固定した師匠をもつと、その師匠が実力の上限を規定してしまう

師匠より先へ進みたい場合には、師匠を替える必要がある。

そのとき、お世話になったのに心苦しいとか、余計な思いがよぎる。

だから決まった師匠をもたないほうがいい。

だから決まったグループに属さないほうがいい。

孤独とは自由のこと。

集団に属する安心とは、不自由のことであり、しかもそれは、油断し切って成長がとどこおることにつながりやすい。

「しつけ・指導」は「マインド」を活性化させて「ハート」を不活性化(沈滞)させる

「しつけ・指導」が好きな人は、自分の無価値感から「他者を低く見て、『低い他者』に指図する自分」を確認して、「他者より上であるから自分には価値がある」という「眠り」の回路を使っているだけです。

例えば、覚醒剤の犯罪を犯した芸能人が更生して、覚醒剤の犯罪を犯した人たちが集う刑務所を慰問することがあります。

例えば、ヤンキー上がりの人が更生して、ヤンキーに講釈をたれることがあります。

これらはみな同じ構図で、自分の無価値感から「他者を低く見て、『低い他者』に指図する自分」を確認して、「他者より上であるから自分には価値がある」という「眠り」の回路を使っているだけです。

背景には比較の概念(外側に意識が向く典型的な心のありよう)が存在します。

そうやって外ばっかり見ているから覚醒しないのだと思います。

「しつけ・指導」が好きな人は、「自己の内面と対話して自己解決する」という正当なプロセスを踏んでいるのではありません。

「しつけ・指導」が好きな人は、他者からの承認を得て、自分の無価値性を払拭したいという「他人任せのやり方」を採用しています。

外側に依存する。

この弱さを克服しないかぎり、「しつけ・指導」が好きな人は、覚醒できないように思います。

したがって、「しつけ・指導」が好きな人が眠りから覚めることは「ない」と結論づけることができます。

「しつけ・指導」が好きな人は、波動/周波数が低くて眠りに入るベクトルの動きをしています。

したがって、「しつけ・指導」が好きな人とは、決別しましょう。 巻き込まれますから。


「しつけ・指導」というのは、役所の法律、あるいは、企業の対応マニュアル/危機管理マニュアル、あるいは、学校の校則みたいなもので、「硬直的で死んだ知識」なんだよ。

「硬直的で死んだ知識」の働きとは、私たちの「マインド」の働きそのものだよね。

もちろん、「硬直的で死んだ知識」や「マインド」にも、規制を加えて危険を回避するなどの効用があることはわかっている。

しかし実際問題、私たちは「きまりごと」という「硬直的で死んだ知識」に縛られ、とらわれているので、結果として、生きづらい世の中を生きる羽目におちいっている。

結局、「硬直的で死んだ知識」である「きまりごと」が優先される社会は、不幸なんだよね。

「しつけ・指導」は不幸な社会の元凶。

これまで私たちが「マインド」という副人格の活性化(いわゆる「眠り」へ向かう方向性)を是としてきたのは、私たちが眠り続けることで「地球という学校」での経験を増やして、アカシックレコードに経験を記録・蓄積するプロセスを源〔みなもと〕が推進してきたからなのだと思う。

しかし、その時代は終わった。 「しつけ・指導」という「マインド」を活性化させる要素は、目醒めへと向かう現時点には見合わない。 「しつけ・指導」なんか、ヤメトケ。

この宇宙計画の概略を書くと、「このままいくと、宇宙の広範囲に、私たちを含む『存在』(エンティティ)たちをむしばむウイルスが蔓延して、『存在』たちが死亡したり、廃人化(ゾンビ映画のゾンビみたいな状態)したりする」というタイムラインが見えてきたらしい。 この状況を阻止するためには、「この宇宙をいったん統合してから、別領域に宇宙を再展開する」というHDD/サーバーの移行作業みたいなことをする必要がある。 それが源〔みなもと〕の意志。

「この宇宙をいったん統合する」ときに律速段階(最もどんくさい人)になっている部分、いいかえれば、統合を邪魔するエラーの含まれている領域が、この天の川銀河、中でも太陽系、中でも地球だということらしい。

いま地球に、神々、大天使たち、龍やユニコーンなどの天使たち、アセンデッドマスターたち、そして多くの宇宙存在たち(UFOの母船に乗っている)が集結している。

錚々たるメンバーがこぞって地球・地球人を助けに来ているのは、地球・地球人を助けないと、宇宙全体がダメになるから。

そして「さきほどのウイルスに感染する人たちに共通するのが、無関心・無感動といった『白け』だということ」が判明した。

「感動している人」や「熱くなっている人」を鼻で笑って、冷静ぶっていることがカッコイイってな文化があるわな?  それよ、それ。 そういう「文化」だから上昇できなんだよ。

チヒロ☆なう2019 ⑧ - YouTube

ネバーエンディング・ストーリー - Wikipedia

「さきほどのウイルスに感染しない『存在』たちに共通するのは、好奇心の高さ・強さ」であるらしい。

何でも不思議がり、何でも面白がり、好奇心・探究心旺盛な魂には、さきほどのウイルスは、感染しないことがわかったのだった。

結局、「しつけ、指導が盛んな環境下で、指導者からケチをつけられないように(減点を食らわぬように)、萎縮して無難な道を選択する」という生き方そのものが、好奇心を萎縮させる、不健全な環境なんだわ。

源〔みなもと〕の態度・意志というのは、成長と発展を続けることにあるので、成長と発展が停止するようだったら、その「場」は破壊するという感じであるらしい。

「実験場としての地球」「学校としての地球」というものが終わるのは、もはやこの「場」において、成長と発展が見込めなくなったから。

「化学反応」が終了したわけよ。 だから実験道具を片付けている段階なんだね、今は。

そういう地球で、私たちが経験を豊かにするために悪役を演じてきた闇の勢力も、その役を降りること(降板)が決定した。

みんな「闇の勢力が滅びて、光の勢力が勝利して、めでたし・めでたし」だと勘違いしているけれども、そうじゃないんだよね、たぶん。

闇の勢力が「悪い」から排除しているのではないのよ。

闇の勢力とて、光から生まれた「片割れ」なの。

光の勢力とて、光から生まれた「片割れ」なの。

闇と光を統合して「ひかり」に還元するわけよ。

もはや成長と発展をもたらさなくなった「実験場としての地球」「学校としての地球」を終了させる。

その「実験場としての地球」「学校としての地球」を閉鎖するにあたり、二元性という設定を解除するわけ。

二元性解除の最大の要素として、光と闇を統合して「ひかり」に還元する必要がある。 イマココ。

そもそも、この宇宙が始まるとき初期異常(宇宙のバグ)を含んだまま、宇宙が展開されたらしい。 たぶんそのためだろうと私が推測するだけだが、「好奇心を失って白けた人」を選んで感染する廃人化ウイルスが、宇宙全体に蔓延してパンデミックを起こすというタイムラインがあることが判明した。 そのタイムラインは、3次元の時間感覚でいうと、すでに過去において発生(成立)しており、それが3次元の時間感覚でいうと、今後(未来に)起こるらしい。 宇宙では「未来」も「過去」も「今この瞬間」に同時に並列的に存在しているようだ。

このパンデミックが発生するというタイムラインを打ち消す目的で、宇宙に再起動(リセット)をかける。 リセットする前に、宇宙全体をワンネスの状態へと撤収して、その後、新たな領域に宇宙全体を再展開する。 これが源〔みなもと〕の意志であるらしい。

リセットする前のバックアップ・プロセスで、HDDの特定領域(地球を記録している部分)に不良セクターが見つかって、バックアップが取れない。 宇宙全体は、互いが密接に関わっている1つの有機体であるため、「不良セクターに記録されていたデータは諦める」=「部分を切り捨てる」ということができない。 地球・地球人に対して「全宇宙からの助っ人」が多数入っているのは、そうした事情からだと思います。

地球・地球人を正常化させることが、宇宙全体を再起動するために必要不可欠だから、多次元にわたり、あるいは、宇宙の遠方から、多くの存在たちが助けに来ている。


それで、「しつけ、指導が盛んな環境下で、指導者からケチをつけられないように(減点を食らわぬように)、萎縮して無難な道を選択する」という人が、「好奇心を失って白けた人」になり、そういう人が、廃人化ウイルスに感染しやすいわけです、あるタイムラインでは。

「しつけ・指導」が人々の波動/周波数を下げ、人々を萎縮的に無難に生きさせるように仕向ける。 そこでは、成長と発展などの「広がり」「実り」が得られないことがわかりますか?  「失敗しないように生きる」という小人物を生むだけですよね?  そして、そういう状況が、源〔みなもと〕の思いと合致していないことがわかりますか? 

私自身も誤解していたけれども、「欲を持ってはいけない」などというのは、宗教によって植え付けられた幻影だからね。

源〔みなもと〕は宇宙の膨張(expansion of the universe)を意図している。 つまり源〔みなもと〕は、「宇宙の存在たちよ、欲をもちなさい」とゆっている。 「ただし、握り込まないでね、執着したらアカンよ。それは波動/周波数が重たくなるから」ということらしい。

「強く願って、忘れておく」と、忘れた頃に、願いが叶っているんだって。

仏道修行の出家とか、キリスト教の修道会とか、そういう宗教にガチで取り組んでいる系の人って、イメージが陰気だよね? 

出家僧とか、修道女とかって、イメージとして陰キャでしょ? 

宗教っていうと、「幸せになっちゃいけない感」が全面に押し出されていて、清らかだけれども、禁欲的で、楽しみを求めることを罪悪視する雰囲気が満載だわな? 

あと、宗教というと、とにかく暗い。 「清らかだけれどもネガティブ」というのが「宗教が理想とする信者の姿」なんだと思うよ、私は勝手に。

そして、少年院とか、刑務所とか、そういうところも、受刑者を「出家僧とか、修道女とか」にさせようとしているじゃん? 

宗教教団も、少年院・刑務所も、学校も、究極的には「陰の世界」「闇の世界」といった感じで、イメージとして暗いんだよね。

宗教も、少年院・刑務所も、学校も、そういうふうに「シュンとして暗い生活を送ることが人間を鍛え直すことだ」と勘違いしているよね? 

そもそも、お寺のお堂とか、教会とかって、室内空間・照明設備といった視点から、暗いよね? 

どうして、もっと明るいところで祈らないの? 

祈るって、結局、波動/周波数を上げて、高次の存在たちと通信するわけでしょ?  だったら明るくしたほうがいいと思うんだけど。

だって、ポジティブな高次の存在たちは、光に満ち満ちた世界から来ているわけでしょ?  源〔みなもと〕は光の球体というようにイメージするじゃん? 

