ゆきんこの勉強法 | 自修人

unchain yourselves

02 Aug 2020

「ゆるし」とは「手放すこと」=「それで“良し”として丸ごと受容すること」=「肯定の極み」

人を許すための考え方

人間はいつも成長の過程にある。 完全な人間などいない。 失敗するからこそ、そこに[気づき]と[学び]と[成長]が生まれるのである。 自分としては、相手を許しがたい被害にあったとする。 しかしその許しがたい相手であっても、成長の過程にある人間である。 その相手にも尊厳があり、成長する権利がある。 自分が受けた被害が、じつにおぞましい被害であったとしても、それが一個の人間の[気づき]と[学び]と[成長]につながり、それが[その惑星の文明の発展と進化]に資するのであれば、自分が受けた被害のマイナスを補って余りある果実が得られるのだと思う。 宇宙は必ずプラマイゼロであるから、自分が被害を受けたことで人が成長し、それが[その惑星の文明の発展と進化]につながったのであれば、自分が受けた被害の何倍にもなって、幸せと豊かさが自分に訪れるはずである。 だから忘れるのさ。 だから水に流すのさ。 だから許すのさ。 そうやって忘れてしまえば、いつか忘れた頃に、幸せのどんぐりが落ちてくるんだよ。 しかし、そのときには、どうしてこんなに素晴らしい幸せのどんぐりが落ちてきたのか、わからないんだよね。 それでいいんだよ。 人を許すということは、他者に対する行為ではない。 自分の中にある[他者を許すことができない]というマイナスの感情・体感を手放すことが、[許す]ということの本質かもしれないね。 ぜんぶ「自分の中の出来事」なんだね。

ゆ|ゆるめる|ゆるがす|ゆらす|ゆるす

抱え込んでいる重たいものを手放すとき、私たちは、上昇のエネルギーによって引き上げられるようです。

抱え込んでいる重たいものを手放すためには、「ゆるめる|ゆるがす|ゆらす|ゆるす」ということが必要であるようです。

時間は過去から未来へ向けて、単一方向に進むのでは「ない」のだということです。

「過去が癒されると、現在も未来も癒される」「現在が癒されると、過去も未来も癒される」「未来が癒されると、現在も過去も癒される」というように、選んだ並行現実とマッチするように、現在も過去も未来も書き換えられるようです。

そこから推測されるように、現在の「怒りや憎しみ、苦しみや悲しみ」を手放すと、過去の「怒りや憎しみ、苦しみや悲しみ」まで手放されるということになるようです。

重要!レムリア時代の過去性を許し愛に変える

逆に、現在において「怒りや憎しみ、苦しみや悲しみ」を握りしめていると、過去の「怒りや憎しみ、苦しみや悲しみ」を手放すことができない。

それは「選んだ並行現実とマッチするように、現在も過去も未来も書き換えられる」からであろうと推測されます。

とにかく、「三面鏡で写像がループすることによって、はるか彼方まで少しずつ縮小された写像が続く」というようなイメージで、実像が「怒りや憎しみ、苦しみや悲しみ」を手放すと、写像も、写像の写像も、写像の写像の写像も、 はるか彼方の過去まで、あるいは、はるか彼方の未来まで、「怒りや憎しみ、苦しみや悲しみ」を手放したというデータが、転写されていく。 そんな感じに、私自身は捉えています。

とにかく、現在も過去も未来も、ぜんぶ連動して、同時並行的に存在する。 現在も過去も未来も並列して存在している。 そして「怒りや憎しみ、苦しみや悲しみ」を手放したというデータなど、注目している実像の変化が、他の写像にも自動転写されていく。 そんな感じだと思います。

転写というのは、[共鳴・共振・同調]が発生しているのだと思います。 つまり「すべてはエネルギー、すべては波動」という感じで、「波動が同期する」という原理で、実像の変化が、他の写像にも自動転写されていくのでしょう。

だから、自分の内面に「怒りや憎しみ、苦しみや悲しみ」を抱えていると、外部から「怒りや憎しみ、苦しみや悲しみ」の波動が来たときに[共鳴・共振・同調]が発生することによって、自分まで「怒りや憎しみ、苦しみや悲しみ」の波動に踊らされてしまう。

いいかえれば、「特定周波数にチューニングされたギターの弦」「特定周波数にチューニングされた音叉」などの「共鳴する因子」を私たちの内面に抱えていなければ、音波が与えられても共鳴は発生しないわけです。

