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学校は

学校は[明らかに誤った命令でも、命令には唯々諾々いいだくだくと従う、《扱いやすい単純バカ》]を要請する養殖池である。

これからのみずがめ座時代は、給料をもらうことだけを考えてきた[餌付けされた養殖物]ではダメだ。

結局、リーダーにもフォロワーにもなることができる、けっこう優秀なヤツが光り輝く時代になるのだと思うよ。

荒波を乗り越え、先端を切り開く天然物になる必要がある。

体育会系のノリで熱血を演じている教師は、みずがめ座時代には適応できない

うお座時代に適応できたのは、体育会系のノリで[全員を統一しようとする熱血単細胞]のリーダーであったように思う。

[全員を統一しようとする熱血単細胞]のリーダーが考える[正義][善]の押し付けによって、どれだけの児童・生徒が苦しんできたか知れない。

このタイプの頭の弱いリーダーは、[人間の幸せは1つに収束する]と思っている。 多様性の重要性を理解する感性すら持ち合わせていないなんて、未熟だよな。

[1つに収束する人類共通の幸せ]に向かわない人々を、自分勝手・ワガママ・自己中などと断罪して、差別し排除するのが、このタイプの頭の弱いリーダーである。

学校界隈、あるいは、企業内、バイト先、田舎をはじめとする地域社会に、[1つに収束する人類共通の幸せ]を信仰しているバカがウヨウヨしている。

このタイプのリーダーに付き従うのは、[依存心の強い《扱いやすい単純バカ》]だと思う。

うお座の時代というのは、[《1つに収束する人類共通の幸せ》を信仰しているバカなリーダー]と[依存心の強い《扱いやすい単純バカ》]とが共依存の関係で馴れ合ってきた時代だった。 私はうお座時代に対して猛烈に怒っている。

この怒りを燃料にして、[独立個人が互助の精神を基本としたチームプレイをしながら、きわめて高度な成果を生む]という、みずがめ座らしい部分を推進していきたい。


依存心の強い《扱いやすい単純バカ》[餌付けされた養殖物]は、学校生活、集団生活に適応しやすいんだよね。

だけれども、とんでもない大発明をすることはない。

もっと発想がぶっ飛んでいなければ、これからのみずがめ座の時代には生き残れないよ。

もちろん、幸せは人それぞれだから、発想がぶっ飛んでいない人にも、それに見合った幸せはあるとは思うけどね。

ものすごくジャッジして、ものすごく感情的になって、この文章を書いている。 こういうことは、スピリチュアル的にはNGなのだろうけれども、スピリチュアル的な模範解答をしたって、伝わらないんだよ。 刺さらないの。

冷静に[No Judgement]]を前提にした、何を言っているのかわからない主張をしたって、そこには[おもんぱかり]が見え隠れするだけであり、魂の本音から出た言葉ではないよね?  そんなの伝わるわけないじゃんよ。


[これまでの学校にもいい部分はある]などと中途半端なことを考えていたらダメだと思う。 煮え切らんヤツは、何をやっても中途半端なんだよ。 中庸と中途半端は違うぞ。

中途半端というのは、過去を引きずって、過去と現在をリンクさせようとしているから、過去と現在との間で股裂き状態になってしまうんだよ。

過去とは決別して、現在という瞬間の中で中庸を考えればいいのよ。

過去のやり方をぜんぶ清算して、ゼロベースから教育を組み立て直す必要があるんだよ。

結局、改築で済ませようと思うなよ、甘ちゃんども、ってこと。

結局、教師が存在するからダメなんだよね。 教師自身が、何かに取り組みつつある発展途上人でなければ、教師たりえない。

職業教師を出現させたことが、職業教師の成長を停止させ、腐った職業教師からつまらない授業を受ける、クソ学校の出現を許すことになったんだよ。

どこからダメになったのかというと、[高等師範学校を出た人でなければ教師になることができない]という原則を曲げたところからだ。

日本体育大学出身の暴力体育教師が日本の学校を暴力で汚染している。 まずこの仕組みをなくす。 つまり、学校から[体育]や[徳育]をなくすんだ。 とりあえず、学校は[知育]だけにしておく。 [体育]はクラブチームに一任し、学校はタッチしない。

