文系の進路について限定して

この記事で私は、文系の進路について限定して話題を展開していきます。

文系というのは、社会科学系(法学部、経済学部、商学部、経営学部など)と人文科学系(文学部など)のことです。


強調しておきますけれども、例えば、日大にも医学部があり、歯学部があり、薬学部がある。 あるいは、日大には芸術学部がある。 こういった「専門性を育てる学部」は、この記事の話題から除外しているのです。

この記事では、「文系学部の出身者の進路」「文系への進学ってどうよ?」というくくりで話題を展開しているのです。

文系|畜への道

文系の進路としては、「役所や大きな企業にホワイトカラーとして就職する」ということが想定されているのだと思います。

民間企業の給与所得者を、よく「社畜」といいます。

そして「社畜より公務員のほうが『上』」というふうに思われているのかもしれません。

しかし、社畜も公務員も、同じ「畜(ちく:wage slave:賃金奴隷)」に属する奴隷で、概略、同じものです。

学業を終えた後の進路には、大きく分けて「畜の道(就職して給与所得者となる道)」と「独立個人の道(個人事業主になる道)」があると思います。

「独立個人の道(個人事業主になる道)」で問われるのは「価値を創造する力」です。

勉強ができる・できないによってランキングをつけても、それが「価値を創造する力」と比例する保証はありません。

物事が正確に早く処理できる。 これを「仕事ができる」といったりします。

けれども、AI、ICT/IoT、ロボットが活躍する時代になると、それはソフトやハードが行うから、そういう「仕事のできるヤツ」がいても意味ねぇんだよな、となるはずです。

英語の得点力、現代文と古文の得点力、世界史Bの得点力。 そういったものを測定して、早稲田に受かった、慶応に受かったとかいっても、それが「価値を創造する力」の証明になるわけもありません。

例えば、放送作家の世界を考えてみてください。 日大芸術学部出身の放送作家が天才的な才能をもっている。 その一方で、早稲田出身の放送作家が、まったく使えなくてクビになる。 こういう場合もあるわけです。

学歴と実力が比例しない世界も多いわけです。

人間の能力を測定する尺度は無数に存在しますので、学力という1つの尺度、しかも総合得点という1つの尺度だけで比較しても、そこまで意味があるとも思えません。

私は学力にかんして、数学だけ得意だとか、物理だけ得意だとか、1科目だけ飛び抜けている人を、もっと優遇するべきだと考えています。 彼らの中に天才が混ざっている可能性もあるわけです。

役所や大企業などは、学歴や試験の成績といった、いわば「実務能力とは関係のない部分による評価」で序列が決まるような、特殊な世界なのです。 この特殊な世界が「世の中のすべて」だと考えていると、思い上がりによって、後から振り返れば黒歴史になるようなこっぱずかしことを やらかしちまいがちですので、注意する必要があります。

学歴が「下」とか思って見下していた人が、じつは自分よりもずっと実力があったとか。

そもそも、どのような人間でも、適材適所に配置すれば、人間は役に立つのです。

そして、適材適所というのは、学歴とかで決まるというよりは、個々人の「それがやってみたい」という直感によって決まる部分が大きいと思います。

自分に才能があるからこそ、「それをどうしてもやってみたい」と思うわけです。

世の中には「勉強を喜び、楽しみとする人種」と「勉強を悲しみ、苦しみとする人種」がいます。

それで、どちらが良い、どちらが悪いということはありません。

「勉強を悲しみ、苦しみとする人種」に自分が属していると思ったら、学歴を高めるための競争から離脱して、別のマップを探してみることをおすすめします。

これまで人間界では、「自分の苦手なことを我慢しておこない、苦手を克服することを進歩と考える」という風潮が強すぎたように思います。

勉強以外に「やってみたいこと」があるのに、周囲の同調圧力に屈して「いまは勉強しないといけないのだ」という「我慢をする」ように、私たちは洗脳されてきました。

その「やってみたい」ということが、単にサボりたいなどの自堕落なことではなく、自分の深い部分からの叫びであれば、勉強よりも「やってみたい」ほうを優先させてもいいと私は思います。

それが「天職」を見つけた瞬間かもしれないのですから。


原則論を述べれば、文系学部の卒業生は、学校で習う以外の何事かを自分で身につけないかぎり、概略、畜(雇われた奴隷)になるしかありません。

もちろん、大学生の進路は多種多様ですから、この話題は「話を単純化/モデル化」しているのであって、けっして「実態がそうである」というふうには思わないでください。 大きな傾向を、極端にデフォルメして説明している(わかりやすさのため)わけです。 したがって、実際には「こういうふうに違う」というものがあると思います。

ですので、ここでの話をけっして鵜呑みにせず、だいたいの雰囲気として捉えてください。


関東地方の文系学部にかんしては、東大、一橋大、早慶上智、GMARCHなどといった大学のランクがある。 そういうことになっている。

理科大とか入ってないことからわかるように、文系のことですよ、文系。

●早慶上智:(早稲田大学、慶應義塾大学、上智大学)

●GMARCH:(明治大学、青山学院大学、立教大学、中央大学、法政大学、学習院大学)

大企業の学歴フィルターをギリギリで通過できるのは、GMARCHまでらしい。

つまり大企業の一部は、エントリー段階でGMARCH未満は門前払いするらしい。

そしてGMARCHですら、学歴フィルターによって門前払いされる場合もあるらしい。

「文系進学からの大企業への就職」というマップにかんしては、GMARCHが「底辺」であり、GMARCH未満のランクの大学にしか合格できないとしたら、大学進学そのものが無駄なのだと私は思いますよ。

そして、GMARCHに合格できそうにない見込みなら、大学受験をすることそのものが無駄なので、高卒から就職したり、専門学校へ行ったりしたほうがいいかもしれない。 ガチでそう思います。

