🟩 もくじ

精神のバランスが崩れる現代社会において、プレアデス星団からの知恵と古代日本人の感謝や無私といった英知を思い出し、与えると受け取るのバランスを保ち、毎朝の感謝の実践を通して精神の根を強くすることが、2026年の試練を乗り越え目覚めの年とする力になる。

木が倒れるのは根が弱っていることが原因である

木が倒れるときには最初に幹が折れるのではなく、根が弱っているから倒れる。 見えない部分である土の中で静かに進行していた変化が、ある日突然目に見える形で現れる。 2026年は、多くの人の精神という根が試される年が来る。

経済の不安定さなどは症状に過ぎない

世界を見渡すと、経済の不安定さや国際情勢の緊張、社会の分断などの問題が表面化している。 しかし、それらは症状に過ぎないのであり、本当の変化はもっと深いところで起きている。

メイはプレアデス星団から地球を見守っている存在である

私はメイと名乗る者で、プレアデス星団からこの地球という星を見守っている存在である。 宇宙の存在が精神の話をするのは、精神が魂のエネルギーそのものであり、肉体は器に過ぎないからである。

精神のバランスが崩れると肉体なども崩れていく

肉体という器を動かしているのは精神という見えない力である。 精神のバランスが崩れると、肉体や人間関係、社会も崩れていく。

精神の根が強ければどんな嵐が来ても立っていられる

逆に言えば、精神の根が強ければ、どんな嵐が来ても立っていられる。 これがメイに与えられた使命であり、精神の本質を明らかにすることで魂の強さを思い出してもらうことである。

話す内容は2026年の自身を守る力になる

信じる信じないは自由であるが、今日話すことは2026年の自身を守る力になる可能性がある。 心を少しだけ開いて耳を傾けることが重要である。

3つの扉を開き朝の実践法を知る

これから30分で、自身は3つの扉を開く。

  • 1つ目の扉で宇宙に流れるバランスの法則を理解する。
  • 2つ目の扉で古代日本人が守っていた英知が見える。
  • 3つ目の扉でなぜ今それが失われたのかに気づく。 最後に2026年を乗り越えるためのシンプルな朝の実践法を伝える。

精神の根を強くし嵐に倒れない自分を作る

その実践法は、精神の根を強くし、どんな嵐にも倒れない自分を作る方法である。 この朝の30分が来年の自身を守る可能性がある。

呼吸のように宇宙にもリズムがある

呼吸を思い浮かべると、吸うだけでは苦しくなり、吐くだけでも続かないので、吸って吐くリズムがあるから生命は維持される。 宇宙にも同じリズムがあり、与えると受け取るという2つのエネルギーが絶えず行き来している。

偏りすぎると必ずバランスが崩れる

どちらかに偏ると必ずバランスが崩れることは、宇宙の根本法則の一つである。 プレアデスでは、これを天秤の法則と呼んでいる。

見えない天秤が常に自分の周りにある

見えない天秤が常に自身の周りにあると考えられ、与えたエネルギーと受け取ったエネルギーの釣り合いが自身の状態を決めている。

受け取るばかりの人は心が枯渇していく

受け取るばかりの人には、最初は満たされたように感じるが、やがてもっと欲しいという感覚が生まれる。 どれだけ受け取っても満足できなくなり、いつの間にか心が枯渇していく。

エネルギーが一方向にしか流れないと循環が止まる

受け取っているのに枯渇するのは、天秤が傾きすぎた状態である。 エネルギーが一方向にしか流れていないから循環が止まっている。 循環が止まると生命力そのものが弱まっていく。

与えるばかりの人もバランスを崩す

与えるばかりの人もやはりバランスを崩す。 自分を削り続けてやがて空っぽになり、なぜ報われないのかという怒りや虚しさが生まれる。

受け取ることを拒否し続けると天秤は傾く

与えることは美しい行為であるが、受け取ることを拒否し続けるとやはり天秤は傾く。 大切なのはどちらかに偏らないことであり、与えて受け取る、受け取って与えるという循環を保つことである。

