品詞について

そもそも日本で英語教育が始まったのは、ロスチャイルド家による日本支配が始まった幕末からです。

英語教育は、ロスチャイルド家による日本の植民地化と密接に関係しています。

世界への英語の広がりは、ロスチャイルド家による世界の植民地化と密接に関係しています。

世界の植民地化とは、ロスチャイルド銀行本店(=国際決済銀行 - Wikipedia)を世界各国に武力で広げていく運動だったのです。

いわば「武力を背景に、世界を中央銀行の支店網によって、金融的に囲い込む運動」が帝国主義・植民地主義です。

G20に日銀総裁と財務大臣が呼ばれるでしょ?  あれは「ロスチャイルド銀行の各支店(=各国の中央銀行)の会議(指令を受け取るミーティング)」なのですよ。 つまり、黒田氏、麻生氏は、ロスチャイルド家のロボットです。

BIS(国際決済銀行)がロスチャイルド銀行本店で、日銀がロスチャイルド銀行日本支店、FRBがロスチャイルド銀行アメリカ支店なのです。


どうして、こういう「トンデモ」「陰謀論」とされることを書くのかというと、ロスチャイルド家による世界支配が、すでにあらかた崩壊し、あとは仕上げの段階に入ったので、書いても大丈夫になったからです。

それで「英語を勉強する意味あんのかよ?」という疑問については、「そこまでない」と思います。

英語が嫌いだったら、英語を勉強するよりも、もっと面白そうなことを勉強してください。

英語学習なんぞは、その程度のものです。

AI、ICT/IoT、ロボットによって、世の中の労働形態が大きく変わり、人間に求められる能力も大きく変わると思います。

囲碁の世界チャンピオンを、Google AIが打ち負かした件がありましたね? 

日本のプロ将棋界で、将棋ソフト不正使用疑惑がありましたね? 

囲碁・将棋といった領域では、すでにAIが人間と同等、または、人間を凌駕する領域に到達しているのです。

AI(人工知能)の何がスゴいのかというと、学習のスピードが高速であり、しかも寝ないで学習をし続ける点がスゴいのです。

語学力についても、大筋において、人間よりもAIのほうが有望です。

AIの「学習し続ける」という性質によって、人間はカンタンに打ち負かされることでしょう。

したがって、語学の価値が「ない」とは申しませんけれども、語学の堪能な人が、AIによってリプレイスされる可能性は、かなり高いと予想するのが自然でしょう。

いいかえれば、語学力が職能たりうるか? といえば、職能を支える一助になる部分もあるけれども、語学力があるからといって、それがすなわち、他の人たちに対しての優位性を大きく高めるかというと、たぶんNOです。

だって、AIを応用したサービスを使えば、語学力のある人が優位であっても、その領域に追いつくことができてしまうのですから。

Google翻訳が、昔と比べると、やや改善されています。 「データを収集し、改善され続けるシステム」(AIを応用している)は、かなり有望です。

「語学力が高くても、無能だったら意味ねぇし」ってことです。

有能な人が、AIを駆使して外国語の文献を調べまくって、ゴニョゴニョした結果、語学力の高い人よりも、よい結果を出すことは、十二分に考えられるのです。

したがって「英語を勉強する」ということに、過剰な時間・手間・資金をかけないことです。

語学への過剰投資は、身を滅ぼす、というふうに私は思っています。

量子コンピュータが実用化、量産化されるらしく、たぶんホスティング会社にも導入されるでしょう。

最初は企業向けの高額なプランでしょうけれども、量子コンピュータの量産化によって、一般の人が量子コンピュータをレンタルサーバーとして利用できる日も近いと思います。

そうなってからは、AIが及ばない領域にしか、人間の出る幕はなくなると考えられます。

だから言語学習(語学)に過剰な時間・手間・資金をかけないことです。 効率よくやりましょう。

そして、語学の専門家というのは、成り立たなくなります。

そういう点から、外国語大学というのも、進路としては、ちょっとアレだと思います。


ほとんどの日本の英語教師は、英語を話したり、英語を書いたりすることができないため、日本の英語教育は、英文を和訳をすることに終始します。

結局、日本の英語教育は、英文読解だけです。

したがって、英語の試験は、英文読解にまつわる問題が、大きなウエイトを占めます。

それは日本の英語教師が、英語のできない人たちだからです。

それをごまかすために、「中学課程や高校入試」では、「英熟語・英語構文にまつわる書き換え問題」「空所補充の英文法・語法問題」「英会話問題」などが加わり、余計に悲惨なことになっています。