また逆に、「共鳴する因子」が音源、いいかえれば、音波の発生源にもなります。 「共鳴する因子」を内面に抱えていると、「共鳴する因子」を具現化したものである現実(リアリティ)が投影されてしまいます。

例えば、「アイツに攻撃された」ということを、いつまでも根に持っていると、「アイツに攻撃された」という「共鳴する因子」が音源となって、その音源と共振する「攻撃してくるアイツ」という現実を共鳴・共振・同調の原理によって、発生させてしまうのです。

すべては[共鳴・共振・同調]であり、それは波動の転写であり、「すべてはエネルギー、すべては波動」なのです。

私たちにおいて「感情や記憶のクリアリングが必要である理由」が、「共鳴する因子の除去」です。

「感情や記憶のクリアリング」の意義は、「内的な共鳴因子の除去」にあるわけです。 それは「感情や記憶のデータ削除」です。

「すべてはエネルギー、すべては波動」であり、私たちの「自分の意志・意思・意図」というコマンドによって、「感情や記憶のデータ削除」も可能なのです。 もしも不可能であれば、天照大御神あまてらすおおみかみ様などのスターピープルや大天使たちが、「感情や記憶のデータ削除」を手助けしてくれます。

大切なのは、私たちが「自分の意志・意思・意図」というコマンドを、自分の心を発生源として、宇宙へ向けて送信することなのです。 というのも、宇宙には自由意志の原則があり、何事も本人の希望が尊重されるからです。 大切なのは自発性。 「自分から進んでやる精神」が発揮されて初めて、天照大御神あまてらすおおみかみ様などのスターピープルや大天使たちが、「感情や記憶のデータ削除」などのエネルギーを増幅してくれるのです。

天照大御神あまてらすおおみかみ様などのスターピープルや大天使たちは、あくまでもアンプリファイアー(増幅器)なのです。 音源は私たち自身が発生させる必要があるのです。 大切なのは自発性です。

とにかく、「悲惨な体験、悲惨な感情を根に持っている」というのが、私たちにはあるのですね。 この「根に持っている」という部分を手放さないと、[共鳴・共振・同調]を招いてしまい、いつまでたっても波動が上がらず、アセンションできないよ。 このことを天照大御神あまてらすおおみかみ様が教えてくださったわけです。

「怒りや憎しみ、苦しみや悲しみ」を手放すために、新型コロナウイルス騒動が私たちを刺激します。

刺激されて「怒りや憎しみ、苦しみや悲しみ」が出てきたら、手放すチャンスです。

その「怒りや憎しみ、苦しみや悲しみ」の実像の1つが、私たちがレムリア時代の過去世で経験した「アトランティスから、または、逆にレムリアから、理不尽な攻撃を受けたという記憶とそれに付随する感情」である。 そのことを天照大御神あまてらすおおみかみ様が教えてくれたのです。

実像である「アトランティスから、または、逆にレムリアから、理不尽な攻撃を受けたという記憶とそれに付随する感情」というデータの「アドレス」がわかったら、あとはその「アドレス」にチューンインして、その「怒りや憎しみ、苦しみや悲しみ」という対象を光にかえすようにイメージするわけです。 「砂のように崩壊して、砂が光の地面に溶け込んでいく」などのイメージによって、光にかえします。 それとともに、以下の言葉を声に出して唱えることによって、「アトランティスから、または、逆にレムリアから、理不尽な攻撃を受けたという記憶とそれに付随する感情」のデータを光にかえす宣言をします。

私が、レムリアやアトランティス時代に生きた時の過去世の意識や魂の一部を癒します。
それらが、アトランティスの人々によって抑圧され、支配され、あるいは殺されたとしても、私はその時の怒りや憎しみ、苦しみや悲しみをすべて許し、光に返します。
その時代にどのような立場に生まれて生きていようとも、今はお互いを許し愛します。
そしてレムリアやアトランティスの人々が和解し、愛に基づいた世界を生み出すことを、私は願います。
私のすべての意識が、自分本来の光の意識に戻ります。
私の魂のすべてが、魂本来の光の魂に戻ります。
レムリア時代の過去世の意識や魂の一部を、愛に満たすことによって、私はこれから光の世界に存在し、私本来の道を歩んでいきます。

引用元: 重要!レムリア時代の過去世を許し愛に変える アセンション 光りの世界へ TAKESHI

私たちが経験していることは、ぜんぶ波動ですので、共鳴・共振・同調といった、無線技術と同様の物理現象です。 ラジオや無線機において、可変コンデンサーを回して、特定の周波数と共鳴・共振・同調するように調整する。 ラジオや無線機のダイヤルを回すわけです。 そこで、受信(リード)したり、送信(ライト)したりして、データのリード&ライトを行う。 それが、データの書き換え、いいかえれば、ヒーリングということになるのだと私は解釈しています。

