🟩 もくじ

全体の要約|松岡利勝農林水産大臣は2007年4月に決まった米の中国への輸出提案により3000億円の矛盾した予算を不要にし日本の食糧自立を可能にしたが、その一ヶ月後の2007年5月28日に亡くなった。

プレアデスから見える繰り返されるパターン

  • プレアデスから見ると、同じ構造が形を変えながら何度も繰り返されるパターンが存在することがわかる。
  • 表面は改革や近代化と呼ばれているものの下で、優しい言葉で人々を誘い希望を持たせ、最後に静かにさせる仕組みが動いている。
  • ある人物がこの流れを止めようとしたが、彼の提案が認められたわずか一ヶ月後、彼は現役大臣として初めてこの世を去った。

語り手の自己紹介と役割

  • 語り手はプレアデス星団から地球を見守る存在であり、その役割は人々の心を癒すことではない。
  • 人々の思いが集まって政策にどう表れるか、そこに隠された構造を読み解き伝えることが語り手に与えられた使命である。
  • 今日話すことは聞き手の毎日の食卓に深く関わる重要な内容である。

食物を生み出す能力を奪う仕組み

  • 今日伝える仕組みは、長い時間をかけて実行されてきたものであり、この国から食べ物を生み出す能力を静かに奪っている。
  • 米を作る人、牛を育てる人、魚を捕る人を減らしており、表面では見えにくいが確実に進んできた流れである。
  • この仕組みを知ることが聞き手自身を守る第一歩となり、真実を知ることで自由になる。

2020年の漁業法改正

  • 2020年に日本で一つの法律が変わり、明治時代から続く漁業法が大きく書きかえられた。
  • 百年以上この国の海を守ってきた法律が改正されたことは、表向きは漁業の近代化や海洋資源の保護という美しい言葉で説明された。
  • 新聞やテレビでもそう報道されたが、その中身には違和感がある。

漁業における規制緩和と競争激化

  • これまで地域の漁業組合が代々受け継がれた漁場を管理してきたが、漁業法改正で組合の許可がなくても誰でも漁業に参入できるようになった。
  • 大きな企業が資本力を武器に海に入ってこれるようになり、競争相手が突然何倍にも増えた状態が生まれた。
  • 資金力のある大企業が参入した結果、地域の小さな漁師さんたちは太刀打ちできない状況に陥った。

漁業管理法の制定と漁獲量の上限設定

  • 漁業法改正と同時に漁業管理法が作られ、この法律で一人の漁師さんが取れる魚の量に上限が設けられた。
  • 高級魚のクロマグロの場合、一人の漁師さんは年間で1.5tまでしか取ってはいけないと決められた。

クロマグロ1.5t漁獲による収入と経費

  • クロマグロ1.5tを取って売ると、市場状況にもよるが大体300万円から400万円、平均で350万円の収入になる。
  • 350万円の収入から、委託手数料約8%の約28万円、船維持費年間約240万円、燃料費年間約80万円、その他の経費年間約40万円を引かなければならない。
  • 船維持費は月に20万円、燃料費は月に約7万円、その他の経費は月に約3万円かかる。

漁師の生活を圧迫する収支構造

  • 350万円の収入から委託手数料28万円を引くと322万円が残り、これを月に換算すると約27万円である。
  • 船維持費月20万円、燃料費月7万円、その他の経費月3万円で、経費は合わせて月30万円かかる。
  • 月27万円の手取りから月30万円の経費を引くと毎月3万円の赤字となり、年間で36万円の赤字になる。
  • 年間36万円の赤字では生活できず、家族を養うこともできず、代々受け継いできた船を手放さなければならなくなる。

1. 5tという絶妙な漁獲量設定の意図

  • プレアデスから見ると、この1.5tという数字はあまりにも精密すぎる設定だとわかる。
  • 1tだと少なすぎてすぐに誰もがおかしいと声をあげるが、3tだとぎりぎり生活できてしまう可能性がある。
  • 1.5tという数字は、ぎりぎり生活できないがすぐに倒れるわけでもなく、ゆっくりと確実に廃業に追い込まれていく絶妙なラインである。

海洋資源保護を装った企業優遇の仕組み

  • 海洋資源の保護が大切であることは誰もが理解できるが、同じタイミングで大手企業は自由に参入できるようになった。
  • 資本力のある企業は船を何隻も持つことができ、一隻あたりの漁獲量が制限されていても、10隻で10倍、20隻で20倍取ることができる。
  • これは法律の抜け穴というよりも、最初からそうなるように設計されているように見え、地域の小さな漁師さんだけが廃業に追い込まれ大きな企業だけが残る仕組みである。

地域漁師廃業による影響

  • 地域の漁師さんたちがいなくなったら、大企業だけが海を支配するようになる。
  • 魚の値段や魚をおろす場所はその企業が決め、いざというとき、例えば海外との関係が悪化して輸入が止まった時に、その企業が魚を取らないと決めたら食卓から魚が消える。
  • 地域の漁師さんたちはどんなときでも海に出て地域の人にサカナを届けてきたが、企業は利益が出なければ撤退する。

