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Creates · ゆきんこの勉強法 | 自修人

焦点距離テーブル

フルサイズ換算
焦点距離
Canon以外
APS-Cサイズ
Canon
APS-Cサイズ
マイクロフォーサーズ 予備
10 6.66666666666667 6.25 5
11 7.33333333333333 6.875 5.5
12 8 7.5 6
13 8.66666666666667 8.125 6.5
14 9.33333333333333 8.75 7
15 10 9.375 7.5
16 10.6666666666667 10 8
17 11.3333333333333 10.625 8.5
18 12 11.25 9
19 12.6666666666667 11.875 9.5
20 13.3333333333333 12.5 10
21 14 13.125 10.5
22 14.6666666666667 13.75 11
23 15.3333333333333 14.375 11.5 手を伸ばした
自撮画角
24 16 15 12
25 16.6666666666667 15.625 12.5
26 17.3333333333333 16.25 13
27 18 16.875 13.5
28 18.6666666666667 17.5 14
29 19.3333333333333 18.125 14.5
30 20 18.75 15
31 20.6666666666667 19.375 15.5
32 21.3333333333333 20 16
33 22 20.625 16.5
34 22.6666666666667 21.25 17
35 23.3333333333333 21.875 17.5
36 24 22.5 18
37 24.6666666666667 23.125 18.5
38 25.3333333333333 23.75 19
39 26 24.375 19.5
40 26.6666666666667 25 20
41 27.3333333333333 25.625 20.5
42 28 26.25 21
43 28.6666666666667 26.875 21.5
44 29.3333333333333 27.5 22
45 30 28.125 22.5
46 30.6666666666667 28.75 23
47 31.3333333333333 29.375 23.5
48 32 30 24
49 32.6666666666667 30.625 24.5
50 33.3333333333333 31.25 25 目で見たまま
の画角

ゲーム実況のためのPC選びについては、ここにぜんぶ書いてあった

【2019年最新版】ゲーム実況で必要なPCスペックと、おすすめPCの選び方

以上のアットウィキに付け加えたい点。

●AMD Rizenは買うな。 AMD Rizenは、多コアのプロセッサを出しているけれども、1コアあたりの演算性能が低いらしい。 これだと、動画編集ソフトなど、一般のソフト(マルチコア・マルチスレッドに最適化されていないソフト)の動作が重たくて、実用にならないらしい。 AMD RizenのPCは、マルチコア・マルチスレッドに最適化されている一部のソフトだけが爆速になる。 AMD RizenのPCは、難しくて素人にはわからない。 そう思っておけばいい。 とにかく、プロセッサはIntel一択で考える。

●配信用のPCなら6コア以上ないと苦しい。 6コアは死守する。 理想は8コア(Core i7やCore i9)。 Core i5でも6コアのヤツでないと使い物にならない。 Core i5にするのは、コストを抑えるため。 お金が余っていればCore i7やCore i9が理想だ。

●プロセッサを6コア6スレッドのCore i5に抑えておいて、グラフィックボードを「GeForce RTX 2070」ではなく「GeForce RTX 2080」にする。 このほうが、ゲーム実況では、結果がよいと思う。 結局、PCゲームソフトを走らせるときのボトルネックが、レンダリング(描出)性能にあることが多いので、プロセッサよりもグラフィックボードを「盛る」ほうが結果が好ましいことが多い。 「CPUよりGPUを盛る」というのが、生配信、ゲーム録画・ゲーム配信に特化したPCの特殊性になると思う。

●6コア12スレッドでも、6コア6スレッドでも、「普段使いの使用感は、そこまで変わらない」。 12スレッドを発動するのは、よっぽど高負荷の場合だけだから。 したがって、6コア6スレッドのプロセッサを購入することでコストを抑える。

●Intel Quick Sync Videoは、新しいプロセッサほど改善されている可能性がある。 1世代前のプロセッサを買わないで、最新のプロセッサを選ぶ。

●PCは短期間で性能向上が著しいので、安いPC(15万円未満、あるいは、20万円未満)を短期間で乗り換えていくほうがよい。 しかも「配信用PC」と「PCゲーム用PC」との2台体制のほうが安定するらしいので、「配信用PC」として、コストを抑えたCore i5機を、とりあえず確保しておく。 その後、PCゲームにハマったら、Core i7やCore i9のゲーミングPCの購入を検討する。 この2段階方式がいいかもしれない。

●とにかく、PCは性能向上が急激だから、時期を違えて、安いのを2度買ったほうが、幸せになりやすい。

Gitの導入

【初心者向け】Gitのインストール方法をわかり易く解説(画面付き)

YouTube動画のページでYouTubeへのリンク(サムネール表示を経由)をつくるJavaScript(ブックマークレットのモトになる)

私のフリーウェア · ゆきんこの勉強法 | 自修人

JavaScriptのリンク取得ツールが使えないサイト|CopyTabTitleUrl

私のフリーウェア · ゆきんこの勉強法 | 自修人

ワンネスと分け御霊

ワンネスという打ち上げ花火から飛び散った星たちが、けっして交わることのない軌跡を描きながら広がりをつくっていく。

私たちが「分け御霊(わけみたま)」といわれるのは、そういうことだと思う。

複数のPCでキーボードとマウスを共有する

2台以上のPCでマウスとキーボードを共有するテク (旅人目線のデジタルレポ 中山智) - Engadget 日本版

フルHD(1080p)での配信に特化したPCなら6コア6スレッドのCore i5でよい

インテル® Core™ i5 プロセッサー・ファミリー

PCというものは、1台に複数のことをやらせるよりも、1台はゲームプレイ用、1台は配信エンコード用といったように、別のPCに分けたほうが効率がよい。

Core i5のPCを2台買ったほうが、Core i9とかのお化けPCを1台買うより、安くて結果もよいと思う。

PCによる生配信は、分散処理がキモだよ。

そして、コメ見用のノートPCやスマホは、別で走らせておく。

配信用PCが、たとえデスクトップPCでも、コメも表示させるだけで負荷が大きくなるから、コメ表示用のノートPCを別で走らせておく。

PCによる生配信は、分散処理がキモだよ。

配信用PCで「盛る」べきところはキャプチャーボードとグラフィックボード

キャプチャーボードはBlackmagic Designのを考えてみる

方針として、ローランドのビデオミキサーなどにお金をかけず、純粋にキャプチャーボードにお金をかけて、画面切り換えはOBSやXsplitなどのソフト側でおこなうのがよい。

ある程度素速く操作するためには、それぞれのソフトウェアのショートカットキーを使うとともに、そのショートカットキーを、プログラマブルキーボードに記憶させて使うといい。

私は以下の78キーの機種を、黒と白とで1台ずつ使用している。 78キーの機種2台を、以下のノートPCスタンドを使って、二段構成にして、左手で押して操作している。 定型操作をキー割り当てして高速化しないと、効率が悪くてやってられない。

この66キー 78キーの機種は、キー割当(キーアサイン)を記憶させたら、電源を切っても、66キー 78キーの機種それ自体が不揮発性メモリにキー割当を記憶している。 このため、キー割当の登録時以外は、PC上のソフトウェアに依存しておらず、PC上のソフトウェアの制約を受けない。 具体的には、Windowsさえ66キー 78キーの機種を認識してくれれば、何台でも66キー 78キーの機種を同じPCにつなげることが「理論上は」可能だろう。 実際、2台までならいけた。

