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英文法と古典文法|もくじ · ゆきんこの勉強法 | 自修人

名詞

文法性(gender)と自然性(sex)

代名詞が指し示す先の体言〔名詞相当〕を、代名詞の先行詞(せんこうし)といいます。

先行詞といっても、代名詞より位置的に前にあるとはかぎりません。

It is~thatにおいて、Itの先行詞はthat節です。 先行詞なのに、後ろにあるわけです。

文法性(gender)というのは、「性・数の一致」によって、代名詞と先行詞との照応(しょうおう)関係を明確化することを制度趣旨とする、体言〔名詞相当〕の属性です。

男性名詞(単数形)を指し示す代名詞は、「男性単数形」になります。 逆算して、「男性単数形」の代名詞の先行詞は、男性名詞(単数形)です。

女性名詞(単数形)を指し示す代名詞は、「女性単数形」になります。 逆算して、「女性単数形」の代名詞の先行詞は、女性名詞(単数形)です。

男性名詞(複数形)を指し示す代名詞は、「男性複数形」になります。 逆算して、「男性複数形」の代名詞の先行詞は、男性名詞(複数形)です。

女性名詞(複数形)を指し示す代名詞は、「女性複数形」になります。 逆算して、「女性複数形」の代名詞の先行詞は、女性名詞(複数形)です。

その代名詞が何を指しているのか。 そこをハッキリさせるための文法制度が、文法性(gender)なのです。

体言〔名詞相当〕を限定修飾する冠詞や形容詞も、「性・数による語形変化」をするのですけれども、それは、注目している体言〔名詞相当〕の性・数をよりハッキリさせる目的で、「性・数の看板」として付けられているだけです。

何がいいたいのかというと、冠詞や形容詞それ自体は、性・数という属性を帯びていない。 性・数という属性を帯びるのは、体言〔名詞相当〕だけなのだ、ということです。

「体言〔名詞相当〕が文法性(gender)をもつ」「性・数の一致をおこなう」といった制度は、フランス語やドイツ語などには存在します。

しかし「体言〔名詞相当〕が文法性(gender)をもつ」「性・数の一致をおこなう」といった制度は、英語には存在しません。

「Queenが女性名詞」というのは「ちがう」

したがって、「Queenが女性名詞」だという考え方は、文法的ではありません。

「文法的ではない」というのは「文法的に間違っている」という意味です。

「Queenが女性である」というのは自然性(sex)の問題です。

sexというのは、オス・メスという生物学的な属性を意味します。

ドイツ語のMädchen(少女)は中性名詞です。 つまり文法性(gender)と自然性(sex)は、それぞれ別個の概念であり、文法性(gender)と自然性(sex)とが必ずしも連動しないこともあるわけです。

Mädchen - ウィクショナリー日本語版

英語に文法性(gender)はない

「英語に文法性(gender)はない」ということを強調しておきます。

例えば、constitution(憲法)は男性名詞か女性名詞かといったら、文法性(gender)も自然性(sex)もないのです。

例えば、car(憲法)は男性名詞か女性名詞かといったら、文法性(gender)も自然性(sex)もないのです。

以下同様ですね。

『現代英文法講義|開拓社』の392ページ以降の「20.3 名詞の性」は、私は正しくない説明だと思います。

『現代英文法講義|開拓社』だけが間違っているのではなく、イギリスやアメリカの偉い文法学者が、英語の名詞の性について間違った説明をしてきたので、学問の体裁上、間違った説明を踏襲せざるを得ないわけです。

これは英文法書の間違いを指摘して偉ぶりたいとか、そういうことではありません。

学習者が混乱するから、こういう説明は、もうやめるべきだということを申し上げたいのです。

名詞・代名詞の数の一致

「英語に文法性(gender)はない」のですけれども、数(number)だけは残っちゃってるんですよね。

「性・数の一致」というよに、性(gender)と数(number)とがペアになって複合して初めて、先行詞と代名詞との照応関係が表見的/機械的に明瞭化されるわけです。

英文読解では、theyやthoseが何を指すかは、可算名詞の複数形なのです。 これは「名詞・代名詞の数の一致」によって、先行詞と代名詞との照応関係が表見的/機械的に明瞭化される一例です。

けれども「可算名詞の複数形(あるいは複数扱いの体言〔名詞相当〕)」でないものは、すべて単数扱いであり、そういうものをit、that、thisなどで指し示す。

この「可算名詞の複数形(あるいは複数扱いの体言〔名詞相当〕)」でないものは、きわめて広範囲なのです。 このとき、先行詞と代名詞との照応関係が表見的/機械的に明瞭化されることはありません。

つまりit、that、thisなどが何を指すかについては、文意・文脈から推測する以外にないわけです。

英文読解の問題集などで、「このitは何を指すか」「このthatは何を指すか」「このthisは何を指すか」という問題が出ますけれども、「知らねぇよ、このたこ!」と答えてやりましょう。

というのも、英語には「性・数の一致」がないため、「このitは何を指すか」「このthatは何を指すか」「このthisは何を指すか」については、文法的な根拠がないのですよ。 文法的な根拠がないから、文意・文脈から推測する以外にないわけです。

英文読解では、あちこちに体言〔名詞相当〕があるので、「このitは何を指すか」「このthatは何を指すか」「このthisは何を指すか」について、注目している代名詞の先行詞の候補がいくつかある場合には、複数の正解が成り立ちうるのです。 したがって、そういうものを「点数をつける問題」として出題するのは、誠実さに欠けるわけです(多大なる恣意性がある)。

英文読解では、「このitは何を指すか」「このthatは何を指すか」「このthisは何を指すか」について、文意・文脈から推測・補間(interpolate)することが、大きな比重を占めます。 コレって、すでに語学ではないのですよ。 「推測・補間(interpolate)」というでっち上げの世界なのですから。

学校の英語の授業というのは、この「このitは何を指すか」「このthatは何を指すか」「このthisは何を指すか」について、延々とやっているような部分が大きい。 これでは、ほとんど意味がないのです。

つまり英文読解というのは、授業や試験で、やらないほうがいい。 解釈の余地があるから。

反対に、「平易な日本語表現を、次々と平易な英語表現に直していく知識・技能」というのは、検証可能であり、実用性があるわけです。

英語教育をおこなうのだったら、こちらの「平易な日本語表現を、次々と平易な英語表現に直していく知識・技能」を鍛えるほうです。

どうして、これがおこなえないのかというと、日本人英語教師には、英文を添削するだけの英語力がないからです。 私は英語教師ではありませんけれども、もちろん、私にもそんな英語力はありません。

「平易な日本語表現を、次々と平易な英語表現に直していく知識・技能」というのは、結局、英作文した内容をメールで、あるサーバーに送ればいいことです。

サーバーには、たくさんの用例が記憶されていて、その用例に該当するものがあれば、「正解」という返信メールが返ってくる、という仕組みで十分なのです。 学校の授業は必要ないのです。

そして、人間が判断する要素があれば、人間の添削者が添削して返信する。 その返信内容も、またサーバーに蓄積されて、次回からは、自動的に「正解」の返信メールが返ってくるようにする。

この仕組みさえあれば、学校で英語を教える必要はないでしょう。

 
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