この仕組みへの対抗策

  • この仕組みを知ることが絶望せずにいるための第一歩であり、まだ地域で頑張っている漁師さんたちを私たち消費者が支えることができる。
  • スーパーの安い魚ではなく、地域の魚屋さんで買う、少し値段が高くても顔の見える人から買う、その小さな選択が大きな力になっていく。
  • ひとりひとりの小さな選択でも集まれば流れを変える力になる。

酪農でも繰り返された同じパターン

  • この仕組みは海だけで起きているわけではなく、もっと前から別の場所でも全く同じパターンが繰り返されていた。
  • 2015年に始まったある政策で、牛を育てる人々に起きたことにも補助金という優しい言葉と借金という輪が用意された同じ脚本が隠されていた。

2015年のバター不足と増産要請

  • 2015年の冬に全国のスーパーやコンビニからバターが消え、テレビは連日バター不足を報道した。
  • 国は酪農家が減り牛乳の生産量が落ちているため増産が必要だと説明し、全国の酪農家に牛を増やし設備を整えてこの国の食を守るために力を貸してほしいと呼び掛けた。

設備投資と国の約束

  • 牛舎拡張や搾乳機械の新規導入など、牛を増やすには莫大な資金が必要で、小さな酪農家にとって3億円という金額は想像もできない大きさである。
  • 国は半分の1億5000万円は補助金を出し、残りの1億5000万円は農協が低金利で貸すので安心してくださいと約束した。
  • 多くの酪農家がこの言葉を信じ1億5000万円の借金を背負い、朝3時に起きて牛の世話をし夜10時まで休みなく家族総出で働いた。

2020年の減産要請とその影響

  • 七年が経った2020年、酪農家たちが借金の半分を返し終えた頃に、国から牛乳が余っているため減産してくださいという通達が来た。
  • 七年前に増産しろと言われて1億5000万円の借金をして設備を整えたのに、今度は減らせというのかと酪農家たちは現実を受け入れられなかった。
  • 国は続けて、牛を減らした農家には一頭当たり15万円の補助金を出すと述べた。

補助金と借金のアンバランス

  • 牛一頭を子牛から育てるのに約50万円から80万円かかることに比べ、牛を処分してもらえるお金は15万円であった。
  • 1億5000万円の借金はまだ半分以上残っていた。
  • 七年という、借金に苦しみながら必死に働いてきた疲労がピークに達し、借金が大きく残り先が見えない一番折れやすいタイミングで減産要請が来たのである。

廃業と大手企業による土地統合

  • 広げた牛舎、新しい搾乳機、餌の保管庫といった使われない設備だけが残り、固定資産税と銀行への返済はかかり続けた。
  • 収入は減り支出は変わらない状況から、多くの酪農家が廃業を決めた。
  • 廃業した酪農家の土地には、大手の食品会社や海外の資本が入り、広い牧場を安く買い取った。
  • 小さな酪農家が一軒一軒消えていき、大きな企業がその土地を統合していく効率化、近代化という名の下で日本の酪農の風景が変わっていった。

利益を得た者と借金を背負った者

  • この仕組みで利益を得たのは、3億円の工事で利益を得た設備を作った建設会社、利息を得たお金を貸した農協、そして最後に安く土地を買い取った大手企業であった。
  • 小さな酪農家だけが、借金と疲労だけを抱えて去っていった。
  • 2015年のバター不足は、不足を作り出し増産を要請し借金をさせ、そして減産要請で廃業に追い込むこのシナリオを動かすためのきっかけだった可能性がある。

小さな牧場で頑張る酪農家を支える

  • まだ小さな牧場で頑張っている酪農家がおり、彼らは牛を家族のように大切に育てている。
  • その牛乳はスーパーの安い牛乳と味が異なり、愛情が味に出ている。
  • 私たちにできることは、その牛乳を選ぶこと、少し値段が高くてもその牛乳を買うことであり、それが彼らを支える力になる。

減反政策による水田面積の削減

  • 海で起きたことや牛で起きたことよりもっと前から、日本人の主食であるお米の分野でも同じ脚本がもっと大規模で長い時間をかけた計画として実行されていた。
  • 1970年代に日本の田んぼに導入された減反政策は、国が農家にお米を作らないでくださいと頼む政策だった。

減反政策と備蓄政策の矛盾

  • 国はお米が余っているため、作りすぎると値段が下がって農家が困ると説明し、田んぼを畑に変えたり休耕地にしたり家畜が食べるお米に変えたりしたら補助金を出すと約束した。
  • 減反政策のため年間2000億円が使われ、お米をつくらせないようにしたが、同時に緊急事態に備えてお米を備蓄するため年間1000億円が使われた。
  • お米が余っているから作るなと言いながら、同時にお米を備蓄するためにお金を使い、合わせて年間3000億円がこの矛盾した政策に使われてきた。