ここには、極端なことを発言して注目を集めようとか、そういう邪心はありません。

ここで述べていることは、投資でいうところの「損切りをするタイミング」の問題なのだと思います。

みなさんが、中学時代、高校時代の友達と「近い関係」にある時期においては、「友達よりも下」とか「友達よりも上」とか、 そういう「比較」の観念にとらわれて、大学のランキングという「あまり重要とはいえない指標」に意識を向けてしまいがちになっている。 そういうふうに思います。

ですので、私大文系という「私から考えれば『将来が危険な進路』」であるにもかかわらず、 「明治より早稲田のほうが上」など、「将来が危険な進路」という矮小化された世界の中での上下論に、意識をすり替えてしまっているように見えるわけです。

沈みゆく大型客船の甲板で、艦橋(ブリッジ)のほうが遅く沈むから安全だとか、そういう競争をしても意味がない。

私大文系なら、いや、文系なら、たとえ東大法学部でも、大沈没すると私は踏んでいるのですよ。

東京の有名大学が定員を絞って入りにくくなったところで、私大文系という「私から考えれば『将来が危険な進路』」が危険であることには、何も変わりがありません。

「早稲田の系属校から早稲田大学へ」「慶應義塾の系属校から慶應義塾大学へ」といったルートを使って入れる学部は、文系学部が大半でしょう。

中学受験とか、高校受験で「早稲田の系属校を受験する」などのことは、投資に見合ったリターンという意味において、釣り合わない場合が大半ではないかと思うのですが。

大企業ですら、余分な雇用を抱える余裕は、なくなってきています。

東芝がこんな状態になるとは - Google 検索

東芝がこんな状態になるなんて、信じられないと思います。 三洋電機はPanasonicに飲み込まれ、SHARPは台湾(ホンハイ精密工業)の外資系企業になってしまいました。

メガバンクですら大きな人員削減をおこなっています。

中小零細企業には、余分な雇用を抱える余裕は、もともとありません。

「大学の文系学部を出て民間企業に就職する」(畜の道)という将来の描き方について、無警戒・無防備な感じを、私は強く受けます。

もともと、「学歴と職業の安定度」「学歴と生活の幸福度」は、必ずしも比例しません。

そして、大学の文系学部(社会科学系・人文科学系)は、そもそもが「虚の学歴」(「手に職がつく」こととは無関係な学歴)であり、新卒時に「バカではない」ことを証明するための「良畜スタンプ」でしかありません。 この「良畜スタンプ」は、新卒時の1回かぎり有効なのであって、その後の再就職では、あまり役に立ちませんよ、たぶん。

ただし「虚の学歴」のうち、GMARCHに手が届くのだったら、大企業への就職にチャレンジができる。 けれども、文系であるかぎり、手に職はつかないので、解雇されて再就職するときには、文系であり手に職がないことによって、相当な苦労が予想される。 運良く再就職が叶ったとしても、年齢が上がるにつれて、再就職は困難になるので、どんどん行き詰まっていく。 この道は、みなさんにおすすめできません。

解雇されても、スキルそのものは、あなたご自身に内在する、そんな職種。 例えば、調理ができるとか、電気工事の資格があるとか、クレーンやユンボ(パワーショベル)のオペレーターができるとか、Illustrator/Photoshopが自在に扱えるとか。 そういう職種ならば、解雇されても怖くないわけですよ。

実際的な話として、早稲田の文系にチャレンジするほどの頭脳があるのだったら、 見かけ上の大学ランキングが下でも、 工学系(一例:山口大学工学部などマイナーな国公立大の工学部)に進んだほうが雇用が安定する傾向があると私は思うのですけれども。

このランクを落としてでも理系へ という「自己防衛手段」は、けっこう有効だと思うのですよね。

大企業がバタバタ倒産するような時代ですから、「解雇されても、スキルそのものは、あなたご自身に内在する、そんな職種」ということが、とても大事なのだと思うわけです。

そのスキルの1つが、「理系への進学と、そこで取得できる電気工事や危険物取扱などの資格」であり、それが自分に向いていないと思う人は、アート系でも、調理系でも、好きな専門学校へ進学すればいいと思います。


種明かしをすると、闇の勢力が社会構造を設計するとき、分断統治を行うために、社会をわざわざ階層に分けるわけです。 経済格差、学力格差、情報格差など。 それらによる優越感と劣等感によって、民衆が一体感をもつことなく、協力し合うこともない。 その状態(分断統治のために階層分けされた状態)を作り出すために、高校進学の段階で、第1の階層分けをします。 そして大学入試で第2の階層分けがあり、就職時に第3の階層分けがある。 そう思ってください。

みなさんが、大学のランキングを気にするということは、すでに闇の勢力の洗脳にかかっているわけなのです。 自分が序列のどれぐらいの位置にいるか。 そこを気にした時点で、分断統治のワナにかかっていることになります。

「大学のランキングを気にする世界」とは別の世界で生きればよいのですけれども、中学での内申点とか、高校入試におけるランキングなどで、「他者と比較する」という観念が刷り込まれてしまっている。 だから、劣等感や優越感に振り回されるわけなのです。

「手に職がつく」という観点から、能動的に大学・専門学校を選別してみてください。 東京大学法学部が、とてもコスパの悪い学部だとわかりますよ。

「ランキングが」「序列が」という観点からしか大学を見ることができない人は、もっと観自在にならないといけないと思います。

光を当てる角度によって、対象はまったく違って見えるようになるものです。

マイナーな国公立大学の理系学部を狙うことによって、そこまで苦労せずに、就職したり、安定な雇用が確保できたりする可能性がある。

この観点からすると、中学時代から数学と理科と英語だけはしっかりやっておき、あとはちゃらんぽらんでもいい。

その空いた時間に、アニメでも、ゲームでも、自分が好きで得意とする趣味に没頭すればいい。

そうやって、うまい設計をしておくと、芯を食った努力がしやすくなり、無用の苦しみを受けたり、無用の努力を強いられたりすることもないように思うわけです。


手に職がつくかどうか。 この視点から見れば、東大法学部(官僚になるのに最も有利な進路)の出身者でも無能だと私は思っていますよ。

官僚になっても、幸せではありません。 官僚は課長クラス以上になるとロッジへの入会を勧奨されます。 官僚になって出世したければ、フリーメーソンに入会することになる。

