それは基礎がないのに応用的なことをする愚におちいっていることを意味する。

[英単語は英作文の中で覚えよ][古文単語は古作文の中で覚えよ]

なぜ同じ教材を繰り返すのか?

  • 基礎であればあるほど、完全にマスターしておく必要がある。
  • それは基礎の知識とは、[応用へ進むために是非とも必要な前提知識]であり、応用へ進んでわからなくなったときに立ち返るべき原点だからである。
    • わからなくなったら基礎知識へ戻る。
    • つまり、先へ進んでわからなくなったとき、戻る価値のある知識の集まりを基礎または基礎の知識〔基礎知識〕と定義していることになる。
  • 基礎が既有知識として確立されていない状態であっては、既有知識と新知識との接続ができない。
    • 既有知識と新知識との接続を完了させることが、学習の一側面であろうと思う。
  • 既有知識と新知識との接続が不全に終わると、知識が連鎖していかず、回路に断線が発生している状況となり、学力が増大しない結果となる。
    • 回路の断線を修復することが学習である。これが学習の一側面であろうと思う。
    • 回路における修復過程では、必ず、既有知識の立場から、新知識へとアプローチし、[既有知識の立場から、新知識への橋梁を架設する]という順番・方向で行なわれる必要がある。
    • そこには方向、いいかえれば、極性があり、極性が誤っていると、学習が進まないことになる。
      • 例えば、英語学習・古文学習・漢文学習では、原文を解釈するという、[新知識から既有知識への接続]を試みる、極性を無視した学習方法を採用しているので、これらの学習は、けっして実ることがない。
      • [こういうことを言い表したいとき、英語では、古文では、漢文では、どう表現するか?]を調べ、実践する過程で、文法・語法が自動的に身につくのである。
      • [こういうことを言い表したいとき、この新知識体系では、どう表現するか?]という方向でないと、覚えられない、あるいは、きわめて覚えにくい、というのが実際である。
      • それは言語学習という場面においては、既有知識である、[母語によって既に開発されている言語認知世界]が基礎知識にあたり、外国語が新知識にあたるからである。
      • Think in English.というのは詭弁・まやかしの類いである。言語獲得後の学習者においては、思考は母語で行なう。これは変えられない。
      • 結局、帝国主義者が他国を支配して、英語を教えるときに、その英語教師が現地語を話す能力をもたないから、Think in English.というあり得ない条件を押しつけるわけである。
      • 基礎力を使って応用問題を解く。この方向性に真っ向から逆らっているのが、原文を解釈するという、英語学習・古文学習・漢文学習のあり方であり、これらは、新地球教育では排除される必要がある。

基礎力がない上に[砂上の楼閣]を建てる教育をやめる

  • 結局、前提知識に抜け漏れが多いことを[基礎力がない]というのである。
  • 前提知識に抜け漏れが多いことは、学習の最初の段階、いいかえれば、小学課程からやり直す必要があるということを意味する。
  • 前提知識に抜け漏れが多いのに大学生? それがおかしいわけである。
  • 私学でいえば、GMARCHや関関同立未満の偏差値の大学は、大学とはよべないと思う。
  • つまり、高校課程以前の学習に問題があるから、GMARCHや関関同立未満の偏差値の大学へ行く結果を招いてしまうのである。
  • 私は大学そのものを廃止し、大学名ではなく、改善可能なスコアで学力を示すことがフェアだと思っている。
  • 国家プロジェクトとして、小学課程から大学教養課程までをスコアのある検定資格化して、しかも後から何度でも再受験して、スコアを上げることができる仕組みにする。
  • これが国民の基礎学力を高める政策の一つではないかと思う。
  • 小学課程をフルマークで達成した人は、その後の学習において、圧倒的に有利である。
    • 現在では、そのプロセスが中学受験を経験している人たちが、小学課程をフルマークで達成し、かつ、それ以上の勉強を成し遂げたかたちになっている。
    • 中学受験には功罪があるけれども、功の部分は、小学課程の学習において、致命的な抜け漏れがない、という点である。
    • 中途半端な理解でも進級・卒業できるという、いい加減な学校制度をやめた方がよい。
    • また教師には愚かな者も多く、愚かな教師から教わるから教育がおかしくなる面もあるので、学校は解体したほうがよい。
    • 選択可能ないくつもの方式の中から、学習者自身が、何を通じて学習を進めるのかを選ぶのがよい。
  • 寿命が少しずつ延びていくらしいから、自分に嘘をつかず、ゼロからちゃんとやり直したほうがよい。
  • これから、国民全員にリミーディアル〔remedial〕教育〔補習教育〕を行なう必要がある。ただし、これは自発性に基づく必要がある。
  • とにかく、小学課程から、大学学部教養課程〔大学1~2年次〕までの教育を、しっかりと組み直して、検定資格化するのがよい。