このプログラマブルキーボードは、キーを登録するときは、1つのPCについて1台のみを認識するので、PCを立ち上げるときに、プログラマブルキーボード1台だけをUSB接続して、他のプログラマブルキーボードをUSBポートから抜いておく必要がある。 しかもUSBハブではなく、PCに直結のUSB2.0のポートのほうが、しっかりと認識する。 プログラマブルキーボードに、いったんキーアサインを記憶させてしまえば、USBハブをかました先の末端部のUSBポートからでも、しっかりと機能する。 キーアサインをするときだけ、特別な操作になると思っておけばよい。
66キー 78キー プログラマブルキーボード チェリー黒軸 | ジェイダブルシステム

ジェイダブルシステムについても、会員登録しておくと、半額とか、アホみたいに安い値段で売ることがあるよ。

66キーのを2台予備として買ったけれども、これは在庫処分のため、半額の投げ売りだったから。

とにかく、プログラマブルキーボードを使うと、ソフトウェアの操作が速くなり、生配信にも適する状況になる。

結局、メニュー階層に入らず、物理ボタンで直接操作すればいいのだから、ショートカットキーとプログラマブルキーボードが適任。 しかし、ソフトウェアがショートカットキーに対応している度合いにもよる。

さらには、デスクトップなどに音源ファイルへのショートカットをいくつか用意しておいて、ショートカットキーを割り当てておけば、簡易ポン出しになる。

ホットキーの登録状況を確認する|Windows 8.1では動くHotkeysの詳細情報 : Vector ソフトを探す!

バッチファイルなどの安定性を考えると、まだまだWindows 10は不安定であり、Windows 8.1をギリギリまで使い続けることになると思う。 PCで大事なのは安定性である。 Windows 10では、たくさんの「やらかし」があるので、まだまだWindows 10は安心できない。 すでにOSはお金の儲かる領域ではなくなってしまったし、Windowsという増築に増築を重ねたオンボロ旅館みたいなOSに未来はない。 だからMicrosoftには、有能なエンジニアは務めていないと思う。 有能なエンジニアにとって、Microsoftという会社は、エキサイティングな会社ではないのだ。 だからこそ、Windows 10において、大きなバグが目立つのだろう。 RISC-Vベースの無料OSが世界的に公開され、それに最適化されたソフトウェアが出そろってから、「パソコン元年」だと思う。 Microsoftは、すでに「終了」していると見ている、私は。 PC/AT互換機のPCが世界に広まったわけだけれども、それも米国から日本への脅しとか、力づくでやっただけだもんね。 NECのPC98のほうが、ずっと「使える」PCだったと思う。 向上などでは、いまだにPC98が動いていると思うよ。 もちろん、Windows XPなんて現役バリバリだからね。 多様性が失われたせいで、PC業界は面白みがなくなった。 MicrosoftとAppleは、両方とも負け組だわな。 PCとサーバーを合わせて考えると、Linuxの一人勝ちだわ。

OBSは、バージョンが上がると不安定になることが多いので、いまいち信頼できない。 生配信を安定に続けたい場合、OBSとXsplitなど、相互に代替手段になる複数の配信ソフトを用意して、設定を事前に済ませておく必要があろうかと思う。

Open Broadcaster Software

ゲームプレイのライブ配信と録画 | XSplit

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グラフィックボードは最高グレードのヤツから1つか2つ下のヤツでいい

重たいゲームをしない、あるいは、ゲームはゲーム機で行い、そのキャプチャー映像を配信するだけ。 こういった場合、ゲームの画像処理に割くだけのパワーは必要ない。

フルHD-60=1080p-60で生配信できれば御の字なので、それを超えるスペックのグラフィックボードはカットする。

そういう場合、「GeForce RTX 2080」「GeForce RTX 2070」ぐらいのグラフィックボードでじゅうぶんだと思う。 「GeForce RTX 2070」でじゅうぶんだよ。

結局、Core i5の6コア6スレッドのプロセッサに、GeForce RTX 2070を積んだグラフィックボードを組み合わせる。 この方針で、機種選定をするとよい。

HDDはうるさいし、熱を出すので、常時接続しておくのではなく、ファイルのバックアップを取るときだけ接続するのがよい。 ということは、システムドライブ(WindowsではCドライブ)はSATA接続の500GBぐらいのSSDがよいということになる。

動画編集ソフトを使う場合、動画クリップのI/O(入出力)において、最も待たされるので、動画クリップを置くフォルダーは、M.2のSSDにしておくのが、サクサク動画編集する方法。

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グラフィックボードは電気食い虫であり、グラフィックボードの消費電力に応じて、PCの電源も強化する必要がしょうじてくる。

グラフィックボードを過剰に盛っても、いろいろな意味で効率が悪い。

ただし、電源が良質で高容量だと、PCが安定するし、電力もあまり食わない。 電源だけは、1000Wなど盛っておき、その電源を次のPCにも流用するとか、大いにアリだと思う。 デスクトップPCの場合、マザボとCPUだけ取っ替えて、電源とケースは使い回したほうがいい。 こうなると、半自作になるけれども、これをやっておくと、高性能のPCを安く手にすることができるようになる。

やられたよ、完全に

なんか私は勘違いしていたみたい。

モニターのiiyamaは、マウスコンピュータが買収したらしい。

2006年10月に株式会社MCJから会社分割されて設立した。2008年10月にパソコン機器メーカーの株式会社イーヤマを吸収合併しており、iiyamaブランドのモニターの発売元でもある。

引用元: マウスコンピューター - Wikipedia

iiyamaのモニターは、マウスコンピュータ。

そして、パソコン工房のiiyama PCというのは、モニターのiiyamaとは別だけれども、そこは大人の事情で触れちゃいけないことになっている印象を受ける。 ファッションブランドのような、イタい感じがちょっとする。 でも、パソコン工房のiiyama PCのロゴと、私の持っているiiyamaのディスプレイのロゴが似てるんだよ、とっても。

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安心の国内生産パソコン iiyama PC ブランドオフィシャルサイト
モニター・液晶ディスプレイの iiyama

「パソコン工房のiiyama PCのロゴ」は直立書体だけれども、ディスプレイのiiyamaは文字が斜体になっているんだ。 それと「∞(無限大)」のマークのところが、ちょっと違う。 完全にやられたよ。 こうゆうことして、いいの? 