Most Worshipful Grand Lodge Of Japan – F&AM

フリーメーソンの中では序列があって、その命令系統で日本の官僚機構は動かされています。 いいかえれば、中央省庁はフリーメーソンのコントロール下にあります。

日本を護らんとして闘ってきた田中派・経世会の主要メンバーは、政治生命を絶たれるか、実際の生命を絶たれています。

自民党の二大派閥、「清和会」と「経世会」 : 日本人の覚醒【The Awakening of The Japanese】

他方、清和会の人たちは、安泰であり、清和会の人たちは、平たくいえば、闇の勢力の走狗(そうく)として、売国を行うお役目を担っています。 安倍首相、麻生財務大臣は売国のためのパペット(操り人形)です。

平成研究会 - Wikipedia

日本を護るために政治家になるということは、暗殺されるということ。

日本を護るために官僚になるということは、暗殺されるということです。

中央省庁での自殺事案は、けっして珍しくありません。 平たくいえば、田中派・経世会と同じこと(護国)を行えば、田中派・経世会の政治家と同じく、実際の生命を絶たれるわけです。 東大の文系へ進学したり、国家公務員上級試験を受験するさいには、このあたりも勘案して、よく考えてから進学・受験してください。

官僚 自殺 - Google 検索

ここまでに指摘した危機については、現在、急激に改善されつつあるようです。

しかし安倍政権が現状で倒れていないことからわかるように、まだ闇の勢力の支配が続いていることがわかります。

あともう少しで、こういう世界は終わります。


文系学部に進学しても手に職はつきませんので、文系学部というのは、「見せるための学歴」をつけるためにあるわけです。

いいかえれば、「バカでないことを証明する」ために文系学部への進学は存在するわけです。

GMARCH未満のランクの大学(文系)へ進学した場合、これは2つの意味で「その人の愚かさ」を証明して回っているようなものです。

その2つの意味とは、GMARCHに合格できないという「学力のなさ」という意味と、「GMARCH未満でも大学へ進学してしまう」という「見切りの悪さ」という意味です。 学歴社会で勝ち組になれないことがわかったら、学歴でない社会へ飛び込めばいいのに。

もちろん、世の中はコネで決まる部分がとても大きいため、GMARCH未満の大学でも、よい就職ができる場合もかなりあるでしょう。

しかし、大きな傾向としては、GMARCH未満の場合、学歴とか、学力で勝負する世界に参入することそれ自体が間違っているのかもしれない。 この点をよく考える必要があると思います。

「大企業への就職を目指す」というマップの中でGMARCHが「底辺」だとしたら、「底辺」未満に進学しても、どうしようもないのですね。

ということで、「自分には学力がない」という思いが強い場合、「大企業への就職を目指す」というマップ<以外の>マップを選択して、そちらへ飛び込んでみてはどうでしょうか?  そういうことを、この記事では述べたいわけです。

私は、手に職のつく(スキルが個人に内在する)ような、そんな職業で構成されたマップのことを想定しています。

それは、企業の誰かに「評価」してもらって、その企業の「畜」にしてもらうとか、そういうふうでないマップです。

尖っていれば何でも武器になる。

その「尖っていること」が、実際に武器になるような、そんなマップを選んで、そちらへ飛び込んでみる。

これが、今後の若い人たちがつくっていく、新しい世界のあり方ではないのかと、そう思うわけです。

ハッキリ申しますと、企業で就職希望者を「評価」するその人自身が、「老害」そのものであったりする場合もある。

いいかえれば、あなたが尖っていれば尖っているほど、「老害」厨には、その価値を理解することができず、あなたの「評価」は下がる可能性がある。

結局、「老害」厨とか、うざい先輩など、自分が縁をもちたくないたぐいの人たちとは別のマップを選択して、自分の作品を購入してくれる顧客と直接的につながればいいのです。

文系は「新卒時に『見せるため』の学歴」にすぎない

「文系学部への大学進学」とは、「新卒時に人事担当者に認められるための大学進学」なのだと思います。

新卒時を除いて、文系学部を卒業したという学歴が役立つ場面は、まずないでしょう。

再就職をするときには、職歴のほうが大きな要素になるものと思われます。

文系学部の出身で、運良く大企業へ就職できたとしても、解雇された段階で、ふつうは追い込まれてしまいます。

それは文系出身だと手に職がないことが多いためです。

文系学部では、手に職がつくようなことは教えていないわけです。

技術職でない場合、解雇されたら再雇用されることは、難しくなります。

もちろん、文系出身でも、多くの場合、再雇用してもらうことは可能でしょう。 可能だけれども、苦労することは確実ですし、新卒時に就職した企業より「下」のランクの企業になってしまうことも多いと思います。

結局、手に職のつく(スキルが個人に内在する)ような、そんな職種を選ぶことが、とくに学力の世界が性(しょう)に合わなかった人にとっては、大事なのではないかと。

手に職のつく(スキルが個人に内在する)進路とは、 「大学の文系学部でない学部へ進学する」 「専門学校に進学する」 「就職する/弟子入りするなどして修行する」 「アルバイトをするなどして自学自習でスキルを身につける」 などです。

デジタル革命による「稀少性が価格を高める効果」の消失

Blackmagic Design〔ブラックマジックデザイン〕は、DaVinci Resolve 14において、
「動画編集ソフト+カラーグレーディング機能」を担当するDaVinci Resolve〔Blackmagic Design〕の中に、
「高度なオーディオ録音・編集機能」を担当するFairlight Audio〔Blackmagic Design〕を統合していました。

Blackmagic Designは、DaVinci Resolve 15において、
「動画編集ソフト+カラーグレーディング機能」を担当するDaVinci Resolveの中に、
「高度なオーディオ録音・編集機能」を担当するFairlight Audioに加えて、
「3DCGを基調とするエフェクト機能」を担当するFusion〔Blackmagic Design〕を統合しました。

