単語が覚えられない「負け犬」の遠吠えを聞け!

見出し語から訳語が思い出せれば「完成」だと勘違いしている人

入試英単語の王道2000+50 (河合塾SERIES)』 において「今世紀最大の愚作」というタイトルのレビューがあります。

まず、その方のご友人が大学に落ちたのは、ご本人の学力が水準に満たなかったからで、その責任が 『入試英単語の王道2000+50 (河合塾SERIES)』 にあるのかというと、NOです。

入試英単語の王道2000+50 (河合塾SERIES)』 には、「単語と訳語」「コロケーションと和訳」が並べてあるだけです。

大学に落ちたご友人は、英文を読むことなしに、見出し語から訳語が思い出せれば「完成」だと勘違いして、世界史や日本史と同じ感じで、単語を暗記していたのだと思います。

世界史や日本史の用語を暗記するのが、PCでいう「コピー」だとしたら、英単語・古文単語を暗記するのはPCでいう「インストール」です。 語彙の知識は、実行ファイル(.exe)のようになっているべきなのです。

大学に落ちたご友人は、世界史や日本史の用語を暗記するような感じ、言い換えれば、PCでテキストファイル(.txt)を「コピー」するような感じでしか、 『入試英単語の王道2000+50 (河合塾SERIES)』 を暗記しなかったのだと思います。

言葉ですから、「口頭または筆記」において出力できる水準まで達していないと、「その語彙を覚えた」ことにはなりません。 といっても、和訳からコロケーションが「口頭または筆記」において出力できるところまでやれば大丈夫です。 それでも、相当「深い領域」まで覚えたことになる。 そういう「深い領域」まで覚えないと、リスニング試験、長文問題で、語彙を瞬間的・本能的に思い出すところまでいかず、試験で平均点に到達しません。

その方のご友人は、やり方を間違えているのです。 和訳からコロケーション(英語の連語表現)が口頭でスラスラ言えるようになるまで、英単語集をこなしてください。

ってか、その友人って、中学英語をちゃんとやったのかい?  中学英語がダメでも、高校入試には合格するんだよね。 とりわけ、高校入試の場合、内申点が大きな比重を占めるので、地頭がよくなくてもマジメだったら、偏差値の高い高校に進学できる仕組みになっている。

難易度の高い一発試験だったら、純粋な実力勝負になるけど、中学・高校の定期試験なんか、教科書ガイドを暗記していけば、そこそこの点が取れるんだよ、地頭がよくなくても。

そういうことで「成績」「内申点」がつけられ、それによって、高校入試の合否が決まったり、大学入試の推薦入試の受験資格が決まったりする。

どちらも、難易度の高い一発試験じゃないから、地頭がよくなくてもマジメだったら「特段の取り立て」を受けて、「実力のある人たち」と同等の扱いを受けるように、制度がなっちゃってる。 これって、愚か者を勘違いされるのに十分な「トリック」なわけよ。

かわいそうだけど、その友人って、中学英語の段階から学力が抜けてるんじゃねえの?  地頭はよくないけれどもマジメだから、そこそこの高校に合格して、その「勘違い状態」のまま、実力に見合わない大学を受験したってことだろ? たぶん。

キミ自身も、自分の胸に手を当てて考えてみなよ。

外側を見るなよ。 つまり、自分は偏差値いくつの高校で、県内でも何番目の高校とか、そういう外側の情報なんて、アテにならねえんだよ。

「advancedをedを[トゥ]と読めるかどうか」など、本当に基本的なところがユルユルの状態では、どんなに頑張っても、学力は思ったようには上がってゆかないと思う。

advanced courseの「advanced」は、自動詞由来か、他動詞由来か?  これは、自動詞由来です。 「学力、知識などが進歩する」という自動詞の意味が背景にあるわけです。

それでは、advancedの直前に省略されているとおぼしき助動詞は?  have/has/hadなど、完了形の助動詞です。

自動詞由来の動詞が過去分詞形に変化しているとき、直前にあるのは、完了の助動詞haveです。

他動詞由来の動詞が過去分詞形に変化しているとき、直前にあるのは、受動態の助動詞beです。

advancedは過去形と同形ですけれども、このadvancedは過去分詞です。 直前にhave(完了形)またはbe動詞(受動態)が想定されるからです。

advanced courseのadvancedは、「進んだ」という意味の過去分詞です、しかも完了のニュアンスをもつ。 この過去分詞が、形容詞用法の過去分詞として、頻繁に使われているうちに、「これは形容詞だろう」とみんなが思うようになった。 その結果、advancedは形容詞に昇格して「上級の」という意味を表すようになった。

advanced courseは「上級コース」「上級課程」「上級教程」ということです。

自分に本当の意味での学力があるか否か、正直に、第三者の目(神の目)で、自分の実力を見直して、そのうえで印刷教材をけなすことですね。

英語の基本がちゃんとわかっていれば、 『入試英単語の王道2000+50 (河合塾SERIES)』 は、とてもいい英単語集です。 「用例がすべてコロケーションになっている」「難関大学の難単語まで1冊でカバーしている」「レイアウトが[覚えるための仕様]になっている」など、美点の多い英単語集です。 「音声教材がない」「本文用紙がマットコート師で本の重量がある」というのが欠点ですが。

似た意味をもつ単語が1カ所に集まっていないと覚えられないと信じ込んでいる人

似た意味の単語が並んでいても、暗記効率は高まりません。

むしろ「似た意味」を混同して、逆に覚えてしまうことすらあります。

「単語を覚える」とは、「音声から画像が思い出せる」「画像から音声が思い出せる」という1対1対応の連想を完成させるということです。 このとき、「音声が言葉」であり「画像が言葉の意味」です。

テレビCMのイントロ当てクイズをするとしましょう。 ライオンのハミガキのCMと、サンスターのハミガキのCMが連続していたほうが、イントロ当てクイズの準備として、効率がいいとか、覚えやすいとか、そういうのは「ない」と思います。

つまり、CMが録画・録音された順番が、「音声から画像が思い出せる」「画像から音声が思い出せる」という1対1対応の連想の効率を高くしたり、低くしたりすることは「ない」と思うわけです。

たしかに、そうやってランダムに単語を覚えることをひとしきり終えて、たくさんの知識が脳内に蓄えられている状態になったら、横断的な「まとめ」が有効になるわけです。 「ハミガキのCM」「洗口剤のCM」「入浴剤のCM」などを分類・整理するわけです。 しかし、その分類・整理は、たくさんの知識をもつ人にとってのみ有効であり、 最初から「ハミガキのCM」「洗口剤のCM」「入浴剤のCM」などを分類・整理された順番で覚えることが「効率性」「覚えやすさ」に通じることは「ない」と思います。

それは英単語集・古文単語集でいえば、「似た単語の区別」であったり、「同じ語源(接頭辞・語根・接尾辞)をもつ単語/派生語/同義語/反意語の整理」であったりする。

そういった「横断的な整理」は、個別の単語知識が「ある一定の水準を超えた学習者」においてのみ、大きな効果を発揮するわけです。

自分が知らない単語について、接頭辞・接尾辞などで整理したり、同じ意味をもつ単語をまとめて無理に覚えようとしたりしても、スカで終わることを保証します。 ってか、そのやり方は爆死するやり方ですから、オススメしません。

頭の悪いヤツほど、「語源からのアプローチ」とか「似た単語の区別」とか「クダラナイ整理」が好きなんだよね。 そういう「知識の整理棚」に収納するわけではないのよ、英単語とか古文単語とかは。 整理されていないカオスの海に投げ込むんですよ、英単語とか古文単語とかは。 というのも、英単語とか古文単語とかは、右脳的な知識だから、そこに順番とか、秩序とかは「ねえ」ってことだよ。