光の世界から高次の存在を召喚するのに、どうして暗いお寺とか、暗い教会を使うんだよ。 そういう暗いところには、ネガティブな存在しか来ないような気がするのだが。

話がそれたけれども、宗教を主催している連中が、「欲をもってはならない」という抑圧的にあ思想を、信者に植え付けてきただけなんだと思う。

しかし、源〔みなもと〕が意図しているのは、「夢を抱いて、夢を実現させてゆけよ、少年!」「テンションが上がることやれよ、少年!」ということだよね、一言でいって。

それが、宇宙の膨張プロセスを意図する源〔みなもと〕の意図だと思う。

「テンションが上がることやれよ、少年!」というのは、並木良和さんのいう、こひしたふわよ〔こ=心地よい、ひ=ひかれる、し=しっくりする、た=楽しい、ふ=腑に落ちる、わ=ワクワクする、よ=喜びを感じる〕だよね。

「テンションが上がることやれよ、少年!」というのは、バシャールのいう「ワクワク(エキサイトメント)」だよね。

「あれもやりたい」「これもやりたい」というふうに、やりたいことをどんどん心に描いて、宇宙の膨張に強力することこそが、上昇気流に乗っていくことなんだよ、いまは。

そのとき、波動/周波数について、注意深くしておく必要がある。

波動/周波数を高く保つために、「明るく軽快にサラリと行動する」という感じにしておく必要がある。

粘着質に、ジトーッと執着すると波動/周波数が下がるから、とにかく、「明るく軽快にサラリと行動する」。

欲は持つけど執着しない。 つまり現実との間に、適度な距離感をもつことだよね。

「手放す」というのは、地球の周波数、つまり、罪悪感、無価値感、不安と恐れ、嫉妬心などといったネガティブな波動だけだよ。

源〔みなもと〕も、アセンデッドマスターも、エンジェルも、自分のハイヤーセルフも、それ以外の高次の存在たちも、「欲を捨てろ」とはゆっていない。

「欲」まで手放しちゃったら、やる気の素まで失われて、波動/周波数が下がってしまうからね。

「波動/周波数の上がること」というのは、「テンションが上がること」ということだよ、一言でいえば。


目覚めてゆくためには、波動/周波数を上げることが大事です。

自然とふれ合い、リラックスして、好きなことをしてまったりと生きる。 それだけで波動/周波数が上がります。

DAWで音楽をつくりたかったら、音楽制作に没頭してください。 「テンション上がりっぱなし」という時間を、できるだけ長くとるようにしてください。 それが、あなたの波動/周波数を上げます。

そして、その波動/周波数というのは、ワンワン・ワンワンって共振していきますからね。

チベットのポータルから地下のシャンバラに入るとき、数時間にわたって、僧侶たちのマントラ(真言)を聞き続けるというのがあるようです。 こういう系統のものを声明(しょうみょう)と呼んだりする。

お寺のお堂というのは、音響的に反響する空間にしてあるから暗くなっちゃうわけ。 結局、マントラ(真言)を唱えていると、「ワンワン・ワンワン」というように、波が合成された部分と、波が合成されない部分とで、新たな波が生まれる。 そういう感じで、音波の複合的な作用によって、地下のシャンバラに入る人の波動/周波数が変わるらしい。 そして最終的には、地下のシャンバラに入る人は、身体が半透明になってしまう。

それぐら波動/周波数を上げ上げにしないと、地下のシャンバラに入ることができないんだ。

それで、これから私たちが移行する先である5次元地球というのも、地下のシャンバラ以上の「波動/周波数の高い空間」ということになる。

そこへ入っていくことを目指すわけだから、身体が半透明になるぐらいの強烈な波動上昇を実現する必要があるんだわ。

チベット僧による強烈なマントラ空間に数時間、身を置くとか、それだけで一時的であるにせよ、波動/周波数が急激に上昇するわけだから、焦る必要はない。

けれども、「ゆっくり急ぐ」必要はある。

とくに重要なのが、あなたはこの3次元世界において馴染みであった人たちとの別れが訪れるとしても、それでも5次元世界へと飛び込みたいですか? というお試しが誰にでも必ず来るであろうということ。

重大な別れというものが、必ず訪れると思う。

そのとき、次元上昇を選択できるかどうか、「上」が必ず試してくるからね。

そこで問われるのが、ワンネスを深い状態で意識できているかどうか、ということ。

「別れがつらい」といって、次元上昇へ飛び込んでいく道を選択できなかった場合、「ここアンタの限界」ということになると思う。

それが「いい」「悪い」ではなく、そういうシステムになっているのだと思う。

しかし別れが来ても、次元上昇の末に行き着いた先では、自分が「別れたはずのあの人たち」をその場でつくり出して、手を取り合ったりできるのだと思うよ。

ぜんぶ自分の中に織り込まれている。 自分の中にあるZIPファイルを解凍すれば、じつは宇宙全体が圧縮保存されていたのだった、というのがオチになると思われる。

とにかく、波動/周波数を上げ続けること。 そのためには、「テンション上げ上げの状態」をできるだけキープすること。 それには、好きなことをし続けること。 いいかえれば、イヤなこと、イヤな人と決別すること。

仕事やめたいんだったら、やめなよ。

学校やめたいんだったら、やめなよ。

受験やめたいんだったら、やめなよ。

離婚したいんだったら、離婚しなよ。

とにかく、テンションの下がることを、徹底的に排除しよう。

「しつけ・指導」の好きな先生とか、親がいて「心底、うぜぇ」って思ったら、進学・就職を機会に、親と縁を切ってしまってもいい。

それぐらい、「テンションの下がるヤツと一緒にいること」が、いまの状況にマッチしていないんだわ。

波動/周波数が上がっていくと、ハートが活性化され、ハートを使って人物・情報の真贋(しんがん)=本物と偽物を見抜くことができるようになります。

「しつけ・指導」の好きな人は、波動/周波数が低いので、本物ではないですよ。

批判せずに、離れましょう。

論争・闘争せずに、離れましょう。

離れるとき、完全に美しくスパッと離れるためには、思いを残さないことです。

相手を完全に許す(無条件の愛)こと。 そして、相手に感謝すること。

許しと感謝という2つの条件を整えることが、離れた相手とのつながりをなくし、ニュートラルに戻す道だと思います。

そして、大天使ミカエルに、エーテルコードカットをお願いしましょう。

ネガティブ感情の暴走を早く止める方法論|火消しのプロセスを真似る

ネガティブ感情の暴走について、概略が自分なりに整理できました。

感情の振幅が大きい場合|燃焼物がたくさん残っている状態|むしろ燃焼を加勢する

ネガティブ感情が暴走するのは、抑圧された感情エネルギーが発火した状態です。

「抑圧された感情エネルギー」=「燃焼物」がたくさん残っている状態では、むしろ燃焼を加勢することです。

つまり、燃えるのを助ける政策をとり、「抑圧された感情エネルギー」=「燃焼物」を、できるだけ早く燃焼させて、勢いをそぐことです。

悲しみだったら、徹底して泣いて、涙を出し切ることが大事。

怒りだったら、大声で叫ぶとか、まくらに包丁を突き立ててイメージで相手を刺しまくるとか、そういう具体的な「抑圧された感情エネルギー」=「燃焼物」を減らす行動をとるのがよいと思います。

相手に対して、本当に怒り、憎しみが爆発しそうなら、まくらに包丁を突き立てたっていいと思う。 人間を刺したら犯罪だけれども、まくらを刺したって、何の犯罪でもないよ。 でも手を怪我しないように、滑り止めゴムの付いた作業用手袋を使って包丁を握って刺してね。

「こうあらねばならない」などというマインドの働きによって、感情を抑圧すると、長引くだけです。

「飲み過ぎてゲロを吐きたいのに我慢する」「腹痛でビチグソが出そうなのに我慢する」とか、実際問題、できません。

便所に駆け込んで、しっかりとゲロを吐く。

便所に駆け込んで、しっかりとビチグソを吹き出す。

徹底的に出し切る。

そこからです。

感情の振幅が小さい場合|燃焼物があまり残っていない状態|瞑想ワークなどスピリチュアルな方法を使う

溜まった膿(ネガティブ感情)を出し切って、ある程度はラクになってから、冷静に物事が考えられるようになるのだと思う。

「統合」ワークなどがおこなえる状態になるのは、その段階からだと私は思うけどね。

くくり姫の赤い糸で、ネガティブなものをくくって、壊死させることも「統合」ワークの1つだと思う。

並木良和 『平成』に至る闇の道を括り、『令和』の光の道を生きていくワーク - YouTube

あとは、大天使ミカエルにエーテルコードの切断をお願いするのもよいと思います。 たぶん原理はくくり姫の赤い糸と同じでしょう。 エネルギーのコードが「そのネガティブな思い出」とつながっているから、いつまでも「そのネガティブな思い出」が消えないだけです。 ぶっちゃけ、ネガティブ感情の解消に、包丁とまくらを持ち出す必要もなく、イメージの力を使ってコードを切断すれば済む話です。

今の現実が苦しい人はこのからくりがわかると楽になるとおもいます。宇宙の引き寄せの法則。見えてる世界は過去のもの?akiko from india

https://youtu.be/tEXyVrALcRc?t=9m42s

https://youtu.be/tEXyVrALcRc?t=12m1s

こんなに高波動なんだから体調悪くなるの当たり前♥ | チャネリング★宇宙エネルギーワーカーakiko

ミカエル・ブレイズ+たんたん・ちゃねりんぐ日記  エネルギーの奪い合いゲームについて

こうして「統合」したうえで、自然と感謝が出てくるようになるまで待つ必要があるのだと思う。

「お母さんには感謝しなきゃいけない」とかいう世間の常識をぶち破り、心の中でなら、刺し殺したっていいんですよ、母親なんて。

だけれども、ネガティブな「儀式」や「想像」をおこなうと、後片付けも必要になってくる。

だから、ネガティブ感情が心にパンパンになって、どうしようもないときだけ、そういうネガティブな「儀式」や「想像」をおこなうのがいいのだろうと思う。

エーテルコードカット(エーテルコードの切断)とか、くくり姫の赤い糸とかで解決できるなら、そちらをやったほうが安全で、後片付けがいらない。

スピリチュアルな浄化には、ドロドロの部分が多い

スピリチュアリストだって人気商売だから、「ジャッジされるのが怖い」ために、そういう具体的なネガティブ感情の解消プロセスを語らないのだと思うんだよね。

スピリチュアリズムには、「実用的でない」「世間からバカにされる」という要素があると思います。 その原因の1つが「きれいごと」「お花畑」に終始して、泥臭い部分をオミットしている点です。 「アイドルはクソをしない」といったような「あり得ない前提」で話題が展開されている側面を、スピリチュアリズムに対して感じることがあります。

私には、スピリチュアリズムをさげすむ意図はありません。 しかし「現実のドロドロした部分に即していない」「スピリチュアリズムのイメージに合わない、汚らしい部分を覆い隠して誤魔化している」という印象を、スピリチュアリズムに対して抱いています。

そしてまた、自分自身にかんしても、「きれいごと」「お花畑」に終始せぬよう、ネガティブな部分もしっかりと観察し、「統合」ワークをしていく必要性を強く感じます。

結局、ネガティブな部分をクリアにしておかないと、波動/周波数が上がれば上がるほど、周囲に毒を吐いて、迷惑をかけることになるからね。

問題解決のために、何を使ったらいいのか|ネガティブな要素に対して意識を向ける必要のある・なし

(1)「危険なスピリチュアリスト」を名指しで公表する「健全なスピリチュアリスト」がいません。 「危険なスピリチュアリスト」を知っていながら、その名前を公表するのをためらうことは、道路に落とし穴が仕掛けてあるのを知っていながら、自分が悪者にされることを恐れて、黙っておくことに似ています。 もちろん「危険なスピリチュアリスト」を名指しすることは、スピリチュアリズムが禁じている? 「ジャッジすること」に該当する可能性があります。 しかし「危険なスピリチュアリスト」を名指しすることは、同時に、「危険を知らない人々に対する、必要不可欠な警告」であろうとも思います。 つまり「『ジャッジするなかれ』の禁戒を破る」ことのマイナス・ポイントと、「多くの人が不本意にも落とし穴にはまることを阻止した」ことのプラス・ポイントとの比較衡量の問題です。 結局、「健全なスピリチュアリスト」ですら、「自分自身が世間からジャッジされるのが怖い」ために、必要な警告をすることを怠っている側面がある。 そういう見方もできます。

(2)1つの行為を「ジャッジメントの発露だ」と捉えることもできれば、「自分軸に一致して、必要なことを発表したまでだ」と捉えることもできます。 「ジャッジすることを罪悪視する」という思考パターンそのものが「ジャッジメントそのもの」だという側面も、強く感じます。 「ジャッジするのは罪悪である」という罪悪感の思考回路が、マインドに埋め込まれている。 これは、ある種のトラップでしょう。 「危険性や欠点を指摘すること」と「ジャッジメント」との違いがハッキリしないのです。 「その背景にある意図が大事」ということは、よくいわれますけれども、それが大衆に「伝わる」かどうかは不明です。 また、大天使ミカエルがアカシックレコードに書き込む採点ポイントを上げようと思って、「いわゆる『悪いこと』はしない」というのでは、内申点におびえて学校生活を送る中学生と変わらないじゃないですか?  何やっとんすか? 