DaVinci Resolveも、Fairlight Audioも、Fusionも、当初はBlackmagic Designのソフトではなかったものを、Blackmagic Designが買い上げて、 大規模なアップデートを行い、しかもDaVinci Resolve 15では「無償版(機能制限版)」と「有償版(税別33,980 円)」というかたちで提供している。

注目すべきは、以前はそれぞれが高額であったソフトが3本も統合されたDaVinci Resolve 15が――これはBlackmagic Designの囲い込み戦略の一環なのですけれども――「有償版(税別33,980 円)」という捨て値で販売されている(ほとんど只で配っている感じ)ことです。

DaVinci Resolve 15 | Blackmagic Design
DaVinci Resolve 15 – Fairlight | Blackmagic Design
Fusion 9 | Blackmagic Design

DaVinci Resolve 15が何を考えているのかというと、1つにはAdobeを倒すことでしょう。

DaVinci ResolveでPremiere Pro CC〔Adobe〕に対抗する(事実上は倒す)。
Fairlight AudioでAudition CC〔Adobe〕に対抗する(事実上は倒す)。
FusionでAfter Effects CC〔Adobe〕に対抗する(事実上は倒す)。

Blackmagic Designの戦略は、たぶん、こんな感じでしょう。

ユーザーのサイフにある「使えるお金」(バジェット)を一定と仮定する。 例えば、Adobe Creative Cloudに年間6万円も取られる。 その結果として、Blackmagic Designのハードウェアを買うお金が捻出できない。 だとするならば、「動画編集ソフト、カラーグレーディングソフト、オーディオ編集ソフト、3DCGソフト」をまとめて、かなりの低価格で提供することによって、 Adobeがユーザーから吸い上げている料金を、Blackmagic Designに付け替える。

Blackmagic Designが決死の覚悟で動画編集ソフトを無料に近い状態にしている。 「ハードウェアを売る」という逃げ道をもっていないAdobeは、かなり追い込まれるでしょう。

ということは、Adobeという巨大な企業に務めている人でも、安泰とはいえないわけなのです。

このAdobe VS Blackmagic Designの戦いの狭間で、消費者が大きなメリットを受け、かつ、Adobeのようなgreedyな(グリーディ:貪欲な・過度の欲張りの)企業を市場から追い出すことによって、市場が健全化される。

「消費者が大きなメリットを受ける」とは、DaVinci Resolve 15という「ほんらいなら買い切りで30万円ぐらいするかもしれないソフト」を3万数千円でゲットできる、などのことです。

このBlackmagic Designの戦略的なところは、AppleやMicrosoftを倒す戦略まで巧妙に盛り込まれている点です。 DaVinci Resolve〔Blackmagic Design〕がLinux(CentOS)上で動くということです。

世界のいろいろなソフトが、for macOS、for Windowsのほかに、for Linuxを用意するようになってきています。

映像制作においてレンダリングを分散しておこないたい場合、たくさんのPCを使いたいけれども、このとき1台に1ライセンスというWindowsのコストが大きな問題となります。 Windows 10はPro以上でないと(Homeだと)、好き勝手なタイミングで更新プログラムの自動更新が始まり、勝手に再起動されたりします。 少なくとも、仕事で使うPCにWindows 10のHomeはあり得ません。

こうした場合、Windows 10 ProのPCを何十台もそろえるよりは、Linuxを導入したほうがコストカットができます。 レンダリングに使うPCは、使い勝手がいい・悪いというのは関係がありません。 とにかく堰堤に動けばいいのです。 そういう用途のPCに、Windowsを入れる必要はない。

さらにmacOSの場合、レンダリングを分散して行うなどの用途には、Mac Proを使うことになるでしょうけれども、 Windows機以上にMac Proは高額であり、誰もが導入できるものでもありません。

学校や大企業で、PCを200台も300台も入れる場合、Linuxにすることによって、相当な節約になるでしょう。

Microsoftは、PCの普及に貢献してきたのですけれども、いまや「お邪魔虫」になってしまっています。

Windows XP以降は、ユーザーからの強い反対を押し切って、「Microsoftを存続させるために新しいWindows OSを出す」といったような姿が見て取れます。

私は使用できるソフトの関係から、あえてWindows 8.1を使っていますけれども、このWindows 8.1のサポートも切れるときがくる。

こうやって、意味のない改訂をくり返し、古いWindowsが使えないようにして、またカネを取る。

この繰り返しに、飽き飽きしていますよ、こちらは。

Adobeの月額制(年額制)、いいかえれば、サブスクリプション契約は、使っていなくても料金が取れる、まさにNHKと同じ方式です。

こういうことを考えて推進するのは、イスラエル系の企業というか、ユダヤ人の知恵というか、闇の勢力というか、そちらの文化です。 私はこれが大嫌いですけどね。

AdobeとAvid Technology(Pro Toolsというレコーディング用のソフトで有名)は、クリエイターの世界では、どうしても付き合わなければならないソフト外車ですけれども、 この2社はサブスクリプション契約をさせて、強引にお金を取るような部分があり、私には合いません。

ちなみに、Blackmagic DesignのFairlight Audio〔Blackmagic Design〕は、Pro Tools〔Avid Technology〕をつぶすこともできるぐらいのポテンシャルをもっています。

サブスクリプション契約とか、複利など、鬼の契約というのは、出所をたどっていけば闇の勢力とか、ネガティブな宇宙存在に行き着きます。

サブスクリプション契約とか、複利などは、近いうちに禁止されると思います。


宇宙の法則として、拡大した主体が、そのピークに達した後は、必ず縮小へ向かう宇宙からの作用が働くことになり、栄枯盛衰はいわば宇宙によって制御されているようです。

文明法則史学(文明800年周期説)
文明と経済の衝突 ―村山節+浅井隆 - るいネット
800年周期で文明の誕生と崩壊サイクル – 弥栄創生
村山 節 - Webcat Plus

