英文法の接続詞

等位接続詞

(1)等位接続詞とは、配語上(シンタックス上)、分配則が適用される場面において、「分配をこうむる要素」と「分配をこうむる要素」とを、区切るための記号です。

※語句の並べ方を、特にドイツ語文法で「配語(はいご)」といいます。

※配語とは、シンタックス(語順の文法)に基づいて、語句をどのように並べるか(語順が問題)という文法的視点です。

$a(b+c)=ab+ac$という場合、$b$と$c$が「分配をこうむる要素」、$a$が「分配を行う主体」です。

そしてここでは、$+$記号が、等位接続詞です。

赤い自動車と靴 = 赤い自動車+赤い靴

このように、表現を二股・三股……に分岐(ぶんき)させる要素が、等位接続詞です。

(2)意味は関係ありません。

等位接続詞は、and、or、norの3語だけです。

and、or、norの3語だけが、明確に分配則を現出するからです。

and
or
nor

but、so、for、yetなどを等位接続詞に含めている文法家は、「意味」と「文法」を峻別(しゅんべつ)する能力を欠いています。

but
so
for
yet

「意味」と「文法」を峻別できないのは、認知能力の低い段階です。

but、so、for、yetは、意味接続を行う副詞(接続副詞)、ないしは、従位接続詞です。

英語は、最初に品詞という定義があって、品詞の定義に合わせて語彙を発生させてきたのではありません。

語彙を整理していった結果、品詞という概念が生まれて、品詞に分類するという発想は、辞書や文法書を編纂するまで生まれなかったのだと思います。

したがって、品詞Aとも品詞Bとも解釈できる「品詞における中間領域の語彙」も数多くあります。

従位接続詞

従位接続詞は、前置詞の一種です。

「名詞(句)」や「代名詞(句)」に対して前置されるのが前置詞です。

「名詞節」に対して前置され、結果として節全体を副詞節にするのが従位接続詞です。

従位接続詞には、that、if、whetherという3つの特例があり、この3つの従位接続詞だけが名詞節を導きます(=名詞節を作り上げます)。

「名詞節」に対して前置され、結果として節全体を副詞節にするのが従位接続詞。

そこにおける「名詞節」とは、「名詞節たるthat節」において「thatが省略された節」と思ってください。

そういう見方をすることで、従位接続詞と前置詞とが、同一のものであることに気づくと思います。

どういう点で同一なのかというと、名詞類に対して前置され、結果として、「名詞類に格を与える」=「名詞類に格を帯びさせる」という言語作用において、です。

従位接続詞は、「名詞節」に格を与えた結果、名詞節を副詞化して、副詞節を創出します。

前置詞は、「名詞(句)」や「代名詞(句)」に格を与えた結果、それらを形容詞化、または、副詞化して、形容詞句、または、副詞句を創出します。

「名詞類が格を帯びる」とは、「その名詞類が、形容詞化される、または、副詞化される」ことを意味します。

「名詞節が格を帯びる」場合には、「その名詞節が、形容詞化されることはなく」、「その名詞節は、もっぱら副詞化され、結果として、副詞節が創出される」のです。

「節を形容詞化する」ためには、関係詞を用います。

関係詞とは、関係代名詞(who、which、that、what、as、than、but)と、関係副詞(where、when、why、how、that)とを、まとめて呼ぶ呼び名です。

国文法の「接続詞」

国文法の「接続詞」は接続副詞

国文法を作った人々は、「意味」と「文法」を峻別(しゅんべつ)する能力を欠いています。

「意味」と「文法」を峻別できないのは、認知能力の低い段階です。

文法は「翻訳を前提とする」あるいは「国語(母語の)教育を前提とする」という、2つの大きな役割をもちます。

国文法は、そのどちらにも該当しないクソ文法です。

国文法が「国語(母語の)教育」に役立たないことは有名です。

そのため、日本語教育のためには、外国人に日本語を教えるための、新しい日本語文法が案出されています。

他方、「翻訳を前提とする国文法」という視点も、国文法には欠けています。

ぶっちゃけ、「英文法との連関」を無視した国文法なら、いらねえよってことです。

国文法を考え出したヤツらは、相当、迷惑なことをやってくれたものです。

高校入試に出る口語国文法は、橋本進吉博士などの業績を学習者に押しつける、クソ制度ですね。

口語国文法は、日本語力の増大につながらないので、学校教育から廃絶したほうがいいです。

口語国文法を学習するのは、古典文法(=文語国文法)を学習する準備として、です。

※「古典文法と文語国文法とが、異なる」など、細かい点は無視してください。

しかし、古文・漢文を学習しても、現代社会を職業人として生き抜くための支えには、まるでなりません。

数学と理科とICTを学習することこそが、現代社会を職業人として生き抜くためのリテラシーとして求められているのです。

学校教育で、すべてを教え授けることはできません。

優先順位をつけたうえで、不要不急の科目は切り捨てる必要があります。

現代文、古文、漢文は、形骸化した科目であり、国語教師の多くは無能です。

国語教師は、全員クビです。

 

英文法でいう等位接続詞 英文法でいう等位接続詞は、国文法では、接続助詞に含まれています。

 

英文法でいう従位接続詞 英文法でいう従位接続詞も、国文法では、接続助詞に含まれています。

 

国文法でいう接続詞 国文法でいう接続詞は、英文法でいう接続副詞です。 国文法でいう接続詞は、副詞にすぎません。 意味にとらわれて、クソダメな分類をしているだけです。 国文法でいう接続詞は、副詞です。

未然形接続などの「接続」

後置された語句が、直前語の活用形を決定する。これが「接続」です。

直後語が直前語の活用形なり、品詞なりを決める。これが「接続」です。

未然形(直前語) ← 後置された語(直後語)は未然形接続
連用形(直前語) ← 後置された語(直後語)は連用形接続
終止形(直前語) ← 後置された語(直後語)は終止形接続
連体形(直前語) ← 後置された語(直後語)は連体形接続
已然(仮定)形(直前語) ← 後置された語(直後語)は已然(仮定)形接続
命令形(直前語) ← 後置された語(直後語)は命令形接続
 
comments powered by Disqus