―アーティストのライトワーカーにメッセージはありますか?
政治や経済を変えていくことは、非常に難しいことで、時間がかかります。激動の時代にある今の地球は、変革よりもまず混沌があちこちで起きています。政治・経済・社会システムの最前線で変革をもたらそうという人たちは世界各地にいますが、そう簡単ではありませんし、非常に時間がかかるでしょう。地球のエネルギーが激変している中でも、世の中はそれに抗い、抗っている分カオスがひどくなります。よってこの今の社会は、決して生き易い社会になっていません。
そういう中で、芸術やアートならば、今すぐでも新しい波動の作品を創り、世界に提供することができるのです。人々はもっとアートや芸術、クリエイティブな分野の力と可能性に目覚めるべきです。それらは思った以上に重要です。新しい波動をもたらす強力なツールなのです。
ライトワーカーとして存在しているアーティストたちは、ただ純粋に愛を表現します。愛にしか目がいかないのです。愛しかハートに響かないのです。もうそういう体と感受性になっています。それくらいに自己を変容し、高い波動になっています。それがライトワーカーとしてのアーティストです。彼らは波動としての、エネルギーとしての作品を提供試合を広めるために転生していきているので、愛を表現することに集中します。彼らは、波動によって世界を変える最前線の存在と言っていいでしょう。先ほども言ったように、政治経済から世界の波動を変えることはとても難しいので、人が心から創るものによってまず世界の波動を徐々に換えていくのです。本当に高い波動を持った作品は、人のエネルギー体・オーラ・ハートそして各チャクラにまで影響をもたらし、それらを良いものにしていくことができます。つまり一種のエネルギーワークになるのです。
アーティストには今すぐ、愛を表現することにフォーカスすると決意してほしいと思います。スピリチュアルな世界からは、多くのサポートがあるでしょう。ライトワーカーかどうかなどは気にしないでください。今までスピリチュアルなことをしてきたか、そういうことに興味があるかなども関係ありません。あなたが愛を純粋に創造したいという気持ちに今すぐ、従ってください。

引用元: ライトワーカーについてのエンジェルメッセージ - Angel healing&empowerment

人間関係の滑車モデル

「エネルギー」

「情報」「時間」「手間(運動エネルギーなど)」「物」「お金」「愛情」「気」などは「エネルギー」です。

「情報」=情報は大きな価値です。良質の情報が、時間・手間・お金の節約に通じることがあります。
「時間」=時間は誰にとっても1日24時間しか与えられていない有限な資源です。多くの人の「時間の浪費」を防ぐことが大事です。
「手間(運動エネルギーなど)」=多くの人の「無駄な手間」を省くことが大事です。
「物」=生きていくために物は必要です。
「お金」=生きていくためにお金は必要です。
「愛情」=生きていくために愛情は必要です。
「気」=生きていくために気(精神エネルギー)は必要です。

「エネルギー」の循環機構

「滑車(プーリー)を回す」とき、ベルトやチェーンを使います。

自転車が、この構造を採用しています。 ペダルを踏んだらチェーンを介して、後輪が駆動されます。

滑車のベルトやチェーンには、次の2つがあります。

(1)「送り込まれる側(INPUT)」
(2)「送り出されてくる側(OUTPUT)」

回転・循環があるところに、そういった「送り込み(INPUT)」と「送り出し(OUTPUT)」という2つの窓口があるのだと思ってください。

宇宙はフラクタル(自己相似)構造になっているので、「小さい部分の仕組みは、大きい部分の仕組みでもある」という構造が「小から大まで無限に広がっている」のだと思ってください。

