けっして交わらない軌跡

私たちが生まれて生きる。

本来の生き方をしているならば、その人の生きた軌跡は、けっして交わらない曲線を描いているはずである。

こういうモデルで、私は人間の個性、あるいは、人間の生きる道について、解釈してきました。

この世のものごとでいえば、花火が打ち上げられて、上空で花火が破裂し、星(ほし)と呼ばれる火薬の玉が「立体的な全方向」に広がっていく。

この星の軌跡は、互いにけっして交わらない。

私たち魂は、花火から飛び出す星のように、全方向に広がって、けっして交わらぬ軌跡を描きながら広がっていく。

そんなモデルで、私はそれぞれの魂の一生を捉えています。

つまり、それぞれの魂には、固有のお役目があって、2つとして同じお役目はない。

したがって、どの魂もこの世というミュージカルの重要はキャストなのであって、上も下もないわけです。


そこで、私たちが生きるにあたって気をつけるべきことは、他者と同じ道を歩まないことです。

それは軌跡が交わるというか、同じ軌跡をたどることを意味するからです。


私たちは競争社会を生きさせられている。

そして「競争原理」というかたちで、競争が良きものであると思い込まされている。

しかし、競争が起こるのは、同じ軌跡をたどるからでしょ? 

画一的教育の「画一的」っていうのは、同じ軌跡、同じ曲線の中で、序列を競うわけですよ。

山陽本線上り線という日本のレールの中に、いろいろな電車が順番に並んでいる。

その電車たちが、追い越し合う。

そんな「危険な鉄道」みたいなことが、競争社会なのです。

偏差値で人間を比べるでしょ? 

それって、山陽本線上り線という、1つの路線の中で、電車の順番がどうのこうのという話をしているだけなんだよね。


他者の真似をして、他者と同じ軌跡をたどろうとするから、お互いに消耗するだけの競争に巻き込まれて、不幸な思いをするわけです。


他者の真似をしないで、みんなと違ったことをする。

誰もやらないことを、誰もやらないやり方でやる。

これが、花火の中の星として、他の星と軌跡を同じくすることなく、あるいは、他の星の軌跡を横切ることなく、個性的に生きることなのです。

個性とは、他者と軌跡が交わらないことをいいます。

個性を発揮し合う世界に、競争はありません。

競争が起こるのは、「他者の真似をしないで、みんなと違ったことをする」という大原則に反した生き方、やり方をしているからです。

「競争が起こる」ということは、同じ軌跡に、複数の星が詰め込まれた状態です。

この状態は異常です。

あなたのためにだけ用意された唯一の道、唯一の軌跡がある。

そこを、たった独りで、堂々と、ゆるゆると、歩んでゆけばよいだけなのです。

そのありさまを俯瞰すると、花火から飛び散った星が、それぞれ「てんでんこに軌跡を描いている」というふうになる。

つまり生きる姿は、「てんでんこ」であること、「個別的」であること、「独立的」であることが、本来的なのです。

それが「多様性を最大化している姿」なのです。

そうです。 「多様性が最大になったとき、社会のエネルギーが最も調和された状態になる」わけです。


星の軌跡が交わらないように軌跡を制御すること。

それは、多様性を損ねるような「指導」を絶対にしないことです。

「指導」をするとき、「星Aの軌跡」と「星Bの軌跡」が交差します。

コレってルール違反なんですよ。 「他者のレーンに侵入した」という交通違反なのです。

「指導」は画一性に直結します。

つまり検非違使づらした「リーダー気取り」のヤツには、近づかないことです。

リーダーになりたがるヤツは、じつは自己肯定感が低い。 リーダーって、グループのメンバーに甘えてるんだよね。 自己承認が自分自身でできないから、グループのメンバーに承認してもらうことで、擬似的な自己承認をしている未熟な人が、リーダーを気取りたがるヤツの本質なんだよ。

・自慢話ばかりする
・よく他人を批判する
・人にアドバイスしたがる
・強い自己顕示欲

引用元: 自己肯定感が低い人の典型的な4種類の行動パターンとその深層心理

 
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