(3)スピリチュアリズムの世界は、そこに「スピリチュアルな能力をお金に換えたい人」がたくさんいて、汚染されています。 また「ウソの情報を流している、えせスピリチュアリスト」も数多くいると思います。 「自分のハートで感じて見分けろ」ってことでしょうけれども、「健全なスピリチュアリスト」が、落とし穴(悪質なスピリチュアリスト)の存在に気づいていながら、 自分がジャッジされることを恐れて、何らの警鐘も鳴らさないというのは、どうなんでしょうか?  そういう側面で、スピリチュアリズム全体への信頼が高まらないのだという気もします。


以上の(1)~(3)については、2つの考え方が成り立ちます。

〔1〕対象に意識を向けると、対象にエネルギーを与えることになり、それが現実化しやすくなる。 したがって、「危険なスピリチュアリスト」「南海トラフ地震」といった、好ましくないと感じる対象については、無視して意識にのぼらせない。 それによって、自然消滅してくれることを意図する。

〔2〕実際には存在する「エゴ」というものを、まるで存在しないかのごとく振る舞う演技によって、むしろ「エゴ」に強くフォーカスを当てる結果となる。 自分としては好ましくないと感じる対象を忌避し、その対象を覆い隠すことによって、むしろ対象を強く意識する結果となる。 「危険なスピリチュアリスト」「南海トラフ地震」といった、すでに知られている危険な対象を、あえて無視することは、かえって対象に意識を向け、対象にエネルギーを与えることになるのかもしれない。

「エゴ」や「マインド」といったものを敵視せず、存在することを認めて、正面に据えることが、むしろ「エゴ」や「マインド」の暴れ回りを止めることになる。 覆い隠さないで、「エゴ」や「マインド」と向き合う。 そしてそれらも、自分の大事な一部だと納得し、和合する。 これが、「エゴ」や「マインド」との付き合い方だと教わっています。

だったら、「危険なスピリチュアリスト」「南海トラフ地震」も、同じやり方でいいのではないか? 

「エゴ」「マインド」「危険なスピリチュアリスト」「南海トラフ地震」など、「猛獣のような対象」の取り扱いについて、どういうところが勘所なのか、いまいちつかめていない。 これが私の現状。

スピリチュアリストたちも、明確な「解法」? を提示していない感じもする。

アセンデットマスターにお願いして、教えてもらいたい。 教えてください。

反対取引にまつわる錯誤|「借金を返すために借金する」愚

心に傷を負うと、反対取引をして、ニュートラルに戻したいという欲求が生まれる。

このとき、「傷をつけ返す」(報復、リベンジ)というのが、「借金を返すために借金する」愚にあたる。

心に傷があるとき、許し(無条件の愛)と感謝を以て、自分の心の傷を癒やし、かつ、相手の心の傷を癒やす。

これが「稼いだお金で借金を返済する」という真っ当なやり方にあたる。

「目には目を、歯には歯を」のハンムラビ法典のハンムラビ王は、「借金を返すために借金する」愚におちいっていた。

許し(無条件の愛)というのは、「手放す」ということ。

「手放す」というのは、release(リリース)ということ。

許し(無条件の愛)というのは、悪縁や悪いカルマを解放して、無にすることなんだね。

私たちが闇の勢力から吹き込まれた観念というものは、「やられたらやり返さないければ男じゃない」とか、そういう「終わりのない報復合戦」を呼び込むような間違った観念だったんだよ。

「何か悪いことをやられたら、自分に債権が与えられたように感じて、取り立ててやろう」ってな感じに思う人が多いと思う。

でもそれって、相手との間に生じた悪縁を確定させ、固定させる、イケてないやり方なんだね。

流してしまえばいいのよ、そんなもん。 それが許し(無条件の愛)ってもんよ。 「いちいち引っかかるな」ってことよ。

「手放す」という語感よりも、「リリースする」「釣った魚を逃がす」といったような、そういう語感のほうが、自分としてはしっくりくる。

許すことで、自分も自由になるし、相手も自由になる。 縛りがなくなって、好きなように動けるようになる。 それが「リリースする」ということの本質なのだと思う。

「統合」っていうように、難しく考えるからいけないのであって、握り込み、抱え込んでいるゴミ、クソ、垢などを、自由にさせて、浮かせて、自然に取り除かれるような感じで捉えればいいのだと思う。


心ある人間は、何かをもらうと、お返しがしたくなる。

ここでも、反対取引をして、ニュートラルに戻したいという欲求が生まれる。

良きものを与え合う社会が、5次元社会であるらしい。

つまり、いただいたらお返しをするような、そういう好循環で、幸せが膨らんでいくのが、新しい地球(5次元地球)であるらしい。

でもこれは、3次元的な観念であって、5次元だと、相手が喜んで、その波動/周波数が自分にも共振して、そこで終わりなんだろうね。 共振そのものがお返しみたいなことだろうと思う。

このような場に、「やられたらやり返す、倍返しだ!」という人が入れないのは当然である。

これは不平等でも不公平でもない。

同じ波動/周波数を共有する人たちが寄り集うという、引き寄せの法則、波長同通の法則にほかならない。 これは理科でいう共振なので、動かしようのない自然現象だと思う。

自分の波動/周波数の合わない世界に行ったって、結局、ノリが違うから、いたたまれなくなるよ。

5次元地球に全員が入れるわけではない。 5次元地球と共振できない人は、5次元地球に移行することができない。 これは一見すると、不公平、不平等のように見えるけれども、それは共振の原理からして、当然なのだろう。

3次元地球が生きづらかった根本原因は、価値観の違う人たちが、いちいち絡んできて、文句をたれることが大きかったと思う。

YouTubeのコメント欄、TwitterやInstagramのコメント欄などが荒れる。

SNSの世界には、ネガティブなことを発言してストレスを発散・解消したい感じの人がウヨウヨしている。

※この「ストレス発散・解消」の方式として「傷をつけ返す」(報復、リベンジ)というのが、「借金を返すために借金する」愚にあたる。 日々の生活の中で生まれた「鬱積したネガティブな感情エネルギー」を、誰かにぶつけることで感情解放をおこなうタイプの人は、 相手にも、自分自身にも、ネガティブな共振を発生させるので、社会全体の波動/周波数を下げるおこないをしているわけです。 これが地球に対して大きなダメージを与えるのです。 したがって、波動/周波数を上げて次元上昇すると決めている地球としては、「ネガティブな共振を発生させる存在」については、心を鬼にしてふるい落とすしかないのです。 このふるい落としという行為が、自然災害として知られる「地球の浄化活動」なのです。 「ネガティブな共振を発生させる存在」は「下げる」「重たい」ので、地球としても、連れて行けないのです。

こういう現象って、価値観や生きる信条が違う人たち、いいかえれば、波動/周波数の異なる人たちが共存している状態だからこそ、起こるんだよ。

今後は、波動/周波数ごとに惹かれ合って、グループが自然にできていくでしょう。

そうなってくると、コメ欄を荒らすような人たち、ターゲットをインターネット上で炎上させて喜ぶような人たちとは、縁が切れていくわけなんだわ。

SNSの世界だけでなく、実生活においても、ネガティブな意味で関わってくるような人たちとは、縁が切れていくわけなんだわ。

それで最終的には、5次元地球へ行く人と、そうでない人に完全分離するらしい。

振り返ってみれば、「生きづらかった3次元地球」というものが、波動/周波数の異なる存在どうしが、同一の時空間に押し込められた、特殊な世界だったことに気づくわけなんだよね。

だから「地球は実験場であった」とか、「地球は経験を積む学びの場であった」とかいわれるのだと思う。

その「実験場」「学校」としての地球が閉店する。

そして、「楽園地球」としてリニューアル・オープンする。

この「楽園地球」は5次元という、波動/周波数の高い地域にオープンするので、5次元に入れない波動/周波数の人たちは、「楽園地球」への入場を拒否される。

これは、宇宙というか、物理というか、その共振の原理にもとづく現象だから、誰にもどうにも動かせない。 これが真実だと思う。

結局、FMラジオしか入らないラジオで、地デジの音声を聞こうと思っても無理。 そもそも、放送に使う電波の周波数帯域が異なり、アナログ放送(FM)とデジタル放送(地デジ)というふうに、放送の方式が異なる。 そんな感じのことだと思う。

完全に「意識しない状態」になれるのだったら

結局、「強く意識する」も「無視する」も、同じく「意識している状態」というのが答えらしい。

クラスメイトに告白して振られて、これまで「大好き」だったものが「大嫌い」に変わる。 「大好き」も「大嫌い」も、相手に共振しているという意味では同じ。

結局、「共振が起こらない状態にしておく」ことが可能なのだったら、 「危険なスピリチュアリスト」「南海トラフ地震」などといった「猛獣のような対象」には、 注意を払うのが真っ当な対応だということになる。

闇の勢力の悪行を暴くサイトを見るときも、「共振が起こらない状態にしておく」ことが可能なのだったら、こういう世の中だから抜け出す必要があるのだという意識になることができる。

しかし、闇の勢力の悪行に対して、怒りや恐れなどの共振が起こる状態だと、悪影響しか受けない。

どうして共振が起こるのかといったら、自分にその周波数に共振する「ギターの弦」をもっているから。

例えば、440Hzの音叉をギターの弦に近づけたとき、440Hzの整数倍のピッチで振動できる弦が共振する。

それが、「その波動/周波数が自分の中にある」という状態。

並木良和さんがいう「地球の周波数を手放す」というのは、結局、ギターのチューニングを(波動/周波数を)上げることによって、低い波動/周波数で共振しないようにするということ。

結局、やっていることは、八木アンテナでテレビやFMを受信するときの共振と同じこと。


つまり自分の中に、低い波動/周波数と共振する要素がある場合には、「危険なスピリチュアリスト」「南海トラフ地震」などといった「猛獣のような対象」とは距離を置き、 完全に情報断絶したほうが安全。

しかし低い波動/周波数と共振する要素が取り除かれた、クリーンな状態を保っている場合には、 「危険なスピリチュアリスト」「南海トラフ地震」などといった「猛獣のような対象」の情報に、 もしも必要があれば、触れることもできると考えられる。

しかし「下げる方向性」で共振しており、もはや上がる要素が見当たらない対象については、何人たりとも近づかないほうがいいと思う。

結局、「触れた対象に染まる」という大原則は変わらない。

だから、ネガティブな対象とは、すっぱりと縁を切ったほうがいいというのが、たぶん「正解」だろうと思う。

そうでなければ、これから本格化するであろう「上昇するグループ」と「下降するグループ」に分かれるなどという現象が起こるわけがないから。

対象が「下降するグループ」だろうな、と思ったら、その対象とは、きっぱりと別れたほうがいい。

早晩、別れはやってくるのだから、自分が上昇できる余地が残っている間に、つまり早期に、別れるのなら、別れたほうがお互いのため。

別れるなら早く。

あなたのお子さんは発達障害です|いいえ、先生、あなたですよ、発達障害なのは(ドカーン!)

今の子供たちは、目醒めることを当然、決めて転生してきており、しかも母船の中で、地球のルールに従わなくていいという教育を受けてから転生してきているようです。

この子供たちが、宇宙存在とともに、これからの地球を牽引していく主力になります。

私たちも、この子供たちに学び、より開かれた意識になる必要があるのだということです。

高い意識で生まれてきた子供たちに「発達障害」というレッテルを貼ってしまうなんて、やっぱり私たちは洗脳されてきたんだわ。

今の大人たちのほうが狂ってるのよ、実際には。

形勢がグレンと逆転しますよ、もうすぐ。

言葉の中にバイアスが含まれている

「調子に乗る」のは、波動/周波数が高い状態で推移しているのだから、いいことなのですよ。

どんどん調子に乗りましょう。 それが波動/周波数をキープし、それをグラウンディングすることで確定させ、さらに高い波動/周波数へと移行するのです。

日本語の中に、「調子に乗るな」「調子こいてるから叩いてやれ」「図に乗るな」「つけあがる」「いい気になってやがる」など、 ある喜ばしい出来事から「波動/周波数の高い状態」に至った人の足を引っ張る語彙がたくさんあります。

「日本語が美しい」なんて、いちがいにいえませんね。

日本語の中には、そういう波動/周波数を落とす慣用句がたくさんあるのです。

言葉なんて捨てたほうがいいですよ。 言葉にするから、波動/周波数が固定され、物質化されてしまうのだったら、波動/周波数のままにしておきたいです、私としては。

日本のスピリチュアリズムの書籍では、「自分が幸せになることに罪悪感を抱く思い癖」とか、「この幸せは、いつまでも続かず、いつか終わってしまうのではないかという恐れ」とか、 そういう「内的なネガティビティ」を中心に描いています。

しかし、この「内的なネガティビティ」を発生させる原因である、波動/周波数を落とす慣用句、あるいは、そういう慣用句を使ったマンガ、アニメ、ドラマ、映画、小説などの コンテンツが「内的なネガティビティ」の発生原因の1つになっていることには、あまり言及されていません。

コンテンツの中に洗脳が含まれているから、従来のコンテンツは、厳選しないと、かなり波動/周波数を落とすと思いますよ。


「調子に乗るな」「調子こいてるから叩いてやれ」「図に乗るな」「つけあがる」「いい気になってやがる」など、ネガティビティを誘発する言葉は、使わないほうがいいでしょう。

「わがまま」というバイアスのかかった言葉もあります。

自分軸を確立させるためには、「わがまま」になりましょう。

他人に迷惑をかけて、他人を振り回すことのない範囲で「わがまま」に生きることが、自分軸を生きることなのです。

それが私の表現でいえば、その人の「思いっきりを生きる」ということです。

外野がゴチャゴチャ文句つけてくる環境とか、自分のやりたいことにいちいちケチつけて引き留めようとするような環境とかって、一言、うぜぇよな? 