[徳育]に至っては、児童・生徒個々人が自分でメンターを選べばよい。

公教育のようなかたちで[徳育]を行なうと、それは思想統制・洗脳になりかねないからね。


自学自習を援助するフリースクールなどを利用したりして、学校に行かずに大学受験をする。 そんな感じで、自分の将来を設計してみると面白いよ。

もちろん、学校に適応できるなら、それでもいいよ。

人間は、[陰]〔ちぢむ〕と[陽]〔ひろがる〕とに、タイプが二分されるんだ。

[陰]〔ちぢむ〕の人が先端を切り開き、[陽]〔ひろがる〕の人が切り開かれた先端から得られる果実を大衆に流布していく。

それぞれの持ち場があるんだから、[陽]〔ひろがる〕の人は、学校へ行ったらいいよ。

でも、[陰]〔ちぢむ〕の人が現在の学校へ行くと、個性が押しつぶされちゃうからね。

押し付けないたまり場みたいな学習の場をつくらないとね。

uniquenessユニークネス〔唯一無二である状態〕の認識をもつことによって比較が無意味・無価値であることがわかる

私たちはマスターソウルの分け御霊みたまであり、1人1人に探求のテーマ〔=カルマ〕が与えられているわけです。

[真似しちゃいけない]というのは、[奇抜なことをあざとく狙う][奇をてらう]ということではありません。 自分の本源に忠実になろうとして、純度を上げていけばいくほど、自分独自の色彩、音色にしか、なり得ないのだということです。

[自分にウソをつかない]ことを徹底して、その純度を極限まで上げていく。 それは、自分の気持ちを紙に書いて、自分で添削して、原因・背景を探り当て、納得したところで、そのクセの強さが抜けてバランスがとれていく。 そんな感じだと思います。

やっぱり書いたほうが明確だし、早道だと思いますよ。

私たち分け御霊みたまは、マスターソウルの代理人、あるいは、創造主の代理人として、[これを追求しよう]というテーマを探求するために、生きているのです。

[この世に生まれてきた意味]は、マスターソウルから託された探求すべきテーマを探求し尽くして、[やるだけやった]という感じで死ぬることです。

死ぬることは、怖くないそうです。 私たちの本体は、あくまでも意識にあり、意識が肉体を乗り換えていく、ということだから、肉体を失っても、また新たな肉体を得ればいいのです。

[闇の勢力]は、私たちに[死の恐怖]を植え付けてきました。 しかし実際には、死んでもまた生まれ変わればいいわけで、死は終わりであるとともに、[生まれ変わる]という[始まりのための始まり]なのです。

私たちを輪廻の無限ループに封じ込めてきた幽界は解体されているので、私たちは死んだらマスターソウルに帰還することができます。 マスターソウルで、魂をしっかりとクリアリングして、また探求のために生まれ変わるわけです。

マスターソウルから託された探求すべきテーマに取り組まないで、ただ長寿を全うしたところで、ただ長く生きたバカでしかありません。 ただ長生きしても意味はありません。

ただ生きながらえた、無駄な人生というものがあるのだそうです。

結局、[闇の勢力]は私たちに[死は恐怖だよ]と教え込んで、[ただおとなしく闇の勢力のいいなりになる]という状態に、私たちを留め置いてきたわけです。

それを許したのは、私たちの弱さの結果であり、恐怖芯の結果なのですよ。

私たちは、[闇の勢力]がああした、こうした、ということを論ずる段階ではありません。

いまこのタイミングでは、私たちが愚かで弱く、ビビりだったから、[闇の勢力]を招き寄せ、[闇の勢力]の横暴を許す結果になったのだ、という自己反省に帰着している必要があります。

したがって、この[闇の勢力]の支配を脱する。 気づいた人だけでいい。 気づいた人だけで、[闇の勢力]のシステムの外側に、自分たちの世界をつくっていく。 それが4次元地球文明の創造の始まりなのです。