フラクタル構造 - Google 検索
自己相似 - Wikipedia

宇宙は回転・循環によって作られているのだと思ってください。

「宇宙はフラクタル(自己相似)構造になっている」かつ「宇宙は回転・循環によって作られている」のです。

実際、「原子核の周囲を電子が回転する」のと、「太陽系では、太陽の周囲を惑星が回転する」のと、「地球の周囲を月という衛星が回転する」のは、構造が同じです。

「回転・循環を基本とするフラクタル構造」が宇宙の本質の1つでしょう。

トーラス 人間の周囲には、気(精神エネルギー)がトーラス状に回転・循環しています。 「頭頂からエネルギーが出て足の裏からエネルギーを吸収する」といったような感じでしょう。 これは地磁気、あるいは、コイルの周囲で発生する磁界などといった、いわゆる「磁場」と同じかたちをしています。 ドーナツみたいな感じです。
トーラス状 - Google 検索
コイルの周囲で発生する磁界 - Google 検索

あらゆる現象の背後には回転・循環があり、回転・循環には周期があり、この周期こそが、その現象に固有の周波数(振動数)を生んでいるのです。

単振動は等速円運動の射影 - Google 検索
単振動と正弦波 - Google 検索

回転・循環の背景には、この回転・循環という運動を起こしている「媒体」(ばいたい:メディア)があるのだと思ってください。

例えば、自転車の後輪が回るとき、チェーンが「運動エネルギーを伝達する媒体」となっているのです。

ここで「チェーン」という具体物を「媒体」と考えることをやめて、一段階、抽象度を高めて、「運動エネルギー」そのものを「媒体」と考えることにします。

さらに、ここで「情報」「時間」「手間(運動エネルギーなど)」「物」「お金」「愛情」「気」などが「エネルギー」であるという話題に戻ります。

世の中のいろいろな現象は、その背景に回転・循環という「エンジン」をもっているのだと思ってください。

そして回転・循環という「エンジン」を回転させるためには、「エネルギー」が必要なのです。

その「エネルギー」とは、「情報」「時間」「手間(運動エネルギーなど)」「物」「お金」「愛情」「気」などです。

そして、回転・循環には、次の2つがあるのだと思ってください。

(1)「エネルギー」が「送り込まれる側(INPUT)」
(2)「エネルギー」が「送り出されてくる側(OUTPUT)」

「エネルギー」は、入ったら出る運命にあるのです。 なぜならば、宇宙が回転・循環を基本とするフラクタル構造だからです。

「エネルギー」は、出たら入る運命にあるのです。 なぜならば、宇宙が回転・循環を基本とするフラクタル構造だからです。

だから「エネルギー」を「与える」ことによって、「エネルギー」は一時的には減りますけれども、中長期的には必ず余剰が加わって「エネルギー」は回復します。

「与えた価値(エネルギー)」は必ず返ってくるだけでなく、利子が付いて返ってきます。

利子がどこから来るのかというと「神様からのごほうび」です。

回転するお盆の上に、「ネガティブ」が載ったお皿を置くと、一回りして、自分のところへ「ネガティブ+利子」が返ってきます。

回転するお盆の上に、「ポジティブ」が載ったお皿を置くと、一回りして、自分のところへ「ポジティブ+利子」が返ってきます。

回転するお盆の上に、「小判」が載ったお皿を置くと、一回りして、自分のところへ「小判+利子」が返ってきます。

回転するお盆の上に、「うんこ」が載ったお皿を置くと、一回りして、自分のところへ「うんこ+利子」が返ってきます。

こだまでしょうか。

ACジャパン CM 金子みすゞ「こだまでしょうか」(朗読:UA、英語字幕付)60秒 - YouTube

これが「出した価値(エネルギー)がそのまま返る」という「回転寿司理論」です。

いいかえれば、これがカルマの法則を回転寿司に見立てた「説明モデル」です。


世の中の現象は「エネルギー」が、回転・循環しているだけなのだと私は思っています。