[すでに知っているものを、どのようにして音として表現するか]が言語習得の本筋

  • [自分が既に知っている情報との関連付け]がない新知識は、すぐに忘れ去られる傾向がある。
  • 英単語・古文単語を覚えるとき、以下のように[受動的語彙の獲得]の方向で学習すると、[覚えやすく忘れやすい]という傾向があり、その結果として[身につきづらい/知識が残りづらい/無限回の復習が必要になる]ことになりがちだ。
    • [英単語を見て・聞いて、その意味を答える〔受動的語彙の獲得〕]→[身につきづらい/知識が残りづらい/無限回の復習が必要になる]
    • [古文単語を見て・聞いて、その意味を答える〔受動的語彙の獲得〕]→[身につきづらい/知識が残りづらい/無限回の復習が必要になる]
  • 受動的語彙の獲得を目指して学習すると[身につきづらい/知識が残りづらい/無限回の復習が必要になる]のは、[自分が既に知っている情報]を核として、その[既有知識という核]に高濃度水溶液をかけて、結晶を育てていくことにはならないからである。
  • 学習の初期においては、[あくまでも既有知識を軸に据えたうえで、既有知識から新知識を呼び出すかたちの知識の獲得]という方向で学ばないと、新知識の定着がものすごく悪くなる。
    • そういう意味では、新知識獲得には、ある種の極性があると見なすことができる。
    • 初学においては[既有知識を軸に据えたうえで、既有知識から新知識を呼び出すかたちの知識の獲得]という方向で覚えたほうが、覚えづらいけれども、いったん覚えたらなかなか忘れない。
      • なぜならば、既有知識と新知識との間に、脳内のリンクが張られたからである。
  • 逆に[新知識を軸に据えたうえで、新知識から既有知識を呼び出すかたちの知識の獲得]を初学の段階で行なうと、新知識がどこにも関連付けられていない孤立状態におちいっているため、短期的に覚えることは可能でも、知識の忘却がものすごく早い。
  • 日本人が英語を学習してもモノにならないのは、学校教育での英語教育が、[新知識を軸に据えたうえで、新知識から既有知識を呼び出すかたちの知識の獲得]という極性を逆にした教育を行なっているからである。
    • つまり学校教育での英語教育が、読解やリスニングを学習させている点で、これは[新知識を軸に据えたうえで、新知識から既有知識を呼び出すかたちの知識の獲得]というやり方を、暗に強制しているからである。
    • つまり試験の内容が、読解やリスニングを中心としており、作文や発話については、試験の対象外である場合が、学校教育での英語教育において、多い傾向がある。
    • 高校入試・大学入試において、英作文を課す学校は少なく、スピーキングの試験を課す学校は、ほぼ皆無であろう。
    • 高校入試・大学入試は、英語そのものを音声で覚えなくても答えられる範囲である、読解とリスニングと知識問題が中心である。
  • アクティブ・ラーニングの有効性が強調されることが、最近は増えてきたけれども、英語教育においてアクティブ・ラーニングは行なわれていない。
    • 日本では英語教師の多くが、英語のネイティブ・スピーカーではないため、英語教育においてアクティブ・ラーニングを行なうだけの指導力をもたない。
    • 結局、言語教育とは、おもに音声言語の伝授であるから、正しい発音、イントネーション、プロソディでその言語を話すことのできない語学教師というものは、そもそも成立し得ないのである。
    • そういうことだったら、学校教育から外国語の授業をなくしたほうが合理的である。