いまこのタイミングでは、[4次元地球文明の創造の始まり]に着手する必要があるわけです。

  • 1つのカギは、内的な探求です。 日記などに書いたり、コピー用紙やノートなどに図解などで描いたり、PCに打ち込んだりして、[自分のあるがまま]の[原因と結果]を棚卸しして、自分の心的内情を徹底的に整理していくことです。 E・Tがちが直感として情報を送信してきていますので、ふとした瞬間に直感がバンバン降りてきます。 それら直感を通じての情報伝達のメモをとるシステムをしっかり打ち立てておくことです。 内的な探求には、ペンとノートが、意外に大切なのですよ。 私は、[黒い文字で何かを書いたら、赤い文字で自分に突っ込みを入れる]〔自己添削〕というやり方をすると、きわめて効率的に思索が進むことを発見しました。 自分が生徒であり、かつ、教師である。 将棋の盤面をひっくり返して、自分で自分と対戦する。 そんなことが[学び]や[教育]になるのだと思っているのです。 [ひとり問答][自問自答]ということになると思う。 Saarahatさんも[スピリチュアルは科学である]とおっしゃっているので、やはり推論をしっかりして、結果からいくつかの原因を推定する、そのような意識の使い方を練習していく必要があるのだと思う。 [考えちゃダメ][感じるんだ]というのも1つのやり方だろうけれども、そういう人は、霊能者としては敏感なのだろうけれども、[魔の介入]を見分ける力が弱いように思う。 つまり[考えちゃダメ][感じるんだ]という人は、自分の霊能に酔いしれていて、弁別力が弱いから、騙されやすいんだよね。 最後は[危険なものを見分ける弁別力]に帰着すると思うよ。
  • 数学と理科の学力が、もう1つのカギになると思います。 仮説を立てて検証していく[自然科学的なアプローチ]が、これからは大切になってきます。 それとともに、先進的な科学を携えたE・Tが地球を訪れて教えてくれますので、教えてくれることを受け容れるだけの基礎学力、そして意識の自由さが私たちには必要なのです。 自然科学というのは、[自然に対する畏敬の念][事実に対する畏敬の念]を大切にしますよね?  私たちの地球文明というのは、例えば、ニセ大統領であるバイデンに会いに行く、菅首相という、まったくの茶番、虚構を演じています。 [自然に対する畏敬の念][事実に対する畏敬の念]を大切にしていたら、こんなウソの世界は、アホらしゅうてやっとられんわけよね?  でも、カネに目がくらんで、虚構でも演じてしまうピエロが、ニセ大統領であるバイデンや、菅首相、二階幹事長とかなのだと思うわけよ、私は。 そして、私たち自身も、おカネのために虚構でも演じてしまうピエロであることを自覚しなければならないんだね。 [コロナでこれまでの社会が瓦解していく]というのは、[おカネのために虚構でも演じてしまうピエロ]の活躍の場がなくなるだけなんだわ。 私たちが真の自分に立ち返り、自分自身を生きていく生き方に切り換えると、なぜか豊かさに恵まれたりするんだよ。 [私たちが真の自分に立ち返り、自分自身を生きていく生き方に切り換える]ための背景として、テクノロジーの発達が必要なんだわ。 テクノロジーの発達が意識を変えるのよ。 おカネのない世界もテクノロジーの発達の末にこそ訪れるんだからね。 おカネのない世界が訪れるまでは、最後の卒業課題として、豊かさについても、私たちには無限の力があるのだということを体験を通して学ぶ必要があるのだとSaarahatさんはおっしゃっていましたよ。 それで、私も多少はおカネをつくろうと思います。 卒業課題ですからね。

逆に、マスターソウルから託された探求すべきテーマを徹底的に探求し、[やり切った]と思えば、若くたって、そこで死んでもかまわないわけです。

[ただ生きるバカ]であってはなりません。 もちろん、ボーッとしている時間をつくらないとマスターソウルとつながることができないので、戦略的にボーッとしていることは大切です。