それをごまかすために、「高校課程や大学入試」では、「英語構文にまつわる語句整序問題」「多肢選択式の英文法・語法問題」「英会話問題」などが加わり、余計に悲惨なことになっています。

日本の英語教育は、「試験によって、選抜する」ということのためだけに役立っており、日本で英語教育が実効的・実用的な「役立ち」を示す部分は、学習者の多大なる努力の割に、かなり少ないと思います。

つまり「学校の試験のための英語学習」「入学試験のための英語学習」を続けているかぎり、実効的・実用的な「役立ち」の少ない「苦行」が与えられるだけで、その「苦行」によっては、大した英語力はつきません。

英語力は「英作文をすること」「英語で発話すること」に帰着するのですけれども、「学校の試験のための英語学習」「入学試験のための英語学習」では、大した英語力はつきません。

和訳中心の英語教育では、大した英語力はつきません。

結局、大学で英語試験を入試問題として出題している人々など、既得権益の人たちを一掃しないかぎり、英語教育の改革は無理なんですね。

だから、文科省が「公教育と大学入試における英語科の廃止」を宣言し、英語教育を民間に全面委託しないかぎり、いろいろとアカンのですよ。


さて、現実問題に戻りましょう。

和訳をするときに、日本語と英語の品詞の対応を考慮しないわけにはいきません。

これまで「日英(日本語と英語)の品詞の対応」が明らかにされてこなかったのは、不備としかいいようがありません。

国文法では、助詞という「その他の項目」に何でも投げ入れてしまっており、助詞の中に細目があるという惨状です。

「助詞」という仮説は、いったん取り壊して、諸外国語との文法的な整合性を高めた、「ちゃんとした国文法」をつくり直す必要があるのだと私は考えています。

日本語の「接続詞」は、英文法でいう副詞(俗に「接続副詞」と呼ばれるもの)にあたります。

※日本語の「接続詞」は、意味における(semanticな)接続詞であり、文法機能上の(syntacticalな)接続詞ではありません。 英文法の「接続詞」は、文法機能上の(syntacticalな)接続詞です。 このように、「同じ文法用語を使いながら、内容が違う」というのが、いちばん迷惑です。 この「接続詞」にかんしては、これをつくった人は、まったく文法を理解していないと思います。 文法というのは、構造を解き明かす領域であって、意味発生とは、直接には関係ないのです。 平たくいえば、日本語の「接続詞」と英語の「接続詞」は、水と油で、まったく関係ない項目なのです。 英語の「接続詞」は、日本語の「助詞」の中にあります。

※英文法の「補語」と、漢文の「補語」は別物で、まったく関係がありません。 このように、「同じ文法用語を使いながら、内容が違う」というのが、いちばん迷惑です。

※この不便、この不統一を「ちゃんとする」必要があると思います。

ですので、外国人が国文法を学んだとて、日本語ができるようには、けっしてなりません。 国文法は、実用的ではないのです。

国文法には、そのような問題がありますので、高校入試などで、国文法を前提とする出題を取りやめる必要があると思います。

また中学課程から国文法の項目を削除し、「大人の日本語」を耳で覚えるような授業、あるいは、大人としての作文力をつける授業にしないと、「国語では何を勉強してるのだかわからない」という状態が続くことになるでしょう。

―― 英文法の品詞名 国文法の品詞名
主語や目的語になる
=体言
名詞(01英) 名詞(01国)
代名詞(02英)
述語を構成する 動詞(03英) 動詞(02国)
助動詞(04英) 助動詞(03国)
補語や修飾語になる 形容詞(05英) 形容詞(04国)

※ラ変動詞「あり」
を含有しているので
単独で述語になれる
形容動詞(05国)

※ラ変動詞「あり」
を含有しているので
単独で述語になれる
体言を前置修飾する
活用しない形容詞
冠詞(06英) 連体詞(06国)
体言以外を修飾する
(修飾語になる)
副詞(07英) 副詞(07国)
接続詞(08国)
助詞(09国)
体言(単語と句)に格を与える 前置詞(08英)
体言(節)に格を与える 従位接続詞(09-1英)
語句を並列分岐させる 等位接続詞(09-2英)
文法と関係なく割り込む 間投詞(10英) 感動詞(10国)