音楽を覚えるのに、順番とか、秩序とかは「ねえ」わな?  そこのところ、言い換えれば、「別腹」に覚えるんだよ、英単語とか古文単語とかは。

オマエが英語とか古文がてきねえ理由を教えてやろう。 「別腹」に覚えないで、「左脳的な知識の棚」にきれいに収めようとしているから、オマエはいつまでたっても英語も古文もダメなんだ。

そんなことしないで、「和訳からコロケーションが出る」ことを目標として、ひたすらコロケーションの音声教材を聞き込んで、聞くときにその意味を画像として想像する。 その訓練を徹底したほうが、早く大量に覚えることができると思います。

英単語とか古文単語とかは、覚える場所が違うんだよ、歴史用語などとは。 英単語とか古文単語とかは、「音楽のストレージ」と同じ脳内領域に記録・記憶するんだよ。

英単語とか古文単語とかを整理するのが好きな人は、絶対に語学ができるようにはなりません。

「整理」とか、くだらないことしないで、もっと音声教材を聞けよ。 音声教材を聞くことが、語学の実践なんだよ。 実践しないで、「整理」とかの周辺領域ばっかり強化しても、キミの脳内辞書には、音声言語が録音されていないから、キミはけっして英語や古文ができるようにはなりません。 それは保証します。

脳内辞書の音声領域に語彙の音声部分が録音されていなければ、英語でも、古文でも、絶対に「万年素人」です。

英単語集、古文単語集において、「単語集の順番が悪いからおぼえづらい」ってヤツは、「自分は覚える方法を間違えています」「私はアホです」と公言しているようなものだ。

順番は関係ねえんだよ。 CMのイントロ当てクイズの例で、よく考えてみろ、このタコ! 

「英単語・古文単語を覚える」やり方は理科・社会の暗記にも応用可能

この記事では、「英単語・古文単語を覚える」と限定されていますけれども、例えば「化学 用語を暗記する」「生物 用語を暗記する」「地学 用語を暗記する」「歴史 用語を暗記する」「地理 用語を暗記する」「公民 用語を暗記する」といった試験対策にも、まったく同じ理論が通用します。

それも当然で、科目というのは「日本語の中のカテゴリー」にすぎないからです。

つまり「用語を覚える科目」=「暗記科目」というのは、ぜんぶ語学なのです。

したがって、「アンカーを覚えなければシップも暗記できるわけがない」という理屈も、それら暗記科目の用語暗記の作業に対して、そのまま適用できるわけです。

具体的には、「その意味は知らないけれども、用語の音声言語だけは何度も聞いて知っている」という状態を先に創り上げてしまう。 そのためには、用語を読み上げた音声教材を自作して、その音声教材をヒマさえあれば聞き込んでおく。

そのようにして、まずはアンカーであるところの用語(見出し語)だけを先にカンペキに覚えてしまうわけです。

勉強のできない人ほど、この逆をやります。 「歴史は暗記ではない」「理解が大事だ」などと称して、用語の暗記を先延ばしにするわけです。

それは間違っています。 先に用語を音声言語として暗記しないで、その「意味」が記憶に残りやすいか?  少しはものを考えろよ。

記憶を取り出すための糸口がアンカーなんだよ。 このアンカーが与えられたとき、その「意味」がパッと思い浮かぶようにする。

その逆に、「意味」が与えられたとき、アンカーである用語そのものが思い浮かぶようにする。

暗記物の勉強は、これ以外にないわけです。

そして、勉強の順番としては、まずアンカーである用語を音声言語として、意味もわからぬまま丸暗記してください。 耳に「音楽」として焼き付けるのです。

それができていれば、そのアンカーにシップ(関連情報)を芋づる式に結びつけてゆくだけで、「勉強ができる」「成績が良くなる」などの理想的状態が訪れるわけですよ。

アンカーとシップ

アンカー

英文読解中心の勉強だけでは、英語力が思ったように上がらない。

この経験則の背景に、どのような理論があるのか、考えてみました。

「アンカー(anchor)」という用語を定義します。

英語のanchorは「錨(いかり)、よりどころ、最終責任者」などの意味をもちます。

このサイトでいうアンカーとは、自分がホームポジションとして立脚する「立ち位置」のことだと考えてください。

例えば、「英単語を覚える」とは、アンカーを「私たち日本人の母語である日本語」から「外国語である英語」へと移転させる行いです。

「外国語学習=「言語学習」=「語学」とは、言語におけるアンカーの移行・移動・移転といったようなことです。

シップ

「シップ(ship)」という用語を定義します。

英語のshipは「船」のことです。「飛行機、大型の飛行機、宇宙船、船の乗組員」なども意味します。

このサイトでいうシップとは、アンカーに「対応づけられた相手」(カウンターパート:counterpart)のことだと考えてください。

「船が錨によって係留されている場面」を想像してください。

「核(コア)をなす」のはアンカーの側で、「アンカーにひもづけられたデータ」がシップの側です。

「太陽がアンカーで、惑星がシップ」といった感じです。

「原子核がアンカーで、電子がシップ」といった感じです。

例えば、「英単語の意味を覚える」とは、アンカーを「私たち日本人の母語である日本語」から「外国語である英語」へと移転させたうえで、英語の意味の世界から見て日本語の「意味におけるカウンターパート(対応づけられた相手)」は何か、という見方をします。

ここのところがわからりづらいと思いますので、次の項で説明します。

語学とはアンカーの(外国語への)移行

「外国語学習=「言語学習」=「語学」とは、言語におけるアンカーの移行・移動・移転といったようなことです。

●●●例えば、漢文をいくらやっても、漢文で作文する能力は身につきません。

なぜかというと、漢文の語順を記憶するためのよすがである「音声言語」(中国語の音声言語)というものが、漢文には存在しないからです。

漢詩には平仄というものがありますけれども、これも「申し訳程度のオマケ」にすぎません。

●●●例えば、英文読解をいくらやっても、英語で作文する能力は身につきません。

なぜかというと、英語の語順を記憶するためのよすがである「音声言語」(英語の音声言語)というものが、英文読解には存在しないからです。

音声言語は軽視されている

英文読解では、その音声言語の側面は軽視され、もっぱらパッセージの意味内容に重点が置かれます。 それは日本人英語教師の発音が下手くそだからです。 大半の日本人英語教師には、音声言語の教育を与える側としての「資格」がないと考えて結構です。

結局、「原語(英語や中国語など)の音声言語を覚えて日常的に取り扱う」ということが「外国語学習=「言語学習」=「語学」にとって、最低限必要な条件なのです。

だというのに、漢文や英文読解では、「パッセージの意味内容」という枝葉末節に焦点を当てる「論点ズラし」が行われている。

なぜかというと、漢文教師も中国語ができるわけではないし、英語教師も英語ができるわけではないから。

教師そのものが外国語ができないのに「教える立場に無理やり立とうとしている」から、わざわざ生徒・学習者が未知であろう意味内容をもつパッセージ(難しいパッセージ)を用意して、その難しいパッセージを読み解くことによって、いかにも教師において、英語ができます風の茶番を演じている。 教師に教える能力がないのに、能力があるフリをする茶番を演じている。 これが「漢文教育」や「英文読解を中心とする英語教育」で実際に行われていることです。