私がゆっている「安くて品質のいいiiyamaのモニター」というのは、マウスコンピュータのヤツだと思う。

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iiyamaのモニターは、1万円台のでも、そこまで悪くない品質。 Amazonのタイムセールとかで安くなったタイミングに、色彩を揃えるために、同じ型番のヤツを2台か3台、買っておくとよい。 同じモニターを3台使うと、カーレーシングのゲーム、フライトシミュレーターなどで「囲まれ感」があって、臨場感が出ると思う。

配信・動画編集する場合、23型~24型のモニターが2つはあったほうがいい。 さらにいえば、サブで10型~21型の第3のモニターがあると、かなり便利。 そのためには、モニター1台が安いことが大事。 「iiyamaは安くて高品質」であり、「EIZOは高くて高品質」。

でも、中古で譲り受けた三菱電機の古いモニターのほうが、iiyamaのモニターよりきれいだな。 でも三菱電機はPCモニターから撤退したからね。

三菱電機がダメとなると、きれいなモニターはEIZO(ナナオ)になると思う。 私もEIZOのモニターを15万円で買ったことがある。 EIZOのモニターは目が疲れない。

価格.com - EIZO(ナナオ)のPCモニター・液晶ディスプレイ 価格の安い順


カメラを買うなら、カメラのキタムラで買ったほうが、全国に支店網があるから、購入にも、売却にも、修理にも、いろいろと便利。

同様の考えで、パソコン工房は全国に支店があるから、パソコン工房で買っておけば、修理のときなどにパソコン工房の支店が利用できる。 iiyama PCと、モニターのiiyamaが別だとしても、パソコン工房でPCを買っておくというのは、けっこういいと思う。 急に壊れたとき、ショップに直接持ち込めるというのは、ありがたいから。

したがって、デスクトップPCでも、あんまりデカいPCではなく、タクシーに乗って運んでいけるぐらいのデスクトップPCにしておいたほうがいいかもしれない。

あるいは、宅配業者の人が撮りに来て修理してくれるような契約があれば、それを利用する。 例えば、延長修理保証とか。

電磁的レンズ

信じるか信じないかは、あなた次第。 2025年頃までに、「電磁場を形成することによって、光線を正確に屈曲させる技術」が開発される。 この電磁場の中で2つの電磁的レンズを前後にスライドさせることによって、焦点距離が変えられる(電磁的光学ズーム機能)。 結局、単焦点レンズ(ガラス製)の前玉の前方に、電磁的フォーカルレデューサー機能をもつ電磁的ズームレンズが付くかたちになる。 見かけは単焦点レンズの付いた小さなカメラだけれども、超望遠ズームまで可能なカメラになる。必ず出てくるね。

周波数が低いと「自由の大事さ」に鈍感である傾向がある

例えば、母子家庭でお母さんが娘に、薬剤師になるよう強制してくる話が某知恵袋に載っていた。

結局、お母さん自身の老後が心配だから、子供を安定した職業に就かせて、金づるにしようということだろう。

「我が子を所有物と考える親」の典型である。

このとき「お母さんはお前のためを思って」という言い方をするけれども、「ためを思うのだったら放っておいてあげてね」というのが実際のところだ。

「親としての自分が思い描いたような人生を我が子に送らせること」が「親の愛」だと勘違いしている人が多い。


こうした件について、気づきがあったのでメモをしておく。

各自のハイヤーセルフは、みなもとと直結している。

ハイヤーセルフは、各自に最もふさわしいヒントを、各自が感じる「こひしたふわよ〔こ=心地よい、ひ=ひかれる、し=しっくりする、た=楽しい、ふ=腑に落ちる、わ=ワクワクする、よ=喜びを感じる〕」を通して、教えてくれる。

「こひしたふわよ」を感ずる対象・場面などなどは、おのおの異なるので、両親といえども、我が子の「こひしたふわよ」に口出し・手出しすることはできない。

そういう意味において、「魂のあり方」というシステムそのものが「個別的」「てんでんこ」なのである。

したがって、人生の岐路に立ち、選択に悩んだ場合、例えば、進路に悩んだ場合には、けっして他者に相談せず、自己との対話を繰り返すべきである。

そして「誰々のために」など「他人軸の雑念」を取り払い、純粋に自分の「こひしたふわよ」だけにフォーカスして、素直な自分として、何かを選択することが大事だ。

この「自己責任で選択・決断をなし、かつ、選択・決断した結果をぜんぶ自分が引き受ける」というトレーニングこそが「魂の学びと成長」における、重要な部分なのである。


(1)各自の「こひしたふわよ」については、誰にも口出し・手出しできない。 「こひしたふわよ」は、みなもとから、各自のハイヤーセルフを通じて、各自に与えられたヒント、いいかえれば、指令である。 そこには、誰も介入できない。 したがって、宇宙では、各自の自由意志が最大限に重んじられるのだろうと思う。 だから「両親が我が子のためを思って、こうしたら安全なのだから、こうしたほうがいい、こうするべきだ」という「ある種の強制」をすることは、各自の自由意志を侵害する行為であり、宇宙レベルで許されない。 また悪意をもって、誰かに「ああしろ・こうしろ」と、本人の意志に反した命令をすることは、宇宙レベルで許されない。 宇宙では、各自の自由意志が最大限に尊重される。 その背景には、各自のハイヤーセルフを通して、各自に対してみなもとから与えられるヒント、指令を妨害することは、宇宙レベルで許されないという事情があるのだと、私は現在のところ思っている。

(2)私は「先輩風を吹かせる人」「兄貴風を吹かせる人」というのが嫌いだ。 それは私の父親が、そんな感じの人だったせいかもしれない。 私は子供の頃から、赤ちゃんにも自分で決める権利があるのだとずっと思ってきた。 だから「年齢を重ねた人」「偉い人」が、「年齢の少ない人」「偉くない人=下っ端とされる人」に指図・命令することを、ものすごく嫌っていた。 したがって、学校の先生に親しみを感じたことはない。 その「年齢を重ねた人」「偉い人」のことを、「頭が悪く、精神のレベルが低い」と、いつも感じていた。 感覚としては、「大した人間でもないのに、人に命令するなよ」と思っていた。 それは私が父に感じていた実感的な人物像である。 それは幼稚園の頃から、あるいは、小学校1年の頃から、ずっと感じ続けている。 もちろん、父には、光の側面もあるわけだけれども、私がフォーカスしていたのは、「見識や能力がないのに、指図・命令する父親」という側面であった。 中学2年頃から、父親について、自分より確実に愚かだと感じ続けてきた。 そして、私自身の「かわいくない」ところは、父親にけっしてすり寄らず、「お前バカだろ」的な雰囲気を、父親に対して放射していた件だ。 客観的に見ると、「憎たらしい、可愛くない子供」だったんだよ、私は。 そして、その父親にかんする独特の「やばつい感じ=湿り気がまとわりつくような不快な感触」を感じる対象が、世の中のあちこちに存在することがわかった。 その「やばつい感じ」を私が感じ取る対象が、不良・ヤクザとか、日体大出身の学校の体育教師とか、警察官・消防士とか、自衛隊員とか、いわば「暴力と密接に関係している人たち」に共通する要素だということに気づいた。 父親は高校で空手部だった。 さもありなん、と納得した。

私が父親に感じてきた「やばつい感じ」は、父親だけでなく、世の中の「暴力と親和性の高い精神のあり方」「知力の低い独特の感じ」をともなう人々において共通するものであったと思う。

この手の人たちが、「ああしろ・こうしろ」と「指図・命令」あるいは「しつけ・指導」したがるのは、総合的にみて、この手の人たちが「理解していない」「把握していない」からだと思い至った。

そして、「この手の人たち」の中に、現在の私自身も片足を突っ込んでいるので、特大ブーメランであることを、ここで高らかに宣言しておく。


特大ブーメランだからといって、指摘しないというのは、「何事も明らかにして、表に出して、日に当てることによって、正常化されてゆく」という昨今の地球のあり方に反すると思う。

「ジャッジメントである」という批判をするなら、勝手にしてくらはい。

表に出して、解明して、じっとガン見を食らわすことによってのみ、悪い要素は消滅するわけだから、特大ブーメランでも、ゆっていくよ、私は。


「私たちが一体である」というのは、必ず「各自のハイヤーセルフを通じてみなもととつながっている」という「みなもと経由のつながり」において「一体」=「ワンネス」なのだろうと思う。