英語の「接続詞」|4+1

英語の「接続詞」は、5つぐらいあると考えてよいでしょう。 こうやって整理すると、英文法学習の学習期間が、グンと短くなります。 工期短縮・効率化は、とても大事です。

(1)名詞節を導くもの(従位接続詞の一部)

従位接続詞のうちWIT〔whether、if、that〕は「副詞節を導く」かつ「名詞節を導く(このときif〔=「~かどうか」の意味〕)」という性質をもちます。 従位接続詞が名詞節を導くケースは、前文の赤文字部分だけです。

(2)名詞節を導くもの(間接疑問)

疑問代名詞〔who、which、what〕と疑問副詞〔where、when、why、how〕が名詞節を導いているとき、この表現を間接疑問といいます。

(3)副詞節を導くもの(従位接続詞の大部分)

「従位接続詞+名詞節」=「副詞節」となる。このとき名詞節は、従位接続詞のせいで格を帯びている。

いいかえれば、このとき従位接続詞は、名詞節に格を与えている。

「従位接続詞+名詞節」=「副詞節」という形式は、名詞節という体言が、格を帯びることによって副詞化されたものである。

従位接続詞の多くは、このように、名詞節を副詞節に品詞転換するものである。

「副詞節を導く従位接続詞」は前置詞と同じ職能をもつ。

「副詞節を導く従位接続詞+体言(名詞節)」によって、体言(名詞節)が格を帯びて副詞化される(副詞節の完成)。

「副詞句をつくる前置詞+体言(名詞句)」によって、体言(名詞句)が格を帯びて副詞化される(副詞句の完成)。

※一般に「名詞句」という言葉を使うときは、「名詞節以外の体言〔名詞相当〕」をすべて含んでいるのだと考えてください。

※wh-語であるような、関係詞の後ろに、-everを付けたものを、複合関係詞といいます。 具体的には、関係代名詞〔who、which、what〕、関係副詞〔where、when、why、how〕の〔カッコ〕の中身の後ろに-everを接尾辞のようにして付けてください(ハイフンは取り去ります)。 これら複合関係詞は、多くは副詞節を導き、たまに名詞節を導きますので、これら複合関係詞は、従位接続詞の一種だと割り切ってください。 「複合関係詞は従位接続詞と見なす」で一丁上がりです。

※英文法書のトリックを1つお教えしましょう。 英文法書は、けっして「名詞節を導く語句」「形容詞節を導く語句」「副詞節を導く語句」という観点から章立てをしてありません。 関係詞、疑問詞、接続詞など、見出し語の品詞ごとになっている。 つまり、「なに節を導くのか」という逆引きができないようになっているわけです。 ここに大きなトリックがあるわけです。 「名詞節を導く語句」「形容詞節を導く語句」「副詞節を導く語句」から整理したほうが、明らかにシンプルになります。 そうしないのは、英文法の授業を長引かせたいとか、そういう俗な欲望があるからかもしれません。

(4)形容詞節を導くもの(関係詞)

関係代名詞〔who、which、that、what、as、than、but〕と関係副詞〔where、when、why、how、that〕を合わせて「関係詞」と総称する。

関係詞は「形容詞節を導く(形容詞節を形成する)従位接続詞」と見なしてもよい。

who、which、what、where、when、why、howを「wh-語」と総称することがある。

「wh-語が名詞節を導く」ものが間接疑問。

「wh-語が形容詞節を導く」ものが関係詞。

間接疑問や関係詞をなしているwh-語を、従位接続詞と見なしてもよい。

名詞節を導く関係詞は、先行詞コミで考えた特殊ケースだから、「関係詞は形容詞節を導く(形容詞節を形成する)」「形容詞節を導く(形容詞節を形成する)主体は関係詞以外に存在しない」と覚えてよい。

(5)等位接続詞(and、or、nor)