天秤の法則はエネルギーなどすべてに当てはまる

この法則は物質だけに適用されるものではない。 お金や物だけでなく、エネルギー、感情、思考、すべてに天秤の法則は当てはまる。

感謝や敬意を返すことが天秤を保つ

誰かに優しくしてもらったら感謝のエネルギーを返し、自然から恵みを受け取ったら敬意のエネルギーを返すことが、天秤を保つということである。

現代の地球人の多くは受け取るに偏りすぎている

プレアデスから地球を観察していると、興味深いことが見えてくる。 現代の地球人の多くは受け取るに偏りすぎている。

欲求の意識が社会全体を覆っている

もっと欲しい、まだ足りない、あの人が持っているものが欲しいという意識が社会全体を覆っている。 人が持っているものが欲しいことばかりを考えて、与えることを忘れている。

見返りを期待する与え方は投資に近い

あるいは、与えても見返りを期待しており、それは純粋な与える行為ではなく投資に近い。 この状態が続くと精神のバランスは確実に崩れていく。

不安や焦燥感の原因はバランスの崩れである

現代人の多くが漠然とした不安や焦燥感を抱えている根本原因の一つは、このバランスの崩れにある。

準備と代償の本当の意味がある

もう一つ、準備と代償の本当の意味について伝えるべきことがある。 何か大きなものを受け取りたいとき、準備が必要だということは古代から伝わる普遍的な知恵である。

代償はエネルギーの投下交換にすぎない

多くの人は代償という言葉を聞くと、何か恐ろしいものや罰を想像するかもしれないが、そうではない。 代償とはエネルギーの投下交換にすぎない。

大きなエネルギーを受け取るには器が必要である

大きなエネルギーを受け取るには、それに見合った器が必要である。 気が小さいまま大きなエネルギーを受け取ろうとすると、器が壊れてしまう。

準備の目的は器を大きくすることである

だから、まず器を大きくすることが準備の本質である。 古代の人々はこれをよく理解していた。

古代の人々は敬意を持って準備をした

古代の人々は、福を授けてくれる存在に対して敬意を持って準備をした。 心を整え、行動を正し、覚悟を決めた上で、謙虚に受け取った。

準備ができていないと門前払いになる

準備ができていないものが、いきなり大きな福を求めると、それは門前払いとなる。 この門前払いは拒否ではなく、保護である。

門前払いは壊れることを避ける優しさである

門前払いは、まだ準備ができていない、今受け取ると壊れてしまうからもう少し待ちなさいという、厳しさの中にある深い優しさである。

本当に準備できたときに必要なものは届く

宇宙の法則も同じであり、自身が本当に準備できたとき、必要なものは必ず届く。 届かないとしたら、器を大きくする時間が必要だということである。

準備が必要な状態を受け入れることが調和である

それを恨むのではなく、受け入れること、そして淡々と準備を続けることが、天秤の法則と調和して生きるということである。

古代の日本人はバランスを保つ仕組みを持っていた

古代の日本人は、このバランスを保つための、現代人が忘れてしまった仕組みを持っていた。 次はその英知を見ていく。

古代の日本人は受け取ったら必ず返す仕組みを組み込んでいた

種をまいて収穫だけを待つ農夫はおらず、水をやり、雑草を抜き、土を耕す手間があるから実りを受け取ることができる。 古代の日本人はこの当たり前のことを忘れず、古代日本人の暮らしには受け取ったら必ず返すという仕組みが組み込まれていた。

感謝はエネルギーを循環させる実践的な知恵である

収穫があればまず感謝を捧げ、雨が降れば天に感謝し、無事に一日を終えられたら見えない存在に感謝した。 これは単なる習慣ではなく、エネルギーを循環させるための実践的な知恵であった。

感謝はエネルギーを返す行為である

現代人の目には迷信のように映るかもしれないが、プレアデスから観察しているとその効果は明確に見える。 感謝とはエネルギーを返す行為である。

感謝の循環が精神の安定と共同体の調和を保った

自然から恵みを受け取ったそのエネルギーを、感謝という形で宇宙に返すことで、また新たなエネルギーが巡ってくる。 この循環が個人の精神を安定させ、共同体全体の調和を保っていた。

