに変身します。

Let’s noteは、キーボード部分(両面テープで接着されている)を開くのだと思います。手作業に自信がなく、Let’s noteを壊したくない人は、HDDをSSDに換装するのは諦めてください。

Amazon.co.jp: Let’s note core i5: 本

Let’s noteは、バッテリーが取り外せますし、別売されてもいます。バッテリーを新しいものに交換すると、現役バリバリのノートPCになったりします。

NTT X store Let’s note バッテリー - Google 検索

ひかりTVショッピング Let’s note バッテリー - Google 検索

Windows 8よりも、Windows 7のほうが使いやすいです。

Windows Vistaとか、Windows XPが入ったPCは、UbuntuなどLinux系OSをインストールするなど、目的がハッキリしている場合以外は避けましょう。


プログラミングは、世界共通だから、日本という土地に縛られることもない。

語学力とプログラミング能力があれば、どこでだって暮らしてゆける。

そういう意味では、プログラミングを先に習得してから、英語はサブでやるぐらいにしたいよね。

中学時代・高校時代を不登校で過ごしてJavaScriptを身につけよう

プログラミングができると、学歴がなくても就職できるし、自分で起業することも容易にできる。

とりあえず、JavaScriptを身につけておくと、「ウェブサイト構築」「ゲーム開発」などに役立つ。

自分でウェブサイト構築の会社を立ち上げることもできる。

また数学とJavaScriptとを結びつけると、より「こういう世界」が面白くなって、どんどん能力も上がっていくと思います。

これからの時代は、そういうgeekな野郎が活躍することになりそうだよ。

学校という制度に忠誠を尽くしても、これからは大企業ですら倒産する時代。

SHARPは事実上、倒産して、台湾の企業に買い取られたよね? 次は東芝だよ。

「守り」は無駄だよ

大きな会社に勤めるとか、公務員になって安泰に暮らすなどは、今後は、あまり期待できない。

そもそも公務員って、税収に依存する、人口ベースの「産業」だから、人口は減ったら、余剰人員も大量に出るはずなんだ。

だから、大学生のキミにも伝えておこう。

大学で教職課程を履修したり、公務員試験の準備をしたりして、「安全なコース」を歩もうとするセコい工夫は、すべて無駄だということを。

キミ、若いのに、そんなセコい考えで、どうするよ?

公務員になっても、裏金作りという犯罪に加担するだけだ。

そもそも、公務員志望というのは、大きな船は沈まないから、大きな船に依存しようという姿勢だよね?

そうやって「守り」を固めるために時間・体力・資金を投入した。

その代償として、キミが失ったものは巨大すぎる。

それは「自分の得意分野を磨き、得意ワザを開発する」という重要な機会を失ったことを意味する。

中学・高校・大学という10年間は、「自分の得意分野を磨き、得意技を開発する」という重要なミッションを達成するべき時期なんだ。

それを、泥船にしがみつくための勉強に費やしたキミは、青春時代をドブに捨てたといえる。

公務員? そのうち大量に解雇せざるを得なくなる。

公務員はオワコンだ。

コースを外れたらリカバリーがきかない

(1)中学で内申点を稼ぎ、最も偏差値の高い県立高校に合格した。

(2)県立高校から一流国立大学に合格した。

(3)一流国立大学から国家公務員試験に合格して官僚になった。

こういう画に描いたような「順調なコース」を歩んだとしましょう。

さて、その官僚が、電車で痴漢に仕立て上げられたとします。

えん罪事件です。

闇の勢力は、こういうことを、よくやりますね。

公安調査庁、あるいは、都道府県警の公安部なども、えん罪作りのグルです。

コイツらは、CIAのイヌにすぎません。

米国の命令で、何でもやる与太郎どもです。

エコノミストの植草一秀さんは、あるスキャンダルを暴こうとして、えん罪事件に巻き込まれています。

官僚というのは、米国の意向に反したことをしようとすると、こういうふうに、えん罪事件に巻き込まれたりする。

※今後は変わってゆくかもしれませんが。

場合によっては、友愛されるんだよ。

飛び降り自殺に見せかけた、他殺だよね。

さて、画に描いたような「順調なコース」を歩んでいても、その能力に汎用性(広い範囲に適用できる性質)がなかったら、ちょっと躓(つまず)いただけで食いっぱぐれだよ。

一流企業、あるいは、一流の役所に勤めていた。

痴漢えん罪でクビになったら、どうやって生活してゆくの?