この接続詞だけ「節の形成」に関与しないという点で性質がちがいます (5)等位接続詞(and、or、nor)は、接続詞ではなく、分配詞(distributor)、または、分岐詞(divider)とでもよぶべき品詞である。 接続しているのではなく、数学の分配則を適用するとき(a(b+c+d)=ab+ac+ad、(b+c+d)a=ba+ca+daなど)に、語句と語句とを並列つなぎにするために使う「仕切り」である。 but、so、for、yetを等位接続詞に含める人もあるけれども、(1)「そもそも、これらは接続副詞(副詞の一種)と見なしていい場合が多い」、(2)「等位接続詞として機能している場合にも、英語構文や英熟語といった慣用表現の中だけである」という2つの点から、「こんなものは、等位接続詞として覚えなくて大丈夫」という結論になります。 覚え方として、「or回路、nor回路、and回路、nand回路」はあるけれども「but回路、so回路、for回路、yet回路」などは存在しない。 「だから、等位接続詞は、and、or、norだけ覚えときゃいい」と覚えておくのです。 等位接続詞の重要な用法は、分配則だけですから、but、so、for、yetが等位接続詞か接続副詞かということは、文法学習においては、trivialな問題(「くだらないから無視していい問題」を丁寧語にしたもの)です。

(0)格詞(casal)は私の造語です。

下記の囲みのように、「something+体言〔名詞相当〕」という表現形式において、体言が格を帯びた結果、副詞化または形容詞化される。 このときのsomethingにあたるものが格詞(casal)なのです。 格詞(casal)になる英語の品詞は、前置詞、関係詞、等位接続詞です。 日本語の格詞(casal)は、格助詞などの助詞を含めて、「体言〔名詞相当〕+something」におけるsomethingのことで、まだ品詞としてまとめられていない部分が大きいと思います。 日本語の格詞(casal)は、体言〔名詞相当〕に対して後置(こうち)されることから、広く見て「後置詞(こうちし)」だといえます。

格詞(casal)の4パターン 「前置詞+体言」=形容詞句
「前置詞+体言」=副詞句
「関係詞+体言」=形容詞節
「従位接続詞+体言」=副詞節

節(clause)

節(clause)というのは、文中文(文の中のプチ文)であり、文中分は「名詞節、形容詞節、副詞節、同格節(前置された体言をいいかえる節)、挿入節(修飾先をもたない遊離した副詞節)など」に分類されます。 初期の文法学習において、とくに意識しておくべきなのは、「名詞節、形容詞節、副詞節」の3つだけで、私から見ると、「最初から形容詞節」「最初から副詞節」というものは存在しません。 「名詞節、形容詞節、副詞節」のどのケースも、ベースとなっているのは名詞節で、名詞節が格を帯びた結果、副詞節になったり、形容詞節になったりしているだけです。

従属節(=主節でない節)をどう覚えるか (1)形容詞節を導くのは、関係詞(関係代名詞+関係副詞)だけである。
※「関係詞が名詞節を導く」という説明は本質的ではなく、「先行詞(名詞句)+関係詞が導く形容詞節」という全体で名詞節と見なす、ということでしかない。
(2)副詞節を導くのは、従位接続詞だけである。
(3)複合関係詞(-ever)は従位接続詞と見なせ。つまり、-everの節は副詞節か名詞節だ。
(4)あとは名詞節か、同格節か、挿入節である。
(5)そうでなければ主節である。
(6)名詞節なら、主語か補語(be動詞の目的語みたいなもの)か目的語か、3つに1つしかない。

その節が「なに節」なのかを見分けるためには、以上の項目を検討すればわかるはずです。 関係代名詞〔who、which、that、what、as、than、but〕、関係副詞〔where、when、why、how、that〕、従位接続詞、複合関係詞などについては、英文法書を参照してください。 私がわかりやすいと感じるのは『くもんの高校英文法|くもん出版』または『よくわかる英文法|学研』です。 ただし『くもんの高校英文法』は「すでに英文法がわかっている人が、全体をコンパクトに俯瞰する」のには向いていても、初学の人には向かないと思います。 といっても、わかりやすくかみ砕いてある英文法署は分量が膨大になってしまいます。

中学レベルなら、「すでに英文法がわかっている人が、全体をコンパクトに俯瞰する」のに向くのは『中1〜3/高校入試まとめ上手英語|受験研究社』です。 1から学習するのには、『中学英語をもう一度ひとつひとつわかりやすく。|学研』向いています。

●英文読解に必要と思われる主要な文法知識が、だいたい、以下の表の中にまとまっていると思います。 詳細は英文法書で学んでください。 英文法書には、下記のようなことがまとまって出ていません。