結局、デジタル革命における競争では、「少欲知足:しょうよくちそく:little desire intelligence」の戦いになるわけです。

つまり最もgreedyな(グリーディ:貪欲な・過度の欲張りの)主体から淘汰されていく感じになろうかと思います。

ヤマト運輸が送料を値上げしたせいで、Amazonが「送料貧乏」への転落を開始ような感じに見えます。

Amazonは、3冊で最大8%引きなど、苦し紛れのことをやっていますけれども、そのうち書籍の送料無料を撤廃せざるを得なくなるかもしれません。

運送会社を使った配達で送料無料を実現するのは、やはり「消耗戦」になるので、健全でない側面をもつと思います。

送料無料を実現する現実的な方法として、「ネット注文の店頭受取」があり、 書籍の場合、「ネット注文の書店店頭受取(e-hon、Honya Club.com)」「ネット注文のコンビニ店頭受取(セブンネットショッピング)」が実際にあります。

オンライン書店e-hon : 本 コミック 雑誌 通販
オンライン書店Honya Club.com
セブンネットショッピング|本・CD・DVD 通販

Amazonのように実店舗をもたない場合、送料無料が長期化すれば、かなり苦しくなるはず。 またAmazonは脱法的に日本に税金を落としていないので、Amazonに対する課税に成功すれば、 Amazonが日本を出て行かざるを得ないことになるかもしれない。

商売が逆ざや的な感じになった場合、取引規模の大きい企業のほうが単位時間あたりに、より多くのダメージを受けます。 「送料貧乏」と「課税」によってAmazonが日本を撤退する日は、そう遠くないのかもしれません。

流通業に「安定な立場」などありません。 売上が下がれば容赦なく淘汰されていきます。 流通革命を起こしたダイエーも、現在ではイオンの傘下に入った「お荷物企業」になってしまいました。

結局、流通業は商品とお金を通すパイプですので、「神と自然は無駄なことをしない(God and nature do nothing in vain.)」 の法則に基づいて、最も通りやすいルートが利用されるだけのことです。

Amazonは、脱法的な節税で獲得した優位性を利用して、 定番・売れ筋商品の最安値を提示する というやり方でトップを取っています。

どこかでチートをしなければ最安値を出すことは難しいので、Amazonは誰かを泣かせて、売上トップを取っているはずです。

いったんAmazonに逆風が吹き始めたら、Amazonが泣かせてきた誰かが一斉にAmazonに反旗をひるがえすようになるでしょう。

Amazonがなくなても、それをカバーするネットショップがたくさんできていますので、Amazonが退出することによる影響は少ないと思います。

ヨドバシのサイトを見ると、Amazonのサイトを完全にベンチマークしてつくられていることがわかります。 多くのネットショップが、この形式を真似たほうがいいです。 Amazonに慣れている人が多いので。

Amazonに次ぐ規模のネットショップは下記です。

【2017年版】EC売上高ランキングまとめ――1位Amazon、2位ヨドバシ、3位スタートトゥデイ | 通販新聞ダイジェスト | ネットショップ担当者フォーラム

(1)Amazon | 本, ファッション, 家電から食品まで | アマゾン
(2)ヨドバシ.com - ヨドバシカメラの公式通販サイト【全品無料配達】
(3)ファッション通販ZOZOTOWN
(4)通販(通信販売)|ベルメゾンネット
(5)【楽天市場】Shopping is Entertainment! : インターネット最大級の通信販売、通販オンラインショッピングコミュニティ
(6)通販のディノス オンラインショップ
(7)Joshin webショップ - ジョーシンの公式通販サイト
(8)デルノートパソコン、デスクトップ、モニタ、プリンタ、周辺機器、ソフトウェア、ウルトラブックについて | Dell 日本
(9)ジャパネットたかた【公式】テレビショッピング|ジャパネットセンカ
(10)イトーヨーカドーのネットスーパー アイワイネット
(11)UNIQLO|ユニクロ公式オンラインストア
(12)デジカメ・デジタルカメラのことならカメラのキタムラ|カメラのキタムラ
(13)【ASKUL】オフィス用品/現場用品/医療・介護用品の通販 アスクル
(14)通販・テレビショッピングのショップチャンネル
(15)【ニッセン】ファッション通販 2018夏
(16)ビックカメラ.com | ビックカメラの公式通販サイト
(17)BTOパソコン・PC通販ショップのマウス【公式】
(18)テレビショッピング・通販|QVCジャパン
(19)moa 家電 - Google 検索
(20)セブン-イレブンのお届けサービス セブンミール: お弁当・おにぎり・お惣菜・食材セット - オムニ7
(21)化粧品・スキンケア・基礎化粧品の通販|オルビス公式オンラインショップ
(22)ピュアクリエイト 家電 - Google 検索
(23)Oisix 有機野菜などの食材宅配ネットスーパー | オイシックスドット大地株式会社
(24)【ニトリ】公式通販 家具・インテリア・生活雑貨通販のニトリネット
(25)家電と暮らしのエディオン -公式通販サイト- TOPページ
(26)エンタメ作品情報ポータル - TSUTAYA [T-SITE]
(27)DHCオンラインショップ|化粧品・健康食品・ファッション
(28)マルイのネット通販 マルイウェブチャネル
(29)ECカレント | 掃除機・炊飯器・デジカメなどの家電通販サイト
(30)パソコン(PC)通販のドスパラ【公式】

【ASKUL】オフィス用品/現場用品/医療・介護用品の通販 アスクル


いまMicrosoftが下り坂に入りつつあるように思います。

例えば、Microsoft Officeに対する評判は、Office 2003あたりをピークにして、大きく低下しています。

Amazon.co.jp: [法人専用] Office 365 Business | 月額版 | 購入後サポート付き | サブスクリプション (定期購入): ソフトウェア

同じく、Windows OSに対する評判は、Windows XPあたりをピークにして、大きく低下しています。

もちろん、Office 2003やWindows XPにもたくさんの欠点があったわけですけれども、事務用のPCということで考えれば、Windows XPとOffice 2003あたりが、よい頃合いでした。

その後のMicrosoftは、Windows OSもMicrosoft Officeも、改悪に次ぐ改悪という印象を拭えないまま、Windows 10に至っています。