しかし、無意識のままに、ただ流されるままに、生けるしかばね

[やり切るために攻めていく能動的な姿勢]が必ず必要です。

[ジグソーパズルのピース]の [ジグソーパズルのピース]ですので、1人1人が uniqueユニーク

〔唯一無二の/他と重複ちょうふくしない/二つとない/代替だいたいがきかない〕

宇宙の性質もそうだと思うけれども、 2つとない 他にはない唯一無二の かけがえが無い 独特の 唯一無二の他では見られないユニークな

代替がきかない 代用がきかない世界に一つだけの何にも代えがたい掛け替えの無いかけがえの無い替えのきかないオンリーワンの只一つだけの代わりがない代わりのない以外にない以外にはない類まれな他にない類を見ない他には無い無類のたった一つの類をみない掛け替えのない何ものにも代えがたい得難い他の人に真似のできない誰にも真似のできない超個性的な極めてユニークな並び立つ者のない比肩するものはない二人といない絶対的な

queer funny

[近代工業化社会で規格品を大量生産するためのロボットとしての人間]を大量生産するための[学校]のえげつなさ

これまでの[勉強ができる人]というのは、[近代工業化社会で規格品を大量生産するためのロボットとしての人間]としての適性を判断基準にして、人間を成績で選別した結果としての[勉強ができる人]でした。

しかしこの[勉強ができる人]というのは、次のような人である。

  • [暗記力]と[与えられたものをすぐに模倣する能力]に富み、新しく習い覚える事柄なら、〈広く浅く〉何に対しても、よく順応する。
  • けれども、特定の分野を深掘りして、特定の分野の最先端を切り開くことがニガテである人。器用だけれども何の専門家でもない人。
  • [自分のattitude]≒[自分軸]が確立されていないため、[不満を感じる対象][気に入らないもの]が少ない人。 いいかえれば、[自分に合わないもの]を見分けて拒否することができる能力が低い人。 それゆえに、[これまでにないものを生み出す力]を有しているとはいえない人。 個性やオリジナリティのない人。 [不満の多い人]こそ、すぐれた精度、仕組み、製品などを生み出すポテンシャルをもっているんだよ。 だって[高い水準の目標]をすでに知っている人にしか[不満を感じるセンサー]は付いていないからね。
  • [現在の学校に対して不満のない人間]は、まだまだ[奴隷の段階を経験して学び続ける]必要があるのだろうと思う。
  • 学校は[便利な奴隷として利用されやすい人]を大量生産する場であった。 これからの学校は、1人1人が学んでいく場になる。 というか、そういう学校を打ち立てる必要がある。 文科省をぶっ壊す。
  • というより、学校に行かなきゃいいのよ。 例えば、算数と数学を、[原因と結果をしっかりと感じ、味わいながら勉強した状態]と、[単に解法を暗記したことによって、入試数学が時間内にミスなく解けるようになった状態]とでは、潜在的な学力がまったく違うのだと思うわけよ。
  • 例えば、容積の計算とかって、積分を使わないと、どうしてあの公式が出てきたのかわからない。 だから算数のカリキュラムって、原因を知らないのに暗記だけさせている部分があるわけよ。 それと、算数の中に、 [大きさを論ずる分野]と[大きさの比〔ratio〕を論ずる分野]が混在していて、[比〔ratio〕]についての理解が行き届かないまま、分数とか小数とかを、押し付けてくるでしょ?  これがダメなんだと思う。
  • 文科省以外から、大学入試までの数学を再構成した目次というか、シラバスのようなものが出てくる必要がある。
  • 高校数学は、[数学 I][代数・幾何][基礎解析][微分・積分][確率・統計]という時代が、最も整理されていたと思う。
  • Saarahatさんによると、12の銀河群からなる[United Universe]において、この天の川銀河が有している科学技術を広く公開して、科学技術の共有をしていこう、ということに決まったようです。
  • したがって、科学技術の進んだ天体から来たE・Tに、科学技術を教えてもらう必要が、どうしてもあるわけです。
  • Saarahatさんによると、科学技術の進展によって、私たちは、小脳が使えるようになる、とのことです。
  • 私たち地球人が、宇宙の常識を学習によって身につけ、精神的な意味で【成長・進化】する必要があるのと同時に、宇宙の先進的な科学技術を庶民レベルで受け容れる体制を整えておく必要があるのだと思います。
  • そのためには、じっくりと意味を考えながら、算数・数学を独習していく教育体制が必要です。
  • いいかえれば、学校に行かないで、自分ひとりで静かにじっくりと算数・数学を味わい、学び尽くしていく感じの[自学自習という形式での教育]に切り換えないといけません。
  • 学校という場は、意識が外側ばかりに向かってしまい、自分の精神・叡智と向き合う時間とその精神的な余裕が失われてしまいます。
  • 要は、生活を忙しくさせて〔bussyな状態に留め置いて〕私たちの正常な判断を狂わすために学校という忙しい場があるわけなのです。
  • そしてハッキリ言うと、学校の先生の8割は情実で教職員になった[向いていない人]です。 教職員の世界は、やはり解体しないとマズいでしょう。 排除するのではなく、解体して、[向いている職場]に配置転換しないと、全体が循環していかないのです。