総称 名称 意味 諸注意
従属節
(従位節)
名詞節 名詞相当節 ●従位接続詞が導く
that、if(「~かどうか」)、whetherの3例
●関係詞が導く(間接疑問)
●先行詞コミの関係詞が導く
(先行詞+形容詞節=名詞節)
●複合関係詞が導く
(複合関係詞は従位接続詞と見なしてよい)
形容詞節 形容詞相当節 ●関係詞が導く
副詞節 副詞相当節 ●従位接続詞が導く
●複合関係詞が導く
(複合関係詞は従位接続詞と見なしてよい)




総称 名称 意味 諸注意
―― 名詞句 名詞相当句 ●2語以上で述語動詞を含まず「全体として名詞相当」なら名詞句
形容詞句 形容詞相当句 ●2語以上で述語動詞を含まず「全体として形容詞相当」なら形容詞句
副詞句 副詞相当句 ●2語以上で述語動詞を含まず「全体として副詞相当」なら副詞句
句動詞 動詞相当句 ●2語以上で述語動詞を含まず「全体として動詞相当」なら句動詞
e.g._wake_up
句前置詞 前置詞相当句 ●2語以上で述語動詞を含まず「全体として前置詞相当」なら句前置詞
e.g._in_front_of




総称 名称 意味 諸注意
―― 前置詞句 ●前置詞+名詞句=前置詞句
●「前置詞が導く句」が前置詞句
●形容詞句相当になる場合
●副詞句相当になる場合
●「前置詞+名詞句」の「名詞句」を「前置詞の目的語」という




総称 名称 意味 諸注意
準動詞 不定詞
(不定法)
●to + 動詞の原形=to不定詞
●動詞の原形=裸の不定詞
●不定詞には、名詞相当、形容詞相当、副詞相当の用法がある
●不定とは、時制・法を含有しない素の状態
●進行形・受動態のbe動詞は不定詞をもつ
●完了形のhaveは不定詞をもつ
動名詞 ●名詞相当の-ingが動名詞 ●動名詞は、他の準動詞とは異なり、前置詞の目的語になる
現在分詞 ●形容詞相当の-ingが
現在分詞
●現在副詞相当の分詞を、分詞構文という
過去分詞 ●形容詞相当の-enが
過去分詞
●過去副詞相当の分詞を、分詞構文という
●過去分詞によって導かれる分詞構文は
直前のhaving(完了形を含意)かbeing(受動態を含意)
が省略されていると見てよい
●過去分詞(句)が名詞相当として
haveの目的語になっているものを完了形という
●完了形のhaveは、助動詞と見なすより
本動詞と見なしたほうが便利




総称 名称 意味 諸注意
疑問詞 疑問代名詞 疑問代名詞
〔who、which、what〕

疑問形容詞 「存在しない」と見たほうが単純 ●形容詞相当の疑問代名詞を「疑問形容詞」と呼ぶ先生がいる
●例えば、shool_lunchのshoolはlunchを
形容詞的に修飾しているけれども名詞
(形容詞相当の名詞)
疑問副詞 疑問副詞
〔where、when、why、how〕





総称 名称 意味 諸注意
関係詞 関係代名詞 関係代名詞〔who、which、that、what、as、than、but〕
関係形容詞 「存在しない」と見たほうが単純 ●形容詞相当の関係代名詞を「関係形容詞」と呼ぶ先生がいる
関係副詞 関係副詞〔where、when、why、how、that〕

英文読解における品詞

第1オペランド オペレータ 第2オペランド 第3オペランド ――
主語(S) 述語動詞(V) ―― ―― 第1文型
主語(S) 述語動詞(V) 補語(C) ―― 第2文型
主語(S) 述語動詞(V) 直接目的語(O) ―― 第3文型
主語(S) 述語動詞(V) 間接目的語(O) 直接目的語(O) 第4文型
主語(S) 述語動詞(V) 直接目的語(O) 補語(C) 第5文型

英文の主成分は体言〔名詞相当〕です。

格を帯びることができる主体は、体言〔名詞相当〕だけです。

英文において、体言〔名詞相当〕の格を表示する方法は3つあります。

(1)文型という「述語動詞の周囲の語順」によって示される。
(2)前置詞、従位接続詞、関係詞など、対象となる体言〔名詞相当〕の直前に置かれる格詞(casal)によって、後続する体言〔名詞相当〕が格を帯びた結果、副詞化または形容詞化される。
(3)人称代名詞〔主格:I、you、he、she、it、we、they〕やwho(-ever)やoneのように、格変化(格を表示するための語形変化)をおこなうものがある。