現在、「予算が制限されている中、たくさんのPCを導入する」という場合、「高額なmacOS機の導入はあり得ない」「Windows機の導入もOSの更新にお金がかかりすぎる」といったことから、 「OSなしのPCを購入してLinuxを自分でインストールする」ということが増えているように思います。

実際、高校・大学・専門学校・大企業・官公庁などで、大量のPCを一気に導入する場合、1台あたり、あるいは、1ライセンスあたりの料金は少額でも、料金は使用台数分だけ掛け算されますので、どうしても「無料OS」「無料アプリ」が必要になる。

Microsoft Officeに対抗するものとして、LibreOfficeとApache OpenOfficeがあります。 両者はほとんど同じものです。 私はLibreOfficeを使っています。

ホーム | LibreOffice - オフィススイートのルネサンス
Apache OpenOffice - Google 検索

LibreOfficeとApache OpenOfficeの登場によって、Microsoft Officeを使う人が少しずつ減り始めています。

それによって、Microsoftはかなり焦っているのかもしれません。 それはMicrosoftが、従来のOSを無理やりWindows 10に切り替えさせていた、あの一件からわかることです。

Microsoftは、macOSやiOSのように、「囲い込まれたOSの内部でアプリを販売する」という形式に持ち込みたかったのでしょう。

しかしそもそも、Windowsは最初からオープンな世界なので、macOSやiOSの真似をしようと思っても無理だと思います。

なお、LibreOfficeとApache OpenOfficeは、Linuxでも使えます。

オンデマンドの利便性を知り、放送が色あせて見えるようになった

放送(broadcasting)を録画・録音して視聴するよりも、アーカイブされている動画・音声を視聴したほうが無駄がない。

YouTubeその他の無料動画配信、あるいは、有料動画配信(Abemaビデオ、Amazonプライム・ビデオ、auビデオパス、dTV、dアニメストア、FODプレミアム、Hulu、Netflix、U-NEXTなど) によって、私たちはビデオコンテンツのオンデマンド配信(on-demand delivery)の利便性に慣れ親しんでいる。

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放送時刻に合わせて、視聴者(顧客)が視聴させられる。

放送時刻に合わせて、ビデオ機が録画させられる。

この「放送局が王様」で「視聴者(顧客)が奴隷」という構図そのものが嫌われているのだと思う。

いいかえれば、ビデオコンテンツのオンデマンド配信の利便性を日常的に享受している私たちにとって、放送(broadcasting)という方式が基本的に「面倒くさいヤツ」でしかないのである。

「最新作をリアルタイムで視聴したい」ということでもなければ、テレビ番組を録画してまで視聴することもないだろうと、私は思ってしまう。

こうして、テレビを持たない人も増えきた。

テレビから人が離れる大きな転換点は、たぶん2つあったのだと思う。

それは「2001年の9.11」と「2011年の3.11」で、精神の敏感な人は、9.11や3.11の直後、精神のバランスを崩したようだ。

そして「2011年の3.11」以降の異常なテレビ放送から、本格的にテレビから人が去ったように思う。

当時すでに私はテレビを所有しておらず、2011年当時、何が放送されていたのか、よくわかっていない。

しかしYouTubeなどで後から見るに、津波被害の恐ろしい映像と、ACの不気味な広報CMが繰り返しテレビから流されていたことを知った。

その後、iPhone、iPadなどの急激な普及があって、インターネットを利用する人たちが急激に増えた感じがする。

それ以降、テレビを離れて、インターネットを情報収集・情報発信の道具とする人たちが増えたのではないか? 

このときが、テレビの「終わりの始まり」だったのだと思う。

その後、ニコニコ動画の隆盛と衰退(「ログインが必要」という点が大いに嫌われた)があり、YouTubeが天下を取り、さらに有料動画配信が人気となる。 「もはやテレビ放送からドラマ、アニメを録画する必要はない」という状態になっているようだ。 お金さえ払えばU-NEXTでは最新のドラマ、アニメが見られるらしい。 だったら、テレビって、いらないじゃん。 テレビがあったら、NHKが来るし、テレビ棄てたっていいんじゃね? 

人々がテレビ離れをして、受信料収入が減ってきたため焦ったNHKが、グッドスタッフによるヤクザまがいのNHKとの放送受信契約の強要をおこなうようになった。

これによって庶民の意識には、NHKは怖い、NHKが来るからテレビを棄てようという思いが芽生え、これがさらに庶民のテレビ離れを加速することとなる。

庶民から完全に嫌われたNHK。

こうして追い込まれたNHKは、インターネットで常時配信を行い、それをNHKとの放送受信契約を締結しなければならない根拠にしようとしている。 しかしインターネットだから、これは「放送」ではなく「通信」であるからして、「放送法の適用範囲外」である。

つまり「NHKが庶民から受信料を取る」ために、インターネットに逃げてしまった視聴者(顧客)を追って、NHKがインターネットに乱入してきたかたちである。

NHKは、やることがメチャクチャだ。

インターネットの普及によって、もはやNHKから情報を得る必要がなくなっている。

NHKについて、多くの人が「必要ない」、さらに「嫌いだ」と思っているのに、NHKがインターネットの中まで追いかけてきて課金しようとしている。

これは異常行動である。


(1)放送ではなく、オンデマンド配信(on-demand distribution)の利便性を視聴者(顧客)が知ってしまった。 時間に縛られる視聴は、もう御免こうむりたい。

(2)知りたい情報は、知りたいタイミングで、インターネットから得られるので、放送は必要としていない。 放送(ブロードキャスティング)という配信(ディストリビューション)の形式が、すでにオワコン。 視聴タイミングを強要されるのは御免だ。