実際には、漢文教師の多くは中国語ができないし、英語教師の多くは英語ができない。

「中国語ができる」とは、中国語の音声言語ができる、ということです。音声言語が言語の本質だからです。

「英語ができる」とは、英語の音声言語ができる、ということです。音声言語が言語の本質だからです。

結局、「漢文教育」や「英文読解を中心とする英語教育」では、漢文や英語の音声言語部分を軽視・無視した状態で、言い換えれば、アンカーをあくまでも日本語の側に置いたまま、日本語という立脚点から外国語を「外部対象」として観測する、という立ち位置を取っていることにお気づきください。

それは結局、音声言語という媒体を使って、漢文例文、英語例文といった用例を暗記することが、「漢文教育」や「英文読解を中心とする英語教育」ではまったく軽視されているからです。

結局、「外国語にアンカーを移行させる」ということは、外国語の本質をなす「音声言語としての外国語」を暗記し、自分の脳内に採り入れることなのです。 「自分の脳内に採り入れた、音声言語としての外国語」というアンカーから見て、その意味はどうであるのか、派生語・反意語は何か、その語源は何か、などの「衛星」「電子」、言い換えれば、シップたちがひもづけられるのです。

言語の本質は音声言語にある

私たちが「言語を覚える」という場合、「音声言語ならば、歌を覚える要領で、比較的長い文でも覚えることができる」という原理を利用する以外に、有効な手段はないとお考えください。

歌ならば長いメロディでも覚えられる。

音声言語ならば長い文でも覚えられる。

これらは、まったくパラレルです。

言い換えれば、言葉を覚えるには、音声言語を利用する以外にない(と考えてよい)わけです。

リスニング・コンプリヘンションの試験があるから音声言語を重視するわけではない

もちろん、英語は「音声言語中心に勉強しなければ、リスニング・コンプリヘンションの試験で低得点に終わる」こいうことがいえます。

しかし「リスニングの試験があるから音声言語中心に勉強する」という他律的な理由で音声言語を重視するのではありません。

「言語の本質が音声であり、しかも言語を記憶し、その記憶を保持しておくのに最も適した媒体が音声言語である」という「言語と音声と脳との関係」から、必然的に導き出された「これしかない道」が「音声言語重視の道」だということなのです。

言語というものは、語の並び方(配列)なのです。

語の並び方(配列)における規則、言い換えれば、語順の文法をシンタックス(syntax)というのです。

語形変化における規則、言い換えれば、語順の文法をモーフォロジー(morphology)というのです。

ただし、「語が変化している」というのは「1つの見方」にすぎず、すべての言語は時間(t)の経過に応じて、最初から最後へ流れる「語の並び方(配列)」として表現されるのです。

そして、この「語の並び方(配列)」は、人間からは「音声」または「文字」として観測されます。

「音声」または「文字」のsequence(連続、連鎖……)として、言語は人間によって認知されるのです。

そして、赤ん坊が「音声言語」を第1に学び、「文字言語」を第2に学ぶことからわかるように、「音声言語」のほうが基本部分を担っているのです。

同様にして、非識字(いわゆる文盲)という状態も、「音声言語」は取り扱えても、「文字言語」は取り扱えない状態を意味する。 ここでも、「音声言語」のほうが基本部分を担っているであろうことが確認できる。

したがって、音声言語のほうが基底に存在し、その表現方法の1つが文字言語であろうという考え方が成り立つわけです。

さらに、音声には「直前の音声記憶」が「直後の音声記憶」を呼び起こす作用があります。

一定の曲順でしか聞かないCDを、何度も聞いたとします。 曲目Aが終わった後の無音部分で、曲目Bのイントロが心の中で聞こえてきます。 「次の曲はBだ」ということを、順番で記憶してしまっている。

あるいは、歌を思い出すとき、キッカケである曲の先頭部分が与えられれば、歌っていくうちに「直前の音声記憶」が「直後の音声記憶」を呼び起こす作用が発動され、覚えていないと思っていた歌を、最後まで歌いきってしまうことがあります。

つまり音声記憶には、想起におけるドミノ倒し効果(直前の音声記憶が直後の音声記憶のヒントになる)という性質が内在している。

そして、言語の本質が「語の並び方(配列)」であり、音声記憶にドミノ倒し効果があることから、言語というものは、音声言語としてその「語の並び方(配列)」を暗記するのにふさわしい、という結論になるわけです。

このブログでは、「単語を書いて覚える」人をコケにします。 そのやり方が「言語の本質が音声言語にあることを見落とした非効率なやり方だから」です。

そういう理論が背景にあるので、音声言語のない言語(例:漢文)などは、1000億年勉強を続けても、けっして上達しないわけなのです。

その漢文のやり方を、英語でもそのままやっていたのが、伊藤和夫先生などの英文読解を教える先生です。

センター試験、あるいは、東大英語にリスニング・コンプリヘンションの試験が導入されたのは、伊藤和夫先生、あるいは、伊藤和夫先生から影響を受けた、英文読解を教える先生をつぶすためです。

英文読解の授業が成立するのは、「音声言語の背景にある時間(t)を止めてしまう」という特殊環境を用意するからなのです。

「音声言語の背景にある時間(t)を止めてしまう」とは、「オンラインで動いている言語処理システムを止めている状態」です。

つまり実時間(リアルタイム)の言語処理を止めて、デバッグモードで言語処理をしている。

この「デバッグモードでの言語処理」という特殊な環境を、いつまでたっても解除せず、「音声言語の背景にある時間(t)を止めいる」というぬるま湯状態で英語学習を続けている。

それが、伊藤和夫先生、あるいは、伊藤和夫先生から影響を受けた、英文読解を教える先生が展開している「英語教育」です。

背景にあるのは、「音声言語の背景にある時間(t)を停止されている」という特殊な環境です。

言い換えれば、音声言語を取り扱わないで、英文読解の解説を行っている。

しかも「主語・目的語・補語、関係代名詞の先行詞……」など、生徒の聞き慣れないジャーゴン(jargon:わけのわからぬ専門用語)を振り回して、いかにも「能力があります」風の演技をしている。

しかし実際には、その言語の音声言語ができなければ、「その言語ができる」とはいえないのです。

なぜならば、「音声言語ができる」とは、「その言語を実時間処理できる」ということだから。

逆に言えば、実時間処理を停止させ、デバッグモードにしているから、伊藤和夫先生をはじめとする、「英語ができないのに英文読解の先生をしている先生」がはびこってきた。

というか、伊藤和夫先生だけでなく、99%の英語教師が「英語ができないのに英文読解の先生をしている先生」なのです。

英語教育をしたいのであれば、英語圏から英語のネイティブ・スピーカーを招いて、彼ら主体で英語教育を行うべきです。

文科省がやっているような、「英語ができないのに英文読解の先生をしている先生」の雇用を維持しながら、グローバル化wwに対応するために英語教育をする、という腐った状態をやめる必要がある。

一言、公教育における英語教育は、もうやめたほうがいいのです。

英語を学びたければ、私費で教室に通えばいい。 英語をやりたければ、ベルリッツに通えばいいんだよ。 優秀な人には、国が補助金を出せばいい。

学校教育の英語の時間は、数学・物理・化学という、日本の産業の根幹を支える科目に振り向けるべきです。

つまり、必要のないジャーゴン、必要のない解説がはびこるのは、言語の実時間処理を停止させているからなんです。

「言語の実時間処理を稼働させる」とは、英文読解の対象であるパッセージを、読むのではなく聞いて理解することです。 リーディングではなく、リスニング・コンプリヘンションです。