古代日本人は見える世界と見えない世界が繋がっていることを知っていた

古代日本人は、見える世界と見えない世界が繋がっていることを知っていた。 見える世界で恵みを受け取り、見えない世界に感謝を返す。 するとまた見える世界に恵みが届く。

入力と出力の循環が途切れなければ精神は安定する

入力と出力、この循環が途切れなければ精神は安定を保てる。 興味深いのは、古代日本人がこれを義務ではなく喜びとして行っていたことである。

感謝できること自体を幸せだと感じていた

感謝することが苦しみではなく、むしろ感謝できること自体を幸せだと感じていた。 ここに精神の安定の秘訣がある。

当たり前と思った瞬間感謝は消える

当たり前だと思った瞬間に感謝は消える。 与えられていると感じた瞬間に感謝が生まれる。

古代日本人はすべてを与えられているものとして受け取っていた

古代日本人は全てを与えられているものとして受け取っていた。 太陽も、水も、空気も、食べ物も、当たり前のものなど何一つないという意識が、古代日本人の精神を強くしていた。

無私とは見返りを求めない姿勢である

もう一つ大切な概念は、無私という姿勢である。 古代の指導者たち、特に祭祀を司る人々は、見返りを求めないということを徹底していた。

無私とは大きな流れの一部として動くことである

これは自分を消すことでも、自己犠牲でもない。 大きな流れの一部として動くということである。 自分の利益のために動くのではなく、全体の調和のために動く。

全体が良くなることで結果的に自分も満たされる

すると不思議なことが起きる。 全体が良くなることで、結果的に自分も満たされる。 これは天秤の法則ともつながっている。

私利私欲で動くとエネルギーは収縮する

私利私欲で動くと、エネルギーが自分に向かって収縮する。 無私の心で動くと、エネルギーが外に向かって拡散する。

拡散したエネルギーは循環して戻ってくる

拡散したエネルギーは、やがて循環して戻ってくる。 結局、無私の方が長い目で見れば自分も満たされるのである。

無私とは器を健全に保ちながら貢献することである

ここで勘違いしてはいけないことがある。 無私とは、自分を大切にしないことではない。 自分という器を健全に保ちながら、その器を通してより大きな流れに貢献することである。

自分を満たしながら溢れた分を分かち合う

枯渇するまで与え続けることではなく、自分を満たしながら溢れた分を分かち合うことが重要である。 古代日本人の共同体はこの原理で動いていた。

困った時は助け合い喜び悲しみを分かち合う

一人で抱え込まず、困った時は助け合う、喜びも悲しみも共に分かち合うことが、精神の安定を集団として保つ仕組みであった。

一人で考え続けると視野が狭くなる

一人で考え続けていると、視野が狭くなる。 自分の悩みが世界で一番大きな問題に見えたり、逆に自分の可能性を過小評価したりしてしまう。

人と繋がることで自分の位置が分かり次に進む力が湧く

誰かと話した瞬間、意外と大したことなかったと気づいたり、すごいことだよと言われて驚いたりする。 人と繋がることで自分の位置が分かる、平均値が見えてくる。 そして次に進む力が湧いてくる。

古代日本人は集まることで個人と共同体を強くしていた

古代日本人は集まることの力を知っていた。 だから定期的に人々が集い、繋がりを確認し合う場を設けていた。 この仕組みが個人の精神を支え、共同体全体を強くしていたのである。

古代の英知は祖先たちが何千年も前から知っていたことである

この知識は新しいものではない。 自身の祖先たちが何千年も前から知っていたことである。 感謝の循環、無私の心、人と繋がることの力、これらは自身の奥深くに刻まれている。

記憶を呼び覚まし始めている

忘れているだけで消えてはいない。 今、こうして古代の英知に触れている自身は、その記憶を呼び覚まし始めている。

光は途切れず静かに輝いている

連綿と続いてきた光は途切れていない。 自身の中で今も静かに輝いている。

現代人が古代の英知を忘れた原因がある

では、なぜ現代人はこれを忘れてしまったのか。 次にその原因を見ていく。

豊かになり便利になったのに心が満たされない

なぜ現代人はこんなに疲れているのか、豊かになったはずなのに心は満たされないのか、便利になったはずなのに時間に追われているのか、不思議に思ったことはないだろうか。 それはある意図が断ち切られたからかもしれない。

