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[消されないブログ]|自分でドメインを取って、自分でサーバーを借りて、サイトを運営する

サーバーの借り方|独自ドメインの取り方|ブログシステムの選び方|独自ドメインをお名前.comで取ると失敗につながりやすい · ゆきんこの勉強法 | 自修人

登山コースに満ちあふれた愛

有名な登山コースの場合、コースの中の危険な箇所には、足場・くさり・手すりなどが設置してあることが多い。

登山の達人たちが、きっと危険な思いもしただろうに、事前に足場・鎖・手すりなどを設置してくれているのである。

真実情報を先に知った私たちは、[真実情報に追いつこうとしている人]=[こうぞくしゃthe catchingキャチング upアプ peopleピーポー〕]に対して、足場・鎖・手すりなどを設置しておく必要がある。

Twitterには告知力はあるけれども、情報の断片が流しそうめん状態でさんいつしていくだけになりがち

覚醒数とは、[悪魔にだまされない][悪魔に魂を売らない]という[結果の出せる自分軸]を確立した人の数だろうと思う。

自分軸が確立できていない人は、覚醒しないか、覚醒してもブレて逆戻りする。

覚醒数という数を追う前に、個々が自分軸の確立をげる方法論を考えよう。

そして自分軸の確立には、断片知識の集合ではダメ。 聞いて納得するだけではダメ。

自分で疑問をもち、調べていく、その内発的な動機に由来する努力の積み重ねが大切。

結局、その人の脳内のシナプスにおいて、連続性をもった、中規模以上の思考回路が確立されていなければ、覚醒しないか、覚醒してもブレて逆戻りする。

覚醒には、脳内の[シナプスの結合]も関係するのだと思う。


言語学習を考える。

単語だけでは忘れやすい。 例文ごと音声言語として〔音波の連続体である[歌][音楽]として〕記憶するからこそ、単語が覚えられるのである。

記憶というものは、あるまとまったクラスター単位にならなければ、容易に取り出せなくなる〔事実上、忘れ去られてしまう〕のである。

それはコンピュータの方面から描写すれば、[数バイト以下の断片ファイルは自動消去される]という[クリーナーアプリ]が常駐しており、1時間ごとに記憶領域をクリーンナップするよう、設定がなされているようなものだ。

断片情報は、忘れ去られる。

情報はじょうちょうであれば冗長であるほど、いもづる式に記憶を取り出すためのよすが〔きっかけ、たんちょ〕が多くなり、それは忘れにくさ〔≒思い出しやすさ〕に直結する。

情報≒記憶≒思い出は、ある程度以上の長さをもっていなければ、忘れ去られる。

情報≒記憶≒思い出は、一定以上の長さをもった単位でなければ、それを覚えていられない。

Twitterなどから得た断片情報は、忘れ去られる。 断片情報ではアカンのやて。

自分軸とは[自分の意思を根本として判断・思考・決定を行なう心的態度]

自分軸を、[自分の意思を根本として判断・思考・決定を行なう心的態度]と定義する。

自分軸が[自分の意思]を根本とする以上、[自分の意思]を決定するいんとなる、[自分の記憶]によって、自分軸がつくられていることになる。

要するに、[自分の意思]を支えているのは[自分の記憶]なのである。

したがって、[自分の記憶]を制御すること、いいかえれば、自分がどのような情報源に接し、そこから情報を得ているのか。 その情報源をぎんげんせんする必要がある。

要は、あなたが[自分軸をつらぬいている]と確信している、その自分軸は、特定のバイアス〔偏向〕を含んだ[統制されたる情報]にすぎない。

いいかえれば、自分で自分軸だと勘違いしている、その対象は、[統制されたる情報]によって人工的に合成された、[私ではないもの]にすぎない。

したがって、[自分の意思]を支えている[自分の記憶]を、いったんたなおろしして、[私の自分軸は、いったい誰の意図で、このように構成されているのだろうか?]という総チェックを行なう必要があるのだ。

【[自分の意思]を支えている[自分の記憶]の棚卸し総チェック】が、洗脳解除、いいかえれば、目覚め・かくせいの[はじめの一歩]となる。


さて、Twitterの情報は、記憶に残らないだけでなく、140文字以内という短いものであるから、ぶんみゃくをほぼもたない。

文脈をもたない断片情報は、その情報を[自分の記憶]として採り入れていいのか、悪いのか、判断できない。 要は、情報源を吟味・厳選するときの判断に引っかからない、細かすぎる情報が、Twitterにおいて拡散されている。

情報が断片化されていても意味をなす、例えば、告知などであればTwitterで拡散すればいい。 しかし、[自分の意思]を支えている[自分の記憶]とする対象として、[Twitter上の断片情報]を考えると、おおむね危険だと判断せざるを得ない。 というのも、その[Twitter上の断片情報]は、[危険かどうかを判断できないほど短い情報]であるだけに、危険かどうかを吟味するだけの文脈をもたない。 判断不能なものは、危険物として廃棄する以外にない。 それは、出所の知れない食べ物は、危険と見なして廃棄するのと同様の安全サイドに振った判断であり、それはごく普通のことである。

そもそもTwitterは、大衆の感情的な反応を[闇側]が測定するためのツールであろうと思う。 [30秒以内で終わる感情的反応を140文字以内で表現させる]ことが、Twitterが奴隷と見なしている私たちユーザーに課した制約である。 この枠組み、制約の中で、真実情報を流布しようというのには、かなり無理があると私は思う。

結論だけでなく、根拠も含めてしっかり表現するには、140文字以内という制約は厳しすぎる。

文字だけでは意味をなさない。 文字が並ぶ順番にこそ、意味の本質がある。

同様にして、個々の細かなエピソードだけでは文脈〔長周期の意味〕をなさない。 個々の細かなエピソードが並ぶ順番にこそ、文脈〔長周期の意味〕の本質がある。


宇宙がせいせいてんせんぺんばんを基調とする磁場である以上、私たちも変化し続けなければ、結果として[自分軸がブレている]ことになる。

[変化せざること]が[ブレないこと]ではなく、宇宙の変化に合わせて変化し続けることが、動的な意味では[自分軸がブレない]ことにつながるのだろうと思う。

何が言いたいのかというと、自分が吟味・厳選した情報源から情報を得ることによって、自分軸を自在に編集していく〔自己編集権の行使〕能動的な態度を崩さないことこそが、自分軸の本質なのだろうと思う。

例えば、テレビや新聞をもうしんすることは、自己編集権をほうしたことになる。 これが自分軸を放棄したことになる。

例えば、政府・会社・大学・学校がコロナワクチン接種を受けろと命令し、それに従うとしたら、自己決定権を放棄したことになる。 [自己決定権の放棄]は、宇宙的には[自己決定権の放棄を行なった魂自身の責任]になるのだと思う。 要するに、政府・会社・大学・学校が悪いのではなく、[自分が悪い]んだね。

世の中を変えなければならない?  いやいや、自分自身が変わって、自分軸を貫くだけでいいんだよ。 結果として世の中が変わる。

世の中を変えようというのは、 [ひとさまの自分軸]を変えようという、宇宙的にはアウトの行ないなんだ。 自分が変わることだけに集中して、その自分が変わりゆくありさまを、情報発信していくのはOKだ。

その情報発信に共振を起こして、真似をする人も出てくるだろう。 それは、その人の自分軸だからOKなんだ。

そして、その情報発信においては、[忘れ去られない、確固たる記憶を構築する]ようなパワーをもった情報にしておいたほうが、情報の効き目が強くなるからうれしい。

効き目のある情報だと、その情報を記憶し、記憶が習慣にまでしょうされ、完璧に身についている状態になる人も出てくる。 それは他者を感化したことになるのでうれしい。 しかもそれは、他者の自由意思に基づき、自己決定権を行使した結果としてそうなったのであるから、私は宇宙的に何も悪いことはしていない。

効き目の強い情報にするためには、情報発信においては、作り込み、作り替えなど、丹念に仕上げる姿勢が大切になってくると思う。


結局、個々人の自分軸の形成は、学習の成果である。

[自分軸をつらぬく]という場合の[貫く自分軸の内容〔コンテンツ〕]をなしている実体は、学習された記憶と、記憶のはんすうによって自分の中に定着した習慣である。

自分が大切にはぐくんできた習慣を根本として、物事に対処する姿勢を貫く。 これが自分軸であると、ここでは定義します。

[貫く自分軸の内容〔コンテンツ〕]をなしている実体は記憶と習慣である。

そして、大切なことは、[貫く自分軸の内容〔コンテンツ〕]をなしている実体である記憶と習慣すらも、書き換える必要がある場合には、勇気を出して書き換えていく。 この意思決定をなしている主体の意思こそが、自分軸の本体なのだと思う。

つまり自分軸とは、[自分軸の本体]である自分、いいかえれば、高次の自分のほんかい〔ほんらいの願い〕、いいかえれば、生まれる前に決めてきたミッション達成への強い意欲なのかもしれない。

覚醒するとか、目覚めるといったことは、まずその第一歩として[高次の自分の本懐][生まれる前に決めてきたミッション達成への強い意欲]を思い出すことを意味するのだろうと思う。

真実情報を知ることは、覚醒するとか、目覚めるといったこととは、直接的には関係しないと思う。

真実情報とされる内容は、ぜんぶ外側のことであり、せいぜいが、[高次の自分の本懐][生まれる前に決めてきたミッション達成への強い意欲]を思い出すためのヒント、触媒でしかない。

真実情報に振り回されて他人軸になっている人が、自分の状態を[覚醒している][目覚めている]と判定しているのは、眠っている状態にほかならないと思う。

とくに[真実情報を伝えることが自分のミッションだ]という錯覚を本気で信じている人は、[本当にフォーカスすべき内容]である[内的な整備]と、[内的な整備]の途中でわかってくる[高次の自分の本懐][生まれる前に決めてきたミッション達成への強い意欲]を思い出す作業からズレたことをしている。

[闇側]の支配構造をせいあばくことを自己目的にしてはならない。

というのも[闇側]の支配構造は、[過去の終わったこと]として、[いまここ]に引きずらない状態にする対象だからである。 [闇側]の支配構造の記憶をしょうきょさくじょすることはできない。 しかし、だからといって、[闇側]の支配構造を事細かに歴史書に残しておこうというような、3次元に自分を縛り付けるような行為は、[ミイラ取りがミイラになる]ような、残念なことになりかねないと私は思っている。

[それを終わらせる]ことがゴールなのに、そのゴールに到達するための道具づくりそのものに職人魂を発揮して、そこに埋没してしまう。 ああ、もったいない。

そんなことよりも、この頃の時期としては、ハートチャクラ、ハイハートいった、[感性・感情・じょうちょといったウェットな部分〔AIやロボットなどにはない要素〕の活性化・育成]が、旬の課題であるようだ。

[争いのカルマ]を昇華するためには、[感性・感情・情緒といったウェットな部分]から発せられる、ポジティブな驚き、感動、感激などのエネルギーが必要なのだそうで、そこを徹底的に強化することが、[争いのカルマ]によって荒れ果てた地球の回復に協力し、貢献することができるのだと思う。

そもそも論として、私たちは、[地球のアセンションについていく]という立場である。

[地球を大切にする][自然を大切にする][生命を大切にする]という基本なしに、真実情報を知ったところで、上滑りになるだけである。

さらに[自己の内的な不正解除の推進][各チャクラの活性化とバランス調整]など、[内的なリハビリテーション]の課題が山積みになっている。 やることが多すぎて、外的情報にかまっている余裕はない、という状態がほんらいなのである。


ちなみに、浄化という概念においても、私たちは[闇側]から洗脳されています。 浄化という言葉から、[自分の汚れた部分をぎ落として排出する]という、[黒歴史を削除する]かのような概念を想像させられることでしょう。

しかし実際には、浄化と誤認されている内容は、自己のネガティブな側面〔negativityネガティヴィティ〕の受けれ〔acceptanceアクセプタンス〕です。

つまり、関野あやこさん、並木良和さんなど、バシャール系のスピリチュアリストが教えている、自己のけがれを[黒くて重たい球体にする][クリスタルの球体に格納する][オクタヒドロンに変形させる]などにして[ゴロゴロと転がす][みなもとへ向けて投げる]などのことは、すべて[私たちの魂の断片][私たちの魂に付着しているエネルギー]をバシャールに献納するためのワナですね。