そしてリスニング・コンプリヘンションが可能なのは、「用例を音声言語として暗記する」という勉強を普段から積み重ねているからです。 そこには、必要のないジャーゴン、必要のない解説がはびこる余地はない。

だから、英語入試において、筆記試験を撤廃し、すべてリスニング・コンプリヘンションとスピーキングの試験に置き換えてしまえばいいのですよ。

さて、リスニング・コンプリヘンションの試験があろうが、なかろうが、言語で表現された内容を暗記するためには、音声言語を通じて行ったほうがラクに記憶でき、しかも記憶内容が維持されやすい。

だから「まずは用語を音声言語として覚える」「音声言語として覚えた内容を書けるように練習する」という順序を守って勉強したほうが、総合的に見て合理的なのです。

そして「音声言語を中心に勉強すること」がリスニング・コンプリヘンションの試験への対策にも自動的になる。一石二鳥というか、一石多鳥というか、そういうことなのですよ。

リスニング・コンプリヘンションの試験対策は、語彙増強という基礎作りの段階から音声言語中心でやっていかなければなりません。 付け焼き刃では、どうにもならないのがリスニング・コンプリヘンションなのです。

用例を覚えなければ発話や作文はできない

発話や作文といった言語のアウトプットは、暗記しておいた用例に語句を代入したり、暗記しておいた用例を変形したりして行います。

「暗記しておいた用例」を作るための「用例の暗記行為」は、音声言語を使わなければ無理です。

「長い文」や「大量の文」を苦しみなく覚えるためには、「音楽なら長い曲でも覚えられる」「音楽ならたくさんの曲でも覚えられる」という原理を利用するしかありません。

いわば「音声言語でインプット」しなければ「発話(音声言語)・作文(文字言語)」の道が封じられてしまうわけです。

「発話できる範囲」ならば、文法的思考などの雑念(余計な回路)を回避した直感的な聴解(リスニング・コンプリヘンション)が可能です。

「作文できる範囲」ならば、文法的思考などの雑念(余計な回路)を回避した直感的な読解(リーディング)が可能です。

ですので、「発話できる範囲」や「作文できる範囲」を、「用例を音声言語として暗記してゆくことを通じて」ジリジリと押し広げてゆくことが、語学力増強の唯一の道なのです。

音声教材を聞いて、用例の知識を増やすこと。 そこが突破口になります。 いや、突破口はそこしかないのです。

「アンカーを(外国語へ)移行させる」とは「外国語の音声言語を覚えること」

例えば、英文読解中心の勉強だけでは、英語力が思ったように上がらない。

この原因は、「アンカーを(外国語へ)移行させていない」という点にあります。

言い換えれば、英文読解中心の勉強をしていると、音声言語が疎かになってしまいます。

さて、それならば『速読英単語|Z会』のように、いわゆる英語長文に音声言語を付ければ、それが解決されるのか?  むろん、NOです。

【(1)用例が難しい】:「学習者において発話・作文が可能な難易度」を超えた難易度をもつパッセージが、わざわざ選ばれている。もっと平易な英文でなければ、覚えられない。

【(2)用例が長すぎる】:「学習者において発話・作文が可能な長さ」を超えた長さをもつパッセージが、わざわざ選ばれている。もっと短く簡潔な英文でなければ、覚えられない。

以上に示した2つの条件のいずれか1つでも満たしていれば、「暗記できない用例」となり、学習は不成立に終わります。

速読英単語1必修編[改訂第6版]』 は(1)(2)の両方を兼ね備えている(長文は難しく長いから覚えられない)ので地雷書といえます。

ソクタンは語彙増強用としては地雷書です。 ただし、重要な英単語をたくさん含んでいる長文読解教材としてなら、ソクタンも素晴らしい側面をもつと思います。 といってもソクタンは、長文に対しての文法解説が不十分ですから、もともと英語ができる人にしか、ソクタンの英文を直感的に読みこなすことは難しいでしょう。 したがってソクタンは、語彙増強用としても、長文読解教材としても、まず買わないほうがよい教材だといえます。

英単語ターゲット1900 5訂版 (大学JUKEN新書)』 は(1)を十二分に満たしているので地雷書といえます。 『英単語ターゲット1900』の用例は、入試英語長文の一部を取り出したもので、英文読解には適しても、暗記するには難しすぎる用例です。 この用例を平明に、しかも短く簡潔にリライトすれば、『英単語ターゲット1900』もよい単語集に生まれ変わることでしょう。 そもそも『英単語ターゲット1900』の著者は故人です。 「亡くなった方の英単語が改訂される」って、どう考えてもヘンだと思います。

結果として、 『速読英単語1必修編[改訂第6版]』 や 『英単語ターゲット1900 5訂版 (大学JUKEN新書)』 を使っている人の多くは、単に「見出し語」と「訳語」の並んだページを「見出し語」から「訳語」を想起する、という形式で使っているだけで、長文や用例は利用していない(ことが多い)。

「見出し語」から「訳語」を想起する、という形式で使っているだけでは、「アンカーを(外国語へ)移行させる」ことにはなりません。 「アンカーを(外国語へ)移行させる」とは「外国語の音声言語を覚えること」だからです。

英語という原語(外国語)そのものを音声言語として覚える。 しかも前後の語句とのインターフェイス(それは語法のこと)を損なわずに覚える。 しかし長すぎてはいけない。

そうなると、用例として適切なのは「長文でもない」「難しく長い例文でもない」ということになります。

結局、用例として適切なのは「短い例文」「連語(コロケーション)」のいずれか、ということになります。

「短い例文」「連語(コロケーション)」のいずれかを「用例」として、「和訳」から「用例」を想起する、という覚え方をしたほうが、単語を覚えるには手っ取り早いです。

というより、「和訳」から「用例」を想起する、という覚え方をしたほうが記憶が長持ちします。

なぜかというと、例えば「小学校の校歌を卒業後何年たっても忘れていない」など、「音声記憶は長持ちする性質」があるからです。

音声言語というものは「歌」「音楽」なので、「音声記憶は長持ちする性質」から、覚えたらなかなか忘れないのです。 なかなか忘れないから、復習があまり必要ありません。

それ以前に、音声言語というものは「歌」「音楽」なので、音声教材を何度も聞くだけで自然に覚えてしまうので(この部分は個人差が大きいと思います)、記憶することが苦痛ではないのです。 結果として、音声言語中心に勉強すると仕上がりが早くなり、単語集がボロボロになるようなことも、まず起こりません。

覚えやすく(この部分は個人差が大きいと思います)、記憶が長持ちし、しかも大量に覚えられる。 それが音声記憶の特長なのです。

「単語集がボロボロになるまでやる」という人は、楽器などを耳コピするときの音声バッファ(音声を超短期で記憶しておく領域)が未開発であり、「音から覚える」という部分が機能していない可能性が高いです。

さて、「記憶の対象が音声言語として記憶された」ということは、「アンカーが移行された」ことになる。

「アンカーが移行された」となると、アンカーの側から見て、「その意味は何なのか」ということを理解し覚えればよいだけになる。

しかも「その意味は何なのか」という部分は、何らかの手段で、すでに私たちが知っている内容であることが多い。

「単語集がボロボロになるまでやる」というのは、これはあくまでも比喩でして、実際に「単語集がボロボロになっている」としたら、いくつかの点で間違ったやり方をしている可能性がある、と私は思います。

(1)音声言語を覚える(ボイスレコーダーを多用する)ことが中心に据えられていれば、印刷教材を何度も手にすることはありませんので、印刷教材が物理的に傷むことは、あまり考えられません。