現代社会は尊徳感情が判断基準になっている

現代社会を観察すると、何かを決めるときに最初に考えることは何を得られるかである場合が多い。 尊徳感情、これが現代社会の基本的な判断基準になっている。

現代社会では現実的な計算が全てになっている

もちろんそれ自体が悪いわけではなく、生きていく上で現実的な計算は必要である。 問題は、それが全てになってしまっていることである。

現代社会はバランスを崩す方向に偏っている

与える前に受け取ることを考える、与えたとしても必ず見返りを期待する。 これは天秤の法則から見ると、バランスを崩す方向に偏っている状態である。

現代社会は消費者として生きることを推奨する仕組みである

なぜこうなったのか。 プレアデスから観察していると、興味深い構造が見えてくる。 現代社会は消費者として生きることを推奨する仕組みになっている。

広告は足りないという感覚を常に刺激し続けている

テレビをつければ、これを買えば幸せになれるというメッセージがあり、広告はまだ足りない、もっと必要と囁き続ける。 SNSでは他人の持っているものが目に入り続け、足りないという感覚を常に刺激され続けている。

足りないと感じさせ続けることで経済は回り続ける

これは偶然ではない。 満足している人はあまり消費せず、足りないと感じている人は常に何かを求め続ける。 つまり、足りないと感じさせ続けることで経済は回り続ける仕組みになっている。

感謝より不満欲求の方向に社会全体が設計されている

感謝より不満、満足より欲求、この方向に社会全体が設計されている。 古代日本人が大切にしていた今あるものへの感謝は、この仕組みの中ではむしろ邪魔なものとして扱われる。

感謝の心は育てられず欲求だけが刺激され続ける

感謝して満足してしまったら新しいものを買わなくなるので、感謝の心は育てられず、欲求だけが刺激され続ける。 これが精神のバランスを崩す一つ目の原因である。

現代社会には繋がりの分断という問題がある

そしてもう一つ、繋がりの分断という問題がある。 古代日本人の精神的な強さは、共同体の中で支え合う仕組みに支えられていた。

現代社会では人と直接繋がる機会が減り続けている

都市に人口が集中し、核家族化が進み、隣に誰が住んでいるかも分からない。 人と会わなくてもスマートフォンで何でもできる。 便利になった反面、人と直接繋がる機会は減り続けている。

孤立した状態で精神的な揺さぶりを受けると踏ん張る力がない

個として生きることが当たり前になったことは自由の拡大ともいえるが、その代償として支えを失っている。 孤立した状態で精神的な揺さぶりを受けると、踏ん張る力がない。

昔は家族などが支えてくれたが今は一人で耐える

昔なら家族や共同体が支えてくれたが、今は一人で耐えなければならない。 これが現代人の精神が脆くなっている大きな原因である。

自然とのつながりも断たれている

さらに自然とのつながりも断たれている。 コンクリートに囲まれた生活、季節の変化を感じる機会の現象、食べ物がどこから来ているのか意識することもない。

自然との対話などは現代人の生活から消えた

古代日本人にとって当たり前だった自然との対話、見えない世界とのつながりは、現代人の生活からほぼ消えてしまった。 この状態で感謝の循環を実践するのは難しい。

繋がりが断ち切られた結果精神の根は弱くなった

人とのつながり、自然とのつながり、見えない世界とのつながり、これらの糸が一本ずつ断ち切られてきた。 その結果、精神の根は弱くなり、ちょっとした風でも揺らいでしまう状態になっている。

枠組みの中で生きづらさを感じている

ここまで聞いて息苦しさを感じているかもしれない。 なぜこんなに生きづらいのか、その答えの一端が見えてきたはずである。 自身が知らないうちに、ある種の枠組みの中に入れられていた。