これはぜんぶ波動ですので、「共鳴・共振・同調します」という自分の意志・意思・意図がとても大切です。 そこが可変コンデンサー、いいかえれば、ダイヤルになっていますので。

つまり自分が決意して、「癒します」「手放します」「受け取ります」など、意志決定と意志表明を行うことが、自己ヒーリング、自己アチューンメントには必要なのだと思うわけです。

そうやって、ダイヤル位置が決まると、スターピープルや大天使が後押しをしてくれるようです。 ダイヤルの位置決めと、「癒します」「手放します」「受け取ります」などの決意、意志決定と意志表明は、自分でやる必要があるのです。

相手の立場に立ち、相手の事情や気持ちを知り、相手がそう動く理由・背景を理解すると、「不安・恐怖・怒り・憎しみ・苦しみ・悲しみなど」が減らせることがある

新型コロナウイルスは、自然界の宿主を人間の環境破壊によって奪われた。

そこから新型コロナウイルスは、人間を新たなる宿主として求めた結果、パンデミックを起こすに至った。

新型コロナウイルスの立場に立てば、「宿主を返してほしい」ので「反乱を起こした」ということなのだろう。

そう考えると、人間の環境破壊を止め、かつ、環境をもとの状態に修復し回復させるのが、新型コロナウイルスのパンデミックに対する根本的な解決策になるのだと思う。

新型コロナウイルスに、人類は、むしろ謝罪しなければならない立場なのかもしれない。

和解のためには、相手の立場に立ち、相手の事情や気持ちを知り、相手がそう動く理由・背景を理解することが必要だ。

そのためには、視野や意識を広く・高くもつことが必要なのだろうと思う。

「視野や意識を広く・高くもつ」とは、「独りよがり」=「自分のことしか考えていない」という「単体問題しか解けない状態」から「2体問題が解ける状態」へと、実力が向上することを意味するのだと思う。

文明の程度に「高い・低い」があるとしたら、「2体問題が解ける状態」「3体問題が解ける状態」など、複数の要素を同時に満足させる解(グラフの交点)を見つけることができる能力が高いほうが、文明の程度が高いのだろうと思う。

例えば、「正義のための怒り」「正義のための暴力」「正義のための戦争」などは、「独りよがり」=「自分のことしか考えていない」ということから始まるようだ。

そのとき「相手の立場に立ち、相手の事情や気持ちを知り、相手がそう動く理由・背景を理解する」という視点が欠けている。

その視点が欠けていると、話し合いによって衝突を回避したり、話し合いによって和解したりすることができない。

「相手の側からも物事を見るクセ」をつけることによって、「自分は正しいのだから」という「独善的な怒り」の発生を抑制することができるような気がする。

新型コロナウイルスが私たちに「不安・恐怖・怒り・憎しみ・苦しみ・悲しみなど」という「究極のネガティブ」(低い波動)を起こさせているのは「光の材料としての闇」を用意するためかもしれない

私たちの感情はエネルギーである。 このエネルギーは、プラス方向であれ、マイナス方向であれ、絶対値として測定され、存在するものである。

つまり正弦波が横軸に対して、上側(プラス)に振れようとも、下側(マイナス)に振れようとも、横軸との距離だけのエネルギーをもっている。

統合を起こすとき、闇のエネルギーというマイナスが、光のエネルギーというプラスに転換される。 プラスとマイナスの「符合の反転」が起こる。

「大きな光のエネルギー」という「プラスの結果」を生み出すためには、「符合の反転」した「大きな闇のエネルギー」という「マイナスの結果」が材料として必要になる。

「符合の反転」の客体が必ず必要になる。

いいかえれば、「光のエネルギーの材料としての闇のエネルギー」が必ず必要になる。

いいかえれば、光のエネルギーの「爆発」を起こすためには、「光を生み出すための材料としての闇」が必要になる。

新型コロナウイルスが地球人類に対してもたらした「不安・恐怖・怒り・憎しみ・苦しみ・悲しみなど」の感情エネルギーは、「光を生み出すための材料としての闇」だということである。