(2)「音声言語をボイスレコーダーで覚える」というやり方をしていれば、見出し語を音声言語として覚える期間は十分に短くなり、しかも記憶が長持ちしますから必要な復習回数が減る。この期間短縮効果を考えれば、印刷教材が物理的に傷むことは、あまり考えられません。

(3)「音声言語をボイスレコーダーで覚える」というやり方をしていれば、それはアンカーがしっかり定まっていることを意味しますから、赤シートで隠すなどして記憶チェックをするのに印刷教材を使う場合でも、印刷教材が物理的に激しく傷むことは、あまり考えられません。

まとめ

まとめると、以下のようになります。

――見出し語を含む用例をコロケーション(連語)として、しかも音声言語として、先に暗記しておく。言い換えれば、アンカーを先に定めておく。

――必ずアンカーを先に定めてから(見出し語を音声言語として暗記してから)、アンカーにひもづける関連情報(シップたち)を「連想」を利用しながら覚えることが必要。

――英単語、古文単語が覚えられない人は、アンカーを打ち立てていないのに、アンカーにひもづけられるシップたち(原義や派生的な語義、反意語・同義語など)を、無理やりひもづけようとしています。

――アンカーを「記憶取り出しのトリガー(≒検索キーワード)」として、その関連情報(シップたち)を脳内検索する練習をするのが、言語学習の第一歩なのです。

――言語学習の第ニ歩目は、関連情報(シップたち)からアンカーを逆引きすることです。ところが、アンカーが定まっていない場合、アンカーが想起できない(発話・作文ができない)のです。

――結局、アンカーを覚えることを抜きにして外国語学習を無理に推し進めても、その第一歩からして躓き、第二歩目も不成立となり、なかなか結果は出ないわけです。

――「キミが英単語、古文単語を覚えられないのは、アンカーである見出し語を音声言語として暗記していないからだ」ということになります。

――アンカーは学習対象となる外国語の音声言語に必ず置かなければなりません。「何が」「どういう意味をもつ」という場合の「何が」がアンカーです。アンカーを先に確定させて、そのアンカーにシップたちをひもづけてください。

――それは、「原点をとってから、座標の取り方を決めてください」というようなことです。

――アンカーを「あくまでも日本語に置く」というのが、漢文であり、英文読解中心の英語なのです。これでは、絶対に中国語の運用能力、英語の運用能力は高まりません。

――「シップからアンカーを逆引きする」というのが、アンカーを覚えるために有効です。

――具体的には、英語なら英作文をせよ、ということです。まずは「訳語」から「見出し語」が単語レベルで言えるか。書けるか。その段階から英訳を始めて、「連語(コロケーション)」で英訳ができるか。「例文(センテンス)」で英訳ができるか。それらをチェックすることを、ここでは「英作文をする」と言っているのです。

――英作文をする、古文作文をするなどは、常識からすると「そんなの試験に出ないからムダじゃん」と思うでしょう。そこがオマエの盆暗なところなんだよ。

――英作文をする、古文作文をするなどは、アンカーの記憶を強固にするから、語彙増強においてむしろ近道なのです。

コロケーション(連語)の定義

連語(コロケーション)とは、「形容詞句+名詞句」「他動詞+目的語(名詞句・名詞節)」など、「ひとかたまりでこの品詞(名詞句、形容詞句、副詞句など)とは言い切れない、文の一部を取り出した表現」のうち、よく使われる表現のことです。

連語(コロケーション)と熟語の違いは、少なくとも英熟語では、「この表現が句動詞」「この表現が句前置詞」など、「ひとかたまりでこの品詞(名詞句、形容詞句、副詞句など)とは言い切れる表現」をいいます。 日本語の熟語には、いろいろな考え方があるのでしょうが。

何をコロケーションと見なすかは、かなりテキトウ・イイカゲンなので、あまり厳密に考えないでください。

コロケーション(連語)型の英単語集だけを使う

「何が」「どういう意味をもつ」という場合、アンカーは「何が」に置かなければなりません。 「何が」のほうを、先に音声言語として念入りに覚えてしまうことが大事です。

ただし、単語がそれ単独では点にすぎません。この状態では、周囲の語句とのインターフェイス(それは語法のこと)情報が消失していますので、発話・作文に応用することができません。

つまり単語を何らかの用例に代入する場合は、「その位置に代入してよい語法をもつか否か」という点を判断してからでないと代入することができないわけです。 平たい言葉でいえば、「代入互換性」があるかどうか、その情報がなければ、誤った表現になる危険性が高いわけです。

その「代入互換性」は、「代入主体である単語・熟語の前後の語句」と、「代入先である用例の被代入側である単語・熟語の前後の語句」とが、語法として一致しているか否かで判断します。

発話・作文といった「表現のために使える語彙」を増やすためには、単語も熟語も、コロケーション(連語)単位で暗記し、コロケーション(連語)単位で代入・変形して利用するしかありません。

文法というものは、いろいろな語句に共通の「汎用的語法」にすぎません。 個別具体的な語法の領域まで、文法は関与していません。 つまり、文法を深く学んでも、個別具体的な単語・熟語の使い方まで知ることはできないわけです。

そういう意味において、文法に深入りするのは愚かなことです。

周囲の語句とのインターフェイス(それは語法のこと)情報を保持したままで、可能なかぎり短く切り詰めた表現にしたい。

そのギリギリの短さを追求したものをコロケーション(連語)というのです。

なお、コロケーション(連語)のことを『システム英単語|駿台文庫』ではミニマル・フレーズと呼んでいます。 ミニマル・フレーズもコロケーション(連語)も、中身は同じものです。

どの言語でも、「用例をコロケーション(連語)として覚える」という部分を経験・通過しないで、単語の意味を覚えようとしても不可能なのです。

なぜですか? アンカーがないのに、シップをひもづけようとしているからです。

物事を記憶するときは、「何をアンカーとして、何をシップとするのか」を分析したうえで、適切に学習を推進してください。

英単語、古文単語が覚えられない人は、アンカーとシップを逆にしているのですよ。

覚えるべき解答であるシップ(見出し語)のほうを見てしまっており、問題である訳語のほうを暗記している。だから単語集が真っ黒になっちまうんだ。

逆だよ、逆。「訳語から見出し語を思い出す」ようにしなければダメ。つまり英作文、古文作文が正常な順番なのよ。

つまり、アンカーをしっかり覚える段階では、和訳・口語訳から、見出し語を想起する練習をすることが、効率的な暗記作業を展開するコツになるわけさ。

それなのに、多くの人は、見出し語を見て語義を隠している。正常な順番の逆をやって、「アンカーがないのにシップをひもづけようと必死こいている」わけです。

その状態では、単語集が真っ黒になっても、記憶はきっと曖昧だよ。

これが効率の悪い勉強の見本です。

逆算して、「和訳・口語訳から、見出し語を想起する練習をする」のに適している「長さ」と「難易度」というものが、おのずと定まってくる。

言い換えれば、学習者が再生記憶レベルで暗記できる「長さ」と「難易度」とを兼ね備えた用例以外は、やたらに提示してもムダなんだよ、英単語集とか古文単語集においては。

その「長さ」とは、具体的には、「短い例文」「連語(コロケーション)」のいずれかです。

そして「難しい用例」「長い用例」のどちらか1つでも満たしていればNGなのです。

ソクタンとかターゲットの著者が見落としているのは、再生記憶レベルで暗記できる「長さ」と「難易度」とを兼ね備えた用例以外は、やたらに提示してもムダだという点です。 だって「長さ」と「難易度」のいずれかが障害となって、アンカーである「見出し語を含む用例」を覚えられないんだから。