リーダーを祭り上げて、グループを組んで「私たちはワンネス」とかって、おそらくは、大きな勘違いだから、やめといたほうがいいと思う。

「自分軸で生きる」「独立個人として自立する」という点が基本になっていると思う。

そのうえで、「各自のハイヤーセルフを通じてみなもととつながっている」という経路を通じて、「こひしたふわよ」を感じた人どうしが、ゆるやかに連合体をつくる。 これが、けっこういい線いってるあり方だと思う。


私が父を「やばつい」と感じた最大の理由、「ゆるやかに連合体をつくる」という感覚が、父には理解できなかったから。

父は「上から下へ向かってものをいう」という感じでしか、子供と接することができなかった。

父の中には、「イーブン(evne)な関係」というのがなかった。

必ず「上」か「下」というふうに、不等号になるんだよね、父の場合。

これは、私が「イヌやサルが群れという社会をつくるときの序列というルール」と表現しているものだ。

この「序列で群れをつくる性質」というのが、不良・ヤクザとか、日体大出身の学校の体育教師とか、警察官・消防士とか、自衛隊員とか、いわば「暴力と密接に関係している人たち」に共通する要素であると感じてきた。

そして「序列で群れをつくる性質」の一環として、「先輩風を吹かせる」「兄貴風を吹かせる」というふるまいがあることがわかってきた。

その「先輩風を吹かせる」「兄貴風を吹かせる」の一環として、「ああしろ・こうしろ」と「指図・命令」あるいは「しつけ・指導」したがる性質があるのだということが、わかってきた。


「周波数が低い」=「知力が低い」=「意識レベルが低い」=「暴力と密接に関係している」=「序列で群れをつくる性質が強い」=「べったりした(やばつい)密な人間関係を好む」 といった諸現象は、ほとんどが同時に起きているように、私には感じられる。 それは、文法や語学でいう「それらの現象が共起する(co-occur)」ということだ。

そして「序列で群れをつくる」「密な人間関係を好む」といった点から、「先輩風を吹かせる」「兄貴風を吹かせる」、あるいは、「ああしろ・こうしろ」と「指図・命令」あるいは「しつけ・指導」したがる性質が生まれているらしい。

これらの性質は、「自己責任で選択・決断をなし、かつ、選択・決断した結果をぜんぶ自分が引き受ける」という「魂の学びと成長」を目指したトレーニングを阻害する要因と見なすことができる。

「群れをつくる」という時点で、「群れの仲間への配慮」という他人軸の要素が入る。

本当に成長する時期は、人間は「個」になる必要があるわけだし、もともと人間は「個」として生まれ、「個」として死んでゆく存在である。

そして、「個」としての自分と、自分のハイヤーセルフを通じて、みなもととつながっているだけであり、他者と直接つながるということは、原則としては、ないと思っている、今のところ。

ただし私は、ツインフレームなどのことを知らぬ段階にあり、ツインフレームなどのことを考慮しないまま論じているので、そこは割り引いて受け取ってほしい。

New Revelations About Twin Flames! - YouTube

ああ、何というシンクロニシティでしょう。 ビバリー・ネーションさんが、ツインフレームについて語っています。 動物がツインフレームだという場合もあるらしい。

どーぶつだよ、どーぶつ。

結局、ツインフレームに別れた背景というのは、二手に分かれたほうが、輪廻転生する中で、経験が二倍になって、成長が早まるというようなことらしい。


リーダーが「責任はぜんぶオレが取る」みたいなことゆっても、それは「できないことを約束していること」になる。

人生の責任というものは、「個」が自身の責任を請け負えるだけで、それ以上のものは、請け負えない。 これが原則だと思う。

例えば、子供の進路に口出しする親がいたとして、その責任を親が取れるのか? ということだよ。

「ああしろ・こうしろ」と「指図・命令」あるいは「しつけ・指導」したがる人は、この「他者の責任を取ることが、原理として無理である件」を知らないのか、忘れているのか、ということだ。

他者の人生の選択に関与しようなんて、責任も取れないくせに、まったく思慮が浅いんだよね。

「他者の責任を取ることが、原理として無理である件」を把握・理解していないから、安易に「指図・命令」あるいは「しつけ・指導」をしたがるんだよ。

そして「他者を育てる」ということに関与すると、自己の成長が遅れる。 この法則は、かなり当を得ていると思う。

それは「他者を育てる」というのが他人軸だから。

自分と他者は、分け御霊(みなもとから分かれ出た魂)どうしであり、それは「個」と「個」なんだよね、原則的には。

そして「個」には、それぞれ独自の自分軸がある。

「他者を育てる」となると、自分の「個」としての自分軸をズラして、他者に関与することになる。

自分軸からズレた分だけ、成長が遅れがちになる。 これは、性質として、あると思う。

他者を育成することが「悪い」のではなく、「他者を育成することに関与すると、自分軸からズレる傾向が強くなる」という部分の「自分軸からズレる」という部分が問題の中心なのだと思う。

グループ行動をしている人たちは成長が遅い。

それは、グループのリーダー、あるいは、グループのメンバーたちなど、他者と密に関わりすぎるので、「自分軸からズレやすい」「自己の内面への集中が途絶えやすい」という背景があるからだと思う。

そして依存心。


「自己責任で選択・決断をなし、かつ、選択・決断した結果をぜんぶ自分が引き受ける」という「魂の学びと成長」を目指したトレーニングは、原則として、「個」としておこなわれるのだと私は思っている。

「ひとりで立ち向かう」というのが、そのトレーニングの本質だと思う。

「グループ行動をしている人たちは成長が遅い」というのは、「グループを組む人たちに、依存心という共振が起こっている」からだと思う。

「個」にならないと、トレーニングは始まらないのだと思う。

「序列で群れをつくる」「密な人間関係を好む」といった依存心の強い状態では、トレーニングは始まらないのだと思う。

例えば、予備校で友達をつくらず、「個」を通す人というのは、よい結果を残す傾向があると思う。

つまり孤独に耐えられる人ほど、依存心が弱く(独立心が強く)、周波数が高い傾向があるので、よい結果を残す可能性が高いと思う。

自分軸を貫くとなると、必ず「個として立つ」ことが求められる。

それは、「それぞれの魂の自分軸」が、それぞれ「異なる方向」「異なる角度」をもつから。

「個」として立つことなしに、正確に自分軸で生きることはできない。

「誰かのためを思って自分を曲げる」「誰かに合わせる」といったようなことを繰り返していたのでは、自分軸で生きているとはいえない。

去年2018年から今年2019年ぐらいにかけて、「季節の変わり目」を通過した結果、「3次元の地球」が存続することを前提にした人間関係は、いったん解消される方向へと、「場」が大きく動いた感じがする。

なぜかというと、「地球とともに上がっていく人」と「もう一度物質的な世界を体験するために下がっていく人」とに、大きく分かれてしまうから。

さらに、どういうスピードで周波数を上げていくか、あるいは、次元を上げていくか、それぞれの魂でペースが異なる。

だから「従来の人間関係」は、早晩、終わりを告げて、「個」としていったんバラバラになり、そして新たに、同じ周波数の魂どうしが惹かれ合い、新たなグループというか、連合体をつくっていくのだと思う。

いわば「再編」が起こる。

再編にあたり、「個」として動きやすくなっていることが、とても重要。

いいかえれば、しがらみのような、古い人間関係は、捨ててしまうべき時期に来ている。


自分軸に忠実に生きると、「異を唱える」ことも多くなるだろうから、「見かけ上の調和」は崩れるだろう。

「見かけ上の調和」は「3次元の地球」が存続することを前提にした人間関係において生じていた、ある種の「幻影」だったのだ。

それを手放す。

そうやって「見かけ上の調和」を手放しながら「自分軸に最大限に忠実であり続けること」が「ハイヤーセルフが発する『こひしたふわよ』に最大限に忠実に生きること」なのだと思う。

結局、自分軸とは、自分のハイヤーセルフの方針・姿勢なのだと思う。


群れを離れて「個」になって散れ! 