他方、プログラミング技術など、汎用性のある技能があれば、とりあえずは食べてゆける。

この「手に職がある」ということ。

あるいは、「地頭がよく、どんな逆境からでも這い上がれる能力を持っている」ということが大事みたい。

ホリエモンのことを考えてみなよ。

ホリエモンの根底にあるのは、プログラミング技術についての自信なんだ。

たとえプログラミング技術が大したことなくても、自信があって(恐怖心がなくて)、新しいことにチャレンジできる心の態度があれば大丈夫。

ホリエモンよりプログラミング技術がずっと上であっても、ビビりだったら、新しいことにチャレンジできない。

この「失敗に対する恐怖心」があるため、どんなに有能な人でも、奴隷みたいな身分で終わってしまうんだね。

つまりプログラミング技術を上げることそのものが大事なのではなく、大した技術でなくても、技術をマネタイズ(お金にする)というところが、本当は大事なわけさ。

自分でマネタイズできなければ、誰かにマネタイズしてもらう(雇われ人で終わる)だけ。

これは奴隷(畜)の道だよね。

とにかく、どん底からでも這い上がれる自信が大事。

その自信が持てるかどうかは、自分が「磨かれた技能を持っているか否か」で決まる。

その技能の中に占める要素としては、「マネタイズする技能」がけっこう大きいよ。

しかしその前に、プログラミング技術など、まずは雇ってもらえる技能を身につけよう。

「芸は身を助く」ということで、「手に職がある」とリカバリーがきくんだね。

ところが、官僚をはじめとして、公務員というのは、いったんコースを外れたらリカバリーがきかないのが普通だ。

その官僚の知識、技能には、汎用性がないことが多い。

しかし、どういうコースを歩むかは、その人次第だ。

「算数ができない」ところから与太郎が始まる

中学数学がダメだということは、小学算数からしてダメだと推定される。

つまり計算がダメであることが、与太郎の始まりだということ。

分数の計算、小数の計算がダメだと、化学の計算問題が解けない。

数学がそこそこできて、化学が得意なら、あとは生物という暗記科目に逃げ込むことで、何とか理系に踏みとどまれる。

しかし、化学という「理系の中でも文系的な科目」すらダメだったら、もはや理系に留まることはできなくなる。

化学が最後の砦(とりで)だよ。

それで、化学の計算問題がダメなのは、小学算数の分数と小数のところがダメだからだ。

数学は、電卓のような計算力ではなく、文字の計算力が中心。

ところが、化学の計算問題は、小学算数のような、電卓のような計算力が必要。

だから算数が弱いと、化学の計算問題が弱くなってしまう。

したがって、算数の分数と小数のところからやり直してください。

中学数学がダメだと文系に「転落」しやすい

中学数学がダメだと、高校の数学はもちろんのこと、高校の物理・化学がダメになる。

そうすると私大文系Fラン大学へとまっしぐらだ。

Fラン大学にしか行けないヤツも、そこそこの高校に合格しているんだ。

逆算して、そこそこの高校は、Fラン大学につながる道でもあるということになる。

したがって、実技4科まで万遍なく頑張って、そこそこの高校に合格して安心しているオマエ、そこのオマエだよ。

かんちがいすんなよ。

オマエはけっして頭がいいわけじゃない。

「ガチ勝負モード」に入ると、「数学ができないこと」=「ノータリン」ということになる。

ノーリターンじゃないよ。ノータリンだよ。

今から数学を徹底的にやり直して、死ぬ気で理系を目指せよ。