[汚れ]=[自己のネガティブな側面]は、たぶん消し去れません。 [汚れ]=[自己のネガティブな側面]は、外部に捨て去るのではなく、内部において、[愛のエネルギー]によって中和することによって、無害化するしかないのだと思います。

[悪魔にさんざん搾取された]という記憶を[汚れ]=[自己のネガティブな側面]として外部に捨て去ってしまうと、経験が増大しないため、[悪魔にさんざん搾取される]という同じてつを踏むことになりがちだと思いますよ。

黒歴史を捨て去ることは無理です。 アカシックレコードに全記録が残っています。

つまり、黒歴史を恥じる、その気持ちこそが、統合されるべき部分なのです。

結局、バシャール系が教えているのは[逆]なのですよ。 関野あやこさん、並木良和さんなどは、口で言っていることと、統合ワークで教えていることが[逆]で、実際には、[黒歴史を捨て去る]ことを[統合ワークとして教えている]だけです。 それは、転がした対象の裏側に、私たちのエネルギーや魂の断片が付着していて、統合するたびに、私たちのエネルギーが吸い取られ、魂が小さくなっていく。 これが、関野あやこさん、並木良和さんなどが教えている統合ワークの内容です。 これは宇宙的な不正であり、宇宙詐欺ですね。

実際には、黒歴史も白歴史も、ぜんぶ私の[内なる宇宙]の一部であるから、すべて私が承認する、受容する、肯定する。 これが統合なのだと思いますよ。

黒歴史も白歴史も、ぜんぶ私だったのだ。 これを総合的に受け容れたとき、【分離・分断・分裂】を脱して、統合の段階に入れるのだと思いますよ。

黒歴史をゴロゴロ・ゴロゴロと転がして、アセンションできると思いますか?  それは【分離・分断・分裂】のエネルギーであり、その果てにはディセンションが待っているのだと、私は思います。 ご判断はお任せします。


私たちが[学んでいる]と捉えている行為は、結局、[生まれる前に決めてきたミッション]を思い出すためのヒントでしかない。 そのような捉え方もできるでしょう。

結局、自分の本懐を思い出すヒントを得るための情報媒体を、厳選していかなければ、振り回されるだけになる。 いいかえれば、本懐を遂げることを阻止されてしまう。 いいかえれば、生まれ変わった甲斐のない人生を歩むことになってしまう。 そういうことであろうと思います。

結局、生きる指針の主たる参照先を[内側]=[内面]=[自分のハイヤーセルフとの通信内容]に置き、常に[内側]=[内面]=[自分のハイヤーセルフとの通信内容]をこんぽんとして生きていく。 それこそが、自分軸を貫く生き方なのだろうと思う。

ブログなどで、一定のストーリー性をもつエピソードとして語られた内容。 そういった[クラスター化された情報]しか、自分軸を支える地面のような、確固たる記憶として残っていかないのであろうと思う。

何のことかというと、シナプスの結合が断片的であることが、忘却を生むわけである。 これが、脳内で発生していると思われる[覚醒しないか、覚醒してもブレて逆戻りする]という現象の実態であろうと私は思っている。

ということは、容易に復習可能なばいたい〔ブログ・書籍など[文脈を含有する長さ]をもつ文字媒体〕を使って、[有機的結合][連鎖的結合]をもつ情報の編み方をして、忘れ去られにくい情報として学習する必要がある。

[アミノ酸を、どのような立体構造に組み上げるか]で、異なるタンパク質ができあがる。

[断片情報を、どのような立体構造に組み上げるか]で、異なる情報ができあがる。

情報の編み方が[有機的結合][連鎖的結合]をもつけんなものだと、忘れ去られにくい。

忘れ去られにくい情報を表現するためには、ブログ・書籍など[文脈を含有する長さ]をもつ文字情報として情報発信をする必要が、どうしてもあるのだ。 Twitterの140文字以内では足りない。

文字情報は、検索可能であり、復習が容易であるから、暗記する対象にしやすい。

また文字情報は、読み上げソフトを使えば、容易に音声言語化できるので、音声言語としても記憶できる。

したがって、情報発信にあたっては、文字情報を最も大切にしたいものである。

[一定のストーリー性をもつエピソードとして語られた内容]を動画にするとしたら、ダラダラ長い動画は、印象に残りづらい。 人間の集中力が続くのは15分以内であろう。 動画なら10分を目処に、それより短い単位で、まとまった内容を表現していくのが適切であろう。


Twitterばっかりの情報発信と、ブログ・書籍を使った情報発信とでは、大きな差がある。

Twitter、生配信、動画で、いくら言っても伝わらないのは、Twitter、生配信、動画が、復習に向かない媒体であり、[情報の断片が流しそうめん状態で散逸していくだけになりがち]という弱点を克服できていないからである。

Twitter、生配信、動画の情報は、[流しそうめん状態]になるから、記憶を定着させるための復習が事実上できない〔できたとしても時間・体力の限界に突き当たる〕、つまり、はんすうができないので、その学習者において定着せず、したがって忘れ去られやすい。

Twitterのような[さんいつ型の細切れ情報][動画・音声というその再生時間だけ自分の時間が等倍で〔よく聞き取れるのはせいぜい2倍速まで〕奪われる情報媒体]は、基本的に、暗記の素材にはしにくい。

復習によって忘れ去られない状態をつくりたい。 だったらブログ・書籍など[文脈を含有する長さ]をもつ文字媒体を選ぶのが最良だ。

情報戦とは、[忘れ去られたら敗北]という勝負の世界である。 脳内の記憶における[忘却の波に呑まれない情報が勝ち残る]という、[わすれな草]の戦いが、情報戦なのだと思う。

Twitter、生配信、動画の情報は、忘れ去られやすい。

つまり、ブログ・書籍の執筆に全力をかけるのが、遠回りに見えて、じつは最短コースであろう。

  • Twitter、生配信、動画に集まってくる階層は、受動的で依存心が強く、ミーハーで、自分軸が弱い。
  • ブログを読んだり、書籍を買ったりする階層は、能動的で自立心が強く、マイナー好みで、自分軸が強い。

そもそもが、顧客が好む情報媒体によって、顧客が階層分けされている。

Twitter、生配信、動画で、ブレやすい階層にアプローチしても、それはぜいじゃくな覚醒者になりがちであるような感じがするよ。


Twitter、生配信、動画は、一種の祭りであり、情報拡散力・告知力はあると思う。 つまり、広報活動、パブリシティのための媒体として、Twitter、生配信、動画を活用すればいいのだろうと思う。

しかし、Twitter、生配信、動画は、一種の祭りにすぎず、ハレとケでいえば、ハレの媒体であろう。

ケの媒体、つまり、生活の大半を占める日常の媒体といえば、ブログ・書籍など[文脈を含有する長さ]をもつ文字情報だと思う。

ブログ・書籍など[文脈を含有する長さ]をもつ文字情報こそが、記憶として[分解されづらい情報][忘却されがたい情報]なのだと思う。

断片情報は忘れ去られやすく、自分軸の確立には、さほど役立たないであろう。

断片情報の編み方にこそ文脈があるのだから、断片情報を[有機的結合][連鎖的結合]をもつけんなクラスターとして編み上げた情報媒体であるブログ・書籍など[文脈を含有する長さ]をもつ文字情報こそが、自分軸を確立するかてとなる、最も確実な情報源だと思うが、どうだろうか? 

芯を食った努力をする必要があるように思う。

覚醒に必要な情報はすでに開示された情報の中に存在する|情報開示を自己目的化してはならない|独自ドメインを取って自分のウェブサイトをもったうえでYouTubeやTwitterを利用するのならわかりますが

真実情報系のシャンティさん (@nintaizuyoku) / Twitterのアカウントが丸ごと消えていました。 既存のインターネット・サービスを使っていると、運営側の胸先三寸で、アカウントごと消されてしまい、それまでの何年間の努力が水の泡です。

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  • YouTubeやTwitterといった、強い言論統制を受ける既存のインターネットサービス<だけ>を利用しつつ、アカウント停止になるリスクを回避するために、いんちょうを乱発して、真実情報を知らない人を置いてきぼりにしてしまっている。 この現状を、何とかする必要があると思います。

  • 実際に目指しているゴールは、覚醒者数の増大である。 覚醒者数の増大には、もっとベーシックなところを丁寧に伝える必要があると思う。 ところが実際には、月日が経過するにつれて、発信される真実情報の難易度が上がり、どんどんマニアックになっていく。 矛盾している。

  • 視聴者・読者にインパクトを与えることで覚醒をうながし、かつ、加速させる意図なのだろうけれども、 [より過激な秘密開示を]という気風が強くなりすぎて[発表してはならない領域にまで踏み込んで、過激にデクラスしていく]ことになっている。 この[より過激に]が、いわば麻薬中毒のような領域に入ってしまっている面もある。 それが、ホワイトハットなど、他の[光側]のオペレーション〔作戦〕の邪魔になるケースもあるようだ。 同じ[光側]の別グループのオペレーション〔作戦〕を妨害してはならない。

  • 独自ドメインを取って、[WordPress][JS CMS][Hugo]など使って、自分のウェブサイトをもち、そこに真実情報をいんちょうなしで、しっかりと書き込めば、YouTubeやTwitterで真実情報の断片を知った人が、そのウェブサイトで真実情報を本格的に知ることができます。

[闇側]のツールをメインに使って覚醒を促す|それは基本的な戦略ミスを含んでいるように感じる

スピリチュアルを[お仕事]にしている階層の中では、Facebook、LINE、アメブロをセットにして[集客]するのが定番になっているようです。

アメブロやnoteでブログ記事を発表するのは、普通のことです。

とくに私が気になるのは、真実情報の拡散活動をする立場にありながら、FacebookやLINEといった、明らかに[闇側]のスパイツールであるインターネットサービスを使ってる人たちです。 さらに言えば、スピリチュアルな活動が[Facebookグループ][LINEグループ]を通じて行なわれると[闇側]が攻撃〔憑依や魂の乗っ取りなど〕しやすくなります。

グループを形成するよりも個々人がばらけて緩やかな連帯意識をもったほうが戦いが有利に進みやすいと思う

[Facebookグループ][LINEグループ]を形成すると、電磁的攻撃を仕掛けるターゲットが一箇所に集まっているわけですから、[闇側]の攻撃における効率が上がるわけですよ。 インターネット回線、電波などを通じてワズン星人などネガティブなエイリアンを送り込むとき、ターゲットが一箇所に集まっているといちもうじんにできるわけでしょ? 