例えば、カメラとか自動車とか時計とかで、こだわりのない人が設計した製品には個性がない。 とんがったところがないから、買う価値、所有する価値が感じられないことが多い。

[平均的な誰にでも使いやすい模範解答]というのは、逆に言えば無個性で売れない製品なんだね。

自分軸をしっかりと貫いて、自分の色を強く打ち出していけばこそ、社会全体の多様性が保たれ、協業・共生が可能なんだよ。

しかし、みんなが[平均的な誰にでも使いやすい模範解答]を狙うと、競合してカニバリゼーションにおちいるよね? 

結局、[学校が用意した模範解答]を模倣するマインドをもった社会構成員ばかりになると、この資本主義社会のように、文明が行き詰まるんだよ。

結局、[学校が用意した模範解答]を模倣するマインドをもった社会構成員ばかりになると、[代替の利く人材]ばかりになり、[闇の勢力]が奴隷として人類をこき使うにはいいけれども、宇宙の【成長・進化】のためにはマイナスなんだ。

バシャールが[闇の勢力]の王者として、広い宇宙を支配していたとしても、コイツらにまかせておくと、宇宙の【成長・進化】が止まっちゃうんだよね。

つまり、[闇の勢力]には持続可能性がないのよ。

だからバシャールはNOなんだよね。

どんなに邪悪であっても、その対極に、究極の善が立って、その振れ幅が大きければ、宇宙の【成長・進化】はより激しくなっていくから、OKなんだよね。

だけれども、一部の人たちが、とてもいい思いをすることを存続する。 このセコい設計だと、宇宙全体としての気づき・学びが少なくなる。

バシャールは視野が狭いんだよ。 宇宙をもっと【成長・進化】させていくグランドデザインを考えるだけのスケール感が、バシャールにはない。

悪に徹するんだったら、もっと巨悪になり、巧妙になり、善も発展させるだけの器量をもつ、本物の巨悪になれよ! 

バシャールはスケールが小さすぎる。 バシャールらには、超長期にわたる展望がないんだよね。

悪にしてはスケールが小さすぎる。

バシャールは設計能力が低い。 つまり、考えていることが[3次元的な欲の世界]に毛の生えたようなものでしかないから、【成長・進化】のレンジが狭いんだよ。

バシャールも、もっと良質な悪だったら、生き延びることができたのに。


[善の世界][光の世界]にしても、バシャールについての論評をそのまま当てはめることができる。

[すべてが調和して完全な世界]なら、高次元で遊んでいればいいじゃん。

そこには気づき・学びがないから【成長・進化】が止まる。 だから下降ディセンションして、学びと気づきを得るために地球に来たんだよね? 

そうだとしたら、【成長・進化】を止めるような[善の世界][光の世界]のあり方もまた、問題がある。

[心地よいことしか起こらない世界]なんて、【成長・進化】が止まるだけで、最終的には、そんな世界は地獄なんだよ。 [幸せばっかりの幸せ地獄]というのがあるんだと思うよ。

駅前でベルギーワッフルを焼いて売っているけれども、あの臭いを1日中嗅いでいたら、頭がおかしくなって、ゲロが出そうになるでしょ? 

[幸せばっかりの幸せ地獄]って、そういうものだと思うよ。

オリジナリティを発揮するためには、安易に真似をしないこと

自分の内側から発する情報を中心に考えて、知識が必要な場合に、調べて学ぶ、という感じで勉強を進めるのがよいと思う。

[勉強ができない人]こそ、これからは有利な時代に入ると思う。

思った通りに創作活動を展開していく。

[自分が生まれる前に与えられたテーマ]に沿った生き方しかできないらしい|つまり何かをやってみて上が応援してくれるなら[魂の設計図]に沿った行動なのだと思って進む以外にないらしい