いや、オマエは数学に入る前に、算数からやり直すべきだ。

「分数の計算」「小数の計算」からしてダメなはずだよ。

中高一貫校は中3から数学 I・Aが始まる

中高一貫校の連中は、すでに中学3年次あたりから、高校課程の数学 I・Aを開始している。

数学の進度において、すでに1年分ぐらい、オマエは遅れている。

高校に合格したぐらいで、この長い春休みを遊びほうけているヒマなんかねえだろ。

数学やれよ、数学。

いや、算数から始めたほうが確実だ。

私大文系はトリのクソ

理系の大学はことごとく、個別試験で数学を課す。

国立大学の上位校では、文系でも個別試験で数学が課せられる。

数学ができないと、人生は詰む。完全に。


大学入試個別試験の受験科目におけるランキング


【金メダル】:「数学+物理+化学+英語」(理系) 【銀メダル】:「数学+化学+生物+英語」(理系) 【銅メダル】:「数学+社会+国語+英語」(文系上位校) 【鶏糞メダル】:「社会+国語+英語」(私大文系クソ大学):人生詰むパターン。

※鶏糞(けいふん:トリのクソ) ※早稲田大学、慶應大学、上智大学なども、文系学部は鶏糞メダルです。

国立大学は文系学部廃止

なお、文科省は国立大学の文系学部を廃止するみたいなことをいっている。

文系学部とは、次のものをいう。

(1)人文科学系(文学部など) (2)社会科学系(法学部、経済学部、商学部、経営学部など) (3)教員養成系(教育学部など) それはつまり「数学のできないヤツ(理系でないヤツ)は与太郎だから、使い物にならない」という認識が、文科省にあるということを意味する。

具体的には、社会(地理、歴史、公民)、国語(現代文、古文、漢文)などが得意でも、社会では、屁の突っ張りにもならんということを、官僚が認めたということだ。

数学ができないと芋づる式に

数学というのは、単独の科目ではないんだよ。

数学は、理科の土台になる科目なので、数学がダメだと理科までコケる。

親亀がコケたら、子亀までコケる構造になっている(包摂ほうせつ関係)。

数学が不得意だと、数学の類似分野である、スクリプト言語(Java、PHP、JavaScript、Ruby、C#、C++、Objective-C、Python、Cなど)まで不得意になる。

プロのエンジニア9人が徹底解説!おすすめのプログラミング言語9選

インターネットが世の中を壊しつつある

これからの世の中は、「インターネットが『手近にある日常化したもの』となった結果として、旧来の仕事が不要になる」という大潮流の中で展開されてゆきます。

「インターネットが世の中を壊しつつある」わけですけれども、それは素晴らしいことです。

世の中が、より便利になるために、古い建物を解体しているようなものだからです。

テレビが嫌われる理由

テレビが嫌われる理由。

――非オンデマンドだから。テレビは時系列の線形データだから、いったん録画しないと取り扱いに不便。「放送」という配信形態そのものが迷惑。録画用の機器代・電気代が勿体ない。

――税務署気取りの長州力がきっと来るから。NHKに受信料を取られるので、テレビを持たない人が激増中。

NHKの『受信料長州力』、大不評すぎるためサイト公開中止へ : はちま起稿

――「テレビで何が起こったか」はネットにタレ込まれる。誰かがYouTubeにアップする。

――動画視聴はインターネットが中心。無料の「YouTube」ほか、半有料の「ニコ生」、有料の「dTV」「Netflix」「Hulu」「Amazonプライムビデオ」などが主流みたいですね。