以上の3つ以外に、last Sundayなど、副詞的対格(副詞的目的格)といって、文中に名詞句として置かれている句が、副詞相当になるケースがあります。

英文の中で、体言〔名詞相当〕は必ず格を帯びます。

体言〔名詞相当〕が格を帯びるということは、体言〔名詞相当〕が副詞化、または、形容詞化されるということです。

つまり、英文において、体言〔名詞相当〕は存在しません。

英文中の体言〔名詞相当〕は、必ず副詞相当、または、形容詞相当です。 ちょっとビックリするかもしれませんけれども、これが実際です。

主語は副詞として、述語動詞に係ります(述語動詞を修飾します)。

間接目的語は副詞として、述語動詞に係ります(述語動詞を修飾します)。

直接目的語(対格を帯びた体言〔名詞相当〕)は副詞として、述語動詞に係ります(述語動詞を修飾します)。

last Sundayなどの副詞的対格(副詞的目的格)も、「英文中の体言〔名詞相当〕は必ず格を帯びる」という定理からすると、ごく当然に「副詞相当」と答えることができます。

※たぶん(未検討)日本語でも、文中の体言〔名詞相当〕はすべて何らかの格を帯びており、副詞相当、または、形容詞相当になる、のだと推測しています。

渡部昇一先生は、大学で『英文法汎論|篠崎書林』をテキストにしていたそうだけれども、『英文法汎論』は印刷がきたなく、まとまりのない本だと思っていました。

池袋にジュンク堂が進出してきた直後で、池袋の芳林堂書店がまだ営業していた時代に、『英文法汎論』を芳林堂書店で見ました。 印刷がきたならしかったので、買いませんでした。

渡部昇一先生が『英文法汎論』をテキストに採用なさったのは、相当語句という考え方が『英文法汎論』に載っていたからだそうです。

ここで述べている内容も、その相当語句にあたります。

しかも、「英文中の体言〔名詞相当〕は必ず格を帯びる」という定理から考えて、last Sundayなどの副詞的対格(副詞的目的格)が副詞相当語句になる、ということを説明しています。

ですので、「文中に体言〔名詞相当〕なし」というのが、実際のところなのです。

体言〔名詞相当〕は格を帯びて、副詞相当か、形容詞相当になります。

英文読解のとき、この知識は大事です。


英語でも、日本語でも、品詞の主要メンバーは、体言〔名詞相当〕、動詞類(本動詞や助動詞とその活用形)、形容詞相当、副詞相当の4つだけです。

英語においては、前置詞、従位接続詞、関係詞、疑問詞などは、国文法でいう「付属語」にあたるもので、それらは「品詞の主要メンバーを補助する係」でしかありません。

それら以外の要素としては、等位接続詞(and、or、nor)と呼ばれる、分配詞(distributor)、または、分岐詞(divider)とでもよぶべき品詞があります。

これらは分配則をもたらすために、語句と語句との間を仕切る「仕切り」「パーティション」です。

それ以外は、間投詞という「どんな位置にでも割り込んでくる品詞」があるだけです。

結局、英文の品詞(品詞相当語句)は、次の7つに整理でき、これ以外にはありません。

(1)体言〔名詞相当〕
(2)動詞類
(3)形容詞相当
(4)副詞相当
(5)付属語
(6)等位接続詞=パーティション
(7)間投詞

麻雀アカギが、捨て牌を(1)安全エリア、(2)危険エリア、(3)ノイズに分けました。

それと似ているのが、英文の中の各パーツ。

英文の中の各パーツは、7種に分けることができるわけです。

そして、(7)間投詞は、まず出てこないので、実際には6種だけ考えておけばよいのです。

(1)体言〔名詞相当〕は、必ず格を帯びて、副詞化または形容詞化され、何らかの修飾対象を修飾します。

(2)動詞類は、述語動詞のときは、格を帯びた体言〔名詞相当〕から修飾を受ける専門です。 修飾のドレーン(排水施設)です。 結局、修飾という水が、すべて述語動詞という「流し」に流れ込んでくるのです。