減反政策と備蓄政策に費やされた巨額の費用

  • この政策は50年以上続き、50年で150兆円が使われてきた。
  • 150兆円はこの国の年間予算約100兆円の一年半分に相当する金額であり、お米をつくらせないためとつくらなかったお米を備蓄するために使われてきた。
  • 日本が作るお米年間約1400万tに対し、日本人が実際に食べるお米は約800万tであり、600万tが余っているこの矛盾を誰も解決させなかった。

松岡利勝大臣の輸出提案と実現の決定

  • 2007年、農林水産大臣松岡利勝がこの矛盾に挑み、余っているお米を海外に輸出すればよいというシンプルな提案をした。
  • 日本のお米は世界最高の品質であり、海外に売れば農家も潤い国も外貨を稼げ、将来食糧不足になったら輸出を止めて国内に回せばよいというこの提案は完璧であった。
  • この提案により3000億円の矛盾した予算は必要なくなり、農家は誇りを持って米を作ることができ、日本は食糧で自立できる。
  • 2007年4月、この提案は正式に決まり、中国への輸出が決定した。

松岡利勝大臣の死と輸出話の立ち消え

  • 2007年5月28日、松岡利勝大臣は亡くなり、自殺と発表され、現役大臣が亡くなるのは日本の歴史上初めてのことだった。
  • 公式には政治資金の問題が理由とされたが、松岡大臣が止めようとしたものは、表面では3000億円という予算が流れる仕組みであり、その流れの中で利益を得ている人々がいた。

食料を他国に依存させる構造

  • 日本だけが食料自給率が低く、先進国の中で主食である米でさえ自由に使えない仕組みになっていることには、食料が軍事力や経済力ではないもっと根源的な支配の道具であるという構造が存在する。
  • 食料を他国に依存している国は本当の意味で独立しておらず、いざという時食料を止められたらどんな条件でも飲まざるを得なくなる。

松岡大臣の提案が意味したもの

  • 松岡大臣の提案は、余っているお米を輸出し困ったときは輸出を止めて国内に回すことであり、これは日本が食糧で主導権を握るということだった。
  • 他国に依存せず自分たちで決められることは、本当の意味での自立への第一歩であった。
  • しかし、日本という国を永遠に依存させておきたい、この国が自立する事を許さない力がそれを望まず、その力は国内の利権団体よりもはるかに大きく深いところにある。

戦後の計画的な依存構造の構築

  • プレアデスから見ると、第二次世界大戦後、日本という国は表面では独立国として扱われてきたが、食糧、エネルギー、軍事、金融で他国に依存する構造が計画的に作られてきた設計図が見えてくる。
  • 日本人という民族が持つ、自分たちで食べ物を作り自分たちで生きていける力を持った民族は支配しにくいため、食料を奪い土地から切り離し依存させることを60年以上かけて実行してきた。

2007年は計画にとって危機的な年だった

  • 2007年という年は、もし日本が食糧で自立し始めたら、もし農家が誇りを取り戻し若者が農業に戻り始めたら、その流れは止められなくなるため、その計画にとって危機的な年だったのかもしれない。
  • 松岡大臣というひとりの人間の命と引き換えに、彼の死後輸出の話は立ち消えになり、減反政策と備蓄政策も続き3000億円は流れ続けた。

松岡大臣の遺志と国産米の選択

  • 松岡大臣が見た希望は今も有効であり、日本のお米は素晴らしく日本の農家も本当に素晴らしい。
  • 国産のお米を選ぶ、地域の農家を支える、その小さな選択が松岡大臣の遺志を引き継ぐことになる。
  • 海、牛、米で起きたことはバラバラの出来事ではなく、一つの設計図の異なる部分である。

土地の買収と外国資本の進出

  • 廃業した農家や漁師の土地は、小さな生産者が去ったあと大手企業、投資会社、そして気づかないうちに外国資本に買われていく流れが見える。
  • 北海道の広大な土地が中国系の企業に買われているニュースが聞かれているように、土地は国の根幹であり、その土地が静かに合法的に外国の手にわたっている。
  • これは侵略よりも巧妙であり、法律に則って正当な取引として行われるため誰も抵抗できない。

マイナンバーカードとデジタル管理の仕組み

  • もう一つの流れとしてマイナンバーカードがあり、最初は任意だったが今は保険証と統合され銀行口座と紐づけられようとしている。
  • 次にデジタル化が来て現金がなくなり全てのお金の流れが記録され管理される世界がくる。
  • 政府の方針に反対したら口座を止められお金を使えなくされることが考えられ、食料とお金この二つを握られたら人間は完全に支配される。

憲法改正の動きと緊急事態条項

  • 今、憲法を変える動きが進んでおり、以前は緊急事態条項と呼ばれていたが国民の警戒心を解くため国会機能維持条項という名前に変わった。
  • この名前の変更を提案したのは国民民主党の代表玉木雄一郎であり、元財務省の官僚であった玉木氏は言葉の力をよく理解している。

緊急事態条項がもたらす政府の権限

  • この条項が憲法に入ると、戦争や災害などの緊急時になったとき政府は特別な権限を持つことができる。
  • 国会の承認なしに法律と同じ効力を持つ命令を出せ、国民の権利を制限でき、国会議員の任期を延長できるため、選挙しなくても今の政権が続けられる。
  • 誰が緊急事態だと判断するのかといえば政府であり、政府がまだ緊急事態だと言い続ければその権限は続く。