――地上波テレビの帯域はi-dioなどデータ放送に明け渡すべき。テレビは必要ない。

i-dio 新放送サービス

ネット書店の台頭で大型書店も倒産

Amazonなど、ネット書店の台頭によって、街の小さな書店が続々と倒産中。

大型書店の倒産まで始まった。


(1)ネット書店の台頭によって、「あの本がいい」という情報が即座に駆け巡るようになった。

(2)リアル書店は、「いいであろうあの本」が「本当にいい」かを立ち読みによって検証するためのショールームに格下げされた。

(3)「いいであろうあの本」が置かれていない「品揃えの悪い書店」は、「有能なショールーム」とは見なすことができず、その存在価値を失った。

(4)売り場面積が狭く、書架が低い書店(密度の低い書店)は、完全に危険です。

※つまり品揃えの中途半端なリアル店舗は、書店でも、家電量販店でも、もうすぐ閉鎖されると思います。

※現在は、書籍も、家電も、PCも、ネットが中心で、リアル店舗はショールームにすぎません。

※書籍の場合、都市部まで往復の交通費をかけて行くよりも、捨て金だと割り切って、ネットで注文したほうが手っ取り早いということもあります。


東京の人は、池袋と高田馬場などにあった芳林堂書店をご存じでしょう。芳林堂書店は倒産しました。

老舗「芳林堂書店」倒産の裏に出版界の壮絶“引き抜き合戦” | 日刊ゲンダイDIGITAL

JUNKUDO書店の池袋(東口=リブロ側)進出によって、まずは芳林堂書店の池袋店(西口=立教大学側)が閉店(2003年)となり、2015年にはリブロ池袋本店(JUNKUDOに行く途中にある)が閉店になりました。