「個」としての自分を生きるとは、自分軸で生きるということ。

自分軸で生きてこそ、オーケストラにおいて与えられたパートを全うすることになる。

1つとして同じパートはないのだと思う。

群れをなすことをやめて、なるべく「個」として行動しよう。

群れをなすと、群れの仲間やリーダーという「他人に合わせる生き方」になってしまうから。

闇の勢力が私たちに植え付けている観念も、それだよ。

学校でも、会社や役場といった職場でも、「組織の一員として」という制約を受ける。

つまり群れの仲間やリーダーという「他人に合わせる生き方」が「立派」だという「眠りに入りやすい社会通念」が人工的につくられているんだよ。

「個」を生きる人が「浮く」ように、「常識」「良識」が闇の勢力によって、でっち上げられてきたんだ。

だったらカンタンだよ、答えは。

組織を離れて「個」に戻り、自己との対話を開始せよ。 内面との通信を復活させよ。 それが結局、覚醒への道筋なのだと思う。

群れているうちは、けっして自己の内面と対話することなどできないのだと思う。

もちろん、協力し合うことは大事だ。

しかしそのときは、ゆるやかな連合体にとどめ、けっして必要以上に馴れ合わぬこと。

距離感を大事にしよう。

そして何よりも「個」の時間を大事にし、自己との対話を大事にしよう。

しんちゃん ed14 ありの歌

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一人称視点・客観視点|地上視点・俯瞰視点|単眼・複眼

遺伝子工学を応用して地球人類をつくった人々の生き残りが、闇の勢力だ。

闇の勢力は、私たち人類を地球周辺の時空間に閉じ込めて、私たち人類を何度も転生させて、奴隷としてこき使ってきた。

ただしそれは「闇」の側面であり、一方の「光」の側面では、私たちが神(創造主)になる準備として、多種多様な経験を積むために、あえて地球という「苦しみも少なくない実験場・学びと成長の場」を選んで、意図的にここへ転生してきたのだ。

私たちは、創造主になるための準備として、苦しい「地球という場」を選び、何度も転生して、鍛えてきたのだと思う。

そういう意味では、私たちにとって、闇の勢力も、恩人なんだよね。 鬼コーチというか。

そういうのも、すべてみなもとの計らいだと思う。

みなもとの発案した「魂の学びと成長」という大計画に沿って、私たちが順調に育ってきたということらしい。


そもそも「地球上の私たち」は、奴隷になるように最初から意図され、遺伝子工学の結果として「製造」された人工生命体(水棲爬虫類を土台とする)なんだって。

罪悪感と無価値感と恐怖心がとくに強くなるように、私たちの「いくつかある、見えない身体(物理的肉体の外側に広がる電磁場としての身体)」に、最初からインプラントが仕込まれているらしい。

このインプラントというのは、物理的な視覚では見えない。 インプラントといっても、「物理的肉体の外側に広がる電磁場としての身体」に仕込まれたものだから。

関係ないけど、大きな音声、水におびえるのは、レムリア大陸が沈むときの「M15の大地震」のときの爆音の記憶のトラウマが原因かもしれない。

レムリア大陸が沈むときの大音響だけで、多くのレムリア人が亡くなったらしいから。

ワイングラス共鳴 - YouTube

Speaker sound break a wine glass / 音でワイングラスを割る - YouTube

ワイングラスを音で割る(共鳴実験) 清風中学・高校 数学物理クラブ - YouTube

「特定周波数で強く振動する対象」は、共振を利用すれば、音波で破壊することだって可能だ。 レムリアが沈むとき、溺れて死ぬ以前に、音波で亡くなった人が多いというのは、理解できる。

※なお、割れやすいワイングラスは、非対称性をもっていると思う。 つまり、ガラスの厚みや強度が一定でなく、どこかに薄い・弱い部分を抱えている。 そのため、そこにヒズミが溜まって、閾値・臨界点を超えて、破壊が起こるのだと思う。 ということは、「心身のバランスがとれていること」「心身のジオメトリーが調整されていること」が、心身を強くしてくれるのではないかという仮説が成り立つ。 グラウンディングというのは、そういう側面をもつのだと思う。

共振によって対象を破壊することもできる。 また逆に、共振を利用すれば、対象を急激に目覚めさせることも可能だ。 だから並木良和さんが「電波塔になれ」と強く推奨しているのだと思う。

メトロノーム同期(100個) - YouTube

関係ないけど、あくびが周囲に移るのも、共振だろうね。 「あくびのうた」(あくびはどうして出るのかなぁ)。

【作業用BGM】 ゆうがたクインテット 歌 - YouTube

あと風邪が移るなども、ウィルスによる感染というのが物理次元の説明で、もっと高次の世界では、波動の共振が起こっているだけだと思う。 つまり周波数を上げるだけ上げたら、「病気が移らない身体」になるのだと思う。 共振しないから、影響を受けない。


闇の勢力が私たちをいじめているように感じるのは、彼らが幼稚で無知で鈍感で愚かな側面をもつから。

しかし闇の勢力には、邪悪な側面もあるけれども、その一方で、コンピュータやインターネットなどといった文明の利器のつくり方を、高次の存在たちから降ろして、地上に実現している。

闇の勢力も、人類に多大な貢献をしているわけだし、闇と光のコラボによって陰影を濃くしながら(コントラストを上げながら)、この「成長と学びの場である地球」を盛り上げてきた。

そして、闇の勢力も、じつはヤラセで悪役をしてたんです、デヘッっていうオチになるわけよ。

だから深刻ぶって、「ああいう危機が来る」「こういう危機が来る」と、恐怖心・焦燥感をあおるような人は、たぶん理解していないんだよね、仕組みを。

闇の勢力も、光の勢力も、ぜんぶ神々とか天使とか、高次の存在たちです。 お役目で悪役をやってんだよね。

したがって、テロとかも、ぜんぶ茶番だから真に受けないように。


「幼稚で無知で鈍感で愚かな側面」というのは、「後方確認しないでバックするおっちょこちょい」といったような側面のこと。

魂の未熟さの原因は、だいたい、こうした部分、つまり、「後方確認しないでバックするおっちょこちょい」といったような部分にある。 闇の勢力も、そういう部分をたくさんもっている。 闇の勢力は、案外、バカだ。 したがって、私たちが本気を出せば、闇の勢力の支配など、数か月で終わらせることができる。

しかし「スピリチュアルな意味でのエナジー・アタック」には細心の注意を払いながら、という条件が付く。

要は、「闇の勢力よりも周波数が高い注意の払い方をする」=「闇の勢力も細心である(彼らを上回るほど用心深く注意深い)」という点に意を用いれば、必ずマトリックスは破壊できる。

「無条件の愛・感謝という周波数で強烈な共振を起こせば、ワイングラスを共振で割るのと同じ要領で、マトリックスが一気に破壊される」という場面をイメージすればいいのだと私は思っている。