2020年・2030年に向けての準備

  • 2020年、2030年という年が何度も言われており、プレアデスから見ると、この年までにある準備が完了するように見える。
  • 食料の依存を完成させる、デジタル管理の仕組みを整える、そして憲法を変えるこの三つが揃った時、新しい管理社会が始まる。
  • 海、牛、米で起きたことはバラバラの政策ではなく一つの大きな設計図の異なる部分であり、その設計図の目的はこの国を完全に依存させることであった。

設計図を狂わせる人々の選択

  • 設計図があるからといって必ず完成するとは限らず、建築でも設計図どおりに建物が建つためには様々な条件が必要であり、一つでも狂えば完成しない。
  • この設計図にも狂わせることができる要素があり、それは人々の選択である。
  • まだ農家、漁師がおり現金が使え地域のつながりがあり、その一つ一つを守り支えることがこの設計図を狂わせる力になる。

状況の厳しさと計画のほころび

  • 60年かけて作られた構造を簡単に変えることはできず、多くの農家が廃業し若者は農業に希望を見出せず、土地は外国の手に渡り始めており、時間はあまり残されていないように見えるため状況は厳しい。
  • しかし完璧な計画というものは存在せず、どんなに精密に設計されていてもどこかにほころびがあり、そのほころびを作るのはいつも予測できないような要因である。
  • 今世界の権力構造は揺れており、これまで支配してきた勢力の中で内部の分裂が始まっており、そこに私たちが入り込める隙間がある。

流れを変える具体的な四つの行動

  • この国にはまだ何千万という人々がおり、そのひとりひとりが少しずつ選択を変えていけば大きな流れになる。
  • 具体的な行動の一つ目は知ることであり、この話を聞いたことを家族や友人に種をまくように話すことである。
  • 二つ目は選ぶことであり、スーパーで立ち止まって国産や地域のものを選び、農家や漁師を支えることである。
  • 三つ目は現金を使い続けることであり、できる範囲で小さなお店で現金を使って買い、管理されない自由を守ることにつながる。
  • 四つ目は繋がることである。
  • 地域の人々と顔の見える関係を作り、困ったときに助け合える関係、ものを融通し合える関係がシステムに依存しない強さを作る。

諦めないことと静かな革命の始まり

  • 状況は厳しいが、彼らの計画は私たちが従うことで成立するため、私たちが従わなければ計画は崩れる。
  • 地球という星には自然の法則としてどんなに暗い時代でも必ず光が戻ってくる力があり、人間の社会にも同じ法則がある。
  • 抑圧が強まれば解放の能力も高まり、今まさにその転換点に渡っている。
  • 静かな革命はすでに始まっており、農業を始める若者、地域通貨を作る人々、自給自足を目指す家族など、その数は確実に増えている。
  • 大きな声を上げる必要はなく、静かに確実に毎日の選択を変えていくことがこの国の未来を変える力になる。

松岡利勝農林水産大臣は2007年4月に決まった米の中国への輸出提案により3000億円の矛盾した予算を不要にし日本の食糧自立を可能にしたが、その一ヶ月後の2007年5月28日に亡くなった

プレアデスから見える繰り返されるパターン

プレアデスからこの星を見守っていると、同じ構造が形を変えながら何度も何度も繰り返されるパターンが見えてくる。 テレビのニュースや新聞を見ながら、懐の奥で何かがおかしいと感じる違和感は間違っておらず、直感は真実をとらえている。 表面は改革や近代化と呼ばれているものの下で、まず優しい言葉で人々を誘い込み、希望を持たせ、最後に静かにさせる仕組みが動いている。 この流れは何度も形を変えながら繰り返された。 ある人物がこの流れを止めようとしたが、彼の提案が認められたわずか一ヶ月後、彼はこの世を去った。 これは現役大臣として初めてのことだった。

語り手の自己紹介と役割

宇宙人が政治や経済の話をすることは不思議に思われるかもしれないが、語り手の役割はひとりひとりの心を癒すことではない。 人々の思いが集まって政策という形でどう表れていくのか、そこに隠された構造を読み解き、聞き手に寄り添いながら伝えることが、語り手に与えられた使命である。 信じる信じないは聞き手の自由だが、今日話すことは聞き手の毎日の食卓に深く関わっている。

食物を生み出す能力を奪う仕組み

今日お伝えしたいのは、長い時間をかけて実行されてきたある仕組みについてである。 この仕組みは、この国から食べ物を生み出す能力を静かに奪っていく。 米を作る人、牛を育てる人、魚を捕る人を減らしており、表面では見えにくいが確実に進んできた流れである。 この仕組みを知ることが、聞き手自身を守る第一歩となり、真実を知れば自由になる。

2020年の漁業法改正

まず、2020年に日本で一つの法律が変わったことから話を始める。 この年、漁業法という明治時代から続いてきた法律が大きく書きかえられた。 百年以上この国の海を守ってきた法律が改正されたのである。 表向きは漁業の近代化、海洋資源の保護という美しい言葉で説明され、新聞でもテレビでもそう報道されたが、その中身には違和感がある。