[グループをつくるべからず]ということだと思います。 基本的に、ばらけている〔分散型の配置〕のほうが安全です。

グループをつくると、多くの仲間を巻き込んで、悪魔にグループごとゴッソリやられてしまいます。

それから、スピリチュアリストとその支持者というグループ。 インターネット上では、[Facebookグループ][LINEグループ]を形成すると、そのスピリチュアリストは、悪魔に乗っ取られてしまう傾向があります。 つまり、リーダーを頂点とするピラミッド社会は、頂点が悪魔にやられたら、頂点以下が一網打尽にされやすい。

そのスピリチュアリストに依存する[お客さん]とともに、ディセンションの道へと誘い込まれているように見えます。

個々が独立個人である人々が、ばらけたかたち〔分散型の配置〕で緩やかな連合体をつくっており、連絡を取り合わなくても、連携行動が自然に行なえる状態が理想的です。

理念先行型|遅くスタートして確実に追い上げ、最後は圧倒的になる確実な方法

[走りながら考えるタイプ][行動しながら考えるタイプ]は、大クラッシュ事故を起こしかねない。

昔のラジオ深夜便の[心の時代]に中坊公平氏が登場して、たしか二回に分けて、[着手先行型][理念先行型]の話をしていた。 中坊公平氏は、元日弁連会長の人権派弁護士で、森永ヒ素ミルク事件、千日デパート火災、豊田商事事件、アミューズの幼児姦淫殺害施設といて悪名高い瀬戸内海のしまでかつて起きた産業廃棄物不法投棄事案、あるいは、住専問題での不良債権回収などで活躍なさった〔故人〕。

[走りながら考えるタイプ][行動しながら考えるタイプ]のことを、中坊公平氏は[着手先行型]と呼んでいた。 そして中坊公平氏は[着手先行型]は歴史の批判に耐えうる業績を残せない、という意味のことを述べていた。 要は、[理念先行型]でなければ、歴史の批判に耐えうる業績を残せないということだ。

[闇側]には智慧がある。 その智慧を超えるためには、しっかりとした方針が必要だ。

このイクサは、戦士だけが戦えば勝てるというイクサではない。

というより、私たちはそもそも[オリオン大戦で積んだ【争いのカルマ】を、【争いの多い星・地球】において効率的に解消することによって、アセンションする]ために地球に生まれ変わっているらしい。

オリオン大戦で積んだ【争いのカルマ】を解消するためには、ハイハートを覚醒・活性化させ、[愛の感覚][情の感覚]を大切につちかっていく必要がある。 そして[情]をたっぷりと味わい尽くす、そんな生活を送っていく必要がある。

それはコロナワクチンによる体調不良、あるいは、不況を乗り切るための助け合いの中で、人間どうしのふれあいが生まれる、そのときに[情]をたっぷりと味わい尽くす、そんな生活が起こってくるであろう。

中坊公平の人間力 中坊公平・佐高信 ***
#本(レビュー感想)
本の読後感
2014年02月09日
1998年に発刊されたという古い本だが読み返してみた。中坊公平が何を正義と考え、何を重要だと思っていたかを知りたくて。

印象的なフレーズ。「理念先行型が成功する」。経営者やリーダーには2つのタイプが有り、一つは「着手可能な最善手をスピード感をもって実践していく」、もうひとつは「まず理念を定めそれに向かって努力していく」。世の中では理念先行型は嫌われやすく、軋轢も生まれるが成功者の話を聞けば理念先行型の方が多いという。これは、目的達成のためには手段が重要か目標達成の早さか、と言い換えることも可能なのではないか。中坊は道理と透明性が重要だと言う。やり方に道理があり透明性があれば社員や国民は納得するという。逆に目標は達成されても、その手段に道理が無かったり不透明だったりすれば支持されない。通すべき筋は通さなければならないという中坊公平の信念であろう。今の企業経営者や政治家に当てはめるとどうだろうか。

「現場を知らないリーダーが組織を危うくする」というのもあった。稟議書だけ見てハンコを押している経営者ではダメだということ。こんな判断をすれば会社の存続が危ない、という判断があるが、本当に会社の存続を考えたのか、自己の保身を考えたのかが不明確なケースも有る。組織のリーダーが何らかの判断をする際に、組織の中で「上げ底」されている立場で考えるか、人間として判断するかの違いがある、というのも中坊の言葉である。どのような立場の人間でも正しい判断というのは人間としての判断であり、上げ底の判断は立場を守るものであったり、立場を支える構造や組織を守る判断となりがちだと言う。

裁判官の幹部に何が重要だと思いますか、と聞いた時の答えが真実を追求することだという回答が多かった。中坊は「納得してもらえるかどうかだ」と断言する。裁判所の判断は絶対だとして真実を告げることが判決だとすれば、それは国民の皆さんに支持されるだろうかと。住専の問題でも税金を使って損失補てんをする、という政治判断は果たして正しかったのか、その判断基準は国民の皆さんが納得してくれたかどうか、8割以上が不納得であったはず。

日本国憲法でもっとも重要な考え方はなにか、という問に佐高信は99条の「天皇または摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他公務員はこの憲法を尊重し擁護する義務を負う」という条項だと指摘、つまりここに挙げられている人たちが最も憲法を破りやすい権力やチャンスが有るからであり、憲法とは権力や権限が過剰に行使されないようにするための取り決めだという考え方。国民は国民主権の使い方を、この憲法からもっと学ぶ必要があるという。

15年以上も前の対談だが、今にも通じるキーワードをたくさん発見できる。

引用元: 中坊公平の人間力 中坊公平・佐高信 *** - 意思による楽観のための読書日記

愛しか勝たん!

とりあえず、結論としては、戦うのではなく、抱き参らせるしかないのだろうと思う。 つまり、愛しか勝たん! 

この理念をしっかりと肝に銘じて、イクサに取り組むべきであろう。

とんちんかんなことをすると、むしろ相手方を元気づけ、私たちがいらぬカルマを積むことにもなろうかと思う。

愛が最強。 愛しか勝たん! 

霊的自立と集合意識と肉体をもってアセンション | ピロ魂!(ぴろたま)

結局、相手の善良なる部分にフォーカスすることが、よき現実をつくる方法らしい。


例えば、[バチカンの悪事]などに嫌悪・怒り・悲しみなどを感じることを起爆剤にして覚醒へと導く方法は、基本的に、大きな戦略ミスを犯しているように感じる。 なぜならば、根底に[自己]と[他者]との[分離]があるからだ。

結局、[相手をやっちまう]のにも、[相手にもよく][自分にもよく][宇宙にもよく]という三方が丸く収まるかたちでないといけない。

ただ単に、[NAAシーカーレプ憎し]を基調として[やっちまう]のでは、これがカルマとなって、また[やったらやり返す]の永遠のループ・循環、無間地獄への入り口になってしまう面があろうかと思う。 これは、二元性の世界を脱することができなくなる、ディセンションへの道筋ではないだろうか? 

抱き参らせるには、愛を照射して無力化し、水色の硬質ゼリーと愛のエネルギーで包み込んで、裏宇宙へ送還する。 それが[NAAシーカーレプ]にとっても、幸せであろうと思う。 ふるさとへ帰れということだ。

[NAAシーカーレプにもよく][地球人にもよく][宇宙にもよく]という三方が丸く収まるかたちでないといけない。

なぜかというと、丸く収まるかたちにしなかった場合、エミッション〔不要排出物〕が残るからです。 [エミッションが残る]というのは、簿記でいう、[借方・貸方の合計額が一致しない]=[そろばんが合わない]=[帳尻が合わない]ということと同じです。

エミッションが残ったままだと、そこから縁が生じて、また[NAAシーカーレプ]がポータルを通って裏宇宙からやってくる因をつくることになるでしょう〔因果の悪循環〕。 これでは、終わりがないのです。

つまり因果の悪循環を断ち切るためには、ゼロ・エミッションであること、[帳尻が合っていること]が、是非とも必要なのです。

[帳尻が合っていること]とは、それぞれの関係者の損得が公平になる落としどころを見いだし、[NAAシーカーレプにもよく][地球人にもよく][宇宙にもよく]という三方が丸く収まるかたちに持ち込むことです。

  • 悪いことをなした人が、やり逃げをすることをけっして許さない。
  • 被害を受けた人が、相応するつぐないを受けられるように、手厚く保護する。
  • 良いことをなした人が、報われない状態をけっして許さない。

以上のように、それぞれのなしたことに応じて、その結果を適切に与える。 そこに公平性が保たれている。 この過程を通過して、それぞれが納得し、[それは終わったことだ]と心から思えて、心のわだかまりを残さない。 その状態になることを、[帳尻が合っていること][ゼロ・エミッションであること]などと、ここでは述べているわけです。

エミッションが残れば、それが火だねになって、そこから新たな出来事が発生してしまうわけです。

例えば、インナーチャイルドが癒やされていない〔感情解放にかんして残高がある〕と、それによる思考・感情への影響があります。

[心の浄化]とは結局、[帳尻が合わない]状態、エミッションが残っている状態を精算することでしょう。 それは[帳尻を合わせる][ゴミを取り除く]といったようなことです。

[完全に終わらせる]のが浄化、いいかえれば、感情の解放であり、カルマの解消なのだと、私は思っています。

秋山ちえ子さんの[取り残される人がいない社会]が新地球の理念の1つであろうと思う

関東ローカルだとは思うけれども、TBSラジオ(954kHz)に[秋山ちえ子の談話室]という番組があった。 もともとは独立した番組であったけれども、[TBSラジオ:大沢悠里のゆうゆうワイド]の中の箱番組となった。

[TBSラジオ:大沢悠里のゆうゆうワイド]というのは、タクシー、営業車、トラックの運転手、あるいは、工場などで仕事をしながらよく聞かれていた番組で、まだ土曜日だけ残っている。

終戦記念日になると、秋山ちえ子さんが[秋山ちえ子の談話室]において[かわいそうなゾウ]という絵本を朗読するのが毎年恒例であった。 終戦記念日が土曜日にかかると、秋山ちえ子さんが[土曜ワイドラジオTOKYO 永六輔その新世界]にゲスト出演し、そこで秋山ちえ子さんが[かわいそうなゾウ]という絵本を朗読した。

その秋山ちえ子さんが、何度も訴えてきたのは、[取り残される人がいない社会]の実現である。 それは、格差や差別のない社会である。

[取り残される人がいない社会]の実現というのは、日本人のほんしょうとして、古代から存在するものであろうと思う。

それが、とくに戦後のGHQの戦後政策によって、ガタガタにされた。

★■★■あるユダヤ人の懺悔「日本人に謝りたい」(復刻版)

★■★■[新版]ユダヤは日本に何をしたか -我が愛する子や孫へ語り継ぎたい-

マスコミ報道は、戦前〔大正14年にラジオ放送を開始〕からNHKラジオ〔現在のラジオ第一放送〕の大本営発表であった。 開戦の日〔12月8日〕は、ジョン・レノンの命日〔じつは生きている〕でもある。 太平洋戦争もやらせであったらしい。

ラジオ放送はじまる | NHK for School
昭和16年12月8日のラジオ(一) 午前7時の臨時ニュース「太平洋戦争開戦」|戦時録音資料|NHK 戦争証言アーカイブス
ジョン・レノンのインタビュー―世界は狂人によって支配されている
秋山ちえ子の談話室 - Wikipedia
かわいそうなゾウ 秋山ちえ子 - Google 検索

Twitter、生配信、動画で、いくら言っても伝わらないのは、Twitter、生配信、動画が、復習に向かないばいたい〔メディア〕であり、[情報の断片が流しそうめん状態で散逸していくだけになりがち]という弱点を克服できていないからである。

そして、[情報の断片が流しそうめん状態で散逸していくだけになりがち]という状態が、なぜまずいのかというと、究極的には取り残される人が出てくるからである。

[それを知りたる者]と[それを知らざる者〔≒取り残される人〕]との間に情報格差ができ、その情報格差が時間とともに広がり、そこで分離・分断が発生するから、[情報の断片が流しそうめん状態で散逸していくだけになりがち]という状態を放置してはならないのである。

[それを知りたる者]は、ただ先に知ったというだけなのにリーダーや支配者層になり、[それを知らざる者]はフォロワーや被支配者層になる。 この分離・分断というものを、この旧地球で私たちは嫌というほど経験してきた。

ふたたび、そういう分離・分断の愚を犯すのか? 