語彙力は、同義語・類義語の細かい使い分けの能力に帰着する

  • [英単語は英作文の中で覚えよ][古文単語は古作文の中で覚えよ]という方針は、同義語・類義語の細かい使い分けができるような語彙力を身につけるべきだという思想を内包している。
  • [言葉が使える]とは、語法・文法の側面で正しい文が作れるということを意味し、さらには、諸状況に応じて、同義語・類義語の細かい使い分けができることを意味する。
  • 読解やリスニングを中心とする、言語の音声そのものを暗記することを必ずしも要しない、受動的語学力の段階にとどまるような外国語学習を続けても、語学力はまったく身につかない。
  • 逆に、作文やスピーキングを中心に外国語学習を進めていけば、その中に読解やリスニングが内包されているので、4技能が自然に身につく。
  • いいかえれば、作文やスピーキングだけをやっていれば、外国語教育は機能するので、読解やリスニングの学習は、個人学習に任せてよい。
  • 結局、ネイティブ・スピーカーである語学教師が指導する価値があるのは、学習者が行なった作文の添削、学習者が行なったスピーキングの訂正という部分だけなのである。
  • 読解やリスニングは、語学教師がネイティブ・スピーカーでなくても指導できる。実際、日本人英語教師の多くが、このタイプである非ネイティブ・スピーカーに該当する。
  • 日本の英語教育は、非ネイティブ・スピーカーである日本人英語教師に合わせて、英語教育が逆算的に組み立てられている。
  • したがって、日本の公教育で英語を学んでも、作文やスピーキングの能力は、まるで身につかない。だったら、公教育から英語という科目を削除するのが健全である。
  • それに伴い、高校入試・大学入試から英語という科目を削除するのが健全だといえる。
  • 言語教育とは、おもに音声言語の伝授であるから、正しい発音、イントネーション、プロソディでその言語を話すことのできない語学教師というものは、そもそも成立し得ないのである。
  • そういう意味では、日本人英語教師の99%が失格である。もうこんな茶番はやめた方がいい。

語彙集〔単語集・熟語集・構文集〕については、意味が類似している語彙をグループにしてあるものを使用するのが好ましい

  • 結局、英単語集・英熟語集、古文単語集については、類語辞典のように、意味が類似している語彙をグループにしてあるものを使用するのが好ましい。
    • [言い換え〔パラフレージング〕の注釈]が充実している学習参考書があれば、それが理想である。
    • [言い換え〔パラフレージング〕の注釈]が充実していない学習参考書であっても、AIを使って、自分で類似の英単語・英熟語、古文単語をグループ化していき、それぞれの語彙の微妙な違いを中心に学び取る。
    • この[意味グループごとのまとまりに分類していくやり方]で語彙増強をするのが、人間の認知にとって、いちばん自然な語彙増強のしかたになると思う。
    • 難易度順・出題頻度順などは、[意味グループごとのまとまり]を破壊するので、あまり好ましくない。
    • 結局、[人間が表現したい物事とそのありさま]は、各国語でだいたい共通していると思われる。
    • つまり、同じ次元の同じ種であれば、だいたい国は違えども、だいたい似たような発想になるので、認知のしかたも、大きな類似点をもつものと思われる。
    • そうだとしたら、[自分が既に知っている情報〔認知にまつわる母語の語彙〕との関連付け]を意識しながら、新知識である語彙を覚えていくのがよいのは当然である。
  • 構文集や総合英語・英文法書にかんしては、言い換え〔パラフレージング〕の表現が豊富に載っているものがよい。
  • つまり、意味別整理に基づいて語彙増強を行なうことが好ましく、その語彙増強作業においては、意味が類似している語彙どうしの共通点・相違点を明確に説明してあるものがよい。
  • 意味別整理に基づいて語彙増強を行なうには、何らかの辞典を使うよりも、AIに回答させたほうが手っ取り早いであろう。