漁業における規制緩和と競争激化

これまで日本の海は、地域の漁業組合が代々受け継がれてきた漁場を大切に管理し、漁をして生活を営んできた。 漁業組合は、どの時期にどの魚をとるか、どれくらいの量をとるか、若い漁師をどう育てるかといった知恵を何十年もかけて積み重ねてきた場所であり、海を知り尽くした人々がバランスを保ちながら漁をしてきた。 ところが、この法律の改正で、漁業組合の許可がなくても誰でも漁業に参入できるようになった。 つまり、大きな企業が資本力を武器に海に入ってこれるようになり、競争相手が突然何倍にも増えた状態が生まれた。 資金力のある大企業が参入した結果、地域の小さな漁師さんたちは太刀打ちできない状況になった。

漁業管理法の制定と漁獲量の上限設定

これと同時に、もう一つの法律である漁業管理法が作られた。 この法律で、一人の漁師さんが取れる魚の量に上限が設けられた。 例えば高級魚のクロマグロの場合、一人の漁師さんは年間で1.5tまでしか取ってはいけないと決められた。

クロマグロ1.5t漁獲による収入と経費

クロマグロ1.5tを取って売ると、市場の状況にもよるが大体300万円から400万円、平均で350万円の収入になる。 一年間命を懸けて働くことで平均350万円の収入を得る計算である。 しかしこの数字には大きな落とし穴があり、ここから様々な費用を引かなければならない。 まず、魚を市場に卸すための委託手数料が売上の約8%で約28万円かかる。 次に船を維持するための費用が年間で約240万円、一ヶ月にすると20万円かかる。 そして燃料費が年間で約80万円、月に約7万円かかる。 さらにその他の経費として餌代や小売り、大消耗品で年間約40万円かかる。

漁師の生活を圧迫する収支構造

350万円の収入から委託手数料の28万円を引くと322万円が残り、これを月に換算すると約27万円である。 しかし、ここから船の維持費が月20万円、燃料費が月7万円、その他の経費が月3万円で、合わせて月30万円の経費がかかる。 27万円の手取りから30万円の経費を引くと毎月3万円の赤字となり、年間で36万円の赤字になる。 これでは完全に生活できず、家族を養うことも子供を学校に行かせることもできず、代々受け継いできた船を手放さなければならなくなる。

1.5tという絶妙な漁獲量設定の意図

プレアデスから見ていると、この1.5tという数字はあまりにも精密すぎる。 もし1tだったら、あまりにも少なすぎてすぐに誰もがおかしいと声をあげるだろう。 もし3tだったら、ぎりぎり生活できてしまうかもしれない。 しかし1.5tという数字は、ぎりぎり生活できないがすぐに倒れるわけでもなく、ゆっくりと確実に廃業に追い込まれていく絶妙なラインである。

海洋資源保護を装った企業優遇の仕組み

海の資源を守るためには仕方がないのではないかという考えもあるが、海洋資源の保護が大切であることは誰もが理解できる。 しかし、同じタイミングで大手企業は自由に参入できるようになったことに不思議な点がある。 資本力のある企業は何隻も船を持つことができ、一隻あたりの漁獲量が制限されていても、10隻持てば10倍、20隻持てば20倍取ることができる。 これは法律の抜け穴というよりも、最初からそうなるように設計されているように見える。 つまり、地域の小さな漁師さんだけが廃業に追い込まれ、大きな企業だけが残る仕組みである。

地域漁師廃業による影響

地域の漁師さんたちがいなくなったら、大企業だけが海を支配するようになる。 魚の値段や魚をおろす場所はその企業が決め、いざというとき、例えば海外との関係が悪化して輸入が止まった時に、その企業が魚を取らないと決めたら、私たちの食卓から魚が消える。 地域の漁師さんたちはどんなときでも海に出て地域の人にサカナを届けてきたが、企業は利益が出なければ撤退する。

この仕組みへの対抗策

この仕組みを知ることが、絶望せずにいるための第一歩である。 まだ地域で頑張っている漁師さんたちがおり、彼らを支えることができるのは私たちである。 スーパーの安い魚ではなく、地域の魚屋さんで買う、少し値段が高くても顔の見える人から買う、その小さな選択が大きな力になっていく。 ひとりひとりの選択は小さくても集まれば流れを変える力になる。

酪農でも繰り返された同じパターン

この仕組みは海だけで起きているわけではなく、もっと前から別の場所でも全く同じパターンが繰り返されていた。 次に、牛を育てる人々に何が起きたのか、2015年に始まったある政策について話す。 そこにも、補助金という優しい言葉と、借金という輪が用意された同じ脚本が隠されていた。

2015年のバター不足と増産要請

時間を少し遡ると2015年である。 この年の冬、全国のスーパーやコンビニからバターが消え、テレビは連日バター不足を報道した。 国は酪農家が減り、牛乳の生産量が落ちているため増産が必要だと説明し、全国の酪農家に牛を増やし、設備を整えてこの国の食を守るために力を貸してほしいと呼び掛けた。