闇の勢力は攻撃が一本調子で、闇の勢力がマスコミから流してくる情報が、地球の周波数を誘発するものばかりなんだよね。 もうちょっと巧妙にやればバレなかったのに、闇の勢力は、案外、馬鹿正直で間抜けなんだよ。

結局、闇の勢力がマスコミから流してくる情報は、すべて「私たちに無条件の愛・感謝を思い起こさせるための警鐘」だと考えればいい。 そして闇の勢力がマスコミから流してくる情報を、無条件の愛・感謝の視点から解釈し直して、光と闇を「統合」することによって「ひかり」に還元してしまう。 そのトレーニング用に、闇の勢力がマスコミから流してくる情報を利用してしまう。 そこで鍛えられると、あらゆるネガティブな情報を光と闇を「統合」することによって「ひかり」に還元してしまうことが得意になると思う。

宇宙の振り子の周期が、「分離の季節」から「統合の季節」へと移ってしまっているので、「分離を維持しよう」という闇の勢力の努力は、してもムダな努力なんだよね。 逆風なのよ、闇の勢力にとっては。 だから、この闇の勢力との勝負には、必ず勝てるわけだよ。 宇宙の周期だから、ぜったいに闇の勢力が負けるのよ。 その時期を早めようということだけなんだわ。

マトリックスをぶち壊していくのは痛快だろ?  ワイングラスが割れるように、マトリックスがある日、ある時刻に閾値・臨界点を超えて、機能停止するんだわ。 うれしい「この世の終わり」だわ。

(1)「敏感に感じ取る」「学び取ろうとする意欲が高い」「集中の持続力が高い」が上昇へのカギだろう。 「感じ取る力」「学び取る力」「忘れないで意識し続ける力」が足りないから他者を傷つける結果になる。 「他者をカンタンに傷つける」という自分がもっている「脆弱性」は、同時に、「自分が闇の勢力に付け入る隙を与える」という「脆弱性」にもなっている。 大事なことだよ。 他者を傷つけるのは、本人が強いからじゃないんだ。 意識のクロックが低い、いいかえれば、意識の密度が低いので、やることに抜け漏れが多く、やることが粗暴だから、カンタンに他者を傷つけているだけ。 強いわけじゃないんだよ。 いいかえれば、粗暴で傲慢な人間は、意識のクロックが低いからそのような状態にあるわけで、彼・彼女は脇が甘いから、すぐ闇の勢力、悪や魔に付け入られる。 例えば、強がる人、虚勢を張る人、攻撃性の強い人は、大きな脆弱性を抱えているから、すぐ闇の勢力、悪や魔に付け入られる。

(2)「他者の身になる」というのは、想像力を支える「高い知力」が背景にないといけない気がする。 自己無価値感が強いと、権力/暴力を行使するなどして、「自分を強く立派に見せてやろう」という他人軸の思考パターンにおちいることがある。 自己無価値感が強ければ強いほど、「他者の身になる」どころか、権力/暴力の行使において、冷酷非情になりがち。 「自分が強いところを、自分自身にも、他者にも見せつける」という茶番を演じて、自己無価値感を何とか抑制しようともがいているからこそ、限度を超えて冷酷非情になってしまうのだ。 そこには「他者の身になる」「自己と他者はもともとはワンネスからきているという感覚」は、まるでない。 スピリチュアル的には「自分が存在するだけで、自分は尊い」という視点に至るのが目標。 ただし、そこまで至らなくても、この世で「何かを通じて自分を磨く」ことによって、自己無価値感を払拭しようともがく、そういう「中間の段階」はあるのだと思う。 権力側にすり寄って「虎の威を借る狐」になることによって、かりそめに自己無価値感を感じないようにしている人たちは、その「何かを通じて自分を磨く」という段階にすら達していないと感じる。 彼らは「幼稚で無知で鈍感で愚かな側面」を強くもっていると思う。 共振によって、そういう未熟な人たちが、特定の「場」に引き寄せられる。 これからは、本当にフルイにかけられる。 子供に説明できないような、いかがわしい職業だったら、やめちまえよ。

(3)「鈍感」「無知」「集中力のゆるみ」などによって、必要のない痛み・苦しみを周囲に与えてやしないか。 私たちは、その視点から、自分を振り返る必要があると思う。 「安全確認を怠らない」「注意義務を果たす」といったようなこと。 後方確認をしないで、方向指示器を出さずに、急な車線変更をする。 後方確認をしないで、バックする。 そういう無謀運転をする人の特徴が、魂の未熟な人の特徴と、ほぼ一致する。 「一人称視点だけで運転しており、他の車両・歩行者のことを無視している(独善的な人が周囲を振り回す構図)」=「鈍感」。 「交通法規や交通マナーを知らないために、乱暴な運転をしてしまう」=「無知」。 「目の前の信号ではなく、ずっと前方の信号を見て自動車を発進させるなど、勘違いや見落としによって交通法規を破る」=「集中力のゆるみ」。 こういうことをやって、他者を傷つけていくんだね。


それで、事故を起こさない人は、視点がキョロキョロしているというのを自動車学校で習った。

じっと一点だけを見つめている人は、事故を起こしやすいということだわ。

つまり、多方面に気を配り、多角的に物事を観察し、それらを総合的に、かつ、素速く判断して対処できる人が、安全運転のできる人だということになる。


世の中のトラブルの多くは、人間がもつ「幼稚で無知で鈍感で愚かな側面」から生まれている。

「安全確認をしない」「注意義務を果たさない」といったミスから、世の中のトラブルの多くが起こっている。

「幼稚で無知で鈍感で愚かな側面」は、視点が1つだけ(単眼)という場合に、最大になるのだと思う。

事故を起こしやすい人の視線が、1点だけに固定されているようなものである。

「単眼から複眼へ」「一人称視点から客観視点へ」「地上視点から俯瞰視点へ」といったように、次元を上げた視点(カメラ)をもつということが、大事なのだと思う。

「私さえよければ」ではなく、「私も地球もよくなる」。

「私さえよければ」ではなく、「私もあなたもよくなる」。

「私さえよければ」ではなく、「私もあなたも地球もよくなる」。

いろいろな人が全員よくなる。 不幸が最小化される。 取り残される人のない社会。

それを学ぶために、闇の勢力は、わざわざ格差社会をつくって見せてくれたのであろうと思う。

しかし、その学びの期間は、もう終わりなんだね。

つまり格差社会を終えて、理想社会の建設へ向けて私たちが変化・変容するべき時期に至ったのだということ。


それから、罪悪感と無価値感と恐怖心は、私たちを奴隷にさせておくために、闇の勢力が仕込んだ部分が大きい。

それで、そこから這い上がるときに、「●●するぞ!」って、大きな目標を立てるじゃんよ? 

それで、「できない自分はダメだ」というふうに諦めて、自分にダメ出しするじゃんよ? 