そういう制約の一切ない、「自分」をぶん回しても、誰かに当たって事故が起こることのない空間で、ぶちかましたいと思わん?  それよ、それ。

5次元の世界って、そういうふうな世界らしいよ。

「しつけ・指導」が根本的にマズい点|減点主義だから

教習所で教わる運転と、実際の路上のマナーは別でしょ? 

運転免許センターの一発試験とか、自動車学校/教習所の仮免試験・卒業試験というのは、減点主義だから緊張して、ちゃんとした運転ができなくなるんだよね? 

結局、視点が「あらさがし」という「ネガティブな視点」からの発想なんだよね、警察とかそういう世界は。

学校の試験も、高校入試も、センター試験や大学の個別試験も、ぜんぶ減点主義でしょ? 

この減点主義の中で、「最も減点の少なかったヤツ」がエリートっていう世界になっているわな? 

でも、実際に世の中で、本当の意味で光る存在というのは、そういうところのトップではないんだよ。

試験に強い人は、スゴいとは思うし、努力は尊敬すべきだとは思うけど、そのことに感動して、その世界に純粋に惹かれるということは、けっしてないと思う。

それは発展的でないし、広がっていかない感じがするからだね。


「しつけ・指導」とは、中身としては「ジャッジする」「ダメ出しをする」「ケチをつける」「けなす」という意味合いを多分に含んでいます。

「しつけ・指導」をやりすぎると「指導者からケチをつけられないように(減点を食らわぬように)、萎縮して無難な道を選択する思考と行動」が植え付けられます。

文科省のいう「生きる力」というのも、「内申点で脅して生きる力を奪っている文科省」がいうのだから、噴飯物なんだわ。

「生きる力」とは、自分の心からやりたいことに一致して、それを無我夢中でやることからしか生まれないんだ。 そのことを並木良和さんは「自分軸で生きる」「自分に一致して生きる」というわけよ。

結局それは、「自分の本音に正直に生きる」ということだわな? 

家庭や学校で、親の理想、教師の理想を押し付けられる環境下において、児童・生徒が「自分の本音に正直に生きる」ことなど、できるわけがない。

つまり「世の中が悪い」というのは、「家庭が悪い」「親御さんが悪い」「親御さんであるアンタが悪い」ということに帰着します。

結局、親御さんに申し上げたいことは、アンタ自身が未熟で、他者を指導するだけの波動/周波数に達していないのだったら、我が子といえども、放っておけよ、ということです。

「しつけ・指導」をしたがっている指導者が出しゃばると、「自分の本音に正直に生きる」という生き方ができなくなる。

「指導をされる側=監視されている側」からすると、意識が外側に向かって、自分の本音を見失ってしまうからね。

つまり「しつけ・指導」をしたがる人というのは、自立心に欠けるわけ。 絡んでいく対象が存在しないと、寂しすぎてやってけないの。

この考え方って「闇の勢力の世界支配への野望」と同根なんだよね。 背景に「強い依存心」がある。

「しつけ・指導」をしたがる人、リーダー/指導者になりたがる人というのは、依存心が強く(自立心が弱く)、依存する対象を常に求めている迷惑な存在なのだということを知っておいてください。

私はこのサイトで、「てんでんこ」という言葉づかいをしていますけれども、これはエハン・デラヴィさんのいう「独立個人」の言い換えです。

「独立個人がてんでんこに生きる」というのが、私が抱いていた5次元のイメージです。

それはもちろん、冷たい間柄ではないのですよ。

お互いがお互いを認め合っているがゆえに相互干渉がない世界。 相互干渉がないから、過干渉などあるわけがない。 そういうのが、私の5次元のイメージ。

そして、それが「てんでんこ」とか「独立個人」といった言葉の中身です。

そして「てんでんこに生きる」「独立個人として生きる」などは、並木良和さんのいう「自分と一致して生きる」「自分軸に立つ」というのと同じです。

個々人のハイヤーセルフは、個々人に応じた「こひしたふわよ〔こ=心地よい、ひ=惹かれる、し=しっくりする、た=楽しい、ふ=腑に落ちる、わ=ワクワクする、よ=喜びを感じる〕」を通じて、個々人に独自のメッセージを与えている。

そこに親・教師などの指導者が介入する余地はない。 個々人は、個々人のハイヤーセルフからの直接指令を受けて、てんでんこに行動することが最も「ふさわしい」わけであり、何も知らない親・教師などの指導者が余計な干渉をするな、ということ。

リーダー/指導者になりたがる人が、対象に対して依存的である証拠の1つとして、リーダー/指導者になりたがる人ほど、「対象を支配/コントロールしたがる」というのがあるよね? 

チャネリングをするとき、低次の存在を見分ける指標として、低次の存在が霊的チャネルを通じてコンタクトしてきたときには、「~しなさい」など指図するらしい。

つまり指図するような存在だったら、それは低次の存在だから、エーテルコードカットを大天使ミカエルにお願いして、その低次の存在との縁を切っておく必要があると思う。

「波動/周波数の低い存在は対象を支配/コントロールしたがる」「低いヤツほど指図してくる」というのは、霊的存在も、この世の人間たちも、同じだということだ。

指図してくるヤツに軽快しろ! 

この世が生きづらい根本原因として、監視社会である点が挙げられると思う。

iOSやAndroidやmacOSは、OSとして、自分のアカウントにログインしなければ使えないようになっている。 ログインしなければ使えないOSってことは、OSのバックドアから、使用者が端末をどう使用したのか、その履歴がぜんぶどこかのサーバーに個人情報と紐付けられた形式で、送られているんだよ。 つまりiOSやAndroidやmacOSは、常に監視されている。 Windowsはもう少し緩くて、Linuxはそういうのがない。

しかしMicrosoftも、Windowsアップデートと称して、PCの中から履歴を抜いて、サーバーに送信していると思う。 もちろん、GoogleアカウントにログインしてPCを使うと、インターネットの履歴、自分のローカル環境のアプリの使用履歴などを抜いていると思う。

闇の勢力は、銀行口座と携帯電話とインターネットについて、しつこく個人情報を要求してくる。 銀行口座も、携帯電話も、インターネットも、住民票とか運転免許証とかを要求してくるよね?  これは、銀行口座も、携帯電話も、インターネットも、闇の勢力という犯罪的集団の命令で動いており、闇の勢力は「個人のお金」と「思考・思想・感情の動き」を徹底的にマークしている。

なぜかというと、支配体制が壊れるのが怖いから。

平たくいえば、それぞれの魂が次元上昇して、逃げ去ってしまうのが怖いわけよ、闇の勢力としては。 あるいは、闇の勢力でない存在たちが、闇の勢力よりも豊かになってしまうのが怖いわけ。

世の中が生きづらい、息苦しい最大の原因は、「闇の勢力が私たちを束縛するために、私たちを常に監視しているから」です。

そして、マスコミがウザいのは、私たちの波動/周波数が上がらないように、低次元のコンテンツを流しているからです。

波動/周波数の低い状態だと、「対象を支配/コントロールしたがる」という大きな傾向があります。

闇の勢力は、波動/周波数が低いです。

つまり闇の勢力の支配を逃れるためには、波動/周波数を高めて、地球の次元上昇についていくことです。


個人情報と紐付けた端末の使用履歴をどうして闇の勢力が集めているのか?  闇の勢力としては、「私たち地球人類が浮気するかどうか」が心配だからなんだよ、情けないことに。 結局、私たちが覚醒して、高次元に移行したり、支配体制が崩壊することを、闇の勢力はものすごく恐れているわけ。 彼らのマインドは恐怖ベースなの。

彼氏の浮気を恐れる女の子も、恐怖ベースでしょ?  恐怖を払拭したいがために「彼氏のケータイの履歴を盗み見する」わけよ。 でも、そういうのを一度やると、やめらんなくなるわな?  自分のケータイを見られた側は「キモッ!」ってなるわな? 

「誰が何をやっているか把握しておかなければ、心配で心配で夜しか眠れない」んだよね、闇の勢力は。 「彼氏が浮気してないか心配」で「彼氏の忠誠心を知りたい」わけよ、そのケータイ覗きの女の子としては。 そのあげく、闇の勢力も、彼氏の浮気におびえる女の子も、支配対象を24時間監視体制で囲い込むってことになるんだわ。

闇の勢力としては、「カルマ・システム」「輪廻転生システム」とかをつくって、彼氏が逃げないように、地球の時空圏内に魂を拘束するわけ。 これって、「今日は何時に帰ってくるの」てしつこい彼女と同じなんだわ。 「彼氏はきっと浮気をして私のもとから去って行く」という恐怖心をベースとして、支配体制を敷いているのね、闇の勢力も、女の子も。 両者ともに、同じマインドを使ってるってこと。


さて、「しつけ・指導」をしたがる人の使っている思考パターン/行動パターンというものが、この「闇の勢力」「彼氏の浮気におびえる女の子(鬼女)」と同じなわけ。

そして「指導者/闇の勢力/鬼女など」というものは「対象を支配/コントロールしたがる」=「対象から熱エネルギーを奪う」という共通点をもっている。

「いちいちうるさくゆってくるヤツ(指導者/闇の勢力/鬼女など)」って、そいつらが近づいてくるだけで「テンション下がる」「寒くなる」「オシッコ、ウンコしたくなる」というのがある。

これは波動/周波数が低いからテンション下がり、身体が冷え、排泄欲求が急に高まったりするわけなんだわ。

だったら、どうすれば波動/周波数が上がるのかといえば、他者に合わせず、自分軸で生きることよ。 それしかない。

「しつけ・指導」って、他者に「自分軸のポジションを崩す指令を出す」ということなんだね。

その人にはその人の「ダイヤモンドの位置」=「源〔みなもと〕と自分と地球が惑星直列したみたいな位置」というのがあるから、どう行動するかなんて、任せとけばいいのよ、本人に。 「しつけ・指導」というのは、必要ないどころか、有害無益なんだよ。

「ダイヤモンドの位置」を探る行為は、「カメラのピント合わせ」みたいなものだから、ファインダーや背面モニター液晶を見ている本人にしか「ジャスピンの位置」というのはわからないの。 「しつけ・指導」というのは、「ダイヤモンドの位置」=「ジャスピンの位置」をズラさせるんだよね。 「しつけ・指導」というのは、邪魔にしかならん。

そして、「しつけ・指導」と称して、エネルギーを奪い取りに来る対象は、迷惑でしかない。

「しつけ・指導」の好きな人は、自分のエネルギーを増大させなさいよ。 自分の波動/周波数を上げなさいよ。 そうしたら「しつけ・指導」が有害無益だって気づくから。

「しつけ・指導」をしたがる人そのものが、自分軸で生きていないんだよね。

だから「しつけ・指導」をしたがる人は、一言でいって、寂しいだけなの。

寂しいからこそ、外側に意識を向けて、「進んでいない人」を見つけては、「しつけ・指導」を装った「絡みつき」をしたがるわけ。

でも、それって「かまちょ」(かまってちょうだい)そのもので、スピリチュアリズムの世界では、かまちょのことを「エナジー・バンパイア」というのね。

吸い取られるんだよね、エネルギーを。 身体が冷えるわけ。 そして、おしっこやウンコがしたくなる。

熱伝導の原理と同じで、温度の低い物体が触れてくると、温度の高い物体は、その温度が下がってしまう。 これを「エネルギーを吸い取られる」と称するわけ。

「エナジー・バンパイア」というのは、自分が寒いからといって、身体をくっつけてくるイヤなヤツなのよ。 それで温度が吸い取られて、こっちが寒くなるのね。

自分軸に一致していないものだから、自分で温度をつくり出すことができない。 だから、誰かに絡んで、そこから温度を得ようとしてくるの。 これが波動/周波数の低い存在たちがおこなっている、エネルギー泥棒という行為なんだね。

地球から見たら、私たちそのものが、このエネルギー泥棒そのものなわけよ。

つまり私たちは、もうそのことをしっかりと自覚して、地球からエネルギーを泥棒する迷惑住人であることをやめる必要があるわけ。


「しつけ・指導」を受けて、「文句をつけられないように」と気を張って生きていると、自分軸と一致していないから、不満が鬱積してくる。

その鬱積したものを、どこかで解消しようとするわけ。

そうすると、陰で悪いことをする人間になっちまうのさ。

刑務所の場合、自分の弱点、自分の汚れの部分を表にさらして、これをカウンセリングなどで解決する、手放すといった心理的なケアを受けないかぎり、必ず再犯するわけですよ。

でも刑務所は、「しつけ・指導」の世界だから、「自分の弱点、自分の汚れの部分を隠して、表をきれいに見せかける」という思考パターン/行動パターンになるの。

減点されたくないから、自分の弱点、自分の汚れの部分を隠して、抱え込んで、誰にも見せないように、丸まってしまうんだよ、精神が。

これをやってると、必ず「波動/周波数が下がる方向」へと向かうのです。

小中学校で道徳の授業が始まると、陰で悪いことをする児童・生徒が増えます。

でも、そうなる前に、世の中がガラガラと音をたてて崩壊して、新しい世の中になっていくと思うけどね。


心の問題を抱えている場合、汚れを隠すのが、最もマズい結末なんだよね。

「自分の素の状態を表に出すと、そこを攻撃してくる奴らがいるので、素を出すことができない」という状況が、心の病気を悪化させるんだわ。

だから「しつけ・指導」という減点主義を、引っ込めなきゃいけない。

「しつけ・指導」の好きな父親、母親は、だいたい頭が悪い。 頭がよかったら、「しつけ・指導」の有害性に気づいているわな。

そういう父親、母親が近くに来ると、テンション下がるわな?  身体が冷えるわな?  どうして? 