設備投資と国の約束

牛を増やすには莫大な資金が必要で、牛舎を広げ、搾乳機械を新しくし、餌の保管庫を作るために、小さな酪農家にとって3億円という金額は想像もできない大きさである。 そこで国は、半分の1億5000万円は補助金を出し、残りの1億5000万円は農協が低金利で貸すので安心してくださいと約束した。 多くの酪農家がこの言葉を信じ、1億5000万円の借金を背負い、朝3時に起きて牛の世話をし、夜10時まで休みなく家族総出で働いた。 なぜなら借金を返さなければならないからである。

2020年の減産要請とその影響

七年が経った2020年、酪農家たちはようやく借金の半分を返し終えた頃に、国から牛乳が余っているため減産してくださいという通達が来た。 酪農家たちは、七年前に増産しろと言われて1億5000万円の借金をして設備を整えたのに、今度は減らせというのかと現実を受け入れられなかった。 国は続けて、牛を減らした農家には一頭当たり15万円の補助金を出すと述べた。

補助金と借金のアンバランス

牛一頭を子牛から育てるのに約50万円から80万円かかり、獣医や手間賃、そして愛情もかかる。 酪農家は牛一頭一頭に名前を付け、家族のように大切に育てる。 その牛を処分してもらえるお金は15万円であり、1億5000万円の借金はまだ半分以上残っていた。 増産要請の三年後に減産要請が来ていたら酪農家はまだ体力があったはずであるし、15年後だったら借金を完済し新しい道を探す余裕もあっただろう。 しかし七年という、借金に苦しみながら必死に働いてきた疲労がピークに達し、まだ借金が大きく残り先が見えない一番折れやすいタイミングで、減産要請が来たのである。

廃業と大手企業による土地統合

残ったのは広げた牛舎、新しい搾乳機、餌の保管庫といった使われない設備であり、固定資産税と銀行への返済はかかり続けた。 収入は減り支出は変わらない状況から、多くの酪農家が廃業を決めた。 廃業した酪農家の土地には、大手の食品会社や海外の資本が入り、広い牧場を安く買い取った。 小さな酪農家が一軒一軒消えていき、大きな企業がその土地を統合していく効率化、近代化という名の下で、日本の酪農の風景が変わっていった。 牛に名前を付けて育てる酪農から、工場のように牛乳を生産する施設が増えていったのである。

利益を得た者と借金を背負った者

この仕組みで利益を得たのは、3億円の工事で利益を得た設備を作った建設会社、利息を得たお金を貸した農協、そして最後に安く土地を買い取った大手企業であり、広大な牧場を手に入れた。 小さな酪農家だけが、借金と疲労だけを抱えて去っていった。 2015年のバター不足は、このシナリオを動かすためのきっかけだった可能性がある。 不足を作り出し、増産を要請し、借金をさせ、そして減産要請で廃業に追い込むこの流れは、あまりにも整っている。

小さな牧場で頑張る酪農家を支える

まだ小さな牧場で頑張っている酪農家がおり、彼らは牛を家族のように大切に育てている。 その牛乳はスーパーの安い牛乳と味が異なり、愛情が味に出ている。 私たちにできることは、その牛乳を選ぶこと、少し値段が高くてもその牛乳を買うことであり、それが彼らを支える力になる。

減反政策による水田面積の削減

海で起きたことや牛で起きたことよりもっと前から、日本人の主食であるお米の分野でも同じ脚本がもっと大規模で長い時間をかけた計画として実行されていた。 その核心に迫る。 時間をさらに遡った1970年代に、日本の田んぼにある政策が導入された。 それは減反政策と呼ばれるものであり、国が農家に対してお米を作らないでくださいと頼む政策だった。

減反政策と備蓄政策の矛盾

戦後、食べるものがなくて苦しんだ世代の人々にとって、お米がたくさん作れるようになったのに作るなと言われたことは信じられないことであった。 国はお米が余っているため、作りすぎると値段が下がって農家が困ると説明した。 国は田んぼを畑に変えたら転作金という補助金を出す、田んぼをやめて休耕地にしてもお金を出す、人間が食べるお米ではなく家畜が食べるお米に変えてもお金を出すと約束した。 この政策のために年間2000億円が使われ、毎年2000億円を使ってお米をつくらせないようにした。 しかし同時に、国は緊急事態に備えてお米を備蓄しておこうという別の政策を実行し、倉庫にお米を保管、管理し、古くなったら処分するこの政策のために年間1000億円が使われた。 お米が余っているから作るなと言いながら、同時にお米を備蓄するためにお金を使い、合わせて年間3000億円がこの矛盾した政策に使われてきた。

減反政策と備蓄政策に費やされた巨額の費用

この政策は50年以上続き、50年で150兆円が使われてきた。 この国の年間予算が約100兆円であるため、その一年半分に相当する金額が、お米をつくらせないため、そしてつくらなかったお米を備蓄するために使われてきた。 日本が作っているお米は年間で約1400万tであり、日本人が実際に食べているお米は約800万tであるため、600万tが余っている。 この矛盾を誰も解決しようとしなかった。