(3)形容詞相当は、修飾語として体言〔名詞相当〕を修飾する、または、補語として主語や目的語を修飾するなどして、その修飾した対象と一体化して消失します。

(4)副詞相当は、修飾語として体言〔名詞相当〕以外を修飾して、その修飾した対象と一体化して消失します。

(5)付属語は、それらが補助する語句と一体化して消失します。

(6)等位接続詞は、骨組みとして残ります。

(7)間投詞は、検討の対象外です。

結局、英文の中は、「品詞転換」と「修飾」の仕掛け花火のようにして、「修飾の主体」と「修飾の客体」が一体化して消失し、それらが最終的には、述語動詞というドレーン(排水設備)に流れ込んで、ドブに流れて消え失せる感じになります。

すべては、述語動詞という排水溝に流れてしまう。 このイメージをもって、英文にあたってください。

述語動詞は5席構造

中学英語の大きな部分を占めるのが、述語動詞(V)の構造と実際の表現です。 イギリスの文法家が、いろいろと名称を付けていますけれども、ほぼ意味なし、有害無益です。

「述語動詞(V)の構造」を具体的に述べましょう。 Apples will have been being eaten by me. という表現において、「will have been being eaten」となっています。 この「will have been being eaten」が「すべてのマス目に、できるかぎり単語を詰め込んだ、満員の姿」です。 結局、[will][have][been][being][eaten]というように5つのマス目が、マス目の最大値なのです。
ただし、Apples will be being eaten by me.など「be being」を含んだり、Apples will have been being eaten by me.など「been being」を含んだりすると、「ビービー」という音声が続くことから、違和感を覚える人たちが大半です。 したがって、「be being」「been being」を含む表現は、まず使われません。 それ以前に、必然性のない受動態表現は、意味が通じにくくなるだけなので、避けることが好ましいです。 つまり下表において、色のついた部分は、「実際には存在しない表現」だと割り切ってください。 Apples will be eaten by me.やApples will have been eaten by me.といった表現が、最も複雑な述語動詞(V)の姿なのだということです。 この最も複雑な述語動詞(V)の姿から、必要に応じて、かつ、文法にのっとって、単語を間引いていく。 これが「述語動詞(V)のつくりかた」なのです。 中1の英語は、「述語動詞(V)のつくりかた」が中心です。 こんなものは、いちいち別単元にしないで、最も複雑な述語動詞(V)の姿を先に提示して、それより単純な最も複雑な述語動詞(V)の姿をぜんぶ書き出して、音声言語として用例を暗記してしまえばよいだけなのです。 「現在完了進行形」などの用語は、屁の突っ張りにもならんですから、覚えないでください。
下表には不自然と思われる表現もたくさんあります。 これはあくまでも、「述語動詞(V)の構造」だけに注目した概念モデルです。 これらの表現が実際に使える保証はありません。

●「be + -ing」を進行形といい、短時間で完結する動作を繰り返すという意味を含んでいる。 進行形によって、「短時間で完結する動作が、あたかも継続しているかのように思わせる」という狙いがある。

●「have + 過去分詞」を完了形といい、「過去の情報の所有(possession of history)」という意味を表す。 例えば、I have finished my work.(私は仕事を終えました)で考えれば、「finished my work」という過去の情報を所有している(have)、というニュアンスを表します。 これは「仕事を終えた余韻を感じ続けている」といったイメージになります。 完了形は、すべて「余韻を感じ続けている」といったイメージで説明できます。 イギリスの文法家か誰か知りませんけれども、「have + 過去分詞」に完了(perfect)という名称を与えたヤツは、相当なバカタレです。 「完了、結果、継続、経験」という完了形の4つの意味は、すべて「過去の情報を所有している」という原義から派生したものであり、根っこは同じです。 「完了」だけを取り出すのは、相当なアホです。 もっと抽象度を上げて、一元的に説明できるようにするべきでしょう。

●「be + 過去分詞」を受動態といい、「する(能動態)」と対比的な、「される(受動態)」という意味を表す。 SVOなど、Oを含む文型をとる動詞(他動詞)でしか、受動態は生じない。 受動態の文は、能動態の文と比べると、主語(S)と目的語(O)が入れ替わって、逆になっている、あるいは、主語(S)は消失して見えなくなる。