この点に注目するかぎり、コロケーション(連語)を覚えさせる形式の英単語集しか「使えない」ことは当然なのです。

結論としては、大学入試へ向けての英単語集として買うに値するのは、コロケーション(連語)を覚えるタイプの英単語集だけです。

どのように教材を選択するか

シス単(システム英単語|駿台文庫)は、「無印(標準編)」と「Basic(基本編)」とで、内容の大半が重複しており、音声教材が別売なので、無視してよいでしょう。

現実的には、音声教材のディスクが付属しており、しかも音声教材がダウンロードできる、オンタン(音読英単語|Z会)の2冊をこなすのが、バランスのとれたやり方になると思います。

音読英単語 必修編[改訂版] · ゆきんこの勉強法 | 自修人

Z会 高校 英語 · ゆきんこの勉強法 | 自修人

さらにハイレベルな英単語集については、『入試英単語の王道2000+50|河合出版』の後半部分を利用するのが1つの手でしょう。

難しい英単語を深追いすると、むしろ総合得点が下がりますので、適度なところで見切りをつけたいもの。 その「難単語を追っかける上限」を適切に示してくれるのが『入試英単語の王道2000+50』だと思います。

そしてぶっちゃけると、『入試英単語の王道2000+50』の後半部分はカットしても、どうせ合格すると思います。ムダだと思います。

オンタン(音読英単語|Z会)の2冊をこなすことに専念する。

しかも入門編のオンタンは、中学英語の復習にも踏み込んでおり、かなり易しく作られています。

入門編のオンタンは、進学校である難関高校の受験を目指す中学生など、学習の進んだ中学生にふさわしいぐらいの難易度だと思います。

ってことは、オンタンは必修編だけなんですよ、事実上は。

オンタンは最初から音声教材が付属しているので、安上がりです。

どうして単語ではなくコロケーション(連語)を覚えるのか

単語には状況情報が含まれていない

単語がそれ単独では点にすぎません。 点と点がなければ線分が作られません。

「表現がもつ意味としての画像(情景)」というものは、たぶん点では不十分であり、少なくとも2点をつなぐ1本の線分である必要があるのでしょう。

コロケーション(連語)は、それ単体で線分を内包している表現です。

例えば、shut the window tight(窓をキッチリ閉める)というコロケーション(連語)には、すでに「表現がもつ意味としての画像(情景)」がそこに含まれているのです。

(1)単語が2語以上ないと「点と点とを結んだ線分」が形成されない。 「点と点とを結んだ線分」が形成されることが、「表現がもつ意味としての画像(情景)」が生まれ出ることである。

(2)「表現がもつ意味としての画像(情景)」が思い浮かばない表現は、その意味内容が、なかなか覚えられず、記憶に留まり続けることも難しい。 表現の意味内容は、必ず画像化して取り扱うことが必要。 例えば、英語のコロケーションについて、その意味を「日本語という言語」で暗記しても実用にはならない。 コロケーションの意味は、画像として思い浮かべる。 日本語に訳すときは、画像を日本語で実況中継するだけ。 けっして「表面的な訳語(ことば)」を暗記するのではない。 画像化された意味内容を画像記憶する。ファイルの種類は「mp4」の拡張子をもつ動画ファイルだとお考えください。 意味は動画ファイルとして覚えるのです。 その動画ファイルには言語は含まれておらず、画像・イメージ(視覚以外の印象も含む)など、非言語的な内容が記録されています。

(3)外国語の意味を把握するときは、辞書を引いたりして「単語の単純な置換」を行うのではありません。 外国語の音声言語から、直接、動画ファイルが生成できる状態を練習し、その動画ファイルを日本語で実況中継することで、擬似的に翻訳するのです。 というより、それが翻訳の本質なのです。 大学入試では、英語でも、古文でも、訳出問題というものは、「逐語的に処理しなければ減点する」という学習上は有害無益な採点基準が採用されているようです。 もちろん、大学によっても異なるでしょうが。 そのような採点基準に合わせるときは、面従腹背で、介護の気持ちで加齢臭ジジイ・ババアどものお相手をしてやってください。

(4)「意味を情景化しやすい」という点では、単語よりもコロケーションのほうが断然、情景化しやすいわけです。 ところが、耳コピのできない人は、ちょっとでも音声情報が長くなると、それだけで覚えられなくなってしまう。 そういう音声バッファの鍛えられていない人(耳の悪い人)が、コロケーションで覚えることを避けて、単語で覚えたがるわけです。 英語教師の中にも、「単語で覚えたほうがラク」という残念な人がたくさんいます。 そういう先生は「英文法を体系的に学べばどんな英文で訳せる」とか「英単語は語源から覚えよ」とか「英英辞典を引かないから英語力がつかない」とか、カンペキに間違っていることを吹聴しますので要注意です。

(5)語義はMP4ファイルであり、その内容は非言語的です。語義というものは、日本語で定義しようが、英語で定義しようが、生成されるのは非言語的内容をもつ動画ファイルという形式なので、「英英辞典を引かないから英語力がつかない」と主張する英語教師は、本質がまったくわかっていません。 コイツは盆暗です。

(6)「英文法を体系的に学べばどんな英文で訳せる」わけがねえ。 英文読解は、そのパッセージが語られている話題の背景知識が9割だ。 英語力がなくても、化学が得意なら、化学の英語論文が曲がりなりにも理解できる。 しかし、英語力の高い化学オンチには、化学の英語論文は理解できない。 英文法は、コロケーションで覚えた単語の知識が増えてきたら、何か薄い英文法書をやれば十分です。 高校生なら『英文法のエッセンス|9784469245981|4469245984』と『表現英文法[増補改訂第2版]|9784864541039|4864541035』を併用するのがお勧めです。 高校生に必要な英文法の例文を網羅したいのなら、『くもんの高校英文法―高校1~3年(スーパーステップ)|9784774321523|4774321524』の音声教材(無料ダウンロード)が利用できます。

要点100%高校入試英文法(要点100%シリーズ)|9784774302980|4774302988

本当に薄い本なので、「中学生の英文法はたったこれだけ」というものが視覚的にわかります。解説は少ないです。音声教材なし。

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『よくわかる英文法―授業の理解から入試対策まで(MY BEST)|9784053036766|4053036763』は、本文用紙が分厚くて重たい本だけど、ゴチャゴチャ書いてなくて、大事なことだけがちゃんと書いてあります。

たくさん説明してほしい人には物足りないかもしれないけれども、なかなかすぐれていると思います。

中学生が高校課程を先取り学習する場合にも、『よくわかる英文法―授業の理解から入試対策まで(MY BEST)|9784053036766|4053036763』はけっこう使えると思います。

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いちど英文法を学び終えた人が復習するのに向いている、必要最小限の英文法がコンパクトにまとまった好著です。これで初めて英文法を学ぶのには、あまり向いていないようです。私は好きですけれども。

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魔法の英文法(J新書 9)|9784863920064|4863920067

本当に薄い本なので、「英文法はたったこれだけ」というものが視覚的にわかります。解説は少ないです。CDが付いています。これで初めて英文法を学ぶのには、あまり向いていないようです。私は好きですけれども。