現状をどう生き抜くか

  • 同義語・類義語の細かい使い分けの能力を身につけながら、作文・スピーキングができるように語学を身につけていく。
  • そのためには、英語でいえば、英作文教材と和英辞典と同義語辞典〔シソーラス〕を使って作文を行ない、複数のAIに修正させながら、ほぼ正しいであろう英語表現を[ちりも積もれば山となる]の精神で集積していくやり方が推奨される、ということになる。
  • このやり方には、PCとインターネット回線が必要である。しかし、英語教師はいらない。
    • つまり、AIが自由に使える環境にあれば、公教育や塾・予備校における英語教育は、原則として必要ない。これが結論である。
  • 実際に用意する必要があるのは英作文教材、つまり、入試で出されやすい英作文表現が集積された印刷教材だけであると、私は考えている。
  • 和英辞典と同義語辞典〔シソーラス〕は必ずしも必要ではなく、AIに直接回答させたほうが早い。
  • 結局、英作文教材が提供する[日本語として与えられる問題文/問題句]に対する[英訳]を、文字言語・音声言語の両面で、瞬間的に答えられるように練習することが、英語学習の中心となるべきメニューである。
  • いわゆる瞬間英作文だけやっておけば、あとはどうにもでもなる。
    • [瞬間英作文だけやっておけば、あとはどうにもでもなる]というのは、語彙増強・英作文対策においても、文法・語法問題対策においても、共通した内容である。
    • 音声言語で文や句を暗記して、瞬間英作文によってアウトプットする学習方式を採用していれば、読解とリスニングは、自動的にカバーされていく。
    • それは、作文・スピーキングができる難易度の言語の範囲においては、読解・リスニングが自動的にできるはずだからである。
    • [作文・スピーキングできる文・句が、読解・リスニングできない]ということは、原理上起こりえない。
  • 知の発達の仕方として、既有知識から新知識へブリッジ〔橋〕をかけるかたちが最も自然であり、語学においてそれを行なうとなると、必然的に能動的語彙として新知識を暗記することになる。
  • つまりそれは、英作文や古作文をする中で、英語の語彙・古文の語彙を覚えるのが自然だということになる。

基礎がないのに応用を行なう愚

  • 基礎がないのに応用的なことをすると、必ず失敗する。
  • それは、[基礎がないのに、応用的なことをする]とは、[既有知識が無い状態で新知識を孤立したかたちで暗記することになる]ということを意味するからだ。
  • 中学生にもなれば、言語世界において表現可能な対象は、たいてい母語の語彙として知っているものである。
  • 母語の語彙として知っている対象は、すでに認知可能な対象として、脳内に記憶されていることを意味する〔既有知識〕。
  • この既有知識が基礎力の源泉だというのに、この既有知識を活かすことなしに、英単語から和訳が思い出せるように練習する、あるいは、古文単語から現代語訳が思い出せるように練習するという[逆]をやっている。それは基礎がないのに応用的なことをする愚におちいっていることを意味する。
  • つまり、英語で作文ができないのに、英文読解を行なおうとするのは、無謀なチャレンジなんだよ。脳内にないことを認知しようとしているバカがそこにいる。
    • つまり、英語の例文・例句をたくさん暗記しているから英文読解、リスニング・コンプリヘンションができるようになる。これが真実である。
    • 覚えているから対象を認知することができるんだよ。まずは例文・例句を音声言語を通じて暗記するしかない。
  • つまり、古文で作文ができないのに、古文読解を行なおうとするのは、無謀なチャレンジなんだよ。脳内に存在しないことを認知しようとしているバカがそこにいる。
    • つまり、古文の例文・例句をたくさん暗記しているから古文読解ができるようになる。これが真実である。
    • 認知とは、脳内にあるサンプルと、五感等を通じて入力された情報とがマッチし、[それだ]とわかることを意味する。
    • 脳内にサンプルがないのに、五感等を通じて入力された情報とがマッチするわけがない。
    • いいかえれば、例文・例句をたくさん暗記しているからこそ、英文でも、古文でも、聞ける・読めるようになるのである。
    • いいかえれば、例文・例句をたくさん暗記していない状態では、英文でも、古文でも、聞ける・読めるようにならないのである。
    • 語学で何をすればいいのかというと、例文・例句をたくさん暗記していない
    • 覚えているから対象を認知することができるんだよ。まずは例文・例句を音声言語を通じて暗記するしかない。
  • 現在の教育は、人間を正常に成長させないように、ぜんぶ[逆]にしてあるのよ。