構成メンバー各個において、必須情報にまつわる情報格差をつくらない。 [それを知りたる者]と[それを知らざる者]とが生じることを巧妙に回避する。 みんなが必須情報を等しく共有することを、徹底的に目指す。

ここにこそ、秋山ちえ子さんの[取り残される人がいない社会]の理念を当てはめ、適切に処置する必要であろうかと思う。

つまり、アセンションにおいてこそ、バリアフリー的な、ノーマライゼーション的な発想が必要なのである。 それが愛の本質の1つであろうと思う。

私は思うのだけれども、[お話会・講演会でしか知ることができない情報]というのをつくって、有料でその情報を売るようなことは、神意に反するように感じてしまう。

その人だって生きているのだから、生活があるのはわかっている。 しかし、みんなが等しく共有すべき必須情報に値段を付けて販売している人を見ると、ものすごい違和感を感じてしまう。

なりわいは、真実情報の拡散とは別の領域でやってくださらんかのう。

てんもうかいかいにしてらさず] というのは、細部まで見逃さない、ということでもある。

[取り残される人がいるか、いないか、細部まで見逃さない社会]の理念からすると、[それを知りたる者]と[それを知らざる者]との間に情報格差ができ、その情報格差が時間とともに広がり、そこで分離・分断が発生するから、[情報の断片が流しそうめん状態で散逸していくだけになりがち]という状態は、工夫によって克服していく必要が、どうしてもあると思う。

後続の客車・貨車を引っ張らぬまま独走する機関車。 これだけは避ける必要がある。

後続の客車・貨車は重たいので、負荷が大きいはずである。 暴走できるほど負荷が小さいのだとすれば、それは、後続の客車・貨車を引っ張っていない、空回りであろうと推定される。

4月6日に99歳で亡くなった、放送ジャーナリストの草分けで評論家の秋山ちえ子さんのお別れの会が6日、東京都千代田区の日比谷松本楼で開かれた。聖路加国際病院名誉院長の日野原重明さんや脚本家の小山内美江子さんらのほか、秋山さんと親交のあった皇后美智子さまが会場を訪れ、遺族らと言葉を交わした。

会では、発起人代表の河野洋平元衆院議長が「父の河野一郎と秋山さんは信頼しあっている仲で、インタビュアーとして日本一だと言っていた」とあいさつ。小山内さんは「秋山さん、ご苦労様でした。ありがとうございました」と述べた。歌手の森山良子さんはチャプリン出演の映画「ライムライト」のテーマ曲「エターナリー」を歌い、「(秋山さんは)取り残される人のいない社会にしていかなくてはいけないと言っていた」と生前の思い出を語った。

秋山さんは毎年8月15日の終戦記念日に、上野動物園で戦時中に餓死させられたゾウの童話「かわいそうなぞう」をラジオ番組で朗読。会の終わりには2002年の収録分が流され、「地球上のすべての生物の命を守るために、ことを解決するのに戦争というものを手段に使うことのないことを祈りながら読ませていただきます」と語る秋山さんの声と朗読に、参列者は聴き入った。

30年来の親交がある司会の大沢悠里さんは「秋山さんは一貫して戦争反対を訴え続けてきた。私たちはこの心をずっと受け継いでゆく覚悟が必要だ」と締めくくった。

夜には皇后美智子さまも会場を訪れ、展示された秋山さんの遺品などを見たり、遺族や発起人らと言葉を交わしたりした。(真田香菜子)

引用元: 秋山ちえ子さんお別れの会開催 皇后さまも会場に——贯通日本资讯频道

真実情報系で使われる[ちょういん]によって[真実情報を後から知った後続者の皆さん]ががいかんを感じているだろうに

[特定の業界][仲間内]だけで通じる符丁・隠語をジャーゴン〔jargonジャーゲン〕という。

TwitterやYouTubeなど、既存のインターネットサービスで真実情報を発信する場合、[動画][Tweet]の削除、[アカウントの停止]などを回避するために、符丁・隠語を使わざるを得ない。

  • 符丁・隠語を理解することができるのは、すでに真実情報を知っている人たち〔だけ〕であろう。
  • 符丁・隠語は、[真実情報に追いつこうとしている人]にとって大きなハンディキャップになる。
  • [動画][Tweet]の削除、[アカウントの停止]などを回避するためだとはいえ、符丁・隠語を使うと、[真実情報に追いつこうとしている人]に疎外感を感じさせてしまう。
  • これでは【分離・分断・分裂】のモードになってしまう。

そもそもの間違いは、YouTubeやTwitterといった、符丁・隠語を使わざるを得ないような、運営が[闇側]であるようなプラットフォームを[メインの情報発信のフィールド]に設定しているところだと私は思う。 そういう状態では、仲間内で盛り上がっているだけなので、新規顧客が開拓できず、真実情報がまったく広がっていかない。

もちろん、[闇側]が運営するYouTubeやTwitterにこそ、目覚めていない人たちが集まっているのだろう。 その推定は正しいと思うし、その目覚めていない人たちがYouTubeやTwitterにアクセスしてきたときに、真実情報を信じるグループに取り込もうということだろうとは思う。 しかし、いざYouTubeやTwitterの中身を見ると、[符丁・隠語を使って新規参入者をのけ者にする]ようなことになってしまっているようにも思える。

  • 集客の場は、YouTubeやTwitterで間違いないだろう。
  • しかしYouTubeやTwitterのコンテンツにおいて[符丁・隠語を使って新規参入者をのけ者にする]ようなことになってしまっているようにも思える。
  • 解決策としては、YouTubeでは、予告編だけ出しておいて、本編は{Rumble〔カナダ〕、Brighteon〔アメリカ〕、Odysee〔アメリカ〕、BitChute〔イギリス〕、Vimeo〔アメリカ〕、Dailymotion〔フランス〕、ニコニコ〔日本〕}などにアップロードしておく、というやり方が考えられる。 これは、情報発信の本編をYouTubeそのものでは行なわない、というやり方である。
  • 解決策としては、Twitterも同様であり、Twitterに[こういう書籍を発売した][こういうブログ記事をアップロードした][こういう動画をアップロードした]という告知を入れる。 情報発信の本編をTwitterそのものでは行なわない、というやり方が考えられる。

教養を前提とする符丁・隠語・略語は疎外感を感じさせる|情報拡散におけるバリアフリー/ノーマライゼーションの発想が必要

[学力・教養が及ばないこと]が、真実情報への参入しょうへきにならないよう、配慮する必要があると思う。

要は、子供にも理解できるようにへいめいに書くことです。 教養をひけらかすかのような、難しい言葉づかい、難しい漢字をできるだけ避けることです。

[ユダヤ人〔Jewsジューズ〕をJと略す][ワクチン〔vaccineヴァクスィーン〕をVと略す]という場合、英語力を前提とする略語なので、英語が苦手な人には通じにくい。

  • [ユダヤ人]→隠語→[湯田][弓田]
  • [ワクチン]→隠語→[和久][枠]

難解な用字・難解な用語・難解な慣用句が理解のさまたげになるのなら、その難解な用字・難解な用語・難解な慣用句を含んだ文章には、価値がない、と思います。

[ジャーゴン][学習者の理解を妨げる難解な用字・難解な用語・難解な慣用句]は、お願いだから使わないで! 

さんにゅうしょうへき〔入ってこられないようにするカベ〕をつくらないで! 

音声ベースのコンテンツ〔ライブ、生配信、動画、音声など〕の弱点|《1》音声言語の場合、その瞬間に消え去る|音声媒体は、情報媒体として、そもそもが[流しそうめん状態]である

第一に音声言語の場合、その瞬間に消え去ります。 会議の音声という消え去るものをボイスレコーダーやビデオカメラで記録しておいても、[ぜんぶ視聴しなければならない]となったら、時間・体力の無駄であり、それでは仕事に支障をきたします。 というより、授業そのもの、会議そのものが、そもそも必要なのか? ということです。 文字でチャットすれば記録が残るので、OpenオープンPNEピーネなどでコミュニティ内の一般公開されない、閉じたSNSを構築する方法もあります。 文字でチャットした記録をまとめれば、議事録ができます。 そして、最終的に事柄を決定する場合だけ、ZOOMでの音声ベースの会議をすればいいのです。
文字情報をもくどくする〔だまって読む〕場合、音声言語を聞くスピードの20倍ぐらいで知識を得ることができます。 文字言語の情報は、情報を吸収する効率がいいのと反対に、音声言語の情報というのは、情報を吸収する効率が悪いのです。

授業も同様であり、授業は情報を吸収する効率が悪い。 長期欠席した子にしてみれば、授業なんて受ける時間・体力は無駄でしかない。 長期欠席した子が勉強において追いつくために基本となるのは、[教科書+教科書ガイド][学習参考書]といった文字情報のコンテンツです。

真実情報においても、まったく同じことが当てはまります。 後続者に対して愛のある情報提供ばいたいは、文字情報なのだということです。 文字情報のコンテンツを使った自学自習を基本としながら、疑問点が生じたときに、問い合わせ先として先生がいる。 このシステムであれば、授業など必要ありません。

結局、知るべき対象の全編を通して[授業・会議]など、音声言語をベースとするメディアを使うのは、情報伝達の方法として効率が悪く、それゆえに後続者が追いつくことが難しくなるわけです。 どうしても、必要な情報を[重複なく漏れなく整理され体系づけられた内容の濃い情報としてのドキュメント〔文字情報:ブログ・書籍・雑誌・PDF等〕として提示しておく]ことが必要なのです。 例えば、[真実情報の書籍][議事録〔プレゼンの台本/プレゼンのスライド/会議における議論の推移の要点〔サマリー〕/その他〕][教科書+教科書ガイド][学習参考書]などといった、文字言語をベースとするコンテンツが必要になってくるのです。 いいかえれば、知るべき対象の全編を通して[人間がしゃべって説明する][音声言語ベースのメディアである授業・会議・動画・映像生配信を行なう]などなどは、情報の伝達効率が悪く、それゆえに後続者を切り捨てることに直結しやすいわけです。

音声ベースのコンテンツ〔ライブ、生配信、動画、音声など〕の弱点|《2》[前から順番に再生していかなければ内容が理解できない、連続性の情報]である

さらに、音声言語〔音声情報〕は[前から順番に再生していかなければ内容が理解できない、連続性の情報]であり、[連続性の情報]であるがゆえに[聞き逃したら終わり]という本源的な弱点を抱えています。 文字があれば、聞き逃しをリカバーすることも可能です。 しかし、動画にテロップを付けるとすると、テロップを読むだけになってしまう。 [だったら、最初から文字だけで情報を出してよ]ということになるわけです。

また音声言語〔音声情報〕は[連続性の情報]であるがゆえに、[あの内容を語っていたのは、動画の何分何秒あたりか]ということ、つまりコンテンツの時刻とひも付けられた小見出し付けをしておかなければ、狙った場所にジャンプすることができません。 しかも、狙った場所にジャンプしたとしても、音声言語〔音声情報〕は、[前から順番に再生していかなければ内容が理解できない、連続性の情報]であることに変わりなしです。

音声ベースのコンテンツ〔ライブ、生配信、動画、音声など〕の弱点|《3》聞いていくのにコンテンツの時間〔しゃく〕と同じ視聴時間を奪われる|よく聞き取れるのはせいぜい2倍速まで

文字言語を読むスピードは、音声言語を聞くスピードの20倍。

音声ベースのコンテンツ〔ライブ、生配信、動画、音声など〕の弱点|《4》文字検索できない|検索できない情報は、無いのと同じ〔調べられる対象にならないコンテンツ〕

そして、音声言語〔音声情報〕というものが存在したところで、インターネットにおける文字検索、あるいは、自分のPCにおける文字検索〔grep等を使った全文検索〕で引っかかるのは、[コンテンツのファイル名やタグ][コンテンツの時刻とひも付けられた小見出し]など、人間が後付けした文字情報だけなのです。 動画や音声を自分のPCで検索するときは、ファイル名しか手がかりがないでしょ?  音声言語〔音声情報〕というのは、そういう弱点をもっているわけです。

音声言語〔音声情報〕を基調とするメディアでは、文字検索≒情報検索ができない。 文字検索≒情報検索ができる対象は、文字言語だけなのですよ。

音声言語のコンテンツを全編文字起こしする?  そんな不効率なことをするぐらいなら、最初から文章を書いてください、ということになります。 このように、音声言語〔音声情報〕には、いろいろな弱点がある。

海外の真実情報系の動画を翻訳して日本語のテロップ〔和訳字幕〕を付けて大量の動画を出している真実情報の情報発信者がいます。 残念ですけれども、そういうのは、時間・体力の無駄を招く、下手なやり方だと思いますよ。 日本語のテロップ〔和訳字幕〕の部分だけをブログ〔文字言語〕にして、記事をどんどん出せば十分なのです。

真実情報の世界でも、音質が悪いがゆえに聞き取れない[音声コンテンツ・動画コンテンツ]というものが、あちこちに存在します。 [音声コンテンツ・動画コンテンツ]というものは、機材にけっこうお金がかかる。 [音声コンテンツ・動画コンテンツ]の世界において、音質・画質までしっかり整えるためには、[時間・体力・お金]がかかるのです。

そんなことをするよりも、文字でしっかりとコンテンツを作り込み、その文字を読み上げソフトで音声化するとともに、図表・イラスト・写真などで、理解しやすくする。 そういう、どちらかというと、[ドキュメント〔文字情報:ブログ・書籍・雑誌・PDF等〕づくり][プレゼンテーションの準備]といった文字言語を基調とする世界に近いことをしたほうが、真実情報の拡散には効果があり、効率が上がることでしょう。