都市部の書店は「最も品揃えのいい大型店以外はつぶれる」のです。

電子書籍はコミックスを中心に普及しており、eBookJapanが最も人気です。

TOP - 電子書籍・コミックはeBookJapan

文字中心の電子書籍は、あまり売れていません。てか、ぜんぜんです。

塾・予備校、学校も不要

代々木ゼミナールの縮小からわかるように、塾・予備校、学校が縮小・撤退の方向です。

今後の塾・予備校、そして学校は、インターネット上の(サーバーに内蔵された)ものになってゆくでしょう。

「通信制高校にしようか」なんて思っているキミへ。

通信制高校は、お金が勿体ない。

高認だと、最終学歴にはカウントされないようだから、高認取得のまま大学・専門学校などへ進学しなければ、中卒になるらしい。

しかし、大学進学・専門学校進学などを考えているのだったら、高認で十分だよ。

そもそも、「学歴で勝負しよう」という根性からして間違っています。

学歴というものは、奴隷(畜)が雇い主(荘園領主・飼い主)から「選ばれる」ときに必要になる要素にすぎない。

「学歴重視」=「奴隷(畜)への道」だよ。

自分自身の立場としては、知識・技能が身につけば、どんな大学でも、専門学校でもいいんだよ。

「他者からどう思われるか」という視点を、いったん外してみなよ。

東大を出てラーメン屋になる人だっている。

学歴というのは、就職するとき、しかも、新卒者のときにだけ物を言う要素にすぎません。

いったん社会に出たら、学歴があっても与太郎は与太郎と見なされます。

そういう厳しい意味において、学歴なんて関係ないわけです。

高認は与太郎でも取れます。

大学を目指すつもりなら、高認ぐらい、サクッと取っちまえよ、このタコ。

高認は、センター試験の劣化版みてえなもんで、合格点が異様に低い。

大学入試を視野に入れて、基本を重視した対策をしておけば、高認なんて簡単に合格できるさ。

高認は、「高認そのものの過去問」と「センター試験の過去問(古本でいい)」を見比べて、類似の問題がないかチェックしてみなよ。

問題が似ていたら、「センター試験の過去問」を問題ごと覚えちまえ。

高認でも、きっと同じ問題が出るよ。

センター試験も、高認も、出題者が劣化してるから、コイツら自身がゼロから問題が作れるとは思えない。

どこかからパクってくる筈だから、そのネタモトを探り当てちまうわけよ。

高認は落とすための試験(選抜試験)ではなく、学力水準が一定以上であることを認定するだけだ。

そんなに難しい問題が出るわけがない。

家電量販店も不要

YAMADA電機をはじめ、家電量販店が続々と閉店しています。家電はインターネットで買う時代に入っています。

家電メーカーが、自前のネットショップを開いていることも多くなっています。

また家電量販店自身が、ネットショップを開いていることも多くなっています。

家電量販店の実店舗が、今後、発展してゆくとは思えません。

リアルがネットに喰われてゆく

リアルがネットによって置換される

「実店舗がネットショップによって置換される」「リアルがネットによって置換される」ということが、いろいろな業界で起こっており、実店舗(リアル)が閉鎖され、その従業員が失業しています。

つまり産業革命期に「機械が手工業者を駆逐した」ように、インターネット革命期である現在、「インターネットが実店舗・営業職・事務員・店員などを駆逐しつつある」わけです。

この「実店舗」の1つが、小学校・中学校・高等学校などです。

小学校・中学校・高等学校などの「実店舗」が廃止され、「インターネット上のそれ」によって置換されるであろうことは、容易に想像できますよね?

そのことと、国立大学において文系学部(人文科学系、社会科学系、教員養成系)が廃止される予定であることは、辻褄が合うわけです。

厳しいいいかたをすれば、文系とは、「インターネットによって駆逐される側である、もはや必要ない人々」なのです。

官僚はサーバーによって置換可能

「インターネットによって駆逐される側である、もはや必要ない人々」の中に、小学校・中学校・高等学校などの「実店舗」の従業員である教員も含まれます。

教育分野の監督官庁である、文科省そのものが「インターネットによって駆逐される側である、もはや必要ない人々」に含まれます。

「インターネットによって駆逐される側である、もはや必要ない人々」である文科省の官僚には、「リアルがネットによって置換されている現状」は、認識できていないことでしょう。

ましてや、「インターネット時代に何を職業にするべきか」「そのためには、どういう教育が必要か」などは、コイツらのトリアタマでは考えつかぬことです。

文科省の老害連中からは、新しい教育は生まれてきません。

文科省を捨て去って干し上げ、自分たちで、自治的な教育を育ててゆきましょう。

文科省を捨て去って干し上げるためには、「中学校へ行かないで、教科書・教材、給食、制服、体育着、上履き、修学旅行、記念写真、卒業アルバムなどの利権をつぶす」ことが大事です。

