ゆきんこの勉強法 | 自修人

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30 May 2020

シフトへのヒント:「相手の立場に立って考える」こともできるようにする

「事がそこに落ち着くであろう中立的な落としどころまでの道筋」が見えないうちに動き出すのは、やめたほうがいい

相手を論破したり、相手をやり込めることによって、問題が解決されたと思ってる人は、攻撃を受ける火種を抱え込んだことに気づいていない。

[相手に対して攻め込むエネルギー][相手を責め立てるエネルギー]をその磁場に投入した場合、必ずやその反作用として[自分が攻め込まれる]という[借り]をつくってしまう。

いいかえれば、[攻撃を受けるべき借金]を背負ってしまう。

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「事がそこに落ち着くであろう中立的な落としどころまでの道筋」が見えてこないうちに、早まって何らかの行動を起こし、[攻撃を受けるべき借金]を背負ってしまう人たちが多い。

未熟な人は、自分の気持ち、自分の正しさ、自分の任務を一方的に主張することしか考えておらず、その結果が相手にどのように影響するのかについてまでは思い至らない。

思いが至らないからこそ、相手を思いっきり困らせるようなことでも平気でする。

「ハッキリ言ってやった」「ガツン言ってやった」という人は、必ずトラブルに巻き込まれる。

最終的には、報復の連鎖の中で、自分のなした事柄や、自分の性格を振り返ることになる。

強圧的な権力を行使する人は、未熟であることが多い。

成熟した人は、強圧的になることができない。

それは自分が相手に対してどのように影響を与えるか結果まで見通すからである。

つまり権力の手先になるのは、未熟な人ばかりであると言える。

成熟した人は、権力の手先である職務が辛くて辞めていく。

何かの調整が必要な場合、「事がそこに落ち着くであろう中立的な落としどころまでの道筋」が見えないうちに動き出すのは、やめたほうがいい。


レイシズム〔人種差別主義〕に反対して、レイシズムが無くなるぐらいなら、とっくにレイシズムはなくなっていると思う。

いくらデモ行進をおこなっても、対立のエネルギーを深めるだけで、レイシズムはなくならない。

どうしたらいいのかというと、許すのである。

許すためには、愛のエネルギーが必要である。

愛や許しや感謝といった、ポジティブなエネルギーを注ぎ込まなければ、この事態は収拾できない。

殺された黒人側の陣営が、[私はあなたを許す]という態度をとることによって、磁場は大きく変容することだろうと思う。 そこが「上昇への扉」になっているんだよ。

正義を振りかざして[やらかした本人]を責め立てることからは、何も生まれない。

責め立てれば、責め立てるほど、責め立てられた側が、自分の正当性を主張する「自己欺瞞ぎまん」のワナにおちいるだけである。

神戸高塚高校校門圧死事件 - Wikipedia

私たちのハイヤーセルフはすべてを見通しているので、[何が正しい][どうするのがよかった]ということは、[やらかした本人]が最もよく知っている。

[やらかした本人]の責め立てれば、責め立てるほど、[やらかした本人]が心を開き、懺悔ざんげをする機会を奪うことになるんだよね。

日本人は他の民族よりも上等であるとか、民度が高いとか、そういう自惚うぬぼれをもっている人が多いかもしれない。

しかし日本の警察署での取り調べは、世界でも最低レベルの人権意識しかない。

日本の警察は、世界でも最低の部類だ。

なぜ,いま代用監獄か - 岩波書店

[責め立てれば、責め立てるほど、責め立てられた側が、自分の正当性を主張する「自己欺瞞ぎまん」のワナにおちいるだけ]ということを警察官(刑事)は知らない。

責め立てれば、責め立てるほど、[やらかした本人]をひねくれさせて、更生できないようにしちまうんだよ。

[どちらかが一方的に]という状態を回避します

不公平をなくす前提として、[どちらかが一方的に]という状態を回避します。

それは大きな意味では[対称性の原則を守る」ということになるでしょう。

[ノンデュアリティ]という言葉がありますけれども、話が飛躍しすぎていると思います。

※[デュアリティ]=二元性。光と闇、上下、左右などの二項対立的な概念。

[デュアリティのない世界]は、当面、私たちには関係ないのだと思います。

例えば、大天使にも、日本の神々にも、男性と女性があります。

要は、[どちらかが一方的に]という状態を回避し、対称性を意識しながらバランスをとって中立を目指す。 これが私の考える[対称性の原則を守る」ということです。

対称性が前提としているのは二元性〔デュアリティ〕であり、二元性があるからこそ、中立〔ニュートラル〕の位置が存在できるわけです。


「相手の立場に立って考える」こともできるようにするのは、[対称性の原則を守る」ことによって、中立〔ニュートラル〕の位置を探すためです。

中立〔ニュートラル〕の位置からズレたとき、アンバランスで好ましくない結果を生むのだと思います。

男女は平等であってはならず、男女は公平であらねばならない

男性は重たいものでも運べますので、30kgのものを運びます。

女性は重たいものが運べませんので、15kgのものを運びます。

男性の中でも、非力な人は15kgのものを運びます。

女性の中でも、重たいものでも運べる人は、30kgのものを運びます。

以上のようなことが公平さなのだと思います。


平等というのは、一律30kgのものを運べということです。


[どちらかが一方的に]という状態を回避するとき、公平さと平等さをしっかりと分けて考えないと、不公平な結果になったりします。

帝国主義的な「有無を言わさないやり方」はしない

Twitter、YouTubeのアカウント・バンなどは一方的であり、野蛮です。