社会からすり込まれてきた考え方は本当に正しいか

もっと欲しがらなければならない、競争に勝たなければ価値がない、感謝より成果を出せ、これらは生まれてからずっと社会からすり込まれてきた考え方である。 しかしそれは本当に正しいのか、誰が決めたルールなのか。

構造を理解したことが新しい道を開く第一歩である

今日ここでその構造を理解した自身は、すでに違った目で世界を見始めている。 別な生き方もあるのではないかという疑問を持つことが、新しい道を開く第一歩である。

2026年は試練の年だが奥で何かが育っている

この理解を踏まえて、2026年という年の本当の意味を見ていく。 冬の大地は眠っているように見えるが、土の中では春の準備が静かに進んでいる。 2026年の試練も同じかもしれない。 表面は厳しく見えても、その奥で何かが育っている。

2026年は精神的な揺さぶりが増える年になる

確かに2026年は精神的な揺さぶりが増える年になるだろう。 第三章で話したような構造はさらに強まっていき、不安を煽る情報、分断を促す力、孤立を深める仕組み、それらに晒された時、精神の根が弱い人は倒れてしまうかもしれない。

試練は攻撃ではなく宇宙からの問いかけである

しかしプレアデスから見ると、これには別の意味がある。 試練は攻撃ではない、問いかけなのである。 宇宙が自身に問いかけている。

2026年の本当の意味は問いかけにどう答えるかである

本当の自分を思い出す準備ができているか、表面的な価値観を手放す覚悟はあるか、精神の根をもう一度育て直す気持ちはあるか。 この問いかけにどう答えるか、それが2026年の本当の意味なのである。

日本の土地には縄文という文明の特別な記憶がある

ここで一つの希望を伝える。 日本という土地に生まれた方々には特別な記憶が刻まれている。 1万年以上続いた縄文という文明は、争いの痕跡がほとんど見つからない珍しい文明である。

縄文の人々は分かち合い自然との調和を知っていた

縄文の人々は、武器ではなく土器を作り続け、奪い合うのではなく分かち合った人々である。 縄文の人々は天秤の法則を知っており、与えることと受け取ることのバランス、自然との調和、見えない世界への敬意を持っていた。

縄文の記憶はDNAとして受け継がれている

1万年という途方もない時間、このバランスを保ち続けた文明がこの土地にあった。 その記憶は消えておらず、DNAという形で自身の中に受け継がれている。

感謝の循環などは縄文の人々が実践していた

表面的には忘れていても、深いところでは自身はこの知恵を知っている。 第二章で話した感謝の循環も、無私の心も、人と繋がることの力も、全て縄文の人々が実践していたことである。

既に持っているものを呼び覚ませば良い

つまり自身は思い出すだけでいいのであり、新しく学ぶ必要はない。 既に持っているものを呼び覚ませばいい。

2026年の試練は記憶を呼び覚ますためのものである

2026年の試練は、この記憶を呼び覚ますためのものかもしれない。 精神が揺さぶられることで表面の価値観が剥がれ落ちる。

虚しさが露呈するとき縄文の記憶の声が聞こえる

もっと欲しい、まだ足りないという擦り込みがその虚しさを露呈する。 その時、奥から本当に大切なものはもう持っている、与えることで満たされる、繋がることで強くなれるという別な声が聞こえてくる。

縄文の記憶の声は本来の知恵の声である

これは縄文の記憶の声であり、自身の中に眠っている本来の知恵の声である。

日本に生まれた自身はバランスの英知を受け継ぐ存在である

だから、日本に生まれた自身には特別な意味がある。 バランスの英知を受け継ぐ存在として、2026年を乗り越える力はすでに自身の中にある。

試練は本来の姿に戻すためのものである

土の中で眠っていた種が目を出す時が来たのである。 試練を恐れる必要はなく、試練は自身を壊すためではなく、自身を本来の姿に戻すためのものである。

2026年は試練であると同時に目覚めの年である

冬があるから春が来るように、厳しさがあるから強さが育つ。 2026年は試練の年であると同時に、目覚めの年でもある。

最後に具体的な実践法を伝える

この力をどう目覚めさせるのか、日常の中で何ができるのか、最後に具体的な実践法を伝える。

天秤の法則など多くのことを理解した

今朝、自身は長い旅をしてきた。 宇宙に流れる天秤の法則、与えることと受け取ることのバランスを自身は理解した。 古代日本人が守っていた感謝の循環と無私の心も理解した。 人と繋がることで精神を支え合う知恵も理解した。 それらが断ち切られた現代の構造を理解した。 足りないと感じさせ続け孤立させる仕組みを自身は理解した。