(3)テレビがあるとNHKによって課金されるので、「テレビはマイナス資産である」と考えられるに至っている。 NHKがテレビを嫌われ者にしている感がある。

(4)テレビではCMを強制的に見させられる。 YouTubeだと「広告ブロックのアドオン」「2倍速再生」など、時間をムダにしない工夫ができる。

デジタル革命がディスインターミディエットをもたらし「中央集権」を消滅させる

以下にくだらないことをゴチャゴチャと書きましたけれども、 結局、 「インターネットが広く活用されることによって、ディスインターミディエット(媒介排除)という作用が社会の基本構造を変えてしまう」 「主体と主体とかダイレクトにつながり、媒介をしていた要素が必要ではなくなる」 ということを述べたいのです。

そうなってくると、製造業や運輸業など、「物質的に大規模なことをする」という大企業は残るけれども、 「コンテンツを配信する」などの大企業は、消滅するかもしれない。

「主体と主体とかダイレクトにつながり、媒介をしていた要素が必要ではなくなる」における「媒介をしていた要素」が、例えば、放送局であったり、新聞社であったり、出版社であったりする。

こうした分野においては、インターネットというプラットフォームを通じて、個人が参入し、生活してゆけるだけの収入が得られる可能性がある。 そう思うわけです。

大学の文系学部を出て、ホワイトカラーとして大企業に就職しても、大企業が倒産するのはよくあること。

勉強の世界が「自分に合っていない」と思ったら、勉強の世界にかんし、早々に見切りをつけて、 「技術の世界(ランキング下位の理系学部への進学を含む)」 「調理や製菓など飲食業のスキルの世界」 「アートや文芸などクリエイティブな世界」に 早くから転じてしまうことも考えたほうがいい。 そういうふうに思うわけです。


例えば、一般名称で非正規労働・非正規雇用とかいってますけれども、具体的には、労働者派遣法はパソナを儲けさせるために最適化されているのだと思います。

小泉政権のときに活躍した竹中平蔵さん(売国奴)がパソナの上層部にいる。

郵政を民営化して、事実上、ゆうちょ銀行のお金300兆円を外国勢力にあげちゃったのが小泉純一郎さん(売国奴)です。

竹中平蔵さん(売国奴)も売国に協力したので、パソナの偉いさんにしてもらった。

小泉さん、竹中さんは、清和会系の売国奴です。

そして、『高度プロフェッショナル制度』というのは、クラウドワークスを儲けさせるために無理やり通される法案であるようです。

結局、清和会系の売国奴によって、国家が私物化されているというのが現状であって、この状態は、年末までもたないでしょう。

これまで国家を私物化してきた売国奴たちは、逮捕されるなど、それ相応の処分を受けます。

郵政を民営化して事実上、ゆうちょ銀行の貯金を外国勢力に - Google 検索

パソナ 竹中平蔵 - Google 検索

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さて、デジタル革命の時代において、この「斡旋(あっせん)」とか「口入(くにゅう)」とかいわれてきた、人材派遣業というものは、自然の流れにまかせると、消滅する運命にあります。

というのも、デジタル革命の重要な側面として、ディスインターミディエット(disintermediate:媒介排除、中間要素の排除)という性質があるからです。

例えば、現在は坂田薫先生の化学の授業をスタディサプリで視聴しているとしましょう。

デジタル革命がより進展すれば、坂田薫先生ご自身が、動画配信と課金のシステムをもち、自分の生徒と直結する。 そういうことが可能になります。

このとき、スタディサプリという媒介を排除するかたちになる。 これがディスインターミディエットの典型例です。


この頃、デジタル機器などをメーカーサイトで販売するようになってきました。 例えば、PanasonicがLet’s noteを自社サイトで売ったり、NECや富士通がPCを自社サイトで売ったりしています。 SONYはカメラを自社サイトで売っていたりする。

そうすると、家電量販店やカメラ店が、最終的には必要でなくなるかもしれない。 これがディスインターミディエットの典型例です。


こういう実例を見て、この流れが、私たちに何をもたらすのかを想像するのは、とても易しいことです。

結局、非正規労働者が苦しい思いをするのは、パソナとかクラウドワークスとかに中間搾取されているからでしょ? 

しかしデジタル革命がグンと進展すれば、パソナとかクラウドワークスとかを吹き飛ぶはずです。

また、デジタル革命のパワーを使って、こうした中間要素は、私たちが主体的に吹き飛ばさなければなりません。

つまり、インターネット上においてP2Pでつながり合うことによって、そこでチームを組んで働く。 そういうことをすれば、パソナとかクラウドワークスなどの中間要素が介入する余地はなくなるわけです。

途中で栄養を吸い取るサナダムシの存在しない雇用形態を選び、彼らを干して枯らすことが、平和な生活を取り戻す道です。

ラマンチャの男(ホセ・カレーラス).wmv - YouTube


そうやって考えていくと、ディスインターミディエットが徹底されることによって、大企業は徐々に解体されてゆくはずです。

ただし、製造業、運輸など、事業規模が大きくないと成立しない大企業は残るでしょうけれども。

「ディスインターミディエットが徹底される」とは、「中間要素の消滅によって、市場の各参加者がP2P(Peer to Peer)で直接的につながり合う構造」へと、業界の構造、社会の構造が変化してゆくということです。

P2P - Google 検索

就職しなくても(畜にならなくても)生きてゆける業界というのは、個人事業主として、顧客とP2Pでつながることができる世界です。 それは具体的には、デジタルコンテンツと関係の深い領域(多くの業界にまたがっている)なのだということです。

デジタルコンテンツと関係の深い領域において、解体される可能性が高い「会社」というのは、「放送局」「映画会社」「出版社」「レコード会社」「芸能プロダクション」「塾・予備校」などだと思います。

思い浮かぶのは「エンタメ系」と「教育系」のデジタルコンテンツ配信。 この業界において、「ディスインターミディエット」「P2P化」「配信側の個人事業主化」が大きく進展し、独立個人としてのクリエイター、あるいは、教育者が、思いっ切り生きていきやすい感じになるであろうと、私は踏んでいます。

だから代々木ゼミナールが多くの校舎を閉じたのは、正解だったのだと思いますよ。 デジタル授業配信で現在成り立っている業者も、そのうち講師自身が個人配信を始めたら、どうなるかわかりません。