それよ、それ。

いつまでたっても立ち上げれない理由は、その「自虐回路」なの。

インプラントといっても、機能的には「自虐回路」でしかない。 したがって「自虐回路」の発動を感じたら、即「統合」するとよいと思う。

自分を目標で縛ったり、「やらなきゃ」「やらなきゃ」と自分を責めたりしないこと。

「できる」とも「できない」とも思わずに、ただ行動していれば、自然と達成できます。

目標も立てないし、期限も設けない。

「自然とやってしまう」というのを意識する。

そして罪悪感と無価値感と恐怖心は、インプラントや教育によって植え付けられたもので「自分由来のもの」ではないから、むやみに「責任感」を感じて抱え込む必要はない。

エンジェルやアセンデッドマスターなど高次の存在に対して心をオープンにして、完全にゆだねて、「私にはこういう弱点があります」「どうか治してください」的なお願いをいすると、ものすごく早く抜け出せると思う。

罪悪感と無価値感と恐怖心を植え付けた人たちは「幼稚で無知で鈍感で愚かな側面」をもつ人たちなのだということを覚えておく必要がある。


「単眼・一人称視点・地上視点」だけしか持ち得ない人は、すぐ相手を悪者にして責めるでしょ? 

すぐ誰かを悪くいう人って「意識の範囲が狭い人」なんだよ。

結局、自分と意見の異なる人のことが理解できない「無知」や相手の立場に立てない「鈍感さ」から、ジャッジメントが始まっているんだわ。

例えば「単眼・一人称視点・地上視点」だけしか持ち得ない人は、「ニートが悪い」「引きこもりが悪い」という前提で、攻撃するでしょ? 

でも宇宙に善悪なんかないのだから、そんなのは意味のない攻撃なんだよね。

結局、「善悪という狭い視野」が発生する原因は、観測者が「単眼・一人称視点・地上視点」に「認知の範囲」が固定されている点にあるんだよ。

つまりジャッジメントが発生するのは、観測者が「単眼・一人称視点・地上視点」に「認知の範囲」が固定されているから。

物事を「定数」としてしか捉えられない、いわば「優秀でない人」がジャッジメントのトラップにハマり込むんだわな。

「複眼・客観視点・俯瞰視点」といった「広い認知の範囲」をもつ。 それは「視点にいくつかの変数をもたせる」ことによって、変数の部分を変えて、いろいろな角度・視点から、多角的に立体的に対象を観測するということ。 つまりシネマ用カメラでいったら、三脚に固定するのではなく、クレーンやドリーといった特機にカメラを載せて、動的視点を手に入れるということ。 あるいは、同じシーン/カットをマルチカメラで同時に録画しておく。 そういったことが「複眼・客観視点・俯瞰視点」といった「広い認知の範囲」をもつということ。

こちらのほうが難易度が高く、周波数が高いのだと思う。

この「認知範囲の広い、高い視点」を手に入れると、二項対立があったときでも、両側から見ることができるので、善悪を断定する(ジャッジする)ということができなくなる。

そこには「わかった」「把握した」という感情しか生まれず、どちらが「いい」とも、「悪い」ともいえない。 そういう視点になる。

そして、問題解決をするためには、どうしたらいいのか。 そこにフォーカスが移る。

「やられたから恨む」とか、「やられたからやり返す」とかいっているようでは、「単眼・一人称視点・地上視点」に「認知の範囲」が固定されている未熟な者どうしの泥仕合にしかならんわな?  それが地球の歴史、戦乱の歴史なんだわな。

もうこりごりだから、「単眼・一人称視点・地上視点」に固定されるの、やめにするわ。

自分の人生を楽しく充実させることだけを考えて、イヤな物事は、避けるようにするわ。

相手にしない。 巻き込まれない。

それで、軽やかに生きるわ。


ジャッジメントというのは、「マイナーコードのほうが偉い」とか、「メジャーコードのほうが偉い」とか、そういう意味のない決めつけなんだよね。

ピアノの黒鍵のほうが偉くて、白鍵のほうが劣るとか、ないでしょ? 

いいも悪いもねぇ、ってのが本当のところ。

周波数が2倍になる(波長が半分になる)というのを1オクターブと決めて、その中を均等に12個に分割していった。 それが平均律。

そこには、ただ周波数があるだけで、「いい」も「悪い」もねぇんだわ。

「闇の勢力が悪くて、光の勢力がいい」というのもウソなんだわ。

そこには、ただ周波数があるだけで、波形のグラフで、横軸より上にいったものを光と名付け、横軸より下にいったものを闇と名付けているだけ。

サインカーブ(正弦曲線)のデコとボコを同じ位相にズラして、デコとボコを「統合」するとゼロになるでしょ? 

そこでは、デコ(山)とボコ(谷)がグラフの横軸に対して線対称になっているから、両者が打ち消し合って、数列の公式の証明みたいに、ババババッて打ち消し合って、グラフの横軸と一致した、水平な棒になる。

それが「闇と光を統合」した結果としての「ひかり」なのだと思うわけよ。

「鶴と亀が統べった、後ろの正面だあれ」の「鶴と亀が統べった」が、その「闇と光の統合」なのだと思うわけさ。

「後ろの正面」はハイヤーセルフだわな。

そして、この世のほうが「おとぎ話」であって、あの世というか、高次の「思い通りになる世界」のほうが「リアルの世界」なんだよね。

「おとぎ話」を生きるために「マインド」を強化して、眠ってきた。

こんどは「ハート」や「スピリット」のほうを強化して、「思い通りになるリアルな世界」をメインに据える時代に入ってきている。


『運命の赤い糸』について 並木良和 - YouTube

『恋』を実らせる方法は? 並木良和 - YouTube

宇宙で最も罪深いのは、他者の自由意志に介入すること。

つまり「他者の自由意志に介入すること」「他者の自由を奪うこと」が重大犯罪なんだよ、宇宙では。

だから高次の存在たちも、必ず本人の祈願(invocation)がないと、発動しないという仕組みになっている。

「●●したいと宇宙に宣言しなければ願望は叶わない」というのは、「自由意志を尊重する原則」が宇宙全体を支配しているからだよ。

この「宣言」というのが、スピリチュアル的な言い方だと祈願(invocation)になるのだと思う。

宇宙は完全に申請主義で、「察してよ」「忖度してよ」という甘えは通用しない。 必ず申請しなければ、発動しない。

欲しかったら欲しいと宇宙に、高次の存在たちにしっかりとお願いし、かつ、受け取ることを邪魔するブロックを外しておくこと。

「こんな私には、そのような幸せを受け取る資格がない」などという卑屈な自分を出さないこと。

そして、願望が叶ったら、感謝を忘れないことが大事だと思います。

ハイヤーセルフと約束してきた、今生で達成すべきホニャララとやらも、自分で「もうわかった十分だ」と思えば、ハイヤーセルフ、大天使ミカエル、その他高次の存在たちにお願いして、過去の契約(contract)、誓い(pledge)、同意(consent)、決断(decision)などを無効にすることができる。

この「契約解消が可能」という原理もたぶん、「他者の自由意志に介入すること」「他者の自由を奪うこと」が宇宙では重大犯罪になる件と関わっているんじゃないかな。

こういうのを学校で教えてくれないから、いつまでも縛られて、間違った人生を歩んじゃうんだよね。


「神様との約束」「生まれる前に描いてきた青写真」「今生で達成すべきホニャララ」というのは、カルマシステムの存続を前提とした「成長と学びの場である地球」という「体験コース」の中の話のことを、おもにゆっているのだと、私は感じている。