「エネルギー」とは、「情報」「時間」「手間(運動エネルギーなど)」「物」「お金」「愛情」「気」などのことです。

回転をベルトで滑車(プーリー)に伝達することで成り立っている機械を考えてみてください。

ベルトがいくつも掛かっている、

「ベルトが送り込まれたのに、ベルトを送り出さない」=「滑車の回転を下げすぎる」と「ベルトが余って、ベルトが外れる」という現象が起こります。

「滑車の回転を上げすぎる」と「ベルトが余って、ベルトが外れる」という現象が起こります。

「ベルトが外れる」=「回転が伝わらなくなる」とは、「エネルギー」が回転・循環しているシステム(系)から除外される(関係性の破綻:はたん)ことを意味します。

これはいわば「交換経済」の経済主体(経済に参加するメンバー)として除外された(レギュラー落ちした)状態です。

「ベルトが送り込まれる量」と「ベルトを送り出す量」は、常にバランス(均衡)している必要があるのです。

結局、「ベルトが送り込まれる量」と「ベルトを送り出す量」とが、ちょうど同じになるように、回転数を合わせ込む必要があるのです。

そこで、一方的に「マイペース」という概念を持ち出すと「不調和」が起こります。

「ベルトを送り込んでくる直接の相手」との間で調整をおこないながら、「ベルトが送り込まれる量」と「ベルトを送り出す量」を決定する必要があるのです。

そして「ベルトが送り込まれる量」と「ベルトを送り出す量」が均衡していてこそ「Win X Winの関係」を築くことができるのです。


他者の犠牲になりすぎない。 つまり与えすぎない。 これも大事です。

他方、けっして一方的に奪い取らない(片務的関係の解消)。 奪い取りすぎない。 これも大事です。

ちょうどよい、真ん中があるのです。


現在、「winner-takes-all(勝者が利益を独り占めする)主義」が横行しているのですけれども、この「winner-takes-all主義」を要素に分解していくと、「勝者と敗者をつくる小構造」が連なっていることがわかります。

それはタテ社会、いいかえれば、イヌ・サルが群れを形成するときの内部ルールである「序列」を基調とした人間関係の連鎖を意味します。

この「タテ社会」「序列」「イヌ・サル型の群れの形成」は、高次元の世界では起こらないようです。

つまり「タテ社会」は、低次元に独特の「文化」。

高次元の社会では、「Aさんの得意」と「Aさんの不得意」、「Bさんの得意」と「Bさんの不得意」などを絶妙に組み合わせることによって、1つの「機能チーム」を形成します。 いわば「助け合いの社会」です。

しかし例えば、Amazonは「winner-takes-all主義」で動いており、Amazonは関連業者を泣かせながらのさばっている。

2018年中に大きな政権交代を起こして、独占禁止法を拡充した法案を通し、Amazonだの楽天だのを「財閥解体」しないといけません。

タテ社会や「winner-takes-all主義」の横行は、富の偏在を生むし、経済主体の多様性を損ないますので、社会全体として不幸を招きますから、Amazonはぶっ潰す必要があります。 これが反トラスト法、独占禁止法の精神です。

いろいろな経済主体が多種多様な商品を売り買いする。 けっして「独り占めしない」。 けっして「取り尽くさない」。 そういう、持続可能で共存共栄を基調とする社会構造に作り替える必要があるのです。

具体的には、天皇の金塊を根拠とする資金で、Amazonの株式を買い取って、日本のネット通販の連合体がこれを利用します。

ヨドバシのウェブサイトは、Amazonのウェブサイトをベンチマークし、かつ、それを改良して作ってあるので、Amazonのウェブサイトよりも洗練されています。

タテ社会というのは、オリエント文明の国家の構造もそうですし、中世ヨーロッパの封建制の構造もそうです。

タテ社会というのは、安定はしますけれども、参加主体それぞれが直列つなぎであり、1個でも参加主体(電池)がはずれると機能しなくなりますので、「参加主体が逃げないように監視される」運命にあり、そういう抑圧が多いため、生きづらいです。