英文法のエッセンス|9784469245981|4469245984

説明を詳しくしながらも、語法に立ち入らない英文法です。全体が概観できます。音声教材なし。

表現英文法[増補改訂第2版]|9784864541039|4864541035【NEW!】

説明のたいへん詳しい英文法書です。他書で英文法の骨格を暗記した後に、調べるために、あるいは通読する書として利用してください。

(7)「英単語は語源から覚えよ」と教える英語教師がいますけれども、程度問題です。 un-やin-/im-などが「反対語を作る接頭辞」などは覚えておいてもよい。 というか、英単語を覚えていると、その規則性に気づくから、あえて「語源から覚える英単語集」などを買ったりする必要もない。 「語源から覚える英単語集」を書く人は、「語源で整理する」を自己目的にしてしまいがちです。 「ゴロで古文単語を覚える」という方法をすべての古文単語に適用するとか、「語源で英単語を覚える」という方法をすべての英単語に適用するとか、そういう「一律なやり方」は必ず失敗します。 単語それぞれに、「こうしたら覚えやすい」という糸口の種類が異なるからです。 丸暗記を罪悪視したり、丸暗記を敵視したりする人は、じつはその人において、暗記力に弱点を抱えているから、酸っぱいブドウの理論で、そういうことを言うのです。 考えてみてください。英語圏の赤ん坊が、語源からのアプローチで英単語を覚えていると思いますか?  もちろん、反意語を造語するとか、派生語を作るといったときに、接頭辞・接尾辞の知識は多少は必要になります。 しかし、その程度のことは、英単語を数多く覚えてゆけば、自然とわかってくるものなのです。 『ニューヴィクトリーアンカー英和辞典 第3版: CDつき』 の巻末には、「フォニックスのまとめ」と「接辞のまとめ」が両方とも載っています。 古本の『ニューヴィクトリーアンカー英和辞典』でも、その部分は変わりませんので、1つ前の版、2つ前の版の古書でも十分です。 大学入試へ向けて、知っておくのは、それぐらいで十分です。 語源からのアプローチは、「できるだけたくさんの用例を音声言語として耳から暗記する」という本来的な言語学習(それはスポーツです)からすると、横道にそれた戯れにすぎません。 それはいわば、くだらんことですから、『ニューヴィクトリーアンカー英和辞典』の巻末以上の知識は追い求めなくて結構です。

単語には状況情報が含まれていないので連語にしないと暗記できない

単語の「意味」は画像(動画も含む)

例えば、英単語について、英単語の「意味」が、「英単語の音波(音声言語)から連想される思い出の情景」である場合が最適状態です。

「言葉の意味」とは、「言葉の本質をなす音波(音声言語)から連想される思い出の情景」なのです。

「言葉の意味」とは、画像情報(動画である場合もあります)なのです。

ですので、英単語や古文単語をゴロ合わせで覚えるのは、複合的な意味でアホです。

例えば英単語の「意味」は画像なのです。

それをゴロ合わせで覚えようとしている時点で、「言葉の意味」が「言葉そのもの」(例:英語から日本語としての訳語への写像)だと勘違いしていることがわかります。

「英語から日本語へ訳す」とは、英語の音声言語から思い浮かんだ画像を日本語で実況中継するだけであり、そこに「文字置換のような、言葉レベルでの置き換え」はありません。

つまりゴロ合わせで英単語を覚えようとすることは、英単語の「意味」を「日本語」の「訳語」を覚えようとしている点で、そもそも「ハズしている」。

そして、「画像を思い起こす場合の想起時間」は短く、「音声言語(本体の訳語、あるいは、ゴロ合わせをも含めて)を思い起こす想起時間」は長いのです。 画像の想起は一瞬ですけれども、「訳語」という言語は、その音声言語を再生する1秒未満程度の想起タイムラグがあり、これが最大のガンです。

したがって、英単語の「意味」を「日本語の訳語」として暗記している人は、リスニング・コンプリヘンションに対応できずに、リスニング試験では低得点に終わるでしょう。

さらに、ゴロ合わせというのは、「日本語の訳語」を含んだ、また別の文言を「二次的な訳語」として暗記するやり方ですので、さらに階層が1つ加わるので、想起時間がさらに長くなる。

このため、ゴロ合わせで英単語を覚えた人は、リスニング・コンプリヘンションにまったく対応できずに、リスニング試験では0点に終わるでしょう。

またゴロには、「ゴロが保持している独自の情景」があり、それが「英単語の意味としての画像」に干渉します。

英単語の「意味」が、「英単語の音波(音声言語)から連想される思い出の情景」である場合が最適状態であり、この最適状態に「いろいろ余計な介在要素」が加われば加わるほど、想起スピード、想起の正確さが減じられてゆきます。

(1)英単語の「意味」を「訳語という名の日本語」として覚えてはなりません。その日本語は音声言語ですから、その音声の再生時間だけ想起に時間がかかります。 その想起タイムラグが、リスニング・コンプリヘンションに悪影響を与えますし、英語長文を読むのが遅い原因になっているのです。 「その英単語の音声言語から連想される思い出の情景」という画像情報として暗記してください。

(2)英単語「意味」を「ゴロ合わせ」として覚えてはなりません。「ゴロ合わせ」は「訳語という名の日本語」から派生して「副次情報」ですから、「訳語という名の日本語」よりもさらに想起に手間取ります。 また「ゴロが保持している独自の情景」が「英単語の意味としての画像」と競合して、互いに干渉し合い、まったく残念な結果にしかなりません。

画像(動画も含む)は冗長で具体的でないと覚えられない

そもそも、私たちが「意味」として大量に正確に記憶できる内容は、画像情報です。

ですので、一定の意味上のまとまりをもった(いわば画像化できるだけの最低ラインをクリアした)表現でなければ、その意味を大量に正確に記憶できないわけです。

「concept」と「概念」とを結びつける暗記作業をしたとしましょう。 しかし、こんなものは具体的な場面・情景・文脈を伴わないので、画像化できない。 画像化できないものは、短期間で忘却します。

それが例えば、「a concept car」(コンセプトカー、試作車)というコロケーションとして覚えると、自動車ショーの自動車が画像情報となり、その試作車の色やデザインとともに、「concept」という英単語の意味の一部が記憶されます。

一定以上の冗長性、具体性をもった画像でなければ、記憶することができない。 そう考えてください。

原理はよくわかりませんkれども、漢文句形の用例(例:「常ニ不レV」)、コンピュータ言語の用例などで、「常ニ不レV」などの抽象化された一般形が、読者にとってまったく意味不明の飾りにしかならないことが、よく知られています。 「抽象化・一般化は読者が自分で行うから、表現の中の定数部分を色刷りするなどして区別するだけにして、あくまでも具体的な用例だけ示せばよい」と私は考えます。

HTML、CSS、JavaScript、正規表現などコンピュータ言語の用例などでは、具体例がなく、書き手が自己満足で書いた「意味不明の一般形」が書き記されていることが多々あります。 書き手は、「自分だけに通じる表現」を使ってしまっている、と私は感じています。

代名詞の多すぎる用例は暗記しづらいことが、経験則として知られています。 『快速英熟語構文|文英堂』についても、用例に代名詞が濫用されているため、「具体的な状況画像」が読者の脳裏に思い浮かびにくく、そのためマイナーな学習参考書に留まっているのだと思います

短い表現しか覚えたくない人ほど語学で爆死する

英単語や古文単語を覚えることに「恐怖心」「億劫さ」を感じている。 そういう心的態度をもつ人は、覚える情報を少なくしようとする。 例えば、「concept」と「概念」とを結びつけるだけで終わらせ、逃げてしまいたいと思っている。 このため、「一定以上の冗長性、具体性をもった画像でなければ、記憶することができない」という法則性に抵触し、結果として、「英単語や古文単語が覚えられない」ということになるのです。