修学旅行に10万円を使うぐらいなら、PCを買ったほうが将来のためだよ。

まぁ、中学校へ行くのも自由ですし、中学校へ行かずに自宅で自修人になるのも自由です。

誰も強制はできません。

インターネットによって内海は外洋となる

現在、Radikoにおいて、地域の枠を飛び越えて番組聴取を行うためには、お金を支払う必要があります。

ラジオがネットで聴けるラジコ

そしてこのRadikoの地域枠を無料で取り去ると、地方のラジオ局はことごとくつぶれますね。

地方はラジオが面白くない。

放送作家、パーソナリティともに、残念。

やはりTBSラジオと文化放送が面白い。

『大沢悠里のゆうゆうワイド』の後番組で、伊集院光さんが出るというから、それだったらRadikoアプリに課金しちゃおうかな、とかね。

これまでは、「電波の届く範囲」のお山の大将であれば、その地域では偉そうにできた。

しかしインターネットが関係してくると、全国区の競争になる。

いや、全世界との競争になる。

インターネットによって、内海は外洋となるのだ。

AMラジオの世界で、Radikoの地域枠を無料で取り去ってしまったら、完全に「全国区の競争」になります。

例えば、RKBラジオ(福岡)やRCCラジオ(広島)が、TBSラジオ(東京)と競合することになる。

たぶんTBSラジオが圧倒的に面白いと思います。

そうなると、RKBラジオやRCCラジオは倒産ですね。

インターネットには、そういう恐ろしさがあるのです。

しかし、情報の受信者にとっては、それは幸いなことです。

最高の番組に触れる機会が与えられるのですから。


さて本題です。

ラジオで起こったことは、教育の世界でも起こり得ます。

その地域で一番の塾・予備校というものがあったとしても、そこの講師が「全国区の競争」に勝てる保証はありません。

また逆に、目立たない塾の講師が、大手予備校講師よりずっとわかりやすかったりする場合もあるでしょう。

そこは、まさしくガチ勝負の世界。

戦国時代の様相を呈することでしょう。

これがインターネットの世界なのです。

すべての「非関税障壁」が取り払われ、力と力の勝負になる。

こういう「プラズマ状態」で勝つためには、学歴というよりは、実力でしょ?

東大を出ていても、説明がわかりにくい講師は、「カス」とかいわれて、即座に敗退するんだよ。

今後は、こういう「プラズマ状態」の世界になるかもしれません。

インターネットが、そういう性質を持っているからです。

公立高校の教師の中から、あるいは、学生の中から、ものすごい人気講師が出てくることも考えられます。

ですので、AO枠とか、推薦枠とかを使って、「かぶり物」で自分を飾り立てることは、どうかお控えください。

本物の実力をつけることだけをお考えください。

数学とプログラミングで這い上がれ!

家庭が貧しくて、教育が満足に受けられない場合でも、「数学」や「プログラミング技術」の世界ならば、貧富に関係なく、頭脳だけのガチ勝負ができます。

つまり貧困から這い上がる道具としては、数学やPCが最良のツールの1つだということを覚えておいてください。


さて、数学や理科ができなければ、どうにもならない。

またプログラミングは、小学生のうちから始めたほうがいい。

それを逆算して考えてみろよ。

ビクビクしながら中学生活を「内申点を稼ぐために費やす」のは、あまり合理的ではない。

ビクビクしながら中学生活を「無難に」過ごしても、せいぜいが官僚になるか、大企業に就職するか、そこらあたりまでだ。

しかし、役所や企業から解雇された場合、ツブシがきくかい?

ビクビクしながら中学生活を「無難に」過ごすよりも、数学と物理とプログラミングに集中したほうが、手に職が付くってもんだ。

最終的には、数学と物理とプログラミングができるようになることが最重要課題なのだから、それ以外はガン無視しても大丈夫だ。

こういうのを「メリハリ」あるいは「選択と集中」という。

つまり非重要課題については、時間・体力・資金などの投入量を思いっ切りカットする(めり)。

逆に、重要課題については、時間・体力・資金などの投入量を思いっ切り盛る(はり)。盛り上げる。

つまり数学と物理(とプログラミング)だけ特盛りにして、数学と物理(とプログラミング)だけは、中学時代から高校課程を終えるぐらいの勢いでやれってんだ。

どうして、こういう偏ったことをするのか?

それは、時間・体力・資金が有限だからだよ。

少量有限・少数有限な資源の投入時刻・投入分量に優先順位をつけて、とんがったことをしなければ、事態は打開できない。

優先順位も大事だけれども、順番というのは、かなり大事だ。

クソを洗う前に手を洗うか、クソをしてから手を洗うか、その順番を間違えただけで、大変なことになる。

ちったぁ、アタマ使って生きろよ、このタコ!

部分最適(部分調和)ばかりを求めていたら、全体調和は生まれない。

全体調和へと至るためには、軋轢、決別、破壊、再創造などの「中間状態」が必ずあります。

「中間状態」を恐れて、旧体制にしがみつくのは、自滅への道です。

社会とか暗記しても、まったく意味ねえぜ。

数学と物理とプログラミングに集中しろよ、このタコ!