2026年の試練は記憶を呼び覚ます問いかけである

自身の中に縄文から続く記憶があり、2026年の試練は、その記憶を呼び覚ます問いかけなのだと自身は気づいた。

不安の正体が見えている

もう自身は以前の自身ではない。 今朝この話を聞く前の自身は、漠然とした不安を抱えていたかもしれないが、その不安の正体が今見えているはずである。

乗り越える力はすでに自分の中にある

精神が試されるが、それは壊されるためではなく、目覚めるためである。 そして乗り越える力はすでに自分の中にある。

理解があるだけで立ち位置が変わる

この理解があるだけで、自身の立ち位置が変わる。 恐怖に飲み込まれる側ではなく、冷静に観察する側に立てる。

観察者になれることで仕掛けに気づける

不安を煽るニュースを見ても、これは精神を揺さぶろうとしているなと気づける。 足りないと感じさせようとする広告を見ても、これは天秤を傾けようとする仕掛けだとわかる。 自身は観察者になれるのである。

観察者でいられると周りの空気も変わる

そして観察者でいられる人が増えると、周りの空気も変わっていく。 一人が冷静でいると隣の人も落ち着きを取り戻し、一人が感謝の心を持つとその波動は静かに広がっていく。

2026年を乗り越えることは周りの人を支えることにつながる

自身が2026年を乗り越えることは、自身一人のためだけではない。 自身の周りの人を間接的に支えることにもつながるのである。

日常では与えると受け取るのバランスを意識する

今日聞いた話をどう日常に生かすか、難しいことをする必要はない。 たった一つ意識してほしいことは、与えると受け取るのバランスである。 今日一日この意識を持って過ごすべきである。

感謝し見返りへの期待を手放す

誰かに何かをしてもらったら心の中でありがとうと感謝する。 自分が何かをしたら見返りへの期待を手放す。

小さなことの積み重ねがバランスを取り戻す

電車で席を譲ってもらったら感謝し、自分がドアを押さえて誰かを通したらそれで完結し、見返りは求めない。 小さなことの積み重ねが、天秤を少しずつバランスを取り戻させていく。

朝の実践法は今あるものを3つ思い浮かべることである

精神の根は少しずつ強くなっていく。 そしてもう一つ、朝の実践法を伝える。 毎朝起きた時に2分だけ時間をとり、目を閉じてゆっくり呼吸しながら、今あるものを3つ思い浮かべる。

感謝を伝えることが満たされた一日を始める

屋根がある、水が飲める、目が覚めた、何でもいい。 当たり前だと思っていたものに心の中でありがとうと伝える。 これだけで一日の始まりが変わり、満たされているから一日を始められる。

朝の実践法は対抗策として最もシンプルで効果的である

これは、第3章で話した足りないと感じさせる仕組みに対する最もシンプルで効果的な対抗策である。

毎朝2分の実践が大きな力となる

2026年、毎朝これを続けてみるべきである。 たった2分であるが、積み重ねると大きな力になる。

縄文の感謝の実践の現代版を始めることができる

縄文の人々が1万年続けた感謝の実践、その現代版を自身も始めることができる。 精神の根は確実に強くなっていき、どんな風が吹いても倒れない自分が育っていく。

2026年が目覚めの年となることを願う

今朝の光が自身の一日を照らし、2026年という年が自身にとって試練の年ではなく目覚めの年となることを願う。

記憶は静かに輝き始めている

朝露が静かに光を宿すように、自身の中の記憶も静かに輝き始めている。 私はメイ、プレアデスからいつも自身を見守っている。 素敵な一日を過ごすべきである。