そういう父親、母親の波動/周波数が低いからよ。

結局、その対象の波動/周波数の低さと、「その対象が来るとテンション下がる」ということは、連動している。

みんな「明るくて温かい感じのする人」「その人がいるだけでテンションが上がる人」が好きだろ?  それは波動/周波数の高い人だったんだね。

学校の先生だってそうだろ?  「しつけ・指導」の好きな先生は、ウザい、寒い、テンション下がるの三拍子だろ?  そういう先生は、テキトウにあしらっておけばいいよ。

世間に背を向けハートの声に耳を傾けよう

赤ちゃんには、カラフルなオーラをもつ、妖精が少なくとも1体はついているらしい。

子供の純粋さが失われる 瞬間。

それは、保護者/教師からの「そんなことしちゃ、みっともないでしょ」「こんな状態では恥ずかしいでしょ」「こんなことしてたら世間から嗤われる」という「外側の基準」に合わせることを強要される「しつけ・指導」が始まったときから。

「みっともない」「恥ずかしい」「世間から嗤われる」ことを回避するなど、「外側の基準」に合わせる「義務」を負うように、子供は大人たちから強制される。

子供たちの「ハイヤーセルフからの分離」「眠り」が始まるのは、このときから。

「ハイヤーセルフとの遮断」が始まり、波動/周波数が下がってくると、妖精たちが去るのだろうと思う。


「外側の基準」の一環として、「他者との比較」がある。

お母さんが、「●●ちゃんは、ひらがなが書けるようになったんだって」と子供に迫るんだよね。

「おまえも、すぐにひらがなを書けるようになれ」っていうプレッシャーをかけてくるわけだよ、お母さんが。

こういう場面で、他者/外部との比較、劣等感、無価値感、無力感などが、子供の潜在意識に対して、母親から植え付けられるんだよね。

自分が地球の波動/周波数をどこで吹き込まれたのかを考えたとき、やっぱり、親・教師などが原因であることが多いように思う。

自然に地球の波動/周波数が身に付くわけではなく、誰かから「感染」させられているんだよね。 それも「人生の青写真」や「計画」の一環だとは思うけれども。

よく瞑想などで、「母の無償の愛に感謝しなさい」というやり方があるけれども、そんなきれい事だけでは済まされないことも多いわけよ。

だって母親が「おまえはグズだ」とか「●●ちゃんはもっとできるよ」とか、そういうことをいわれて育った人は、深い意識で傷ついているんだからね。

そんな状態で「母の無償の愛に感謝しなさい」という「絵空事」「お花畑」みたいなこといわれても、実践的でないわけですよね。

だから「スピリチュアルにおいても、学校・予備校のような形式の一斉授業(大量生産方式)」というのは、成立しがたい面があるのだと思う。

本人は深い意識で傷ついているんだからね。 傷を癒やさないうちに、「母親に感謝しなさい」とかいわれても、無理・無理ってなるわな? 

先に、許しがどれだけパワフルであるかを当人が知り、当人が納得し、実践して、ある程度は許せるようになることが先決問題。

それで、やっぱり「印刷教材」「音声教材」「動画教材」というふうに、オンデマンドで利用できるように、しっかりとアーカイブされていることが、勉強でも、スピリチュアルでも、大事かなぁと。

結局、進み具合(進度)というものが、個々人で異なるわけだから、一斉授業みたいなことは副次的な位置づけにして、個々人が「印刷教材」「音声教材」「動画教材」を、オンデマンドで利用できるように、環境整備しておく。 これがスピリチュアルにおいても、たいへん重要だなぁ、と。

ネタバレで申し訳ないけれども、この世で何があっても、例えば、自分の親族が殺されたとか、悲惨な戦争を経験したとか、ぜんぶ幻影ですからね。 そういう映画の中にいるだけ。 これについて、私はまだ、頭でわかっている状態。

でも「その映画を真に受けるなよ、甘ちゃんども!」って、自分に教えてやりたい。

カマトトぶらないで、映画は映画だって見抜けよ、このすっとこどっこい! ってことだよね。

結局、抜け出す魔法は、許し(無条件の愛の表現形の1つだと思う)と感謝だけ。

ヒーリングとか、癒やしの解法は、たぶんワンパターンだよ。 最終的には、許し(無条件の愛)と感謝で「統合」するしかない。 そのプロセスで、炎を使ったり、源〔みなもと〕の力を借りたり、龍やエンジェルやアセンデットマスターの力を借りたりするけれども、結局、無条件の愛と感謝という万能薬しか効かない。

どんな数でもゼロを乗ずるとゼロになるでしょ?  あの感じだと思いますよ、「無条件の愛と感謝」で「統合」することで、「すべてをニュートラルに戻す」というのは。

こういうことは「マインド」とか「左脳」で考えてやるものじゃないのかもしれないけど、ごくごく単純化すれば、全体にゼロを掛けて、すべてを打ち消すようなことをするのだと思う。 それが「無条件の愛と感謝」という万能ネギ。


子供の不得意なことを責める親御さんも多い。

「おまえは、動作がのろい」とかね。 実際、私は父親に「グズだ」といわれていました。 クソジジイめ! 

だから、我が子が反抗期になったとき、「うるせぇよ、ババア」「うるせぇよ、ジジイ」とかいわれるんだよね。

作用と反作用の法則だよね。

それで、ネガティブなことを言い放つことによって、相手を「しつけ・指導」する保護者、教師などは、彼ら自身が成熟していないんだよ。

成熟していない人ほど、指導者になりたがる。 この側面は否定できないと思います。 これは、勉強の世界でも、スピリチュアルの世界でも、ゴルフの世界でも、おんなじだと思うよ。

指導者志望の人は、「自分よりも進んでいない人を相手にして、自分の無価値感を解消したい」という潜在的な弱みを全員抱えていると思う。

もちろん、指導者がいないと困るし、指導者になることを使命としてこの世に転生してきた人たちも多いわけだけれども、「指導者にまつわり、そのネガティブな側面が存在しない」というわけではないのだという点を踏まえる必要があるのだと思う。

「先生は未熟だ」という点は、よく知っておき、先生を祭り上げて崇拝したり、先生に理想像を押し付けて勝手に幻滅したり、そういう極端な「上げ下げ」で先生をつぶすことのないようにしたい。

先生だって人間なんだよ。

ネガティブなことを言い放つことによって、相手を「しつけ・指導」する人って、対象者に「ダメ出し」することによって、自分がされてきた「ダメ出し」の反対取引をして、ある種の「解消」をしているだけなんだよね。 先輩からイジメを受けたら、後輩にやり返すみたいな連鎖ね。 これは、部活動や、自衛隊や、警察・消防などで、よく見られるネガティビティの連鎖だと思う。 だけど、これをやってるから、いつまでたっても、ネガティビティの連鎖が終わらないわけよ、この3次元世界では。

「血で血を洗う報復の連鎖」とかいってね。 アホくさ。

だから、先生でもネガティブな感じの人とは、スパッと縁を切りましょう。 いいんですよ、切ったって。 どうせ、この現実というのは、映画なんだから、思い切ったことをしたっていいのです。

結局、「できる人」は、自分が先へ先へ進むだけなんだよね。

とくに、波動/周波数の上昇プロセスにおいては、できるだけ自己本位に、自分の波動/周波数を上げることだけに専念する感じがいいのだと思う。

もちろん、「できる人」は、書籍や講演やインタビューや動画などで、後進のために情報は残すけれども、指導することそのものには、重点を置かない、あるいは、重点を徐々に置かなくなることが多いと思う。

いつまでたっても、他者を指導したがる人って、やっぱり、進歩・成長が止まった人なんだよ。

逆に、進歩・成長を盛んにしたかったら、指導の現場に、いつまでも居続けてはいけないんだよね。

だから、専従の教師というのは、基本的には、やめたほうがいいと思うわけです。

「年を重ねても教師をしている」というのは、どう考えても、教師自身の成長にとってマイナスだと思う。


とにかく、恐怖心、劣等感、無価値感、無力感などの原因は、自分の親とか、教師とかである可能性が高い。

ただし、原因がわかっても、意味はないと思う。

例えば、セント・ジャーメインのバイオレット・フレーム(紫色の炎)で自分の中のネガティビティを焼き尽くすワークがあります。 バイオレット・フレームは、つまり「その波動/周波数を使うようになった原因」をも含めて、何が「統合」されているのかが自分で自覚できなくても浄化されるのです。

セント・ジャーメイン|バイオレットフレーム(紫色の炎)による心身の浄化 · ゆきんこの勉強法 | 自修人

私たちは、いったい何回転生したのでしょうか?  どの一生のどの場面で、なぜその波動/周波数を使うようになった。 こうやって1つ1つ原因追求をしていったら、2020年の春分(3月20日)に間に合いませんよ。

従来からよくいわれている、「味わい尽くす」「感じ尽くす」とかは、時間切れになる悪いやり方です。

「原因がわかると消える/抜ける」ということを「原因がわからなければ消えない/抜けない」と拡大解釈することも、避ける必要があります。 このあたり、勝手に思い込んだりする危険性が潜んでいます。

結局、「統合」して手放す以外にないのだから、原因とか、誰が悪いとか、そういうの抜きで、あらゆるツール(瞑想ワークのツールとしての炎、光線、糸など)を駆使することによって、とにかく「統合」してニュートラルに近づけることが大事なのだと思う。

つまり、「誰がこの波動/周波数を私に植え付けたか」というのは、原因のうちの遠因にすぎない。

私たちが対峙(たいじ)すべき直接の「原因」は、自分の「マインド」の中に、その波動/周波数を自分が使うクセが登録されているという部分。 ここがメインなのであって、「親が私にああした・こうした」は愚痴にしかならんからね、実際問題。 それはノイズ。 まったく役に立たん情報や。

それは例えば、自分が風邪をひいたとき、子供が幼稚園で風邪をもらってきて、それで自分に移ったということがわかっても意味がないのと同じです。

「感染している状態にある」という現状把握と、「風邪をどれだけ安全に早く治すか」という治療の方法論・治療の実践が大事なだけであり、現に感染している以上、感染ルートを探っても、もはや意味がない。

同様にして、「誰がこの波動/周波数を私に植え付けたか」を探っても、「あの人がこうゆったから私がこうなった」とか、「他人軸に基づく他罰主義におちいる」だけなんだよ。

だからスピリチュアリストでも「原因を重視する人」というのは、ある種、警戒したほうがいい。

それは、クライアントの過去世を見る力を、クライアントに見せつけて誇示したいとか、そういうスピリチュアリストの「エゴ」で「原因を重視する」というトラップにハマっているのかもしれないから。