「不安・恐怖・怒り・憎しみ・苦しみ・悲しみなど」の感情エネルギーを統合すれば、爆発的な光のエネルギーが生み出され、[周波数]が一気に上昇する。

「光を生み出すための材料としての闇」に統合による「点火」がおこなわれることによって、大きな光のエネルギーという「花火」が打ち上げられる。

地球がスパークする。

地球に閃光せんこうが走る。

そのための準備が、いま整えられつつあるように思える。

「反転」させるのは大衆が一斉に「統合」するなど「統合」の活動がクリティカルマスに到達したときかもしれない

つまり新型コロナウイルスに対する「怒りや憎しみ」を「反転」させるのは、この「怒りや憎しみ」を大衆が一斉に「統合」するときであろうと思う。

関野あやこさんなどバシャール系のスピリチュアリストが、共同で世界一斉瞑想会などをおこなえば、この「一斉統合」による「反転」が起こせるかもしれない。

新型コロナウイルスに対する「怒りや憎しみ」を「反転」させることが可能なのだとしたら、私はそこに、大きな希望を感じる。

「反転」というキーワードが浮かんできました|新型コロナウイルスに対する「怒りや憎しみ」を「反転」させて「愛と許し」を私たちは獲得します

つまり「怒りや憎しみ」を感じているのは、これを「反転」させて「愛と許し」へと変容させる前段階である。

「怒りや憎しみ」が強ければ強いほど、これを「反転」させて「愛と許し」へと変容させたときのパワーが大きくなる。

いまはジャンプする前にかがんでいる状態。

もうすぐ人類は「愛と許し」へ向けて、大きくジャンプする。

これは予定されている確実な運命である。

新型コロナウイルスは私たちに「怒りや憎しみ」をもたらすためにやってきた|それは私たちが「怒りや憎しみ」を手放すための大きなチャンスをつくるためである

感じることによって、「怒りや憎しみ」などの[周波数]にフォーカスが当たる。

フォーカスが当たってこそ、効果的にその[周波数]を手放すことができるのだ。

つまり「表に出て来ない[周波数]は、手放すことすらできない」という1つの大きな前提がある。

ということは、ウミを出すために、ウミを刺激してくれる主体(新型コロナウイルス)こそは、私たちにとって「アセンションを加速する救世主」なのである。

「あいつを見るとムカつく」のは「あいつ」は「悪いやつ」ではなく、「あいつは私たちのむかつきの[周波数]を教えに来てくれた救世主」なのである。

「ムカつく」という[周波数]を手放す。 いいかえれば、「ムカつく」という感情を感じたとき、あとはその後で、ニコちゃんマーク(ゼロポイント)に立ち戻り、そこで統合すればいいのである。

統合するネタを提供するために「ムカつくあいつ」がやってきてくれたのである。

ならば「ムカつくあいつ」は「敵」か「味方」かといったら、「味方」なのである。

新型コロナウイルスも同様。

私たちの「怒りや憎しみ」をわざわざ刺激するために新型コロナウイルスがやってきてくれた。

何のため? 

私たちが「怒りや憎しみ」を手放し、統合し、一気に[周波数]を上げるためだよ。

光が当たって、表に出てくるようになったから、「私にはこんなにも多くの、強い、深い、怒りや憎しみの[周波数]があったのだ」ということに気づくことができた。

気づくだけでなく、ニコちゃんマーク(ゼロポイント)に立ち戻り、そこで統合すれば、結果として私たちの[周波数]は上がる。

人類全体で[周波数]を上げることができるビッグチャンスが到来したのだ。

いまこそ、このビッグチャンスをモノにしよう。

感じてフォーカスして始めて、手放すことができるのだ。

感じさせるために、「ムカつくあいつ」や「新型コロナウイルス」という「敵」に見える「大きな味方」が登場してくれたのだ。

「敵」を「敵と見なす」か、「敵」を「味方につける」かは、私たちの「見方」しだいである。

「感じ方」「対象を捉える角度」「捉え方」「見方」「考え方」といった私たちの内的処理プロセスのほうを書き換えたほうがいい。

つまり「観念そのものを編集して、書き換えてしまおう」というのが、新型コロナウイルス騒動から私たちが学び取るべき知恵なのだと思う。

「新型コロナウイルスに対する怒りや憎しみを捨てます」とは「怒りや憎しみを捨てるチャンスを生かします」という意味

「怒りや憎しみ」が出てきたときは、「ああまだこんな感情が残っていたなんて」というふうに落胆と自己否定におちいることを避ける。

「怒りや憎しみ」が出てきたときは、これをはずすチャンスを「上」が用意してくれたのだから、これに乗っかる。

つまり「怒りや憎しみ」が出てきたときは、統合するチャンスであるから、喜んではずす。

すべては祝福であり、すべては喜びである。

それが「愛と許し」を基調とする捉え方であるように思う。