「暴力団・不良グループを抜けたい」と申し出ると、「最後にしめられる」というのがありますね。

独立問題で干されている「のん」「元SMPAのメンバー」「ローラ」などは、「暴力団・不良グループを抜けた人」と似たような仕打ちを受けています。

「タテ社会のルール」や「winner-takes-all主義」は、学校の成績順位、あるいは、入学試験(選抜試験)などで、私たちに刷り込まれます。

この「タテ社会のルール」や「winner-takes-all主義」に基づいて、「頑張ってる」「勝った」「輝いている」とか言っても、すべてウソですから。 「タテ社会のルール」や「winner-takes-all主義」では、クズのような社会しかできあがりません。


2つの主体の片方だけが、一方的に義務を負わされる関係を片務的関係といいます。

この片務的関係が連鎖されているのが、現在の社会における上下関係です。

「現在の社会における上下関係」を叩き込むために、学校・部活動があります。

その延長として、社会人が属する、会社・団体などがあります。

「社会の歯車」という言い方がありますけれども、これは「直列つなぎの電池」のように、必ず1方向にしか電流が流れないような「仕組み」の中に組み込まれてしまったありさまを意味します。

いわば、片務性の連鎖の中に、意図せず組み込まれてしまう。 これが「社会の歯車にされる」という状態です。

会社・学校・部活などでの上下関係(タテ社会)は、イヌやサルが群れを形成するときの序列とソックリです。

1000年王国がどうして崩壊するのかというと、プーリー(滑車)へのベルトの「送り込み」と「送り出し」の均衡が守られなくなるからです。

タテ社会という形式で社会を設計しても、すぐに破綻します。

いいかえれば、片務的な関係(AがBを抑圧して搾取する関係)によって成り立っている社会は、崩壊するのが早いです。

この主従関係=支配被支配関係は、今後の高次元地球にはそぐわない関係性です。 私の場合、この関係性は、感覚的に受け入れられません。

ひろゆき 金持ちなのにファーストクラスに乗らない理由がヤバいww - YouTube

「戦争や暴力をなくそう」などの絵空事を訴えても意味がありません。

戦争や暴力は、片務的関係(支配被支配関係)を強要するために使われるのです。

結局、自分が優位に立って相手を支配したい(振り回したい)と思う、その心が戦争や暴力と片務的関係(支配被支配関係)に直結しているわけです。

戦争や暴力が使われるのは、自分が優位に立って相手を支配したい(振り回したい)と思う、その心があるから。

いいかえれば、序列というものを信じる「黒い思想」があるから、戦争や暴力が使われるのです。

「序列」という「イヌやサルの群れの内部のような関係性」を肯定する「黒い思想」は、どこから来ているのか? 

それは、まず教育の中にある。 中学校から始まる「部活の先輩・後輩」という関係性の段階から「教育の中に、『イヌ・サルの群れの内部ルールのような序列思想』が組み込まれている」のです。

スクール・カーストも、「イヌ・サルの群れの内部ルールのような序列思想」に染まったクラスメイトたちが支えているのです。

ママ友どうしの序列(子供の公園デビュー、公園での遊び、ママ友ランチなどの際に適用される序列)などもあります。

そして大人の社会は、「イヌ・サルの群れの内部ルールのような序列思想」が具現化された社会です。

「イヌ・サルの群れの内部ルールのような序列思想」は、会社員や公務員の世界においてこそ、徹底されています。

田舎のほうでは、地域社会そのものが「イヌ・サルの群れの内部ルールのような序列思想」に染まっている。

祖父母・両親・きょうだいそのものが「イヌ・サルの群れの内部ルールのような序列思想」に染まっている。

そういうふうに、教育や家族関係や地域社会の人間関係の中に、「イヌ・サルの群れの内部ルールのような序列思想」が組み込まれている。

それでは、どうして「イヌ・サルの群れの内部ルールのような序列思想」というものが、そんなにカンタンに私たちの心を支配してしまうのか? 