「誰がこの波動/周波数を私に植え付けたか」には意味がなく、その波動/周波数を「統合」ワークで手放すことだけが大事なのです。

いいかえれば、幼少期を中心として「マインド」に植え付けられた心の傷、トラウマを癒やすことに専念すればいい。

感染ルートの探索は、必要ない。

大事なのは、MOMOYOさんがいう「ネガティブなセルフイメージ」の全容。 つまり「私が私自身をどのように評価しているか」という部分。

この「私の私自身に対する評価」がネガティブであることを、並木良和さんは「地球の周波数を使っている」という言い方をしているだけ。

MOMOYOさんも、並木良和さんも、いわんとしているのは同じことなんだよね。

もっといえば、「自分で自分自身を、どのようにジャッジしているか」を観察する。

MOMOYOさんの場合、紙とペンを使って「書く」という具体的なやり方をなさっているらしい。 『「本当のスピリチュアル」への階段』のChapter 3(第3章)が、書き出すことでセルフーメージを知るワークに充てられている。 この部分が核心部分だと思うし、Chapter 3の内容だけでも、確実に書籍代を大きく上回る価値をもっていると思う。

私は文章を打ち込むことで思考を進めているので、書いている自分に教えてもらいながら、いつも自分から習っているだけなのですね。 わからなければインターネットで調べて、インターネットから教えてもらっています。 そういうことが習慣なので、MOMOYOさんの「書いてナニする」というやり方は、けっこう私に合っているかもしれません。

Amazonのコメント欄でネガティブな評価も受けているけれども、いい点だけにフォーカスして、うまく利用させていただけばよいだけです。

結局、MOMOYOさんのセルフイメージを書き出すワークって、ぶっちゃけ、「マインドの中に、どういう種類の『自分イジメの思考回路』が埋め込まれているか」という現状把握をすることが目的なんだよね。

つまり「マインド」にまつわり、以下のような「自分イジメの思考回路」がループしている状態を停止させることが最も大事なのだと思うわけです。

「自分を無価値なものとしてさげすむ(どうせ私なんて)思考回路」
「自分に低評価(私はダメな人間だ)をくだす思考回路」
「自分に罪悪感(悪いことをしてしまった)を与える思考回路」
「自分に恐怖心(おそろしい)を与える思考回路」
「自分を責める(どうしてそんなことしたの? としつこく自問する)思考回路」

それには「自分イジメの思考回路」の中に住んでいる、イジメの主体である「マインドの中の自分」を見つけて、抱きしめて、許してあげることが大事なんだと思うわけです。

ここで意識の転換が必要だと思いますけれども、「自分」として認識する対象は、カーソルを合わせるようにして、動かすことができます。

PCの基本ソフト(OS)であるWindowsでいえば、アクティブなwindowを変えることができます。

「マインドの中の自分」を「自分」だと思い込んでいるのが、ふだんの私たちです。

しかし「マインドの中の自分」を客観視するとき、「マインドの中の自分」とは別の「自分」にカーソルが移動しているのがわかりますか?  このとき、アクティブなwindowが、より広範囲を包摂する「より大きなwindow」に移行している。

これがたぶん、波動/周波数が少し上がって、より「上から」俯瞰することができるようになった状態なのだと思います。

この原理を利用して、より高い、より俯瞰できる位置に「自分」という「視座」の位置を上げていく。 これが波動/周波数を上げることなのかもしれません。

「マインド」が副人格なのだとしたら、副人格にも主体性があるハズでしょ?  この「主体性をもった副人格が暴れ回る状態を鎮めること」が大事なのです。

「主体性をもった副人格が暴れ回る」のは、傷ついているからですよ、きっと。

怪我をしたわんちゃんが、一晩中、クンクンうるさいのと同じです。 怪我を治してやらないと、クンクン鳴き続けるだけなのです。

イジメをする主体は、イジメを受けて心が傷ついているから、イジメをする側に回るわけです。

「イジメをする側」も「イジメをされる側」も、同じ波動/周波数なのですよ。

「する側」「される側」の両方とも、「原因であり、結果である」し、「結果であり、原因である」わけです。

大事なのは、誰かを糾弾することではなく、このループを終わらせることなのです。

そしてループを終わらせた後、「する側」「される側」の両方の心に残る傷を癒やすことが大事なのです。

「懲らしめる(こらしめる)ことによって反省させる」というのは、波動/周波数の低い人々の手法なのですよ。

「懲役(ちょうえき)5年、執行猶予3年の有罪判決」の「懲役」って「懲らしめる役務(えきむ)」ってことだよね。

「懲らしめたって問題解決にはならん」ってことよ。

こういうことやってるから、これまでの地球では「発展」がなかったわけ。 知恵がないよね、まったく。

刑務所とか、学校とかって、反省文を書かせるでしょ? 

コレって、「自分をいじめる思考回路」そのものでしょ? 

再犯率が高い理由が、そこから確実にわかるよね? 

刑務官のやってることは、「自分をいじめる思考回路」を受刑者に埋め込むことでしょ?  刑務所を出所するわな?  しかし元受刑者には、「自分をいじめる思考回路」が植え付けられている。 これが発動するわな?  それを再犯と称しているのですよ。

刑務官は何をやったの?  受刑者に「自分をいじめる思考回路」を仕込んで、いつか再犯する時限爆弾を仕掛けただけなの。

結局、刑務所は犯罪を減らす気なんて、さらさらないわけ。 むしろ刑務所は、犯罪者を増やす「仕込み」をせっせとおこなっているんですよ。

もっといえば、刑務官の中には、受刑者の肛門に高圧水を吹き込んで、受刑者を殺すようなヤカラも混じっているんだわ。

同じ波動/周波数の存在どうしは惹かれ合うのです。 これは理科でいう「共振」あり、スピリチュアル分野では「波長同通の原理」といったり、「引き寄せの法則(Law of Attraction)」といったりします。

刑務官も受刑者も、同じ波動/周波数です。

もっといえば、犯人と警察官は、同じ波動/周波数です。

犯人・受刑者、警察官・刑務官などを同じ場所で共振させておくと、この波動/周波数が強化されます。 音響でいうハウリングです。 こういうのが闇の勢力の狙いなのです。

しかも、お互いに「下がる」組み合わせで共振していきますので、どんどん「下がって」いくだけです。 「下がっていく」ようなセッティングで共振しているグループは、仕組みを改革しない以上、どうやっても上がらないわけであり、そこに近づくだけで「下がっていく流れ」に吸い込まれてしまいますので、縁を完全に断ち切ることが大事です。

並木良和さんが「他者は放っておきなさい」「自分の波動/周波数を上げることだけに専念しなさい」「自分軸に立ち、意識を完全に内側に向けなさい」と主張している真意がわかると思います。

考えてみれば、「あなたが、あなた自身に対しておこなってきたこと」「私が、私自身に対しておこなってきたこと」は、この愚かな刑務官と同じことでしょ?  「自分をいじめる思考回路」を自分自身で使ってきて、自分自身を「下がっていく流れ」に乗せていたでしょ?  これを今すぐ断ち切ろう!  それには「統合」ワークですよ。

刑務官が、どうして、反省文を書かせるのか? 

学校の教師が、どうして、反省文を書かせるのか? 

受刑者・児童・生徒を「下げる」ためなんだね。

刑務所などの法務省系列の暴力機関が、CIAの下部組織、いいかえれば、闇の勢力の直営店だから、人心を荒廃させ、世の中を乱れさせ、高次元へジャンプできないようにするためなんだよ。

学校も同じさ。 学校は牢獄、監獄と同じで、児童・生徒は囚人と同じ扱いを受けているんだよ。

それに気づかず、学校と同じ、あるいは、刑務所と同じことを「良い教育」だと思っている(=洗脳されやすい状態の)保護者が、そのような「自分をいじめる思考回路」を我が子に植え付けることを、立派な「しつけ・指導」だと勘違いして、実行しているんだよね。

逆なのですよ、問題解決の手法としては。

北風政策では問題は解決できず、太陽政策が重要になるわけですね。

つまり問題解決の方法としては、許し(無条件の愛)と感謝に帰着するのだと思う。

見分けましょう。

フィーリングとして、「冷たい、冷える」感じの方法を採用する人は「下がっていく人」です。

フィーリングとして、「温かい、温まる」感じの方法を採用する人は「上がっていく人」です。

「ジャッジすることがいけない」というふうに、スピリチュアリストそものが、私たちの「ジャッジするクセ」に対してジャッジしているんですよね。

このジャッジという言い方は、英語圏に特有のものであり、英語圏の人たちの心に響いても、日本人の心には響かないと思うんだよ。

日本語でいいかえれば、ジャッジするとは、「責める」ということ。

「責めて、いじめて、懲らしめて、シュンとさせる」のが、刑務官、学校教師、そして、それらを見習ってきた、保護者・親たちのやってきた「しつけ・指導」の中身なんだよね。

「責めて、いじめて、懲らしめて、シュンとさせる」っていうのは、どうよ? 
「冷たい、冷える」感じでしょ? 
だから「下がる」んですよ。

それは「反省して正常化された」のではなく、「意気消沈した」だけなの。 「冷えた」だけなんだよね。

「反省する」と「下がる」んだよね、波動/周波数が。 「冷える」だけなのよ。

だから「反省させると犯罪者になる」んだよね。 犯罪って、波動/周波数が低いから起こすわけでしょ?  「冷たい、冷える」感じだから犯罪者になる。

結局、「しつけ・指導」の中身は「責めて、いじめて、懲らしめて、シュンとさせる=意気消沈させる」ことで「波動/周波数を下げる」という中身。

したがって、「しつけ・指導」の好きな連中とは、速攻で縁を切ったほうがいい。

つまり「冷たい、冷える」感じの人とは縁を切りましょうってこと。

なぜならば、いま私たちの波動/周波数を上げていくことが最も大事だから。 「温かい、温まる」感じのことだけを残して、あとは断捨離、スパークジョイ。 レッツ・スパーク! 

例えば、溺れている人を助けるために飛び込む人がいます。 助けられないんですよ、実際には。 溺れている人は、静観したほうがいい。

そうして、溺れている人が気絶して浮いてきたら、速攻で助け上げて水を吐かせる。 つまり、意識があってもがいているときに溺れている人を助けようとすると、抱きつかれて、助けた人がむしろ溺れ死ぬという法則があるわけです。

ネガティビティに包まれている人、いいかえれば、「冷たい、冷える」感じの人とは縁を切っていいんです。 「下がる人」に触れていると、自分まで溺れ死にするのだということ。

ここも「津波てんでんこ」「命てんでんこ」の要領で、自分が助かることだけに専念すればいい。 そうすれば、助かる人の数が最大化されるわけなのです。

溺れている人を助けようとしても無理だし、巻き込まれて、自分まで溺れ死にする。 この法則を覚えておいてください。

同様に、「下がる人」との縁をそのまま結びっぱなしにしていると、自分まで「下がる流れ」に巻き込まれますからね。

「上がる」と決意した段階から、「下がる人」との縁を断ち切ってください。

ここは、私たちが置かれている事態をしっかりと考え(私たちの波動/周波数の上昇が足りないとポールシフトまであり得る)、冷徹にバッサリと実行し、「これでよかったのだ」と割り切り、けっして振り返らない(葛藤しない)ことが大事。

相手との縁を切ることに罪悪感をもつ必要はない。 スパーンと切っていい。

どうせ、この世の現実は映画でしかない。 すべて幻影なんだから、思い切って最善手を打てばいい。

2019年に大切な事【エネルギーが上がる人や、エネルギーが上がることを大切に】by 並木良和

「しつけ・指導」の中身は「責めて、いじめて、懲らしめて、シュンとさせる=意気消沈させる」ことで「波動/周波数を下げる」という中身。

その同じ手法を、私も、あなたも、自身に対しておこなっているのですね。

結局、私たちの「マインド」の中で展開されているネガティビティの実際の中身って、親・教師による「しつけ・指導」のものまねなんだよ。

だからほんとうは、精神の未熟な親のもとに転生したことそのものが間違いだったんだね。 教師以前に、まず親の「しつけ・指導」から悪影響を受けることで、私たちのネガティビティが芽吹いているハズなんだからね。

私たちが輪廻転生するとき、自分で親を選んで転生するとかいいますけど、そこにもトリックやトラップがあるらしい。

ライトワーカーとして転生する魂には、相性の悪い親をあてがうとか、過酷な人生をあてがうとか、闇の勢力が小細工しているらしいから。 それをも含めて、源〔みなもと〕の計らいであるとか、そういうパターンもあり得るけどね。

転生する前に忘却の水(前世の記憶を消すクスリ)を飲むとかも、闇の勢力による小細工だという話だよ。

これまでの転生で学んだ経験値を生かして、この人生を送れば、その「過去世の学び」が生かされるかたちで一生を送ることができて、魂として早く効率的に成長できるでしょ? 