数学と物理とプログラミングに集中した結果、内申点がボロボロになり、ヘッポコ高校にしか合格できなかった。

それで何と、工業高校に進学してしまった。

そういった状態こそ、オセロでフチやカドを取ったようなことなのさ。

数学と物理とプログラミングが得意なら、ヘッポコ工業高校からでも、京大、阪大、九大などが狙えるぜ。

オセロのコマを、ぜんぶ、ひっくり返して大逆転だ。

逆に、中学時代から真面目で、内申点を揃えた結果として、県立の最上位校に合格しても、GMARCH(もちろん文系)程度にしか受からない場合もある。

県立の最上位校に合格しても、数学から逃げたら、人生が詰むようになっている。

それが現代社会の厳しさだよ。

その時点、その時点での、部分最適を狙うがあまり、最終的には鶏糞メダルなんて、悲しいだろ?

「何が本当に重要なのか」を知らずに、努力の方向性を間違えると、トリのクソレベルの結果になるんだよ。

数学と物理とプログラミングから逃げると、トリのクソだ。人生が詰む。

大前研一さんの本に書いてあるけど、マッキンゼーでもトップクラスのコンサルタントは、みんなエンジニア出身だってさ。

つまり文系のクソ頭では、トップクラスの経営コンサルタントになるのは無理だということ。

いくら英語ができても、最終的には、地頭だよ。

地頭は、数学と物理とプログラミングで作る。

逆に、英語がペラペラで、いかにも「できます」風の態度でいるヤツでも、数学と物理とプログラミングが苦手だと、簡単にメッキが剥がれると思うよ。

人権と内申点

どうすれば防げたのか?

(1)広島県府中町立府中緑ヶ丘中学校3年の男子生徒(享年15歳)が自殺した。

(2)男子生徒は、中学1年次に万引きの濡れ衣を着せられて、その万引き記録が訂正されずに残っていた。

――今回の場合、男子生徒の万引き事案は、男子生徒本人ではなく、人違いだということでした。

――人違いだったのに、その記録が訂正されず、訂正されていない「誤った」記録をもとに、「推薦はできない」というむごい仕打ちをした。

(3)「その万引き記録(誤記)を根拠として、希望する志望校への推薦が受けられない」ことを理由に(?)自殺したものと思われる。


〔1〕中学1年次の担任が、万引き記録(誤記)を放置していた。

――中学1年次の担任には、人権意識が欠落しています。

〔2〕中学3年次の担任が、万引き記録(誤記)の真相解明に対する努力を怠った。

――中学3年次の担任には、人権意識が欠落しています。


「未成年の軽微な窃盗」について、記録を残すべきではありません。

軽微な窃盗には悪質性がそこまでなく、「店側の被害額」と「軽微な窃盗を行った未成年が受ける不利益」とを比較衡量した場合、後者があまりにも大きすぎるから。

例えば、軽微な窃盗については、「倍返しの法則」というものを作ればよいのです。

店側の被害額の倍額を支払えば、犯罪はなかったことにされる。これでOK。

だって人間の世界は、失敗をしながら学んでゆく場なのだから、失敗について寛容にならないで、そうするの?

リアル店舗ではなく、端末を操作して注文し、見てみたい商品は、店員に出してもらってから「見る」というシステムにすれば、万引き対策など必要なくなるでしょ?

学校は人を裁く場ではない

マクロなところから見てゆきましょう。

(1)学校ごときが、児童・生徒の人格にまで立ち入ることそのものが不遜である。

――「学校は知育の場」と限定するべきでしょう。

――「徳育」という美名のもと、児童・生徒の人格にまで手を差し込んで、ゴチャゴチャしようとしている。

――それは他人様のパンツに手を突っ込むような失礼なことだよ。

――学校は勉強だけを教えていればいい。

――勉強だけだったら、学校に行かなくてもできる。

――いいかえれば、「学校へ行くことで勉強するコース」と「学校へ行かずに検定試験を受験して合格してゆくコース」とを、児童・生徒に選択させればよい。

――「勉強のできない先生」「勉強を教えるのが得意でない先生」には、学校を去って頂く。

――また「ロリコン変態教師」「セクハラ教師」「横領・着服をするドロボウ教師」「暴力教師」「無気力・無能教師」などは、諭旨免職・懲戒免職のうえ、教職免許を永久剥奪する。