松岡利勝大臣の輸出提案と実現の決定

2007年、松岡利勝という名前の農林水産大臣がこの矛盾に挑んだ。 農家の出身で農業のことを深く理解していた松岡大臣は、余っているお米を海外に輸出すればよいというシンプルな提案をした。 日本のお米は世界最高の品質であり、安全でおいしく信頼されているため、これを海外に売れば農家も潤い国も外貨を稼げる。 もし将来日本が食糧不足になったら輸出を止めて国内に回せばよいというこの提案は完璧であった。 この提案により3000億円の矛盾した予算は必要なくなり、農家は誇りを持って米を作ることができ、日本は食糧で自立できる。 2007年4月、この提案は正式に決まり、中国への輸出が決定した。

松岡利勝大臣の死と輸出話の立ち消え

新しい時代が始まると誰もがそう思ったが、その一ヶ月後の2007年5月28日に松岡利勝大臣は亡くなった。 自殺と発表され、現役の大臣が亡くなるのは日本の歴史上初めてのことだった。 公式には政治資金の問題が理由とされたが、他の政治家も同じような問題を抱えていながら活動している人はたくさんいる。 彼が止めようとしたものとは、表面では3000億円という予算が流れる仕組みであり、補助金を配る役人、備蓄米を管理する団体、古い米を処分する業者といった、この流れの中で利益を得ている人々がいた。

食料を他国に依存させる構造

なぜ日本だけがこんなにも食料自給率が低いのか、先進国の中でなぜ日本だけが主食である米でさえ自由に使えない仕組みになっているのか、そしてなぜ海で、牛で、米で同じパターンが繰り返されるのか。 食料は武器であり、軍事力でも経済力でもないもっと根源的な支配の道具である。 食料を他国に依存している国は本当の意味で独立しておらず、いざという時、食料を止められたらどんな条件でも飲まざるを得なくなる。

松岡大臣の提案が意味したもの

松岡大臣の提案は、この構造を変えるものであった。 余っているお米を輸出し、困ったときは輸出を止めて国内に回すことは、日本が食糧で主導権を握るということであり、他国に依存せず自分たちで決められる本当の意味での自立への第一歩であった。 しかし、日本という国を永遠に依存させておきたい、この国が自立する事を許さない力がそれを望まなかった。 その力は国内の利権団体よりもはるかに大きく、はるかに古く、はるかに深いところにある。

戦後の計画的な依存構造の構築

プレアデスから長い時間をかけて見ていると、ある設計図が見えてくる。 第二次世界大戦後、日本という国は表面では独立国として扱われてきたが、食糧で、エネルギーで、軍事で、金融で、あらゆる面で他国に依存する構造が丁寧に計画的に作られてきた。 それは偶然ではなく、設計された。 日本人という民族が持つ勤勉さ、誠実さ、調和を大切にする心、そして何よりこの土地に根ざした、自分たちで食べ物を作り自分たちで生きていける力を持った民族は支配しにくいため、食料を奪い、土地から切り離し、依存させることを60年以上かけて実行してきた。

2007年は計画にとって危機的な年だった

2007年という年は、その計画にとって危機的な年だったのかもしれない。 もし日本が食糧で自立し始めたら、もし農家が誇りを取り戻し、若者が農業に戻り始めたら、その流れは止められなくなるため、その目は摘まれなければならなかった。 松岡大臣というひとりの人間の命と引き換えに、彼の死後、輸出の話は立ち消えになり、減反政策は続き、備蓄政策も続き、3000億円は流れ続けた。

松岡大臣の遺志と国産米の選択

松岡大臣が見た希望は今も有効であり、日本のお米は素晴らしく、日本の農家も本当に素晴らしい。 その力を私たちが支えていくことが重要である。 国産のお米を選ぶ、地域の農家を支える、その小さな選択が松岡大臣の遺志を引き継ぐことになる。 海で起きたこと、牛で起きたこと、米で起きたことはバラバラの出来事ではなく、一つの設計図の異なる部分である。

土地の買収と外国資本の進出

ここで、廃業した農家や漁師の土地がどうなったのかという疑問が浮かぶ。 小さな生産者が去ったあと、その土地は大手企業、投資会社、そして気づかないうちに外国資本に買われていく流れが見える。 北海道の広大な土地が中国系の企業に買われているニュースも聞かれている。 土地は国の根幹であり、その土地が静かに、合法的に外国の手にわたっている。 これは侵略よりも巧妙であり、法律に則って正当な取引として行われるため誰も抵抗できない。

マイナンバーカードとデジタル管理の仕組み

もう一つの流れとして、マイナンバーカードがある。 最初は任意だと言われていたが、今は保険証と統合され、銀行口座と紐づけられようとしている。 次にデジタル化が来て、現金がなくなり全てのお金の流れが記録され管理される世界がくる。 何を買ったか、いくら使ったか、誰と取引したか、全てが見える世界になる。 そうなった時、もし政府の方針に反対したら口座を止められお金を使えなくされることが考えられ、人は従わざるを得なくなる。 食料とお金、この二つを握られたら、人間は完全に支配される。 食べ物を自分でつくれない、お金を自分で管理できない、そのとき人々は政府の言うことを聞くしかなくなる。