それなのに、忘却の水を飲まされて、「過去世の学び」にアクセスできない状態にされて、この世に転生するわけだから、「過去世と同じ失敗を何度も繰り返す」わけよ。

「歴史は繰り返す」って、結局、忘却の水を飲まされているのだから、そういうことになるわな、当然の帰結として。

何やってんすか?  コレって、バカでしょ?  学びが蓄積されていかないでしょ?  賽の河原の石積みみたいなことやらされてきたのよ、私たちは。

闇の勢力が仕組んだ輪廻転生システムって、こういうものだったんだと、私は現在のところ思っているんだね。 もしかしたら、間違いかもしれないけどね。

だから「自分に与えられた運命」にかんして、真に受けないで、しっかりと観察して、ガバッと外していこうぜ! ってこと。

カルマなんて幻影だから、契約を解消して、カルマを踏み倒してもいいんだと現在は思っている。

この世の親子関係、友達関係などなどの人間関係は、闇の勢力が小細工してつくっていたカルマ・システムを前提に生じた「仮の縁」でしかいんだと思うよ、私は。

いま現在の状況としては、カルマ・システムは終了しているようだから、「カルマを前提として人間関係が大事」というのは間違い。

それよりも、現在の波動/周波数、あるいは、現在の意図が大事。

つまり「5次元地球を目指そう」「ニュー・アースを目指そう」「そのためには、これまでの生き方を捨てて、マザー・アースを徹底的に保護し、修復する活動を始めよう」という意図をもったグループ。 このグループへの共振を重視したほうがいい。

一言でいえば、カルマによって縁が生じた連中とは、縁を断ち切って、同じ意図をもった連中との新たな人間関係を結び治す時期にさしかかっているのだということ。

「カルマを踏み倒していい」というのは、「カルマを解消するために、あの人とともに転生した」とか、そういう過去の契約(contract)、誓い(pledge)、同意(consent)、決断(decision)などを、少なくとも部分的には、無効にすることができるらしい。 例えば、ハイヤーセルフとの過去の契約(contract)、誓い(pledge)、同意(consent)、決断(decision)などを解消すると「私」がハイヤーセルフに宣言したら、 ハイヤーセルフは拒絶できないようだ。

Crystalline Bodies & The Truth About the 3 Days of Darkness Prediction - YouTube

結局、「触れるだけで情報に染まるから、情報は遮断せよ」ということがいえるわけです。

例えば、毒親だったら、毒親とは縁を切るわけよ。 今はタイミングとして、波動/周波数を上げることが至上命題だから、波動/周波数を下げる要素は、サクッと切り捨てていいんだって。

毒親だって、毒親自身の「マインド」に仕込まれた「ネガティブな思考回路」に基づいて「毒」を放出しているだけなんだから、本人に罪はないのですよ。

それと同時に、親といえども映画の登場人物にすぎず、これは実体のない「波動がもたらしたプロジェクション(投影)」にすぎないらしい。 中身がないんだよ、現実というものには。

私の思考回路をエディット(編集)するためにレンダリングされた画面表示にすぎないらしいよ、この現実というものは。

そして魂の成長とは、結局、「私の思考回路をよりよいかたちにエディット(編集)すること」らしい。


だからほんとうは、「親の資格」をもたないような、未熟な夫婦のいる家庭に転生しないほうがいい。 この未熟な夫婦という過酷な環境で、過酷な経験をしたい場合は別だけど。

それから、現在のような未熟な教師ばっかりの学校だったら、学校なんか行かないほうが、いい人間に育つわけです。

「それでは世の中に適応できなくなる?」ってか? 

そういうアホなことゆってるから、ネガティビティの連鎖になってしまうんだ。

「いちぬけた」の人数が増えていけば、この生きづらい世の中を、今すぐにでも終わらせることだってできるんだよ。

私たちが「適応するべき世の中」と思い込まされているのは、闇の勢力がつくった、バビロン・システムと呼ばれる「借金奴隷社会」なんだよね。 金銭奴隷制度なの、この世界が。

これを打ち破る最終手段が、地球の次元上昇。 地球が次元上昇して、その次元上昇に追いついていける魂と、追いついていけない魂とに分けられることになる。 これが「生きづらい、この世の中」を変える抜本的な対策なのですよ。

結局、闇の勢力というものも、私たちの中にある低い波動/周波数のプロジェクション(投影)でしかない。 そういう側面がある。

だったら、この低い波動/周波数と、自分自身との紐付けを解消することによって、闇の勢力が投影されない状態にすればよい。 これが「集合意識の波動/周波数が上昇する」ということなのだと思う。

この状況をもたらすためには、個々人が「統合」ワークをおこなって、低い波動/周波数を放棄することが必要。

並木良和さんなど有力なスピリチュアリストを通じて、低い波動/周波数を放棄するための「飛び道具」が、豊富に降ろされている。 その「飛び道具」とは、強力な作用をもつ炎や光線や糸などを使った瞑想ワークのこと。 この「飛び道具」が、インターネットを通じて無償で公開されている。 あとは私たちが取り組むかどうかだけ。 この状況が2018年、2019年、2020年と3年間続くらしい。

その3年間に、目醒めを選択すれば、後押しのエネルギーは、その後も断続的に送られるらしい。 この流れに乗るか、乗らないか。 それを選ぶ期限が、2020年の春分の日(3月20日)までらしい。

今後、夏至や秋分や冬至がある。 強烈なエネルギーが送られることは確実だろう。 そのエネルギーを大きく受け取るためには、「統合」によって自分を浄化し、 生活や精神における「いらぬもの」を手放す断捨離、スパークジョイを大きく進めることが大事であるようです。

自分に「ネガティブな思考回路」をもたらす、すべての要素との縁を断ち切る勇気と潔さが求められているようです。

親でも、友人でも、義務でも、物質でも、「ネガティブな思考回路」をもたらす、すべての要素とは決別し、波動/周波数を上げることだけに集中する。

リーダーや指導者になりたがる「エゴ」をもった人たち、あるいは、コミュニティをつくるなどグループ化・集団化を目指す人たちについて、私としては、縁を切ります。

リーダーとそのグループという形態にすると、「自分軸から他人軸にさせられる」という力学が必ず働くからです。

波動/周波数の上昇プロセスは、それぞれが、個別におこなうのが最も安全です。

闇の勢力を攻撃する必要はありません。

闇の勢力が存在できないところまで地球の住人が波動/周波数を上げれば、闇の勢力は知らぬうちに消えていますよ。

そのためには、自分だけ波動/周波数を上げればいいのです。

自分のことだけを考えましょう。 他者は放っておきましょう。

どんなに足の遅い人でも、二人三脚よりは速いのです。

一人一人が個別で自分の歩調で最高速を出すこと。

これが、波動/周波数の増分を最大化する方法なのです。


赤ちゃんは「ハイヤーセルフとの統合」「覚醒」という初期状態で生まれてくるのだと思う。

「ハイヤーセルフとの統合」「覚醒」という状態は、波動/周波数が高いので、妖精がついているのだろうと思う。

「しつけ・指導」が始まったときから、子供たちの「ハイヤーセルフからの分離」「眠り」が始まる。

このプロセスをよく考えると、一言でいえば、私たちが子供に戻ればいいことがわかる。

童心にかえることが、覚醒への1つのカギになっている。


早期教育が危険なのは、「外側の基準」に合わせるトレーニングの開始時期が早まることによって、子供の「ハイヤーセルフからの分離」「眠り」の開始が早まるからだと思う。

「ハイヤーセルフとの統合」「覚醒」を保持してこそ、波動/周波数の高い状態を保持できるというのに。

その弊害は、子供が「自分を生きられなくなる」という現象になって表れる。

自分軸を失うんだよね、子供が。

子供が「自分のやりたいことがわからなくなる」わけです。

「自分で決められない人間」になっちまうんだよ、子供が。

結局、幼少期に、自分で選択することを大人から妨害されたので、自分の内心の声に、フタをしてしまうんですよ、子供が。

「ハイヤーセルフとの統合」「覚醒」は、自分軸に立つことから始まる。

「ハイヤーセルフとの統合」「覚醒」は、自分軸に立っている状態。

「しつけ・指導」が始まったときから、子供たちは他人軸で生きるよう強制される。

それが「ハイヤーセルフからの分離」「眠り」の開始に直結する。


早期教育は、「ハイヤーセルフからの分離」「眠り」という、これまでおこなわれてきた古いやり方。

つまり地球の波動/周波数に合わせて、地球で経験を積むときの「下げる」やり方が早期教育。

地球が「猛スピードで上がりつつある今」としては、早期教育は、やめといたほうがいい。

平たくいえば、早期教育は、闇の勢力による策謀なので、乗らないほうがいい。

闇の勢力とて、芝居の悪役として、あるいは、私たちの闇の部分の投影として、登場しているだけ。

闇の勢力のお役目は、私たちを「下げる」こと。

そして、地球が「上がる」と決めたということは、「この芝居はもう終わりにしよう」ということだ。

当然、芝居の悪役である闇の勢力も、終焉を迎える。


小学入試、中学入試について、私は否定的だ。

早期教育をするご家庭は、中途半端な私立大学の出身者が多いらしい。

親御さん、あなたの学歴コンプを子供に押し付けるなよな。

それぞれの魂には、地球上で達成するべきミッション(使命)がある。

そのミッションは、ハイヤーセルフとつながったときにわかる(思い出せる)ようになる。

親御さんにも、誰にも、その魂のミッション達成を邪魔する権利はない。

ひとの人生に口出すな!  対象が、たとえ我が子であってもだ! 

ひとは生きたいように生きる。 放っておけ。 それが無条件の愛というものだ。

「しつけ・指導」の背景には、対象に罪悪感を抱かせて、対象を支配しコントロールしたいという「欲」が必ず存在する。

それって、闇の勢力の性質そのものだよね? 

「相手を支配し、コントロールしようとする」という部分で、すでに「無条件の愛」とは反対のベクトルになっている。

「無条件の」という部分をよく考えよう。

支配・コントロールというところが駄目。

「相手のためを思って」というのが「あなたのエゴ」だということに気づかないから、あなたは目覚めないのだ。 その「あなた」に「私自身」も入っている。

無条件の愛の「無条件」を理解していないから、おせっかい、親切の押し売りをしてしまうのだ。

自分の波動/周波数を上げることだけに専念すれば、その波動/周波数の「上がり」が周囲に飛び火するから、それが最大の貢献になる。

他者は放っておけ! 