音声ベースのコンテンツ〔ライブ、生配信、動画、音声など〕の弱点|《5》内容が薄い

音声言語〔音声情報〕は、文字検索≒情報検索の対象にすることができない、という以上に、内容が薄すぎる点が問題です。 練り上げられた文章の密度は高く、そこに時間・体力を投入する価値があります。 しかも文字言語を黙読すれば、音声言語を聞くスピードの20倍ぐらいで知識を得ることができます。 [濃いヤツを20倍速で飲み込める]のが[ドキュメント〔文字情報:ブログ・書籍・雑誌・PDF等〕][プレゼンテーションのスライド]などといった文字言語を基調とするコンテンツなのです。 逆に言えば、[映像生配信]やそのアーカイブ、[動画]といった音声言語〔音声情報〕を基調とするメディアの場合、文字媒体の20分の1のスピードでしか、情報を取り込むことができないので、きわめて効率が悪いわけです。 しかも[映像生配信]やそのアーカイブ、あるいは、[動画]がシリーズ化されていれば、すべての動画を見終わるまで、追いつくことができません。 [音声言語〔音声情報〕を基調とするメディア]が何十本、何百本もある。 しかもそれらが、連続的な内容をもっているとしたら、絶望しかありません。 それは例えば、[連続テレビドラマ][連続テレビアニメ]の話題に取り残された人のことを考えればわかります。 毎回見ないと、ストーリーが追えなくなる。 そうすると、強い置いてきぼり感を感じることとなる。 それは、長期欠席で授業についていけない子と同じ寂しさと絶望と不安なのです。 それが、[ナマ授業][連続テレビドラマ][連続テレビアニメ]の弱点です。 [音声言語〔音声情報〕を基調とするメディア]で情報発信をすると、途中から加わった人〔後続者〕が、事実上、追いつくことができないわけです。 これでは【分離・分断・分裂】のモードになってしまう。 つまり、[音声言語ベースで進むナマ授業][映像生配信]やそのアーカイブ、あるいは、[動画][音声言語での会議]など、[音声言語〔音声情報〕を基調とするメディア]を情報発信・情報共有のメインにすると、後続者に対して、川を渡るための橋を破壊して、追いつくことができなくするような、意地悪をすることになるのです。 だから例えば、学校は、授業をする場とはせずに、児童・生徒が質問できる先生が[相談員]のように待機している場所にすればいいのです。 勉強のメインは[ドキュメント〔文字情報:ブログ・書籍・雑誌・PDF等〕][プレゼンテーションのスライド]などといった文字言語を基調とするコンテンツにしておく。 そうすると、ドキュメント類を高速で読んでいくことによって、先行しているグループに、みるみる追いついていくことができるわけです。 だから、真実情報の情報発信・情報共有のメインコンテンツの形式としては、[ドキュメント〔文字情報:ブログ・書籍・雑誌・PDF等〕][プレゼンテーションのスライド]などといった文字言語を基調とするコンテンツにしておく必要があるわけです。

そもそも授業みたいなものは、知識レベルがその授業に追いついている学習者だけがついていける情報媒体なのです。 書籍だったら、[もっと初歩的な内容の書籍に切り替える]ということができます。 しかし授業みたいなものは、教師・演者が、情報発信を理解するのに必要な知識レベルを規定してしまう。 その知識レベルに適合しない授業の出席者は、置いてきぼりになるか、授業の内容は知っていることだらけで時間・体力の無駄ということになるわけです。 とにかく学校を長期欠席している児童・生徒が後続者として追いつくことができるような教育形態を考えると、[ドキュメント〔文字情報:ブログ・書籍・雑誌・PDF等〕][プレゼンテーションのスライド]などといった文字言語を基調とするコンテンツを中心にするのが最も適切だという結論になります。 文字情報を脳に取り込むスピードは、音声言語を脳に取り込むスピードの20倍なのですから、ドキュメント教材中心の学習を採用することによって初めて、爆速で追いつける可能性が見えてくるわけです。

[Tweet][動画]という形式での情報発信だと[情報が流しそうめんの状態]になりやすい|ユーザーに情報を追いかけさせると、ユーザーを依存者にさせてしまうぞ!|必要な情報は[重複なく漏れなく整理され体系づけられた内容の濃い情報としてのドキュメント〔文字情報:ブログ・書籍・雑誌・PDF等〕として提示しておく]ことが必要

さらに言えば、[Twitterのみでブログをしない][映像生配信を毎日する][動画投稿を毎日する]かたちでの情報発信は、情報の総量が増える。 [過去の膨大なTweet][過去の膨大な映像生配信〔アーカイブ〕や動画]は、[真実情報に追いつこうとしている人]=[こうぞくしゃthe catchingキャチング upアプ peopleピーポー〕]後続者を圧倒し、[どうせ追いつけないや]というあきらめと絶望を、彼らにもたらします。

しかもそれが、[情報が流しそうめんの状態]になりやすい、[Tweet][動画]という形式での情報発信だと、後続者の[どうせ追いつけないや]感、つまり、諦めと絶望は、より強まります。

  • [Tweet]は流れ去るのが運命なので、Twitterを使うだけで[情報が流しそうめんの状態]になってしまいます。 過去の[Tweet]は流れ去り、長い距離、スクロールダウンしないと、過去の知るべき[Tweet]に到達しません。 この状態では、真実情報に追いつく気力は湧いてきません。 どうして、このようなおかしなばいたいで真実情報を発信しているのか、私には理解できません。 アメブロ、note、はてなブログなどに、まとまった記事を投稿すれば、何のことはないでしょう。 アメブロ、note、はてなブログなどの場合、記事が削除対象になることがあります。 noteは規制がゆるいはずですけれども、[ワクチンで死ぬ子供たち]というナカムラクリニックさんのnote記事が削除されたことをかめちゃんが指摘しています〔この記事の最も下に掲載してあります〕。 記事の削除が心配なら、自分でドメインを取ってサーバーを借りて、自前のブログを展開すればいいのです。 Twitterからそこへリンクを張れば、ブログのアクセスも増えるでしょう。 結局、既存のシステムとして存在するブログサービスは、記事の削除に対抗するために遠慮しながら書くことになるので、本当のことが書けません。

  • [Tweet]は、過去が下、現在が上であり、情報を知るべき順番と逆です。 この並び順が、ものすごく読みづらいし、スクロールが面倒くさい。 しかも[Tweet]は半年程度以上はさかのぼれないのです。 真実情報を[Tweet]している人は、視点が[現在だけ][Twitter民だけ]に限定されているのです。 しかしTwitter民の多くは、意識が外側に向いていて、目覚めにくい階層ではないかと、私は感じてしまいます。 それも偏見ですけれども、視線をもっと広い範囲に向ける必要があるでしょう。 とくに、後からどんどん目覚めていく人たち、後続者のために、必要な情報は[重複なく漏れなく整理され体系づけられた内容の濃い情報としてのドキュメント〔文字情報:ブログ・書籍・雑誌・PDF等〕として提示しておく]ことが必要なのです。 真実情報を知ってもらう人々に視線を向けるときの[人的階層の幅を広げる][時間的な幅を広げる〔後続者への手厚いサポート〕]ことが大切だと思います。 授業を休んだ子供たちでも、しっかりとばんかいできる配慮をしておく。 それが、必要な情報を[重複なく漏れなく整理され体系づけられた内容の濃い情報としてのドキュメント〔文字情報:ブログ・書籍・雑誌・PDF等〕として提示しておく]ことなのです。

  • OpenPNE

  • 学校を長期欠席すると、授業の進度についていけない児童・生徒が出てきます。 [授業の進度についていけない]というのは、児童本人・生徒本人の学力が低いということを、必ずしも意味しません。 単に周期がズレているだけなのです。 そのコミュニティの文化として[授業のドキュメント〔文字情報〕を必ず残しておく制度・習慣]さえ定着していれば、後続者が不利になることはありません。 仕事でも、会議の議事録が残っていなければ、出張でその会議に出られなかった人との情報共有がままなりません。

  • [文字データを音読するソフトウェア]が〔[棒読みちゃん][SofソフTalkトークなど無料のソフトも〕ありますので、結局のところ、完全原稿をしっかりと練り上げて作り込み、あとは、文字データからソフトウェアで音声言語を生成すれば、演者は基本的に必要ないわけです。 [情報が主体であり、演者の個性が主体ではない]というコンテンツにおいては、文字データとして作り込まれた完全原稿を、読み上げソフトで音声言語化したほうが合理的です。 ということは、真実情報を広めるときの情報発信において、なすべき最も大切な作業は何か?  [映像生配信][動画投稿][Tweet]ではないでしょ?  [起承転結をもつ、ある程度まとまった情報のかたまり]を文字情報としてしっかりと作り込むことこそが大切なのです。 脚本作り、台本作り、そして説明するときの図表の制作。 そういった、コンテンツの核をなす部分にこそ、時間・体力を注ぎ込むことが必要なのです。 それを考えた場合、YouTubeやTwitterの活用方法としては、真実情報のありかを教える広報・情報拡散以上のものを、そこで行なうことは不適切なのです。 YouTubeやTwitterは、[ドキュメント〔文字情報:ブログ・書籍・雑誌・PDF等〕][プレゼンテーションのスライド]などといった文字言語を基調とするコンテンツの場所〔ありか〕を教えるための宣伝媒体として使うのが最も効果的だと思うわけです。

  • 高校物理の問題の解法を解説するYouTubeチャンネルとかもあります。 でも、再生回数は、それほど多くはない。 なぜかというと、動画を見ることが時間・体力の無駄だからですね。 学習において、[追いつきたい]と強く思うとき、動画なんか見てられないわけです。 動画なんて、時間・体力の無駄だからね。 文字を読む行為によって情報を知るスピードが20としたとき、音声言語のスピードは1です。 文字なら20倍の速さで情報を知ることができるのです。 そして、授業動画というものは、理解している部分は、サッと飛ばしたいけれども、どこまで飛ばせばいいのか、わからないでしょ?  そして、仮にどこまで飛ばせばいいのかがわかったにしても、[前から順番に再生していかなければ内容が理解できない、連続性の情報]であることに変わりなしです。 結局、文字が欲しいわけです。 結局、高校物理の場合、学習参考書〔解説の詳しい〕が最も効率的なのです。 ということは、真実情報の情報拡散においても、ドキュメント〔文字情報:ブログ・書籍・雑誌・PDF等〕]を中心に据えなければダメなのですよ。 逆に言えば、ドキュメント〔文字情報:ブログ・書籍・雑誌・PDF等〕]を執筆するだけの力量がない人には、情報発信力というものは、事実上、ないも同然なのです。 それは、誰かの情報を伝言ゲーム、あるいは、オウム返しのように間接的に伝達しているだけであり、それではメッセンジャーボーイにしかなっていない。 中間にいるあなたは必要なの?  かいざい者は必要ないでしょ、基本的には?  このIcTの世の中なのであるから、[一次情報の発信者が、直接出てきて、情報発信をじかに行なえばいいじゃん]ってことだよ。 Twitterの[Retweet]、アメブロの[リブログ]など、[情報を追認する]という行為は、その情報の有用性を計測する手段にはなる。 けれども、実際に情報を閲覧する立場からすると、それは重複コンテンツだらけで、情報が水ぶくれしてしまっているだけのように見える面がある。 [Retweet]の[Retweet]とか、わけのわからぬ伝言ゲームが展開されているTwitterの世界は、本当に時間・体力を無駄にさせられる場なんだよ。 大切なことなので、強調しておくけれども、Twitterの世界は、時間・体力を無駄にするだけ。

とにかく、重要なことは、[情報が流しそうめん]になりやすい媒体である、YouTubeやTwitterなどを真実情報の情報拡散のメインにしてはならない、ということだ。

なぜならば、[真実情報に追いつこうとしている人]=[後続者]の[遅延回復学習]を邪魔するからね。

それを、しっかりと読みこなしていけば、内容の概略がつかめるようになっている、[重複なく漏れなく整理され体系づけられた内容の濃い情報としてのドキュメント〔文字情報:ブログ・書籍・雑誌・PDF等〕として提示しておく]ことが理想だよね。 それこそが、覚醒者数を増やしていくための、本当の意味で、芯を食った努力だと思う。

固定ファンをつくるな!|固定ファンを捨てて変容し続けよ!