これは、私たちの遺伝子の中に、「イヌ・サルの群れの内部ルールのような序列思想」が組み込まれているからです。

DNAそのものに、生得的な気質として、上下関係・序列関係を好む思想が組み込まれているからです。

私たち地球人類は、地球の黄金を掘削して集めるための労働をする奴隷として開発された人工生物です。 脳の構造を見るとわかるように、爬虫類の脳が最も内側にあります。 私たちのDNAには爬虫類の要素も含まれている。 いいかえれば、私たちは爬虫類と哺乳類とのハイブリッド種なのです。

脳の構造 爬虫類脳 - Google 検索

しかも私たち地球人類を設計した人たちは、人間を支配・制御しやすいように、「イヌ・サルの群れの内部ルールのような序列思想」をDNAに組み込んでいるのだと思います。

つまり「支配」「被支配」が連鎖することによって「直列つなぎのような群れを構成したいという欲求」(タテ社会を構成する本能)がしょうじるように、私たちの脳は、改造されてしまっている。

ある人の「信者」になったら、その人が間違ったことをしようとも、それすら肯定する。 そういった発想をする人を「属人主義者」と呼ぶことにしましょう。

「属人主義者」とは、「あの人は左翼思想」「この人は黒人差別主義者」「その人は聖者」など、「人間を『1人の人間』という単位(グロス単位)でしか判断できない人」であり、そういう人は「容易に個人崇拝をする人」です。

「容易に個人崇拝をする人」は、「教祖が神」というふうに定義すると、教祖がおかしなことをしても「教祖のやることだから肯定する」という発想をします。

この「属人主義者」(個人崇拝をする人)が、ヒトラーなどのカリスマ/独裁者を生む素地をつくっている。

カリスマ/独裁者は、熱狂の中で生まれます。 この「熱狂」とは、人間の冷静な判断能力が抑制され、ある種の本能がむき出しになった状態です。

そういった現象から逆算して、私たちの細胞には「属人主義者」(個人崇拝をする人)になりがちなDNAが組み込まれているのではないか? と疑ってみる価値が大いにあるわけです。

つまり「タテ社会を構成する本能」や「属人主義を肯定する本能」が、私たちのDNAに組み込まれている可能性がある。

何のために? 

それは、私たち地球人類というハイブリッド種のDNAを設計した人たちが、「地球人類を支配しやすいようにするため」でしょうね。

「宝塚の演者を崇拝するファン」や「ジャニーズ事務所のタレントを崇拝するファン」が「本能むき出し」「異常でキモいもの」に思えるのは、闇の勢力が私たちのDNAに仕込んだ「タテ社会を構成する本能(イヌ・サル型の群れを構成したがる遺伝子)」や「属人主義(カリスマ/独裁者を生む精神的な素地)を肯定する本能」をむき出しにしているからだと思います。

仏教の教えに、「人に帰依(きえ)せず、法(ダルマ)に帰依しなさい」というものがあります。

これは、対象が「釈迦牟尼などの聖者」であっても、「個人を崇拝してはならない」という戒めです。

ヒトラーなどのカリスマが、どうして生まれるのか?  カリスマを支える愚かな大衆が湧いて出るからだよ。

カリスマを支える愚かな大衆は、「タテ社会を構成する本能」や「属人主義を肯定する本能」を抑えることができない。

カリスマを支える愚かな大衆は、「熱狂」という「精神のハウリング状態」を、理性による冷静な判断力、あるいは、強い意志力によって抑制することで、いったん「冷静な状態を取り戻す」だけの精神的パワーのない人たちなんだ。

これまで「熱狂」によって、多くのスターが生まれてきたけれども、これって「タテ社会を構成する本能」や「属人主義を肯定する本能」という私たちのDNA上の脆弱性を、テレビなどのマスコミ報道などによって巧妙に突かれた結果でしかないと思う。