すでに「映像」「音声/音楽」「書籍その他文字・写真のコンテンツ」などデジタルコンテンツと関係の深い領域において、クリエイターが消費者に直接販売することが可能になっている。 実力さえあれば、そして、ネタが尽きなければ、この世界は、かなり見通しの明るい世界なのです。

note ――つくる、つながる、とどける。
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こういうクリエイティブな世界こそ、自分自身の深い領域と直接的につながり、本当の「自分」をそのまま出してゆくべき世界なのであり、この世界こそが、ある意味、最も健全な世界の1つなのだと思うわけです。

「自分の本質部分と直接的につながった状態で自己表現を行い、それが作品として購入され、それが生活をする糧になる」というのが、この世界です。

ほんらい、人間というものは、こういうふうでなければいけません。

やりたくもない仕事を我慢してやる時代は終わりました。


そういうクリエイティブな世界を志向して、個人事業主としてやっていくと決意したとしましょう。

そうしたら、大学でもクリエイティブな世界を学ぶ大学とか、大学でなければ専門学校とか、そういう方面にスパッと切り替えたほうがいいと思います、個人的には。

「ふつうの四年制大学ぐらい出ておかなくちゃ」という執着心が出てくるのも当然です。

当然ですけれども、Aの道と、Bの道との両方に、分散的に投資するよりは、一本の道に全力を傾注したほうが、成功するにしても、失敗するにしても、結果が早くわかるのです。

結果が早く出れば、修正することもできるわけです。

「クリエイティブな世界を志向して、個人事業主としてやっていく」としたら、その道をまっしぐらに進んだほうがいいと思うわけです。

それで、みなさんに申し上げたいことは、例えば、マンガを読むのでも、マンガを描くのでも、それに夢中になったら、罪悪感などの迷いを断ち切り、そのことに思いっ切り没頭してください。

勉強もそっちのけでマンガばっかり描いていた。 そういうふうに、尖ってください。

尖っていれば何でも武器になる。

そうして、自分が構築した世界観を最後まで究めてください。

それが内的探求(自分を知ること)にもなるし、よい作品にもつながると思います。

とにかく、P2Pのかたちで顧客と直接的につながる、disintermediateの徹底された世の中になる可能性が高い。

だから、よいコンテンツ、よい料理、よいお店などを、磨き上げるようにしてコツコツとつくり続けてください。

どこかで必ず花開くときがくると思います。


まず「とあるチームに加われば自分が偉くなったような気分になれる」といった考え方の人は、独立個人としてやっていくことは難しいと思います。

自分自身がブランドになるのではなく、ブランドのある集団に属すことによって、ブランドの権威を拝借してしまおうと。 この虎の威を借る狐には、畜の道が合っていると思います。

そもそも、学歴の高い・低いで劣等感・優越感を感じてしまうというこは、虎の威を借る狐の思考パターンが染みついてしまっているということであり、畜としての洗脳が抜けきっていないのだということです。

そういう人は、自分自身をブランドにすることはできないでしょう。

自分とつながって、自分を生きている人のことを、独立個人というのです。

そもそも「すでに確立されたもの」に後から乗っかって、ちゃっかりその勢いを拝借しちゃおうとか、そういう感じの人は、けっして大成はしないでしょう。

アーティストは畜であってはならない。

チームができると、チームに依存する気持ちが起こって、チームの畜になってしまう。 そういう側面があるような気がします。

アーティストはあくまでも、自己との対話をするものであって、アーティスト「自身」(self)を表現するものがアートなのだと思う。

チームをつくると、個の内奥を追究する「探検」がおろそかになる。 そんな気がします。

そうすると、オリジナリティを洗い出す、あるいは、オリジナリティを汲み出すことができずに終わってしまう。 そんな気がしているのです。

弟子入りとか、チームに入るとか、そういうことはしないで、独立独歩でやっていったほうが、結果として、素晴らしい花が咲くような気がしますけどね。

チームを組んだら、個として生きていくパワーが育まれなくなる。

だからチームはつくらないほうがいい。 私はそう思いますけどね。

もちろん、何か考えがあって、分業をするためにチームをつくるなら、別ですよ。

けれども、チームでやることは、基本的には、残念な結果を生むような気がします。

デジタル革命によって「誰もが情報の発信者」になれる時代が来た

情報の一方的な受信者にされるのではなく、情報を発信することができる。 それがインターネット。

放送を視聴させられる「奴隷」になるのは、もう御免だ。

「代議制」から「直接民主制」へ、という感じで、「マスコミやオピニオンリーダーに代弁してもらう」から「自分で思ったことを直接発言する」へ、という時代になった。

マスコミの必要性が薄れた。

私たちは「中央」や「リーダー」を必要としない状態になった。

「決めてもらう」のではなく「自分が決める」ことができる状態になった。


インターネットによって「誰もが情報の発信者」になれる時代が来た。

ということは、自分自身としっかりつながり、オリジナルなものを出していかないと、最終的には相手にされなくなると思う。

「誰かの真似」とか、「何々風にアレンジ」といったような「自分から生えた羽根でないもの」を付け毛にして自分を装飾しても、根っこの部分でオリジナリティがなければ、単なるくそコンテンツである。

外側へ意識を向けるのではなく、自分を探求し、自分の中身を掃除、整理する。

その結果として、「こういうふうなものがいいのではないか」という途中の結論をアウトプットする。

それが、まだまだ汚れていたり、拙いものであったとしても、自分の精一杯の中間報告として、アウトプットしてもいいような気がする。

アウトプットすることは、エゴを満たす部分もあるけれども、それが誰かの役に立つ部分もあると思う。

そして、アウトプットするからには、アウトプットした内容に責任が生じる。

マスコミのなしたことを批判するのは簡単だけれども、自分自身が情報発信者になったとき、何をなすべきであり、何をなすべきでないか。 それを判断することは難しい。

やはり失敗を重ねて、自分で痛い目に遭わないと、学習は起こらないように思う;

デジタル革命によって「中央集権構造」は崩壊するだろう

 
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