(2)「内申点」や「推薦」という制度をやめよう。

――「学校は純然たる知育の場である」としたならば、「内申点」や「推薦」なんて、意味がなくなる。

――「学校は純然たる知育の場である」というゲームだったら、「出席率の高い与太郎」と「不登校のカシコ」だったら、後者のほうが100億倍、価値があるよ。

――知育・徳育・体育だったら、学校は「知育のみ」、体育は「クラブチームへの任意参加」で十分。

――徳育なんて、誰も指導できないさ。まず文科省そのものに、「徳」を説く資格があんのか?

――「人間が機械の代用」であった、重工業を中心とする産業構造のもとでは、「出席率の高い与太郎」にも価値があった。

――しかし、重工業の中心は、日本から海外へと移ってしまった。

――日本の産業に与えられた「国際的な役割」は、より高度な製品・サービス等を案出し、普及させることだと思う。

――そうすると、なおさら、「出席率の高い与太郎」と「不登校のカシコ」ならば後者のほうが優遇されるべきなんだよね。

――「不登校のカシコ」のほうが、「古い仕組みを破壊して、新しい何かを生むであろう期待」が大きいから。

――「前例踏襲」「波風を立てない」など、「無難な与太郎」では、今後、日本が世界をリードしてゆくためには不十分。

――個性の強い人材、アクの強い人材が必要なんだよ。

――大人しく学校制度の枠組みに収まっているような盆暗では、これからの世の中では、活躍できないと思います。

(3)「中学の先生も与太郎」「高校の先生も与太郎」ですから、推薦が受けられなかったぐらいで死ぬ必要はなかった。

――男子生徒に知恵と勇気があったら、「中学1年次の担任の氏名」「中学3年次の担任の氏名」「学校長の氏名」「事実関係」を、SNSやブログでぶちまけ、晒し上げて、府中町の教育システムそのものを破壊すればよかったのだ。

――権力・悪と戦うときには、しっかりとしたエビデンスを揃えまくって、確実にやることだよ。

ショーシャンクの空に(字幕版) - YouTube

――暴力教師だったら、携帯電話で動画を撮れ。そして確実に懲戒免職・諭旨免職へとつなげるべし。

――携帯電話が持ち込み禁止? カメラ付きのボイスレコーダーを持ち込め。証拠は、音声がクリアであることがとても大事だ。

HDR-MV1 | ミュージックビデオレコーダー | ソニー

――小さな悪は、勇気をもってその場で叩く。小さな悪のうちにつぶしておく。

――府中町の場合、保護者ぐるみで中学を干すしかないと思います。

――生徒全員で不登校をかまし、学校機能を停止させる。

――他方、高校受験へ向けて、自治学校を「インターネット上」や「リアル世界」に作り、自分たちで学校運営をすればいい。

(4)改革を待ってはいられない。改革ではなく、破壊と再創造という路線でゆく。

――人が死んでいるのだから、「中学1年次の担任の氏名」「中学3年次の担任の氏名」「学校長の氏名」の3名には、道義的に、辞職してもらう必要があります。強制じゃないけど、けじめだよ。

――そのうえで、「中学1年次の担任の氏名」「中学3年次の担任の氏名」「学校長の氏名」たちにもチャンスを与える必要がある。

――「府中町保護者の会」? が運営する自治学校で、無償の教師として5年間、働いてもらう。この教師たちは、バイトして食いつなげよ。それぐらいやれ。

――そうすれば、「中学1年次の担任の氏名」「中学3年次の担任の氏名」「学校長の氏名」の罪滅ぼしになり、文科省管轄下の「学校」というものを破壊することができます。

――失敗しながら学ぶのが、この地球なのだから、失敗した人を排除するのではなく、世の中に取り込むことが大事だ。

――「失敗した」ということは、「学びが進んだ」ということなんだからね。

 
comments powered by Disqus