●●●工事中●●●

こひしたふわよ|Kohishitafuwayo

恋ひ慕ふわよ〔こひしたふわよ:ここ地よい・かれる・しっくりくる/すっきりする・たのしい・に落ちる・クワクする・よろこびを感じる〕

恋ひ慕ふわよ〔こひしたふわよ〕
はハイヤーセルフの周波数
ここ地よい
かれる
しっくりくる/すっきりする
たのしい
に落ちる
クワクする
よろこびを感じる

(1)[こひしたふわよ]に沿って生活する

ハイヤーセルフは[こひしたふわよ]の周波数で常に振動している。

ハイヤーセルフのバイブレーションが[こひしたふわよ]の周波数なのである。

[こひしたふわよ]に沿って生活する。

それは「ハイヤーセルフの周波数」と「今の自分の周波数」とを一致させる実践である。

具体的には、日常生活のあれこれ〔波動〕を選択するとき、「こひしたふわよに一致したもの〔波動〕を採用する」「こひしたふわよに一致しないもの〔波動〕は採用しない」という生き方を忠実に続ける。

つまり日常生活の波動選択において、より高い波動を選択する。

(2)[こひしたふわよ]にそぐわない周波数が浮き上がってくる

[こひしたふわよ]に沿って生活していると、[こひしたふわよ]にそぐわない周波数が浮き上がってくる。

例えば、自動車を運転していて、危ない運転をするドライバーに対して怒りが湧いてくる。

この怒りを統合ワークで統合する。 つまり、怒りの周波数を「外す」。

※実際には、「自動車を運転していて、危ない運転をするドライバーにヒヤリとさせられる」のは、自分がその周波数で振動していた直近の過去があるから。 そのヒヤリ体験にはメッセージがある。 「直近で、どういう周波数を発して生活していたか」を振り返ってみる。 その直近周波数を統合して「改善」する。 そうすると、周波数が上がる。

(3)「浮き上がってきた周波数」=「古い地球の重たい周波数」を外す(統合する)

実際に統合ワークをおこなう。

統合前

ハイヤーセルフ
「古い地球の重たい周波数」

外していく対象
その他
嫌悪感
心配
恐れ
不安
無価値感
罪悪感
今の自分(底辺)

統合後

「ハイヤーセルフ」と「今の自分」との差を取るから、悟り(さとり)という。

※「ハイヤーセルフの周波数」と「今の自分の周波数」との差を取る。

つまり「ハイヤーセルフ」と「今の自分」とが直結した状態を悟り(さとり)という。

悟り(さとり)を得るためには、「古い地球の重たい周波数」を統合ワークによって「外す」ことをコツコツ繰り返していく。

ハイヤーセルフ
今の自分(底辺)

自我と和解する|Reconcile With Your Ego

目醒めて〔悟って〕波動上昇/覚醒シフト/アセンションするのだと決意する|Determine To Wake Up And Ascend

2018/12/10 三人の会「オリオン大戦」ダイジェスト版

100パーセント手放す|Release It One Hundred Percent

この3次元世界と決別すると決めた場合には、徹底して妥協なく自分軸を貫くことが大事である。 「99%ではいけない」「100%である必要がある」ということ。


自分に意識を100%向けたときから、目醒めへ向けての歩みが始まる。

自分に意識を100%向けないかぎり目醒めることはできない。

外側に意識を向けてる限り絶対に目醒めない。

したがって、自分に意識を100%向ける。

いいかえれば、360°(全方向)、つまり、すべての分野、すべての事柄について、妥協なく自分軸を貫くことを徹底する。

世間に合わせない。

外側に同調しない。

周りに同調しないことが、一番早く目覚める道である。

周りに同調し、外側の反応に一喜一憂しているかぎり、目醒めることはできない。

「世間体」などの外側を向いている意識を、すべて100%捨て去る。


ジャッジメントがなぜ発生するのかを考えたとき、二元性に行き着いた。

善も悪もない状態から、善と悪とに二分が生じた。 これが分離である。

善の方はイエスだが、悪の方はノーである。 こうした選り好みがジャッジメントの元になっている。

ネガティブな感情が悪である。

ポジティブな感情が善であり、ポジティブな感情しか受け入れるに値しないと考える。

そのジャッジメントの元になっているのが二元性デュアリティである。

私たちは眠る時に二元性デュアリティを抱え込んで眠ってきた。

したがって、善の肩をもつとか、悪の肩をもつとか、どちらかに加担するようでは二元性デュアリティの磁場から離脱出来ないという理論的な道筋が見えてくる。

ジャッジメントの本質は、善や悪、光や闇、聖や邪といった次元要素のどちらかだけに肩入れをし、どちらかだけを選り好みする、そういった片方だけを愛する気持ちがジャッジメントの本質なのではないかと思う。

善と悪の統合、光と闇の統合、聖と邪の統合といったものを具現化するためには、両側の立場から公平・平等に事態を観察する力をつけなければならない。

自分軸を定めているニュートラルな位置、ゼロポイント、ダイヤモンドの位置に、すぐさま立ち戻る必要があるのだ。


マインドとスピリットを対立構造のように捉えているスピリチュアリストがいる。

マインドがでしゃばっているかぎりはけっして目醒めないという脅しの文句をいう。 それも事実ではあるが、どうしてそのような分離的な説明しかしないのであろうか?

つまりマインドにはマインドなりの必要性があるから、マインドが私たちに具わっているわけである。

スピリットに目醒めることだけが素晴らしいことといったようなジャッジメントを行っているようでは、いくら不思議な魔法を身につけたところで、どこかでトラップにはまって抜け出せなくなると思う。

大事なのは理性だと思う。 理性はマインドだ。

事態を第三者の客観的な目で見る。 これを見ている自分はマインドの自分だ。

どうしてマインドだけを毛嫌いして悪者にするのだろうか?

スピリチュアリストの異常性を感じる時がある。


高次の世界に二元性デュアリティは存在しないであろう。

つまり高次に行けば行くほどジャッジメントは弱くなっていく。

ソースに至っては完全なるノージャジメントであろうと思う。

地球での極端な二元性デュアリティの設定は、この地球での「コントラストの体験」をより効果的にするための、人工的な設定であったのだと思う。 いずれにしても、この設定は「眠りの磁場の設定」にすぎない。

私たちは二元性デュアリティを離れ、ノージャッジメントの世界に移行しなければならない。

体験のためでなく目醒め〔悟り〕と波動上昇/覚醒シフト/アセンションのために|Not For Experience But For Awakening And Ascension

幸せになることを目的として統合しない|Never Integrate For The Purpose Of Being Happy

意図がすべてです|Intention Is Everything

統合ワークの内容などにおいて「複雑なプロセス」を経るものがある。

けれども、最も大事なものは意図〔いと:intention:インテンション〕である。

自分が「必ずこうしたい」「絶対にこうするぞ」という意図をもったときに初めて、そのワークが効力を発揮するわけである。

統合ワークなどで「複雑なプロセス」を正確にトレースすることより、「必ずこうしたい」「絶対にこうするぞ」という気持ちの部分を大事にしたほうがいい。

要は、細部にまで気を配り、正確にワークをすることよりも、気持ちが大事だということである。

気持ちを乗っけてやれば、細かい部分が多少間違っていても大丈夫である。

深刻にではなく真剣に|Not Seriously But Earnestly

時間があるときはいつでも|Whenever You Have Time

統合は私の喜びです|Integration Is My Pleasure

 
Where Am I?
comments powered by Disqus