●willは法助動詞の一種です。 willは意志を表し、私たちが複数のタイムラインから、意志の力によって、「何事かをなした」「何事かが起こった」というタイムラインを選ぶ。 このありさまを、法助動詞willで表します。 これを「未来を表す表現」といいます。 英語には未来形という動詞の語形はありませんので、英語の時制(tense)にも、未来時制というものは存在しません。 「未来時制」ではなく「未来を表す表現」といいます。

●英語の動詞には、過去形と現在形しかありません。 したがって、英語の時制(tense)には、過去時制と現在時制しかありません。 さらに、英語の現在時制は、現在という時の動作を表すことは、ほとんどありません。 英語の現在時制は、主語(S)の安定な性質(継続的な性質)を表します。 英語における現在という時の動作は、現在進行形によって表されます。 英語という言語の時制(tense)はグチャグチャであり、それゆえに、私は英語という言語が大嫌いです。 「片付けられない人のだらしない文法」が「英文法」だと思って、英語に幻滅しております。

●中学1年の英語は、下表のうちごく一部を学ぶだけで、ほぼほぼ、内容がありません。 中学英語の内容は、1年半で終わるのに、ちんたらちんたら3年間もかけて、内容の薄いカリキュラムをこなしています。 文科省の決めたカリキュラムはダメだと思いますね。 日本の教育は、教科書出版社等が、印刷教材の売り上げを確保することから逆算して、カリキュラムが策定されています。 文部科学官僚の天下り先の確保のためですね。 いったん、教育カリキュラムを策定する権限を文科省から取り上げて、文部科学官僚を浄化しないといけません。

―― 肯定文 否定文 肯定/疑問文 否定/疑問文
受動態 能動態 受動態 能動態 受動態 能動態 受動態 能動態
現在形 Apples are eaten by me. I eat apples. Apples are not eaten by me. I do not eat apples. Are apples eaten by me? Do I eat apples? Aren’t apples eaten by me? Don’t I eat apples?
現在進行形 Apples are being eaten by me. I am eating apples. Apples are not being eaten by me I am not eating apples. Are apples being eaten by me? Am I eating apples? Aren’t apples being eaten by me? Am I not eating apples?
過去形 Apples were eaten by me. I ate apples. Apples were not eaten by me. I did not eat apples. Were apples eaten by me? Did I eat apples? Weren’t apples eaten by me? Didn’t I eat apples?
過去進行形 Apples were being eaten by me. I was eating apples. Apples were not being eaten by me. I was not eating apples. Were apples being eaten by me? Was I eating apples? Weren’t apples being eaten by me? Wasn’t I eating apples?
現在完了 Apples have been eaten by me. I have eaten apples. Apples have not been eaten by me. I have not eaten apples. Have apples been eaten by me? Have I eaten apples? Haven’t apples been eaten by me? Haven’t I eaten apples?
現在完了進行形 Apples have been being eaten by me. I have been eating apples. Apples have not been being eaten by me. I have not been eating apples. Have apples been being eaten by me? Have I been eating apples? Haven’t apples been being eaten by me? Haven’t I been eating apples?
過去完了 Apples had been eaten by me. I had eaten apples. Apples had not been eaten by me. I had not eaten apples. Had apples been eaten by me? Had I eaten apples? Hadn’t apples been eaten by me? Hadn’t I eaten apples?
過去完了進行形 Apples had been being eaten by me. I had been eating apples. Apples had not been being eaten by me. I had not been eating apples. Had apples been being eaten by me? Had I been eating apples? Hadn’t apples been being eaten by me? Hadn’t I been eating apples?
未来 Apples will be eaten by me. I will eat apples. Apples will not be eaten by me. I will not eat apples. Will apples be eaten by me? Will I eat apples? Won’t apples be eaten by me? Won’t I eat apples?
未来進行形 Apples will be being eaten by me. I will be eating apples. Apples will not be being eaten by me. I will not be eating apples. Will apples be being eaten by me? Will I be eating apples? Won’t apples be being eaten by me? Won’t I be eating apples?
未来完了形 Apples will have been eaten by me. I will have eaten apples. Apples will not have been eaten by me. I will not have eaten apples. Will apples have been eaten by me? Will I have eaten apples? Won’t apples have been eaten by me? Won’t I have eaten apples?
未来完了進行形 Apples will have been being eaten by me. I will have been eating apples. Apples will not have been being eaten by me. I will not have been eating apples. Will apples have been being eaten by me? Will I have been eating apples? Won’t apples have been being eaten by me? Won’t I have been eating apples?

 
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