私たちが地上天国を現出することができないのは、「しつけ・指導」が存在するから。

「しつけ・指導」とは、「ハイヤーセルフからの分離」「眠り」をもたらす洗脳そのもの。

「しつけ・指導」を強く受けてきた者ほど、オリジナリティがない。 それは「ハイヤーセルフからの分離」が強いので、インスピレーションが来ない確率が高いから。

「しつけ・指導」を強く受けてきた者ほど、暴力や犯罪に手を染めやすいように思う。 それは「しつけ・指導」によって、波動/周波数が下がるからだと思う。

刑務所で「しつけ・指導」を受けた人たちも、結局、再犯してしまう。 も再犯率が高い。 それは刑務官らによる受刑者への「しつけ・指導」が、「ハイヤーセルフからの分離」「眠り」をもたらすから。

刑務所って、結局、先輩からボコボコにされる部活みたいなもの、土方のたこ部屋みたいなものだからね。 そういうところで、心が「治る」とは思わんよ。

「ハイヤーセルフからの分離」「眠り」からの解放こそが、再犯の悪循環から抜け出す方法だと思うのだが。


「しつけ・指導」が強要されるのが幼稚園であり、学校である。

「しつけ・指導」が「いいこと」だと思っている大人には、実力の低い大人が多いように思う。

「ハイヤーセルフからの分離」「眠り」という悪い環境の中で、真の才能は開花しないから、それは当然だ。


東京の山手線の内側には、たくさんの私立小学校、私立中学校がある。

下校時あたりに目白(東京都豊島区目白)のブックオフ(現在は閉鎖されている)に立ち寄ると、駅前にたくさんの子供たちがあふれかえる。

中央線の国立(くにたち)も、登下校時に子供だらけになるよ。

こういう子供たちが、電車に乗ってくるんだよね、たくさん。 JRでも、地下鉄でも、私鉄でも。

早期教育によって幼少期から社会性を身につけた子供たちは、その段階から「自分を生きる」ことができなくなる傾向が出てくる可能性があると思う。

「大人ウケがいいようにふるまう、イヤな子」になってしまう可能性があると思う。

「子供に社会性を身につけさせる」ために「しつけ・指導」をするとかって、「子供が『自分を生きる』ことを阻止する」ということなんだ。

「世の中」「社会」という「ありもしない幻影」を「正義」と仮定して、子供を精神的に束縛する(子供の罪悪感や恐怖心を呼び起こすことによって)やり方が「しつけ・指導」なんだよね。

「しつけ・指導」って、結局、心に傷(ひどい場合はトラウマ)を残すだけで、結局、これは「ハイヤーセルフからの分離」「眠り」の道具だったんだよ。

「しつけ・指導」は、もはや時代にそぐわない古い概念。 だから、もう「しつけ・指導」なんかやめよう。

子供の才能を伸ばすというのは、結局、子供がハイヤーセルフ(いわゆる潜在意識)とつながって、ハイヤーセルフの命ずるままに動くことによって開花するんだよね。


地球で生きるために、マインド(顕在意識)という副人格を強めて、ハイヤーセルフ(潜在意識)という主人格を眠らせてきた。 これが「分離」「眠り」の本質であるらしい。

「眠り」とは、ほんらい覚醒しているべき潜在意識(ハイヤーセルフ)が休眠状態になっているからので「眠り」という。

潜在意識を休眠状態に留め置いておいて「能力開発」や「才能の開花」とか、あり得ないですよ。

「常に自分軸に立ちなさい」「自分にウソをつくのはもうやめなさい」というのは、結局、「潜在意識(ハイヤーセルフ)との導通を常に保ちなさい」ということ。

「潜在意識(ハイヤーセルフ)との間で接触不良・導通不良を起こすなよ」ということが、「自分軸に立ちなさい」という教えの本質だと思う。

そして「しつけ・指導」というのは、指導者による他人軸の植え付け(洗脳)なんだよね。

「しつけ・指導」の本質は、叱責・けん責という「とがめ立て」にある。

この「とがめ立て」というのは、あるルール(法律、規約など)を「正義」と仮定し、その「正義」を振りかざしながら、対象者に罪悪感・恐怖心を抱かせることを以て、対象者を支配する「洗脳」なんだね。

この「ギルティ(guilty)系」の人心支配をおこなってきたのが、総務省(内務省)、法務省、裁判所など。 裁判所は魔女狩りから生まれているのだと思う。

法務省の中に、裁判所(最高裁判所、高等裁判所、地方裁判所、家庭裁判所、簡易裁判所など)という下部組織がある。 「三権は分立しておらず、裁判所は法務省の下部組織になっている」というのが実情。 さらに、日本の法務省は米国CIAの下部組織になっている。

判検交流 - Google 検索

さらに法務省の下部組織として、刑務所、検察庁、警察庁などといった暴力機関がある。

判事、検事、弁護士などといった法曹が立派な職業だと思ったら大間違いさ。

法曹とは、以上のような「ギルティ(guilty)系」の人心支配の実行部隊で、いわば闇の勢力に加担したご褒美として、高い地位/高い給料が約束されてきた。

けれども、闇の勢力による支配が終了しようとしている現在、法曹になっても、いいことは1つもないよ。


闇の勢力による私たちに対する洗脳は、一貫している。

私たちが世間を気にするように仕向けている。

「世間を気にする」とは「他人軸で生きる」ということ。

つまり「ハイヤーセルフの声、ハートの声ではなく、外側の指導者の声に耳を傾ける」ように闇の勢力は仕向けている。 これが教育、「しつけ・指導」の本質なんだね。

洗脳の代表がマスコミ、ニュースだよね。

だからテレビを持って、テレビを見ている時点で、すでに闇の勢力の術中にはまっているのだということ。

NHKのラジオ第一放送しかマスコミに接していないけれども、夕方7時のニュースのとき、必ず陰惨なニュースを報道するんだよね。

夕方7時のニュースのとき、女性アナウンサーが陰惨なニュースを、深刻そうな暗い声で読み上げる。

そうすると、ラジオを切るんだよね。

それで、野党の安倍政権に対する批判が、政治的批判ではなく、単純な悪口になっている。

そうすると、ラジオを切るんだよね。

NHKのラジオ第一放送は、日曜日は、ニュースが終わると、日曜名作座が始まる。 これが、いやげもの級に、いやだ。 これは日曜迷惑座だと思っている。

だから日曜日は午後7時20分になるとラジオを切るんだよね。


覚醒のためには、ものすごく内側に集中しなければならないから、自分が初心者だと自覚している人ほど、世間との交流を一時的にでも断ち切ったほうがいいように思う。

このとき、テレビや新聞など、「世間がどうなっているかの報道」は、完全に遮断したほうがいいと思う。

ただし、スピリチュアルな情報は採り入れる必要があると思う。

しかしスピリチュアルな情報には、低いものが多いので、厳選しないと、巻き込まれる。

スピリチュアルな講習とかは、プラスになると思えば受けたほうがいいと思う。

しかし、いわゆる「世間とのお付き合い」は、ぜんぶうち捨てて、個人的な生活に入ったほうがいいと感じる。

一定の状態に至るまでは、「意識を外側に向けさせられる要素」を断ち切るのが安全策だと思う。

まず地球とつながろう

◆地球は生きた女神である。地球が「女神」だというのは比喩ではなく、地球は実際に女性性の意識体である。

◆これまで地球と意識的につながることを避けてきた。

◆「自分と地球とのヘソの緒」を意識してつなげ、地球の語りかけを聞くようにする。

◆地球は5次元へと波動/周波数を上げることを意図し、すでにその波動/周波数が上がり始め、その上がり具合も、年々、スピードアップしている。

◆私たちは、地球の波動/周波数上昇に、ついていくか、振り落とされるか、どちらかになる。

◆結局、アパートの家賃が上がるから、家賃が払えない人は、ご退出願います、ということらしい。 「ここでいう家賃」とは、「波動/周波数の高さ」のこと。 これは差別する・しないといったことではなく、電磁的な条件、自然科学的なものなのだから、受け入れるしかない。 そこに感情を持ち出しても、何の利益にもならないと思う。

◆キミだって「こんな世の中イヤだ!」と思うだろ?  それで、「こんな世の中」の成立要件が、波動/周波数の低さにあったわけよ。 「こんな世の中」を改善するためには?  波動/周波数を上げるしかないわな?  地球はその「波動/周波数を上げる道」を選択した。 この条件を飲むか、飲まないか。 それだけのことだと思う。

◆条件を飲まない場合は、肉体を捨てた後に、旧来の地球と似た波動/周波数の惑星に転生する。 その波動/周波数では、新生地球には転送できない。 新生地球は、5次元という波動/周波数の高い状態になってしまっているから。

◆私たちは地球という惑星にお世話になりっぱなしである。 どうして毎日、地球に「ありがとう」とゆわないのだろうか。 「ありがとう」の印として、毎日「自分」と「地球」をバイオレット・フレームで浄化する。 アセンションというのは、私たちが次元上昇するということでもあるけれども、「私たちが地球というプラットフォーム上で次元上昇する」という点が、 「肉体をもったまま次元上昇する」ということの「特徴」だと思う。 プラットフォームの浄化と、プラットフォームを利用させていただいている自分の浄化を毎日しよう。 清めよう。

◆「統合」にかんして、ソフィアのマゼンタの炎を使い、自分を掃除して、自分を純化して、自分をパイプにして、源〔みなもと〕のエネルギーを地球に送り込むことを、毎日意識しようと思う。 地球に住まわせていただいている以上、家賃というものを支払う必要があると思う。 その家賃とは、源〔みなもと〕から自分というパイプを通して、地球に流すエネルギーだと考えられる。 家賃というと、えげつない言い方だけど、エネルギーは循環してこそ永遠のものとなる。 いただいたらお返しするのが、循環だと思う。 それが自然だと思う。

お金を絡ませない

スピリチュアルな能力をお金に換えようと思った時点から、大事なものが失われる気がする。

「スピリチュアルな人が、そういうマインドの設定だから、現象がそう動く」ということでもないように思う。

「上」が関与していると思う。

5次元以上はお金のない世界。

お金にかんして、無意識的なほうが、引っかかりが生じにくいように思うが、どうだろうか。

そのスピリチュアルなな人についている存在たちの波動/周波数が高ければ高いほど、お金にまみれることを良しとしない傾向があるのかもしれない。

高次元への関門の1つに、お金抜きに、損得抜きに、どれだけ奉仕できるか。 それがあるように思う。

スピリチュアル・リーダーその他を祭り上げるな

(1)「自分のハートの直感力、自分のパワー、自己決定権」などなどを、他者に預けることは、分離であり、眠りである。

(2)「祭り上げる対象」が「上」で、「自分」が「下」といったように、「比較と上下」の観念や「自他の区別という分離」におちいる。 それは眠りに直結する認識を強める。

(3)リーダーが闇に籠絡された場合、リーダー/フォロワーがグループごと闇の思い通りになる。 群れることは危険である。

「違和感」を感じるセンサーを鋭くする

正しくないこと、ウソをゆってる人に対して感じたハートの違和感をよく覚えておく。

その感覚が来たとき、その人はウソをゆっている。

スピリチュアルの能力は、五感の延長線上にある。

五感を大事にして、感じ取る感度を上げていく。

感じ取ったことに疑念を抱いたり、否定したりしない。

感じ取ることに臆病にならない。

細かな違いを見落とさない注意力、繊細さを大事にする。

思考を使ってジャッジせずにハートでいったん受け止める

「右利き」と「思考利き」は同じ。

「思考利き」の人は、「思考を使っている」という状態を意識して「外して」いかないと、どうしても「思考にまみれる」ことになる。

思考で捉えずに、ハートで捉え直すことをクセにする。

クセが強い。

クセを直す。

地球のルールを意図的に打ち破っていく

世間の常識とか、もっともらしい偏見とかの反対のことを採り入れる。

女は料理がうまくないといけない → 女は料理なんかできなくてもいい

女は男を立てる必要がある → 女がリーダーになったほうがグループ化による弊害が少ない

高学歴のほうが幸せになれる → 高学歴になるといろいろ大変になり自分を生きることができなくなる

頭が良い人が有利だ → 頭が悪いほうが有利だ

意識にのぼらせない|問題にしない

私たちは見聞きしたものに染まるので、波動/周波数を下げる情報は「見ざる、言わざる、聞かざる」プラス「意識にのぼらせない」

出来事を問題にするから結晶化して固定化する|問題にしないでスルーする|流す

戦うなかれ

エゴと戦わない

マザーテレサが悪魔だと思って戦っていた対象は、自分のエゴであった。

エゴの存在を認め、エゴを見つめる状態を続けながら、波動/周波数の上昇をエゴに支援してもらう。

マインドと戦わない|思考と戦わない

マインドを敵視して、ねじ伏せるようなやり方では、ぜったいにマインドが暴れ出す。

思考を敵視して、ねじ伏せるようなやり方では、ぜったいに思考が暴れ出す。

マインドや思考を、否定して、切り捨てようという考え方が「分離」と「眠り」そのもの。

マインドや思考は、いつも見える状態にしておき、協力関係を築く。

マインドや思考が存在することを隠さない。

マインドや思考は存在し、消えることはない。

マインドや思考は、不良のバカ息子、不良のバカ娘と同じ。 「更生させる」とか「しつける」「指導する」など、対象を変えようとすることそのものが「戦っている状態」なんだよね。

マインドや思考は、いつも見える状態にして、観察し続ける。

そして、マインドや思考を「問題にする」と、実際に問題が結晶化して、実現してしまう。

あるいは逆に、マインドや思考を覆い隠して、「マインドや思考が停止しているように演技する」ことも、マインドや思考を強烈に意識していることになる。

マインドや思考は、存在して、観察する対象ではあるけれども、そば屋の前のタヌキの人形のように、「存在するけれども実害をもたらさない状態」に、ええ具合に眠っていてもらうように、そーっとしておく。

マインドや思考を克服するとかやると、マインドや思考が活性化する。

意識を向けたほうに、現象が動くから。

 
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