[YouTubeの登録者数][Twitterのフォロワー数]の増大を[自分の頑張りの成果]の指標にしていると、ポピュリズム〔大衆迎合主義〕におちいり、最終的にはスポイルされて、価値を失う。

ファンを失うことを恐れるので、変容をためらうから、ダメになってしまう。 それは、ウケ狙いから、自分軸を失い、自滅していくことを意味する。


[YouTubeのチャンネル登録者数][Twitterのフォロワー数]の中身は[依存者の総数]ということになる。 それは[YouTubeのチャンネル登録者数][Twitterのフォロワー数]の中身が、おそらくは外側志向で依存心の強い階層で、覚醒してもブレるタイプであろうからである。

[動画投稿を毎日する情報発信者][映像生配信を毎日する情報発信者][Twitterのみでブログをしない情報発信者]というのは、依存者をき付けているだけ。 依存者気質の階層は、[ついずいしゃ〔フォロワー〕根性][ミーハー的な精神性][外側志向・他人軸]なので、覚醒してもすぐブレてしまうと思う。 時間がないので、この階層をターゲットにしてはならない。 つまり[<単なる数>ではなく<質の高い数>を狙う][芯を食った努力][的を絞る]という原則を曲げない、強い意志力が必要になる。


覚醒して、情報発信者にまでなる階層は、[自分のブログ]や[自分のYouTubeチャンネル]をすでに持っているけれども覚醒していない、そういう階層であろう。 そういう階層、つまり、いま現在は目覚めていなくても、自分軸がしっかりしている階層は、Twitterをこまめにチャックしてはいない〔≒スマホ依存ではない精神性をもっている〕と思うよ。

スターシードは、[ついずいしゃ〔フォロワー〕根性][ミーハー的な精神性][外側志向・他人軸]とは縁遠いところにいるはずだ。 結局、最も覚醒すべき[まだ目覚めていないスターシード]に真実情報が確実に届くためには、YouTubeやTwitterを使っていたのでは、効率が悪いのだろうと思う。 まとまった内容をもつ情報伝達となると、ブログが一番だろう。 ブログサイトは、スピ系はアメブロが多く、真実暴露系はnoteが多い。 はてなブログには、IT技術者が多く、本当に優秀なスターシード、いいかえれば、新地球に必要な人材は、ここにも眠っているだろうと思う。 アメブロ、note、はてなブログあたりがいいかもしれない。

真実情報の発信ばいたいとして、芯を食った情報拡散につながる可能性をもつのは、[映像生配信やそのアーカイブ動画][多すぎるTweet]ではなく、[作り込んだ撮り下ろしの動画][作り込んだ書き下ろしのブログ記事]のほうだと思う。 映像生配信をやめて、短編の[よく作り込まれた動画]にする。 Twitterをやめて、アメブロ、note、はてなブログあたりに、内容の濃い、よく作り込まれた記事を書く。 そういう路線が、本当に効果的な真実情報の発信方法だろうと私は思う。

例えば、ピロ魂〔ぴろたま〕さんのように、ギッシリ詰まった渾身のブログ記事を着実に出していくことが、覚醒者を確実に生んでいく方法だろうと私は感じている。 つまり、みんな日常生活が忙しい。 毎日、1時間も映像生配信を見てしまうと、忙しい人だと、それだけで精一杯になってしまう。 映像生配信は、時間・体力を奪い、内省する時間を奪う。 映像生配信は、成長・進化の妨害になりかねない。

そもそも、インターネットには見向きもしないスターシードとか、ありがちだよね。 そういう階層には、書籍が最も適している。

YouTubeやTwitterによる情報拡散活動において、そこに食いついてくる階層は、本当に目覚めて欲しい[まだ目覚めていないスターシード]ではなく、[ついずいしゃ〔フォロワー〕根性][ミーハー的な精神性][外側志向・他人軸]の人々であろうと推定される。

それは、目覚めたとしても[揺れやすい階層]であり、そこで[数]だけを狙っても、[パンチを振り回すだけの勝てない格闘家]になってしまうだろう。 ローキックとボディで足を止めてからの[頭部への回し蹴り][顔への膝蹴り][テンプルかアゴへのフックかストレート]でKOを取る。 結局、[対戦相手の足を止めて、動く標的である頭部へのエイム精度を高めてから、脳を揺らすだけの衝撃を頭部へと加える]というのが[寝技なしの格闘技]のあらすじである。 そういったゲームメイキングを想定せぬまま戦っても、戦闘力を無駄に消耗するだけだ。

つまり情報拡散においても、ある程度の戦略が必要であろうということになる。

[YouTubeのチャンネル登録者数][Twitterのフォロワー数]には、[アクティブ〔活動中〕]と[イナクティブ〔睡眠中〕]とが混合されているので、そのアカウントの情報拡散力についての指標にはならないでしょう。

  • 例えば、[YouTubeのチャンネル登録者数]が多いのに、再生数が少ない[かつて勢いがあった映像投稿者]は[イナクティブ〔睡眠中〕]の登録者を多数抱えています。 [イナクティブ〔睡眠中〕]の登録者は、[面倒なので登録解除すらしないほど、そのチャンネルに対する関心を失った人たち]なのです。
  • フォロワーが多いのに、[リツイート][引用ツイート][いいね]が少ない、注目されないTweetばかり行なっているTwitterアカウントも[イナクティブ〔睡眠中〕]のフォロワーを多数抱えています。 [イナクティブ〔睡眠中〕]の登録者は、[面倒なのでフォローを外す行為すらしないほど、そのアカウントに対する関心を失った人たち]なのです。
  • 動画の場合、[動画の再生数][映像生配信の同時視聴者数]だけが、実質的な情報拡散力です。 [YouTubeのチャンネル登録者数]は、あまり参考になりません。
  • Twitterの場合、[リツイート][引用ツイート][いいね]の数だけが、実質的な情報拡散力です。 [Twitterのフォロワー数]は、あまり参考になりません。 また、そもそも論として、Twitterにどっぷり浸かっている階層〔Twitter民〕は、[覚醒して情報発信を行なう側]に回るのではなく、依存先を求めている[ついずいしゃ〔フォロワー〕根性][ミーハー的な精神性][外側志向・他人軸]の人々であろう。 従来の階層でいえば、テレビにどっぷり浸かっている階層と重なる部分が大きいように思う。 そして、この[Twitter民]と、[グダグダと長い映像生配信]にダラダラと付き合ってくれる階層は、大きく重なっているのだと私は思う。 この階層は[外側志向で依存心が強い]ので、その情報拡散行為に依存しているだけで、[客層を悪くする常連客]という性質をもっているのだと思う。 この階層で、目覚めるべき人々は、すでに目覚めているだろうに。 さらに言えば、[外側志向で依存心が強いTwitter民]は、目覚めてもすぐにブレる階層だろうと思う。 他方、[目覚めたら素晴らしい活躍を見せるであろう階層][すでに目覚めている階層]は、そもそも自分軸がしっかりしているので、SNSを熱心には行わず、読書と内省と思索を毎日の日課としているであろう。 結局、SNSを使ってリーチできる階層は、一言で言って、客層が悪い。 戦略を変える必要性を感じる。
  • さらに言えば、中長期的なスパンで[動画の再生数][映像生配信の同時視聴者数]の増分〔デルタ〕が少ない場合、固定客だけが視聴しており、情報拡散力は伸び悩んでいると考えてよいでしょう。 [いつも7000人が映像生配信を見ている]として、その7000人が、大きく変わらずに推移しているのだったら、その7000人は固定客ばかりであり、すでにそのチャンネルは[お花畑のサークルと化している]と推定されるわけです。
  • 映像生配信の場合、たいてい[映像生配信の同時視聴者数]の大半を[いつものメンバー]=[固定客]だけが占めてしまい、広がっていかない。 [グダグダと長い映像生配信]にダラダラと付き合ってくれるのは、[覚醒して情報発信を行なう側]に回るのではなく、依存先を求めている[ついずいしゃ〔フォロワー〕根性][ミーハー的な精神性][外側志向・他人軸]の人々であろうと推定されるわけです。 [グダグダと長い映像生配信]や[多すぎるTweet]という情報ばいたいのありようが、そこに食いつく階層を狭く限定してしまっているのです。
  • [動画の再生数][映像生配信の同時視聴者数]の数値が少しずつでも増えていかないのだとしたら、[固定客<以外>が嫌う要因を改善せぬまま放置して突っ走っているから]にほかならない。 改善点を改善せぬまま、ダラダラ営業をしている飲食店は、やがてつぶれる。 [グダグダと長い映像生配信]や[多すぎるTweet]によって時間が奪われることを嫌って去っていった人たちは、目覚めてはくれないだろう。 この逃げた視聴者の中に、本当に目覚めるべき人たち、眠れるスターシードが大量に含まれているのかもしれない。 というより、眠れるスターシードは、そもそも自分軸がしっかりしているので、[グダグダと長い映像生配信]や[多すぎるTweet]に触れない。 情報拡散のためのメディア〔ばいたい〕として、YouTube、Twitterを選んでいる時点で、大筋において負けているように思う。 そういう目立った活動ではない、静かなる部分で、覚醒は広がり、大きな進展を見せている。 こちらが主流ではないかと、私はにらんでいる。
  • [チャンネルとしての成長・進化][情報拡散力の増大過程]が止まった状態にある情報拡散媒体は、思い切ってバッサリ切り捨てるのがよい。 受け手が少しずつでも増えていかない媒体は、死んだ媒体である。 その媒体で真実情報の情報拡散を行なっても、[頑張っている気分]にはなれるけれども、実際には[もうこのままのやり方では今後の発展は難しい]というのが実際であろう。 いったん戦略を練り直す必要がある。
  • [映像生配信やそのアーカイブ動画]の場合、尺の総計が長すぎて〔1時間のアーカイブを1か月分だけ追いつくためには30時間も費やすことになる〕、たとえば[1時間の映像生配信のアーカイブ]が30本だけあったと仮定しても、視聴者に[どうせ追いつけない]という絶望と諦めを感じさせるだけであろう。 [映像生配信やそのアーカイブ動画]の尺の合計が何十時間で、しかも毎日、映像生配信 だったら、誰でも追いつくことを諦める。 これは、長期欠席で授業の進度について行けない子供のような状態である。 このように[置いてきぼりを食らう人たち]を大量に生み出してしまうような情報発信のあり方だったら、それは愛のない情報発信のあり方である。 取り残される人たちを最小化する、愛にあふれた情報発信のあり方。 それは、重複コンテンツをもたない、練り込まれた記事で満たされたブログ、あるいは、動画〔映像生配信ではない〕だと思う。 この時間がない状態では、極論すれば、書籍やDVDなど、しっかりとパッケージ化された、お金を出すに値するクォリティをもつコンテンツに的を絞ったほうがいいかもしれない。 それは、グリア博士の書籍やDVD、あるいは、グレゴリー・サリバンさんの書籍などだろう。
  • [映像生配信やそのアーカイブ動画]も、[TwitterのTweet]も、流しそうめんのように、情報が流れていってしまうので、いったん置いてきぼりになってしまった人たちは、追いつこうという気力がなくなる。 [映像生配信やそのアーカイブ動画][Twitter]による真実情報の情報発信は、取り残される人を大量に生んでしまう。 だから広がりが小さい。 [置いてきぼりを食らう人たち]を大量に生み出してしまうような情報発信のあり方だったら、それは愛のない情報発信のあり方である。
  • ボリュームが小さい情報群だけれども、目覚めていくための必要情報が過不足なく入っている。 そういうコンテンツを厳選しないと、間に合わない。 [映像生配信やそのアーカイブ動画][Twitter]など、流しそうめんのように、情報が流れていってしまう情報媒体において情報発信が[乱発気味]に行なわれている状態だと、[ついて行ける人][ついて行けない人]の分断を生むだけであろうし、[過去へさかのぼるべき映像生配信のアーカイブ動画の本数][過去へさかのぼるべきTweetの数]が多すぎて、外側へ意識が向かい、むしろ逆効果になる。 情報量の削減。 コンテンツの高密度化・高品質化。 つまり、コンテンツの作り込みにこそ、念を込める。 念入りに作り込む。 入念に事を運ぶ。