憲法改正の動きと緊急事態条項

そして今、憲法を変える動きが進んでいる。 以前は緊急事態条項と呼ばれていたが、この言葉が国民の間で警戒され始めると、国会機能維持条項という名前に変わった。 この名前の変更を提案したのは国民民主党の代表玉木雄一郎である。 彼は憲法審査会で緊急事態条項という名前は印象が良くないから変えたほうがいいと発言した。 中身は同じであり、名前を変えることで印象を和らげ国民の警戒心を解く手法である。 元財務省の官僚であった玉木氏は言葉の力をよく理解している。

緊急事態条項がもたらす政府の権限

この条項が憲法に入ると、戦争や災害などの緊急時になったとき、政府は特別な権限を持つことができる。 国会の承認なしに法律と同じ効力を持つ命令を出せ、国民の権利を制限でき、国会議員の任期を延長できる。 つまり選挙しなくても今の政権が続けられる。 誰が緊急事態だと判断するのかといえば政府であり、政府がまだ緊急事態だと言い続ければその権限は続く。 歴史は、一度手に入れた権力を自ら手放した政府が少ないことを示している。

2020年・2030年に向けての準備

2020年、2030年という年が何度も言われている。 プレアデスから見ていると、この年までにある準備が完了するように見える。 食料の依存を完成させる、デジタル管理の仕組みを整える、そして憲法を変える、この三つが揃った時、新しい管理社会が始まる。 海で起きたこと、牛で起きたこと、米で起きたことはバラバラの政策ではなく、一つの大きな設計図の異なる部分であった。 その設計図の目的は、この国を完全に依存させること、自分たちで食べ物を作れない国、自分たちでお金を管理できない国、自分たちで決められない国を作ることだった。

設計図を狂わせる人々の選択

設計図があるからといって、それが必ず完成するとは限らない。 建築でも設計図どおりに建物が建つためには、材料が揃っていること、職人が従うこと、天候が良いことなどさまざまな条件が必要であり、一つでも狂えば完成しない。 この設計図にも狂わせることができる要素があり、それは人々の選択である。 まだ農家はおり、まだ漁師はおり、まだ現金は使え、まだ地域のつながりがある。 その一つ一つを守ること、支えることが、この設計図を狂わせる力になる。

状況の厳しさと計画のほころび

60年かけて作られた構造を簡単に変えることはできず、すでに多くの農家が廃業し、若者は農業に希望を見出せず、土地は外国の手に渡り始めており、時間はあまり残されていないように見えるため、状況は厳しい。 しかし、完璧な計画というものは存在しない。 どんなに精密に設計されていてもどこかにほころびがあり、そのほころびを作るのはいつも予測できないような要因である。 今、世界の権力構造は揺れており、これまで支配してきた勢力の中で内部の分裂が始まっており、完全に統一された支配でなくバラバラになりつつある。 そこに私たちが入り込める隙間がある。

流れを変える具体的な四つの行動

この国にはまだ何千万という人々がおり、そのひとりひとりが少しずつ選択を変えていけば大きな流れになる。 川の流れを変えるのにダムは必要なく、無数の小石が少しずつ積み重なればやがて水の流れは変わっていく。 具体的な行動の一つ目は知ることである。 今日この話を聞いたことを、家族や友人に押しつけるのではなく種をまくように話すことで、その種がいつか芽を出す。 二つ目は選ぶことである。 スーパーで買い物をする時、立ち止まって国産や地域のものを選ぶ。 少し高いかもしれないが、その選択が農家や漁師を支え、彼らが続けていけることが私たちの未来を守ることになる。 三つ目は現金を使い続けることである。 デジタル化は便利だが、すべてをデジタルにする必要はなく、できる範囲で、小さなお店で現金を使って買うことで、管理されない自由を守ることにつながる。 四つ目は繋がることである。 地域の人々と顔の見える関係を作り、困ったときに助け合える関係、ものを融通し合える関係、そういうつながりがシステムに依存しない強さを作る。 一人は弱くても、繋がれば強くなる。

諦めないことと静かな革命の始まり

そして最後に、諦めないことが重要である。 状況は厳しいが、まだ終わっておらず、彼らの計画は私たちが従うことで成立するため、逆に言えば私たちが従わなければ計画は崩れる。 地球という星には不思議な力があり、どんなに暗い時代でも必ず光が戻ってくる自然の法則が、人間の社会にも同じく存在する。 抑圧が強まれば解放の能力も高まり、今まさにその転換点に渡っている。 静かな革命はすでに始まっており、農業を始める若者、地域通貨を作る人々、自給自足を目指す家族など、その数はまだ少ないかもしれないが確実に増えている。 大きな声を上げる必要はなく、静かに、でも確実に毎日の選択を変えていくことが、この国の未来を変える力になる。 真実を知ったことが第一歩である。