「恐怖心」「億劫さ」を感じながら、逃げ腰で対応すると、すべての努力がムダになります。

「腰掛け程度で要領よく終わらせる」という逃げ腰の態度が、何事も中途半端な段階で投げ出し、1つも得意分野を確立することができなかったオマエの人生の「残念な状態」を生んでいるんだよ。

それは要領がいいのではない。 学習の対象を、文字通り対象化して、「その対象にアンカーを移すことによって、対象と一体化する」ことを避けているだけ。

創造性を発揮できるだけの深さで、対象と一体化できない中途半端なヤツがオマエなんだよ。

英単語とその意味を、クイック・レスポンス式で覚えても、その記憶維持には、定期的な復習が必要になってくる。 メインテナンスのコストがバカにならないのです。

もちろん、英語長文のような、ストーリー性のある用例を丸ごと覚えてカンペキに暗誦できれば、それが理想です。 ストーリーを内包した用例は、それだけで「内部に広い映像空間」を保持していますので、きわめて印象深い。

言語学習の究極的な姿は、あらゆる「必要な表現」が含まれている、1本のドラマ・映画を、セリフから場面から何から、すべて丸暗記することです。

文科省が本気で英語教育を考えているのだったら、500億円程度の予算で、数本の英語教育映画を制作することです。 もちろん、英語圏の脚本家、監督、俳優などに外注するのです。

映画を「音声」「画像」ごと丸暗記する以上の言語学習法は、存在しないと思います。 それには、巨額の資金と膨大な時間・手間がかかるでしょうけれども。

英語長文のような、ストーリー性のある用例を丸ごと覚えてカンペキに暗誦するためには、その英語長文を構成するパーツそれぞれを、どこかで自分の知識として知っていなければなりません。 何も知らない状態から、いきなりそんなに長い英語長文を覚えるなんて無理です。

つまり、学習の初期段階では、コロケーション(連語)をコツコツ覚えてゆく。 そのように、最初のうちは、500円玉貯金のようなことを積み重ねてゆくしかないわけです。

そのコツコツ続けた努力が花開けば、英語長文を比較的短時間で覚えてしまうことも可能です。

それが可能なのは、コロケーション(連語)としてたくさん覚えている語彙の知識が土台にあるからです。

英単語とその意味を、クイック・レスポンス式で覚えても、それが土台となって英語長文の暗記に役立つ確率は、それほど高くありません。

なぜかというと、英単語が単独だと(1)「語法の情報が消去されている」のと、(2)「その意味を画像として思い浮かべにくい(具体性を欠く)」といったことが考えられます。

英単語とその意味を、クイック・レスポンス式で覚えるやり方も、1つの覚え方として、あるいは、きわめて短期間で「結果」を出さなければならないとには、きわめて有効です。

しかし、英単語とその意味を、クイック・レスポンス式で覚えるやり方は、コツコツ続けて成果の出やすいやり方とはいえません。

コロケーション(連語)をコツコツ暗記してゆくのが、中長期的には「正解」だと思います。

「べし」の意味をスイカトメテヨと覚える人

例えば、古文のできない人は、「べし」の意味を「スイカトメテヨ」と覚えます。

それは、助動詞という単語の「意味」の本質が、「推量・意志・可能・当然・命令・適当・予定」といった、「意味」を表す「言葉」である熟語にあると考えているから。

どうすればいいの? 

「べし」については、英文法における法助動詞(can、could、may、might、shall、should、will、would、ought to、must、need、dare、dared、used)に完全に対応しています。

法助動詞(can、could、may、might、shall、should、will、would、ought to、must、need、dare、dared、used)をすべてひっくるめて一言で言える表現があります。 それは「be to 不定詞」の「be to」です。

この「be to」は「べし」とまったく同じ意味をもつ「汎用的助動詞」です。

toは「そちらの方向へ向かいながらも、未然・未遂である状態」を表す前置詞です。 不定詞の背景にあるニュアンスは、「そちらの方向へ向かいながらも、未然・未遂である状態」です。

この「そちらの方向へ向かいながらも、未然・未遂である状態」を背景に思い描きながら、「推量・意志・可能・当然・命令・適当・予定」の「意味」を表す「べし」の各用例を「場面を情景化・画像化」することによって暗記してください。

盆暗なキミは、きっと見落としていると思うけど、「用例を暗記してください」と申し上げていますよ。

用例は音読して、音声言語として、言い換えれば、「音楽」として暗記してください。

その用例の音声を暗記するときに、用例の意味内容を脳内で情景化・画像化して、その画像とともに音声言語を体験する。

その「画像とともに音声言語を体験する」というセットを、何度も繰り返してください。

それが「助動詞の意味を覚える」ということの具体的なやり方です。

高校の古文教師は「推量・意志・可能・当然・命令・適当・予定」を「すいかとめてよ」と覚えさせたり、用例を提示して「推量」とか「適当」とか答えさせたりするでしょう。

しかし実際には、あらゆる「多義的語彙」は2つ以上の意味に解釈できることもあるので、そういう試験問題を出す人は盆暗だといえます。

逆に、「推量・意志・可能・当然・命令・適当・予定」といった意味をもつ口語訳を、「べし」を用いて古文作文(古作文)せよ、という試験問題ならOKです。 何でも「べし」にしておけばOKだからです。

いずれにしても、「べし」を訳させる問題というのは、「べし」が多義的であるだけに、まず成り立ちません。

英語でも同じで、「be toの意味を特定せよ」とか、「この完了形は継続・経験・完了・結果のうちどれか」とか、そういう問題は成り立たないことが大半です。

「be to」の意味はいくつかにまたがることが多い。

「完了形」の意味はいくつかにまたがることが多い。

「分詞構文」の意味はいくつかにまたがることが多い。

だから、そういうのを試験に出すには無理があるのです。

ところが、試験で「推量・意志・可能・当然・命令・適当・予定」のいずれかを答えさせるために、「すいかとめてよ」と覚えさせたがる古文教師がいる。

しかし実際には、そういう出題には無理がある。

とにかく、古典文法の助詞・助動詞の意味は、「推量・意志・可能・当然・命令・適当・予定」といった左脳的・言語的な説明そのものを覚えないでください。

各意味を表す各用例の意味内容を情景化して、その画像を「思い出の場面」とすることが大事です。

そうして、用例を読み上げれば(用例を聞くと)「思い出の場面」がよみがえる。

そういう、「なつかしい音楽を聞いたら、その音楽をよく聞いていた頃の、あの思い出が鮮やかによみがえる」といった感じを目指してください。

それは、いわゆる「勉強」の領域ではなく、「音楽と情動」とか、「思い出の懐かしさ」とか、そういうウェットな世界なのです。

語学というものを、文法用語などの堅苦しいものとしてではなく、そのようなウェットなものとして捉えられる精神状態こそ、学習対象である言語(ここでは古文)にアンカーを移した、高次元の勉強法なのですよ。

古文を外部のものとして対象化して、古文という「外国語」を外部から捉えているようでは、その高次元の勉強法には到達できないと思います。

「勉強内容を自分の感覚器官で直接とらえるような感じ」をつかみ取ってください。

例えば、炎色反応でも「色の名前」で覚えるのではなく、「青色はソーダ味のグミ」とか、「オレンジ色はオレンジ味のグミ」とか、そういう感覚的な覚え方をすることが大事だと思います。

 
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