有名人の周囲にたむろしたがる連中は外側志向で依存心が強い|YouTubeのモデレーターになっている階層はアセンションにおいて置いていかれるグループだよ

YouTubeのモデレーターって、チャンネルの主という依存先に依存しているだけだと思う。 独立個人として、個が確立していれば、モデレーターにならないよ。

もちろん、段階というものがあると思う。 他者に協力して、光側の活動を盛り上げる活動も、素晴らしいんだよ、基本的には。

しかし、最終的には自立心を発揮して、自分が情報の発信者になることが理想だよね?  いつまでたっても、ひとさまの下で協力者という立場にいたとしたら、これまでの[闇側]が主催してきた奴隷社会と同じ。

つまり、のれん分けをさせてもらうつもりで、板前の修業のために入店するのと、いつまでたっても従業員の立場でいるのとでは、すべてが全く違うと思うんだよ。 もちろん、モデレーターがいなければ、大きなチャンネルは運営できない。 でも、モデレーターの犠牲の上に立ってチャンネル運営を行なうことの是非という問題は残るんだよね。

魂のジャーニー〔旅路、旅程〕は人それぞれであって、もちろん、宇宙の大原則として自由意思が重んぜられることは当然だよ。

けれども、その自由意思というものが、[いつまでたっても従業員の立場でいる]という感じの、依存心に満ちた〔自立心を欠いた〕考え方なのであれば、モデレーターは辞するべきだと思う。

モデレーターとして、有害なコメを消す行ないをいくらやっても、1人の情報発信として、何かを伝えていくスキルは向上しない。 そもそも、1人で立って何かを行なう回路と、ひとさまの協力者として協力する回路とは、完全に別なんだよ。 それは、モデレーターをやっていることによって、自分の成長・進化を犠牲にしてしまっていることを意味する。 また、真実情報の発信のためのネタの仕込みに費やすべき時間など、本当に芯を食った活動をするための時間が、モデレーターの活動時間によって奪い取られる。 つまり、トータルでマイナスなんだね。

真実情報を伝えたい場合、YouTubeで案内動画を出して、動画の下にある概要欄に、他の動画投稿サイトやブログへのリンクを張っておけばいいのよ。 YouTube以外だったら、{Rumble〔カナダ〕、Brighteon〔アメリカ〕、Odysee〔アメリカ〕、BitChute〔イギリス〕、Vimeo〔アメリカ〕、Dailymotion〔フランス〕、ニコニコ〔日本〕}という選択肢があるよ。

私だったら、{Rumble〔カナダ〕、Odysee〔アメリカ〕、BitChute〔イギリス〕}のどれか1つを選ぶよ。

そして、TwitterでTweetした内容をしっかりとした文章にまとめて、定期的にnoteやアメーバブログに記事を書けばいいのさ。

真実情報は、たいてい{Rumble〔カナダ〕、Odysee〔アメリカ〕、BitChute〔イギリス〕}{note、アメーバブログ}にあるよ。

そういう意味において、YouTubeのモデレーターなんかやってるヒマがあったら、本を読んで考え、内省し、風呂に入っているとき、おトイレに入っているときにヒントをもらう、そんな生活を早く始めたほうがいいといえる。

というか、自分のアセンション・プロセスが盤石ばんじゃくならモデレーターをしてもOKだけれども、そんな人は少ないよ。

まずは自分のアセンションをちゃんとする。 取り組むべきことに取り組む。 そちらが先決問題なんだよ。

外側の活動も、たいがいにしないと、内側がお留守になるよ。

そして、内側が充実してきたら、有名映像投稿者のモデレーターになるのではなく、自分でチャンネルを開いて動画投稿を始めるのも1つのあり方だ。

大事なのは自分の内側磨き。 これが本業。

光の活動って、結局、自分磨きに帰着するんだ。 自分磨きをすることが、潜在意識という意識の根っこを通じてジンワリと覚醒者を生んでいくことになる。

私たちの潜在意識はつながっているからね。

デモ行進?  悪くはないけど、内側からジンワリ感じるほうが、極端に言えば、百万倍の効果があると思うよ。 それは潜在意識に近い、深い意識からのジンワリだから。

表層意識的に、いかに活動しようとも、潜在意識は極端に言えば、表層意識の百万倍の効果があるからね。

世間に見せるために行動しても、それは表層意識だけのこと。 潜在意識からジンワリと変容する、そういう変容のあり方こそが、集合意識の変容として最も効果的。 これは、後戻りしづらい、重たい船がゆっくりと進むような感じだよ。 そのためには、個々が内面に意識を向けたほうがいい。 内省的になったほうが、いまは好ましい。

[頻繁な映像生配信][多すぎるTweet]は、人が内省する時間を奪う|それは成長・進化の妨害行為となる

結局、[頻繁な映像生配信]をする人って、レジュメ、構成台本なしにやってるから、内容が薄いんですよ。 それは、他者の時間・体力を奪う行為だね。

どうして映像生配信に頼るのかというと、 [動画編集が面倒だから]とか[構成台本を執筆する工程に自信がないから]とか、技術的な問題なのですよ。

動画のカット編集において[動画クリップを切り貼りした接続部分]以外を無劣化の状態で編集・書出できるWindows専用ソフトとして[TMPGEnc MPEG Smart Renderer 6]があります。 私もこれの[5]をもっていますけれども、書出においてトランスコード〔再エンコード〕しないので、書出が超高速で、画質・音質がまったく劣化しません。 スマホやカメラで撮影した動画素材をカット編集〔粗編集=不要部分をつまむ編集〕しておくと、作業が効率化できます。

可能な限り無劣化での編集を追求する次世代カット編集ツール TMPGEnc MPEG Smart Renderer 6 - ぺガシス: 概要

あとは、DaVinci Resolve〔Windows/macOS/Linux〕なり、Premiere Pro CC〔Windows/macOS〕なり、Edius〔Windows〕なり、Final Cut Pro X〔macOS〕なり、VEGAS Pro〔Windows〕なり、いちおうプロでも使っているグレードの動画編集ソフトを使うのがいいかもしれません。 プロ用は、ソフトウェアの開発終了のリスクが低いのです。

Adobe Premiere Pro CC2019 / 2020 / 2021
Apple Final Cut Pro X (10.2.3以降)
Magix Vegas Pro 14以降
DaVinci Resolve 16以降

※PluralEyes は、上記の対応アプリケーションのタイムラインシーケンス(XMLファイル)のインポート、エクスポートに対応します。

引用元: PluralEyes 4 - 映像音声同期ソフトウェア

動画編集を必要最小限にするためには、構成台本を映画の脚本のように完全に作り込んで、セリフを読み上げるような動画にするのが最も効率的。 この構成台本を執筆する工程において、情報価値の大半が決まる。

結局、構成台本の質が、コンテンツの質を決定づけているので、セリフを読み上げるような動画にする場合、演者はアナウンサー、声優、俳優など、ハッキリしゃべる訓練を受けてさえいれば、誰でもいいんだよ。

逆算して言い換えれば、構成台本の作り込みを経ていない段階で、映像生配信のアーカイブは、低質なコンテンツにしかならない。 そういうものを何百時間見せられても、得るところは少ない。

情報発信する側がラクをするってことは、受け手側が時間・体力の無駄をすることをいられるということになる。

グレゴリー・サリバンさん、グリア博士など、真実情報の専門家の書籍、あるいは、グリア博士のDVDとかを見たほうがいいのかもしれないよ。

そもそも動画それ自体が、文字で検索できない情報形式

文字検索でヒットして初めて、[他者から利用される情報]になるわけです。 動画〔以下、映像生配信のアーカイブを含む〕の内容を文字にしなければ、[何分何秒あたりでアレをしゃべった]がわかりません。 このタイプの情報は、時間が残されていない状態では、役に立たぬ情報です。

文字で検索できない情報は、再利用できないのです。

[学習を開始するタイミング][現在の理解度・進度][学習速度]の異なるフォロワーがちが、てんでんこに学習を進めていく。 この状態を想定したとき、最もラクで、最も便利な情報形式にする必要がある。 それは、動画視聴ではないのだと思う。 こういう場面では、文字で検索できる情報でなければ、意味をなさない。

しかも、文字情報は、音声言語の20倍以上で取得できるから、文字のほうが効率がいいんです。

  • [TwitterでのTweet]は[他者から利用される情報]には、なりづらいです。 Tweetが文字検索〔Google検索:ちなみに、DuckDuckGo はGoogleに買収されたそうです〕でヒットするのは、よっぽど重要なことを述べている場合だけです。 しかもTweetは、過去にさかのぼることが困難です。 いいかえれば、Tweetは流れ去る情報〔フロー情報〕であり、定点にいつまでも存在し続けるストック情報であるブログとは、情報のあり方がまったく異なるわけです。 Twitter社はAPIを改悪し、過去のTweetをスクレイピングできないようにしてあります。 Tweetをビッグデータとして利用する有料サービスの経済価値を侵害しないようにするため、一般人が無料でTweetを有効利用する道を、Twitter社は必死で遮断していっている状況です。 [Twitter自身とその類似のSNS〔Twitterおよび{SignalGETTRTelegramParler、Truth Social}など〕]は、情報がフロー型なので、いつもウォッチしていないと、流しそうめんのように情報がフローして〔=流れ去って〕しまうため、《1》SNS依存を生み、《2》SNSでの滞留時間が延びれば、それが覚醒者に必要な内省の時間をつぶしてしまうわけです。 [《1》フロー型のSNSは情報を見逃したくないという欲を刺激されるため依存心が刺激される][《2》SNS依存による時間の無駄からの個々人の内省の時間を奪い取る]という、大きく言ってその2点において、Twitter系統のフロー型SNSは、情報発信ツールとしてはダメなのだと思う。
  • 平和な時代なら、それでもいい。 しかし、アセンションが落ち着くまでの激動の時代、いいかえれば、乱世には、こういうSNSは、使い方を限定しなければいけないだろう。 みんなそれぞれに、心を内側に向ける必要のある時期だからね。 内省の邪魔をするような[真実情報の発信]だったら、逆効果でしょ?  気づきを定着させる内省がないから、カンタンにブレて、覚醒しても逆戻りするわけでしょ?  内省時間を奪うことが覚醒の妨害行為になる。
  • そもそも、Twitterは人間の動向、人間の感情を[闇側]が把握するために使われている、[闇側]のツールという側面をもつ。 Twitterに投稿することは[闇側]にエサをやるようなことになる。 そしてTwitter民は、人種というか階層が、とても偏っているよ。 要は、他人軸で依存心が強く、覚醒しそうにない感じの人たちがけっこう集まっているのがTwitterという世界であるような気がする。 Twitter民で、覚醒するべき人たちは、すでに覚醒してしまい、Twitterは、すでに開拓を終えた、ビミョーな土地だと思う。 つまり、従来とは角度を変えて情報発信をするべき時期が、現在という時なのだと思う。
  • Twitterは、Retweetによって、重複コンテンツがものすごく多いので、情報収集の効率がとても悪いように感じる。 この効率の悪さが、SNSに滞留している時間を延ばし、SNS依存〔Twitter社への広告収入の増大〕を生んでいる原因となっている。 また[まだ目覚めていないけれども、目覚めやすい、自分軸がしっかりしている階層]は、SNSに滞留している時間が延びることを嫌って、SNSに近づかないか、SNSをすでに断ち切っている。 結局、SNSに依存していて、まだ目覚めていない人たちは、最も目覚めにくい階層の1つである可能性がある。 そもそも、情報発信はMECE〔重複なく漏れなく〕でなければならない。 だって、MECEでないと効率が悪いだけでしょ?  [頻繁な映像生配信][多すぎるTweet]が嫌われるのは、重複コンテンツだらけで、効率が悪いからだよ。 自分の時間を大切にする人は、本を読むと思う。 つまり、本というかたちでまとまった情報を得ていったほうが、覚醒につながりやすい。 いいかえれば、インターネットだけで情報拡散しても、受け手が覚醒する可能性にかんして、歩留まりがとても悪いように思う。 結局、既存の書籍を盛り上げるとか、説明のうまい講演者を盛り上げるとか、周囲が[その道のプロ]を盛り立てていく脇役になることも必要だろうと思う。