テレビを見ると「タテ社会を構成する本能」や「属人主義を肯定する本能」が活性化されて、「熱狂」が起こるようになってるんだよ。 これは「コンピュータなどの暴走」に近いもので、私たちは「暴走」によって「スター」「カリスマ」を崇拝させられていただけ。 あれは「洗脳」だもんなぁ。

スーパースターもブームが過ぎ去れば、「神」から「ゴミ」への転落。 ボロカス言われる。

「タテ社会を構成する本能」や「属人主義を肯定する本能」という脳の脆弱性を突かれただけなのだから、脳がリセットされたら、再び暴走することはない。

「愚かな大衆が、それぞれの脳を暴走させた結果として見た共同幻想」を真に受けない冷静さが必要。 結局、いったん冷静になった人が、再び「熱狂」することはない。 「花火は1回しか燃えない」という理論。

カリスマを支える愚かな大衆は、近いうちに目覚めるでしょう。 2018年は、みんなが「古い社会のしきたり」などを疑問視し始めて、世の中が大きく変わるらしいです。

そういうとき、「内容的にも面白く、高音質・高画質の動画だけをコツコツと積み上げてきたホンモノ」だけが生き残るのだと思うわけです。 「小手先の逃げ」でごまかさない人生ですね。

世の中が平和になるためには、「タテ社会を構成する本能」や「属人主義を肯定する本能」を私たち自身が克服する必要があるのです。

例えば、政治の世界で、代議制というものも属人主義を根本とした制度だよね? 

「ある人を支持するか・支持しないか」だけの選択肢しかなくて、個別具体的な法案の可否について、国民・市民が直接タッチできない仕組みになっている。

結局、代議制や政党政治というものも、「政策の抱き合わせ商法」なんだよね。

憲法改正反対、裁量労働制反対、TPP反対とかの個別案件について「スマホでアンケートを取る」ことによって、直接民主制を部分的には実現できるだけの技術的な環境は整っている。

技術的な環境は整っているのに、それを実行しないのは、代議制や政党政治にしておいて、彼らの「独裁制」を維持存続させたほうが、彼らにとって都合がいいからだよ。

ファンにかんして「1人の人間」という単位で、全面的に「信者」と「アンチ」として分けられるわけではない。

1人のファンに注目した場合、「案件」「物事の側面」ごとに、個別の意見をもっている。 これが普通だろうと思う。

「タテ社会を構成する本能」や「属人主義を肯定する本能」は、乗り越えなければならないと思っていますよ。

つまり私は「イヌ・サルの群れの内部ルールのような序列思想」が大嫌いです。

「イヌ・サルの群れの内部ルールのような序列思想」に染まりやすい人たちは、運動部ノリの好きな連中。

一言でいって、コイツらは群れる=徒党を組む。

不良グループみたいなノリをもっている。

一人一人は悪い人間じゃないのだろうけどね。


いわゆるアセンションとは、この遺伝子に組み込まれた「イヌ・サルの群れの内部ルールのような序列思想」「カリスマを崇拝したがる思想」など、さまざまな制約を乗り越えて、より人間らしい、本来の姿に戻ることを意味します。

「人間が人間らしく生きられる世の中」を目指すためには、この「イヌやサルのような関係性(片務的関係性の連鎖)」を解消する必要があるわけです。

いろいろなハラスメントが世の中で問題となっています。

このハラスメントを日本語的に表現すれば、「片務的関係性の強要」=「一方的に従わされる関係性を強要されること」でしょう。

「世の中が変わる」とは「人の心が変わる」ことです。

「世の中」とは「人の心」「人の精神」にほかならないのです。

「イヌ・サルの群れの内部ルールのような序列思想」を捨てなければいけませんよね。

それか結局、関係する相手との間で、「送り込み(INPUT)」と「送り出し(OUTPUT)」とを調整し合うことでしょう。

 
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