この「体験コース」は「終了」だから、その「体験コースをやめます宣言」をしっかりとおこなうことが重要。 それが前述の「契約解消」の件。

ここでも申請主義だから、invocationがないと、そのまま「体験コースを続けます」という状態のままになる。

結局、「自分がハイヤーセルフの下にある卑屈な存在だ」という構図を見直す必要があるんだよ。

自分がハイヤーセルフを使いこなすというか、「ハイヤーセルフと自分は同一なんだ」と気づくことが、梵我一如(ぼんがいちにょ)なのかもしれない。 間違ってるかもしらんけどね。

そして「次元上昇する地球」に協力する任務という、カルマシステムに基づく「カルマの解消」「魂の思いぐせの矯正」などとは、また別の「このために生まれてきたんだ」というのが、各自にあるわけよ、たぶん。

それは結局、自分も次元上昇する、アセンションするということなんだけどね。

いまこの時期に地球に転生したということは、次元上昇する、つまり、アセンションするというのが筆頭の任務である人が大半だと思う。

しかも、覚醒してからアセンションするという過程において、自分も他のみんなと共振する。 この「共振する」という活動の中に、「自分の得意技を使って、共振を盛んにさせる活動に貢献しながら」というのが加わるみたいだよ。 結局、「オーケストラで、何の楽器を担当するのか」というのが、生まれる前から決めてあるんだよ。 いや、何生も前の過去世から、このときのためにトレーニングを積んできたという部分もあるらしい。 つまり、魂それぞれに、役割分担・任務があって、それを思い出す必要がある。 「覚醒とアセンション」をもたらす共振祭りにおける役割分担・任務を思い出すわけよ。 思い出すためには、「マインドという副人格」以外に、「ハイヤーセルフという主人格」が存在するのだと気づき、 「マインドがハイヤーセルフと通信するのを妨害してくるパターンを見抜く」という作業が必要。 つまり「マインドに仕込まれた自虐回路の存在を自覚して、この自虐回路の発動パターンを見抜く」という観察が必要。 そして最終的には、自虐回路が発動しても、「ああ、マインドくん、毎度ありがとう」といなすことができるようになる。 そして「マインドの動きをじっと見つめていると、マインドが照れて動けなくなる」という状態にする。 結局、マインドというのは、陰で「私」をあやつっていると思っていないと活動ができない恥ずかしがり屋なのよ。 見つめられると動けなくなるのがマインドの弱さなんだよね。 だからマインドを毎日観察するのよ。 マインドをガン見してやるんだよね。 マインドをガン見して、どういう動きをするのかをリバースエンジニアリングの要領で完全解明するわけよ。 そのうえで「今回は、どう動くんだい、マインドくん」というように、危険予測をしながら運転するような感じで、マインドを制御可能な状態に留め置くわけだわな。 そうすると、「私」と「ハイヤーセルフ」との通信回路が回復してきて、私が「覚醒とアセンション」をもたらす共振祭りにおいて、どんな役割分担・任務を授かっているのかが、わかってくるようになる。 それを天使・アセンデッドマスターたちは、「思い出せ・思い出せ」というように、必死でサインを送っているんだわ。 それがエンジェルナンバーであったり、数霊であたりする。

結局、私たちは、「自分を助けるために共振に参加し、その共振が他を助けることになる」という共振のループに参加するんだわな。 これは音響でいうハウリングなんだよね。

この共振のループが閾値・臨界点を超えたとき、闇の勢力こしらえたマトリックスが停止して、新しい世界に入るような気がする。

この共振のループをつくる1つの要石(かなめいし)になるのが東京五輪だということらしい。

並木良和さんによると、東京五輪で、日本の「縄文を根本とする大調和のエネルギー」を世界に発信する、というのが天意だということだ。

自分だけでなく、人類の多くを共振によって「覚醒からのアセンション」へと導くという任務を帯びて、このタイミングで、この世に転生しているんだよね。

そして自分の共振が他を共振させ、他の共振から自分も共振を加勢され、ワンワン・ワンワンと波の合成が起こって、どこかのボーダーを超えたところで、パッコーンと割れるんだよ、何かが。 そうすると新しい世界に入れるってな感じがしている。

自分のこれまでおこなってきた得意分野を使って、目醒めの共振を強めていく「祭り」に参加して、共振に共振を重ねて、最終的にはマトリックスをパリーンと割ってしまうわけ。 マトリックスが破壊される様子は、音波の共振でワイングラスが割れる場面をイメージするとよい。 マトリックスが破壊されると、私たちの意識状態が変わって、「世の中が変わった」「世界が変わった」ように見えるらしい。 それを「圧縮突破」(compression breakthrough)とゆったりするみたいだよ。 それがコブラ(COBRA)の由来。

そして、圧縮突破が完結する時を「イベント」と呼ぶのだと、私は今のところ考えている。

この「イベント」のときに何かを発動させる解除コードというのが、アセンションコードと呼ばれるもの。

ネオ・グリマーさんの「PC用の言語」みたいなものもあるし、エルリジュンさんように光が写っている写真・動画である場合もある。


それで、「共振する祭り」に参加する前に、「体験コースをやめます宣言」というか、「マトリックスを抜け出します宣言」というか、その強い決意(intention)と祈り(invocation)が必要になってくるのだと思う。

それと同時に、生活実践として、周波数を落とす、あらゆる要素を手放すのがよいと思う、私個人としては。

その大きな柱になるのが「統合」だし、セント・ジャーメインのバイオレットフレームだし、レインボーカラーの光のシャワーだし。 そういう飛び道具を駆使して、ネガティブ感情、地球の周波数を、自分の中から一掃しておく必要がある。

エルリジュンさんによると、ネガティブ感情、地球の周波数を、自分の中から一掃しておかないと、次元上昇の過程で、どこやらで足止めされて、それ以上に上昇できなくなるらしい。 だから並木良和さんも、「統合」を強く推奨しているのだと思う。

他方、物質的な領域では、自分の所有物の断捨離と、人間関係の整理が重要だと思う。 「合わないな」と思ったら、自分軸の観点から、サラッと離れたほうがいい。

どちみち、ある程度の自然災害は想定しなければならない。

どうなるか知らんけど、その自然災害の時点で別れはくる可能性はある。

それは、あらがいようのない運命だと思って割り切るしかない。

闇の勢力だって必死だから、何かテロ(人工的な自然災害を含む)を起こしてくると思う。

そういうのに共振して周波数を落としたら、上がれないからね。

自分が夢中になることができて、「テンション上げ上げになること」にずっと没頭しつづける。

そして「周波数が上がったらグラウンディングして、周波数を固定する(ペグを打つ)」ということを繰り返す。

これが周波数を上げていくことだと思うし、これが1つの「地球に貢献すること」になると思う。

2つのPCをLANで「事実上つなげる」方式によって、PC2台体制の生配信を考える

【配線不要】2台のパソコンとソフトのみで負荷分散化!2PC配信する方法 | Stealth Blog

2PC配信:NDIを使って配線の少ない環境を構築してみよう | ノマめも。

OBS向けNDIプラグインを試してみた。 – たまには叫びたいこともある – Medium


FacerigとOBSを別PCで処理して生配信する方法:あわのブロマガ - ブロマガ

Steam:FaceRig

OBS Studioを使って配信と同時に投稿用動画を録画する(キャプチャーボード編):わびさびあるにーとのブロマガ - ブロマガ


NDIというのは、複雑そうだね。

第1のPCでゲームをして、その映像出力をHDMIで第2のPCに送り込んで、それをOBSでまとめ上げて第2のPCから配信するだけ。

そういう映像の供給元としてのPCという感じで、いいのかもしれない。

 
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