MECEミースィーMutuallyミューチュアリィ Exclusiveエクスルクルースィヴ andアンド Collectivelyコレクティブリィ Exhaustiveイグゾースティヴ重複ちょうふくなく漏れなく〕のかしら文字
・ME:お互いに排他的であり〔要素が重複していない、カブっていないということ〕
・CE:全体として合わせたとき、尽くし切っている〔漏れがない、抜けがない〕

Slidevでスライドをサクッとつくり、スライドを見せながら解説を加え、OBSで録画して5分以内の短くて内容の濃い動画を、内容においてMECEミースィーに出していくのが、動画を通じて真実情報を発信していくスタイルとして理想形の1つだろう

Slidevがプレゼンソフトの決定版|まだパワポで消耗してるの?|Slidevは、Node.jsがインストールされたWindows機/macOS機/Linux機で動く|SlidevはPowerPointの市場を破壊するのでGoogle検索で逆SEOがかかっている · ゆきんこの勉強法 | 自修人

ダウンロード | OBS

[画面をキャプチャー映像生配信・録画して解説を加えていく点]において、スライドを使ったプレゼン形式の動画の作り方は、ゲーム配信・ゲーム動画の作り方とまったく同じだよ。

したがって、ゲーム実況のノウハウを調べていけば、スライドを使ったプレゼン形式の動画の作り方がわかる。

覚醒のテキスト

こういった本を題材に、著者の許可を得て、インターネット上で勉強会をするのが早いと思います。

インターネット上の情報には、[真実情報に微妙にウソが混入した情報]が山ほどあり、インターネットから真実情報を得るのは、かえって危険です。

いいかえれば、インターネットを通じた情報発信をするよりも、インターネットは、真実情報がある場所を教え合う、情報交換に徹したほうがいい。

もしもインターネット上で情報発信をしたいなら、[体系立った構造のブログで行なう]あるいは[テーマのハッキリした5分程度の短尺動画を体系立ててつくっていく]のがよいでしょう。

そして何よりも、よく作り込んだ[書籍]が一番であり、電子書籍を安価にて販売するのが、1つの安定的な方法でしょう。

★■★■ディープステート 世界を操るのは誰か

★■★■ホログラム・マインドI 宇宙意識で生きる地球人のためのスピリチュアルガイド (veggy Books)

★■★■ホログラム・マインドII 宇宙人として生きる (veggy Books)

★■★■非認可の世界 世界最大の秘密の暴露


結局、[映像生配信][Twitter]に頼った、[作り込んで内容を濃くする工程]を通過していない情報を発信することは、受け手の内省の時間を奪い、覚醒者増大に対して、必ずしもプラスになるとはいえないでしょう。

覚醒者というのは、独立個人であることが前提となるでしょう。 独立個人でないから、職域接種に応じてコロナワクチン接種を受けてしまったわけです。

それで、[映像生配信][Twitter]でファンを惹き付けておく、という発想は、[闇側]と同じ支配・被支配、被依存・依存という、共依存の構造を生むわけです。 そいれは、独立個人である覚醒者を増やす動きとは、ベクトルが逆でしょ? 

結局、情報発信をして、受け取ってもらい、あとは自分でじっくりとそれを消化・吸収し、発酵させ、定着させていくための内省的な時間が必要となる。 そのためには、中身の濃い、作り込まれた情報コンテンツが必要なのです。 それは、[映像生配信][Twitter]に頼った、情報発信では無理です。 [中身が薄い]=[覚醒に至らしめるほどの説得力をもっていない]からです。

真実情報を消化・吸収し、発酵させ、定着させていくための内省的な時間を経た、ブレない覚醒者が核となって、そこから覚醒の波が共通潜在意識を通じて、ジンワリと広がることによって、世の中が相転移していくのだと思います。

在日特権関連の書籍

★■★■余命三年時事日記ハンドブック

★■★■余命三年時事日記 外患誘致罪

★■★■余命三年時事日記

★■★■余命三年時事日記2

「ワクチンで死ぬ子供たち」ナカムラクリニックさんの削除されたブログ記事ご紹介

「ワクチンで死ぬ子供たち」ナカムラクリニックさんの削除されたブログ記事ご紹介
宙船(そらふね) / 中島みゆき【弾き語りカバー1発録り】


新型コロナウイルスに関係する内容の可能性がある記事です。
新型コロナウイルス感染症については、必ず1次情報として厚生労働省や首相官邸のウェブサイトなど公的機関で発表されている発生状況やQ&A、相談窓口の情報もご確認ください。またコロナワクチンに関する情報は首相官邸のウェブサイトをご確認ください。※非常時のため、すべての関連記事に本注意書きを一時的に出しています。
ワクチンで死ぬ子供たち
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4,085
中村 篤史/ナカムラクリニック
2021年9月17日 16:04
コロナワクチンを打った高校生のなかには、すでに死亡者が出ている。しかし今のところ、マスコミで報道されていない。無論、報道規制である。当局にとって、いわば、今が「かきいれどき」である。イケイケどんどんで、とにかく若年者にワクチンを打ちまくりたい。打ちまくって、若年者の接種率を上げたい。こんな重要なときに、マスコミが高校生の死亡を報じては、大きな騒ぎになり、ワクチン接種がストップしてしまう。だから、報じない。
しかし僕はマスコミではないので、当局には忖度しない。だから、ここに紹介する。
N高校2年生「先週土曜日、同じ学年の友人がワクチンを打って亡くなりました。バスケ部所属で、持病なんて何もなかったと思う。
夏休みにファイザーの1回目を打って、ちょっと前に2回目を打った。亡くなったのが土曜日で、月曜日には学年で黙祷をしました。
化学の先生が「もう20年以上教員やってるけどこんなふうに生徒が死んだのは初めてだ」と悲しんでいました。
あくまで僕の感覚で正確なアンケートをとったわけではないけど、1クラスに5人は副反応で休んでいる印象です。2回目はやっぱり副反応がきつくて、学校側もリモートで授業に出れるようにするとか、何かと配慮しています。欠席がかさむと大学の推薦をもらうのに差し支えたりするので。
あと、2日前に1年生が亡くなったって話も聞きました。夏休みにモデルナの1回目を接種して、2回目を最近打ったと聞いています。友達ではないので、名前とか詳しいことは知りません。
うちのクラスは40人いて、2回接種済みの人が7人、1回接種済みの人が15人以上はいると思います。僕は絶対打たない。でも、かといってクラスメートに「絶対打っちゃダメだ!」と説得するわけでもないですが。
塾に行ってるので、他の高校の話も聞こえてきます。K高校の友達が、高1で1人死んだ人がいると言っていたし、M高校の友達も高3で1人死んだのがいるって言っていました。
だから僕は、彼らと約束したんです。「俺ら絶対ワクチン打つのやめとこうな」って。“ワクチン打たない同盟”です(笑)
中等部のことは詳しく知らないけど、副反応でずっと休んでる子がいる、という話は聞いています。まじめな女子で、皆勤賞だった子が、夏休み以来一度も登校してないって。zoomでも授業参加してないっていうから、入院してるのかもしれません」
診察に来た高校生とちょっと話しただけで、ワクチンで死んだ生徒の話がポンポン出てくる。各私立高校で1,2人の死者が出ているとすれば、全国的には相当数の高校生が死んでいると思われる。
あのワクチンを大事な我が子に打たせるということは、まず、コロナ脳の親に違いない。単純にテレビの言うことを信じていてワクチンの危険性をまったく知らなかったか、あるいは危険性について多少風のうわさで聞いていても、「打つリスクと打たないリスク」を天秤にかけ、打つことに決めたか。
いずれにせよ、親は善意である。つまり、よかれと思ってワクチンを打った。結果、我が子を失った。
こういう不幸をひとつでも減らさねばならない。そのために、日々ブログで情報発信したり、休日は講演会に捧げている。しかし残念ながら、僕の住む神戸の市長はこんな具合である。
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「若年者の接種率が低い!けしからん!」と言わんばかりである。
高校生に死亡が多発していることは市長の耳には届いてないのか、あるいは死亡例のあることを知りながら推進しているのか。
市長のツイートのすぐ下に、リツイートで「健康な10代男性は新コロに感染して入院するより、ワクチン副反応で入院する確率が3~4倍高い」という研究が紹介されているが、市長はこういうリツイートに目を通しているのだろうか。
ワクチン接種により若年男子に心筋炎が多発することについては、ずいぶん前から指摘してきた。厚労省に嘆願書を提出した後に記者会見をしたが、そのとき使ったスライドでも心筋炎のリスクを話していた。
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しかし、市長がワクチンの宣伝マンになって積極的に接種を勧めているのだから、僕のような末端がどれだけわめいても、焼け石に水である。
患者からも「未来に希望を持てない」という声がしばしば聞かれる。
30代女性
「私は打たないですよ、もちろん。ワクチン関係の情報は常にチェックしていますから。
でも情報を追いかけ過ぎかもしれません。日常生活で嫌なことがあると、全部コロナとの関係を疑う癖がついてしまいました。
たとえば、私、鼻が敏感で、ワクチン接種者のにおいが分かります。のどが痛くなって目がかゆくなります。
コロナの少し前から、香害ってことが言われていましたよね。洗剤とか柔軟剤にものすごい強烈な匂いのするものがあって、私なんかはすごく困るんですけど、ああいうのも策略かもしれない。ワクチン接種者から発散される匂いをごまかすためじゃないか、って。考え過ぎだろうって思うけど、最近はニュースをそういう目で見てしまいます。
たとえば塩野義の組み換えタンパク質ワクチン。
スクリーンショット (2383)
昆虫の遺伝子を組み込んだ新しいタイプのワクチンってことだけど、ほら、日本ではワクチンはまだ強制になってないでしょ?それは、中国のためなんです。全員強制にしてファイザーやモデルナを1回でも打ってしまうと、この新型の昆虫ワクチンの正確な評価がしにくくなる。だから、まだ強制にしていないのかな、って。
しかし先生、この昆虫ワクチンとファイザーとかのmRNAワクチン、どっちがマシでしょう?ワクチンに昆虫の遺伝子を使うっていう発想は新しいものではなくて、実はHPVワクチンにも使われてるんですね。だからHPVワクチン打った私の友人は、打って以後、虫に刺されたらものすごく腫れるようになってしまって。交差抗原みたいなものかな。
スクリーンショット (2384)
ムーンショット計画って、陰謀論でも何でもなくて、普通に内閣府のHPに載ってるけど、あれもワクチン接種と密接に関係していると思う。
Moonshotのmoonって、空に浮かぶ月のほうの月じゃなくて、1か月2か月のほうの月(month)じゃないかな。毎月shot(ワクチン注射)を打たれる、って意味かもしれない。
目的は、もちろん、思考のコントロールです。ある種の昆虫は、体内に寄生虫が侵入すると、異常行動をする。体表に派手な模様が出現し、自分から進んで捕食者のもとに行く。わが身を差し出す奴隷のようになるんです。
ファイザーの寄生虫入りワクチンや、塩野義の昆虫ワクチンを打たれた人も、そんなふうになるんじゃないかな。自分の思考がもはや自分のものではなくなって、何のために生きているのか分からなくなって。。。いっそ、自分が自分であるうちに死んだほうがマシなのかなと思う。
私、怖いんです。ゲルマニウムと漢方のおかげで、ものすごく元気になりました。せっかくこんなに元気になったけど、仮にワクチンを打てば、きっとまた体調を崩すと思う。いつ強制ワクチンになるかと思うと、本当に怖くて。それでいろいろ考えてしまうんです」
さすがに考えすぎ、というのもあれば、けっこう当たってそう、というのもあるね。真偽はともかく、moonshot=毎月のワクチン注射、という解釈はおもしろい。「抗体は2か月で半減」というニュースがあったけど、月1でワクチン注射というのは荒唐無稽な話ではない。というか、普通にあり得ると思う。
確かに、知れば知るほど、「希望なんてない」ということが分かる。でも、だからといって、諦めて声を上げることをやめれば、本当に終わってしまう。
まず、子供たちがワクチンで実際に死んでいる。この事実を前にして黙っていることなんてできない。こういうのは、本来マスコミがやるべき仕事のはずだけど。

引用元: ワクチンで死ぬ子供たち|中村 篤史/ナカムラクリニック|note