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自我と和解する|Reconcile With Your Ego

覚醒し次元上昇シフトするのだと決意する|Determine To Wake Up And Ascend

2018/12/10 三人の会「オリオン大戦」ダイジェスト版 - YouTube

100パーセント手放す|Release It One Hundred Percent

この三次元世界に決別すると決めた場合には、徹底して妥協なく自分軸を貫くことが大事である。 「99%ではいけない」「100%である必要がある」ということ。


自分に意識を100%向けたときから、覚醒へ向けての歩みが始まる。

自分に意識を100%向けないかぎり覚醒することはできない。

外側に意識を向けてる限り絶対に覚醒しない。

したがって、自分に意識を100%向ける。

いいかえれば、360°(全方向)、つまり、すべての分野、すべての事柄について、妥協なく自分軸を貫くことを徹底する。

世間に合わせない。

外側に同調しない。

周りに同調しないことが、一番早く目覚める道である。

周りに同調し、外側の反応に一喜一憂しているかぎり、目醒めることはできない。

「世間体」などの外側を向いている意識を、すべて100%捨て去る。


ジャッジメントがなぜ発生するのかを考えたとき、二元性に行き着いた。

善も悪もない状態から、善と悪とに二分が生じた。 これが分離である。

善の方はイエスだが、悪の方はノーである。 こうした選り好みがジャッジメントの元になっている。

ネガティブな感情が悪である。

ポジティブな感情が善であり、ポジティブな感情しか受け入れるに値しないと考える。

そのジャッジメントの元になっているのが二元性デュアリティである。

私たちは眠る時に二元性デュアリティを抱え込んで眠ってきた。

したがって、善の肩をもつとか、悪の肩をもつとか、どちらかに加担するようでは二元性デュアリティの磁場から離脱出来ないという理論的な道筋が見えてくる。

ジャッジメントの本質は、善や悪、光や闇、聖や邪といった次元要素のどちらかだけに肩入れをし、どちらかだけを選り好みする、そういった片方だけを愛する気持ちがジャッジメントの本質なのではないかと思う。

善と悪の統合、光と闇の統合、聖と邪の統合といったものを具現化するためには、両側の立場から公平・平等に事態を観察する力をつけなければならない。

自分軸を定めているニュートラルな位置、ゼロポイント、ダイヤモンドの位置に、すぐさま立ち戻る必要があるのだ。


マインドとスピリットを対立構造のように捉えているスピリチュアリストがいる。

マインドがでしゃばっているかぎりはけっして覚醒しないという脅しの文句をいう。 それも事実ではあるが、どうしてそのような分離的な説明しかしないのであろうか?

つまりマインドにはマインドなりの必要性があるから、マインドが私たちに具わっているわけである。

スピリットに目醒めることだけが素晴らしいことといったようなジャッジメントを行っているようでは、いくら不思議な魔法を身につけたところで、どこかでトラップにはまって抜け出せなくなると思う。

大事なのは理性だと思う。 理性はマインドだ。

事態を第三者の客観的な目で見る。 これを見ている自分はマインドの自分だ。

どうしてマインドだけを毛嫌いして悪者にするのだろうか?

スピリチュアリストの異常性を感じる時がある。


高次の世界に二元性デュアリティは存在しないであろう。

つまり高次に行けば行くほどジャッジメントは弱くなっていく。

みなもと〔ソース〕に至っては完全なるノージャジメントであろうと思う。

地球での極端な二元性デュアリティの設定は、この地球での「コントラストの体験」をより効果的にするための、人工的な設定であったのだと思う。 いずれにしても、この設定は「眠りの磁場の設定」にすぎない。

私たちは二元性デュアリティを離れ、ノージャッジメントの世界に移行しなければならない。

体験のためでなく覚醒と次元上昇シフトのために|Not For Experience But For Awakening And Ascension

幸せになることを目的として統合しない|Never Integrate For The Purpose Of Being Happy

意図がすべてです|Intention Is Everything

深刻にではなく真剣に|Not Seriously But Earnestly

時間があるときはいつでも|Whenever You Have Time

統合は私の喜びです|Integration Is My Pleasure

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